エピソード24 二つ星
30メートル四方はある広いプールが中心にある仄暗い部屋に水がチャプチャプと小さく音を立てる。
「運がいい…というのは正にこの事ですね…」
ツインテールを解き、濡れた髪を両手で握って水分をしぼりながら篤国沙耶は上を見る。
見つめる天井には大きな穴がポッカリと開き、つい先程まで遠くてもう見えない穴の上にいたというのに、そこから自分はここに落ちて来たのだと自覚する度に少し寒気がする。
落下中は意識はあったのだが、少し困った事があったのだ。
テッツ・コット・ミロットの姿は周囲に目を凝らしても見つからなかった。
篤国沙耶は今深さ10メートルはあろうプールのプールサイドに直に座って安堵の息を吐いて身嗜みを整えている。
彼女の横には一人の少年が横たわっている。
「心臓マッサージと人工呼吸をして水は吐かせて、今は呼吸もしてますし顔色も良い、以前シェリーに習った通り意識が少しでもあれば人工呼吸中に相手の口腔内に舌を入れてまさぐると飛び起きるらしいですが、試しても意識が戻らないということはこの方は本当に気を失っているのでしょうね。でも、もう直ぐ意識を取り戻すでしょう…丈夫そうな方ですね…」
沙耶は都原カイトの顔をまじまじと見る。
男らしいけどあどけなさを残した、恐らく自分と同じ国籍の少年の顔。
「聖耶さんくらいしか歳の近い男の子の顔ってよく見たことありませんが、男性というのはこんなに魅力を放つものなんですね…」
そして、何故か人工呼吸をしてから気不味さを感じるのに、なんとなく嬉しいような感覚を沙耶は感じていた。
「どうしたのでしょうか? 平静を保つ訓練を怠ったことはないのに、心拍数が上がっている気がします。それにしてもこの方は…」
沙耶は穴に落ちている間のことを思い出す。
落下している間、都原は沙耶を包む様に抱き締め、最悪、硬い地面に落ちたとしても沙耶だけは生き残るように身を挺して守ってくれていたのだ。
「なんと男らしい器…」
幸い落下したのが深さのあるプールであるが、この少年が何もしなければ、彼女はかなり酷い打撲を負っていただろう。 しかし、彼女が弁慶から機械腕を出していればプールでなくても無事に済んだのだが・・・
沙耶がポーッと頬を少し赤らめ少年を観察していると…
「……ん…っ…」
顔を顰めて少年が意識を取り戻した様子。
「良かった‼︎ 都原さん‼︎」
沙耶の呼びかけに、少し驚いた顔をすると都原は上半身を起こす。
「君は…イタタッ…」
と、都原は首を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「私を庇って落ちたせいで水面に強く身体を打ったのでしょう…今治します」
沙耶が都原の首に手をかざすと、青白い光が都原の首を包み、腫れが引いていく。
「どうですか? 少しは痛みが治ったでしょうか?」
都原は首を手で叩いたり左右に捻ったりして確認するが、
「なんだこれ…全く痛くなくなってる…これは…って言うか君は…ああ、いや…ちゃんと自己紹介してなかったな…俺は都原カイト…君は?」
「私は篤国沙耶、以後よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく‼︎」
都原は勢い良く挨拶すると、少し口の中をモゴモゴさせる。
「どうしたのですか?」
「なんか、飴みたいな甘いもの俺食べたっけ…?」
「ああ…それでしたら私が食べていた………」
と言って沙耶の動きが固まる。
「キスってこういう味かもな…な訳ないか? あははははは!」
「キキキキキッス!!あー…そうですね。ねっ‼︎ このプールの塩素がちょっと甘いなと私も思っていましたたたたっ‼︎」
赤面しながら両手をワタワタと振る沙耶に都原は、
「俺たちプールに落ちたのか…」
天井の穴とすぐ横にあるプールを眺めて都原は呟く。
「そうですねっ‼︎ 私たちとても運がいいですっ‼︎ わわわたしは泳ぐの得意なのであなたを何とかプールサイドまで運べたわけっス‼︎」
と、沙耶は慌てて七割は乾いた髪を金糸で龍の刺繍の施されたリボンで結い出す。
「あの侵入者はどこに行ったんだ?」
「私がプールサイドに上がる時にはもういませんでしたのどす‼︎」
沙耶はそう言ってすくっと立ち上がると、
「さあ‼︎ ゆっくりしている暇はありませんのよ‼︎ 行きましょう‼︎ 服を脱がずに乾かせる機械があちらにあるようなのでエス‼︎」
部屋の出口に歩き出す。
「なあ? 何かあったのか沙耶? さっきから話し方が…それにあの青白い光出して傷み消したのは地球共鳴ってやつか?」
速足で進む沙耶に都原は続く。
「そいつは話が早いのデッス‼︎」
この作品には珍しいまさかのお色気回になってしまった(・_・;




