エピソード20 集う欠片 3
「沙耶お嬢様…あんなにちっちゃくて可愛かった沙耶お嬢様が、私とサイモンが教えたとはいえ、今は私と共に戦うほどの戦士になるなんて、不思議な感じがしますね…」
そう感慨深げに呟き、シェリー・マクセラスは手指の甲に砂鉄の入ったグローブをした手のひらに、ウズラの卵のような物を乗せる。
シェリー・マクセラスは王都コロニーの篤国財閥に代々仕えてきた給仕の家系の生まれである。現在23歳、沙耶より七つ歳上で沙耶とは姉妹のように接してきた。今は落ち着いた性格に留まったが、幼少の頃は男勝りな性格で、それも相まってか、実妹のように思っている沙耶を守るという意志が現在でも消えずに彼女の根幹に根付いている。給仕の家系だが、ある出来事をきっかけに篤国財閥現当主の篤国天龍の目に留まり、沙耶専属の護衛兼王都直属の自衛組織S.A.V.E.Sの一員に抜擢された。格闘術、主に合気道、柔術に精通し素手での戦闘に於いては伝説の剣士、紅獅子アルバ・デルキランも認めた存在である。
手のひらの歪な球体、オリハルコンで出来たPWの本体に彼女は意識を向ける。
すると球体はまるで焼き立てのトーストに乗せたバターの様に一度解けると、白く眩い光を発し、液体のまま手のひらから離れ浮遊し輪を作り、彼女の手首を輪の中心に通し、縮み、金色に輝くブレスレットの姿に落ち着いた。
「私に与えられたこのPWは、まるで柔しか取り柄のないのを補うようなものですね…」
シェリーは地面に転がる小さな石を拾い上げ、前方にヒョイっと投げると、それに向かい拳を軽く突き出す。
拳の向かう先にブレスレットが光を放ちその石を粉々に砕けさせる。
「軽くでこの威力…頼もしくもあり少し不安も感じる…」
バスタードフィスト、彼女の求める争いの解決には不向きな力。
「とにかく今は、沙耶お嬢様がこちらに向かっているのであれば、私はテッツを捕縛するために全力を尽くすのみ」
と、彼女も腕時計型通信機を着けた手を受話器の形にし、サイモンに繋げる。
「サイモン? 私はとにかくあなたのPWでテッツを捕縛するための足止め役です。あなたと私の距離は100メートル程度、こちらの姿は見えているでしょう? あなたが捕縛できると思ったらしてくださいね?」
『了解。この地帯には袋小路が無いからな。お嬢様と君の二人でせめて5秒は奴を一歩も動かさないでほしい』
抑揚のないサイモンの返事が返ってきてシェリーは安心した。彼があの喋り方の時は集中力が研ぎ澄まされている時だと彼女はよく知っているからだ。
「了解しました。この音、そろそろ沙耶お嬢様が来ますから、切りますね」
『OK』
通信が途切れると、シェリーの耳には沙耶の弁慶の高速移動時の車輪の音が近付くのを、はっきりと聞き取れた。
「お嬢様は卑下するけれど、弁慶はS.A.V.E.Sでも上位の汎用性だと思いますわ」
彼女の居る一本道は側にある工場の敷地の形状に合わせ、緩やかな曲線を描くカーブになっている。
そこを全力疾走で現れるコートを着た男の人影が一つ。
そして、数瞬遅れてそれを追うようにカーブしている道を脚に車輪の着いたブーツを履き、まるでボブスレーの様に壁に遠心力で張り付いて曲がり現れるツインテールの少女。
「沙耶お嬢様‼︎」
「シェリー‼︎」
「ゲッ‼︎ マジかよっ‼︎ ヴァルキュリアじゃん‼︎」
男、テッツ・コット・ミロットを挟むようにシェリーが中段の蹴りを、沙耶が壁を蹴り跳躍し獲物の首を狙い蹴りを放つ。
それをテッツは地を這うように避けて二人の狩人から距離を取る。
「両手に華ってやつだな‼︎ ヴァルキュリアと空も飛べるし車並みのスピードで走れるお姫様もいるんじゃあ逃げるのは無理だ。こりゃやり合うしか無いかな?」
と、まだ余裕の表情でテッツは十手を構えステップを踏む。
戦乙女とはシェリーがS.A.V.E.Sで冠している称号の名前である。
「久しぶりですね、卑怯者。性懲りも無く下働きですか?」
蔑みと同時にシェリーはテッツに組み付くため駆け出す。
「シェリー‼︎ その男には暇を与えずに攻撃して隙を与えてはいけません‼︎ バランス感覚を乱す攻撃をして来ますから‼︎」
そう言いながら沙耶は援護の為、ガンドファーの銃口をテッツに向けて構える。
「今度は格闘のプロの出番ってわけか…」
「五月蝿い‼︎」
拳の届く距離まで接近したシェリーが振り被り、テッツはクワッと目を開き歪みを起こし、シェリーに向けるが、
「ふっ‼︎」
不可視の状態異常攻撃をシェリーが頭を横にずらして避けながらテッツに強く握り鉄のように硬くなった拳を放つ。
「‼︎」
沙耶の説明だけでは理解出来ずに回避不可能だと考えた三半規管への攻撃を避けられテッツは、ただ後方に飛びシェリーの拳を避け間合いを取ろうとするが、その出来るはずの間合いをシェリーは、大股での一歩で瞬時にゼロに戻し、独楽のように回転し、蹴りを放つ。
「ちっ‼︎」
前に屈みながら後退し避けたテッツに蹴りを放った回転で勢いを付け振り被ったシェリーの手首が光り、テッツの立つ場所に光の投げ槍が投擲される。
「…っ‼︎」
それをテッツは横にドッジロールして避けるが、その先に空中で縦に一回転したシェリーの踵落としが振り下ろされ、それを更に転がって逃れようと視線を動かしただけで、沙耶のガンドファーの銃弾が地面にめり込み、仕方なくシェリーの黒いタクティカルブーツを十手で受けるテッツ。
横を見るとシェリーの放ったバスタードフィストの光がアスファルトを剥がしたかの様に地面を抉って金属の地盤が露出している。
「なあなあ⁉︎ お前ら強過ぎるだろう‼︎ 俺が何したって…⁉︎」
「私たちの仲間を殺しました。お前を滅するのにそれ以上の説明はいらない」
氷の様に冷たい表情でテッツを見下ろす戦乙女。
「サイモン、このクズを捕縛してください」
『早かったな』
ジェスチャー無しの通信で繋いだサイモンが返事をする。
抵抗するテッツに重心がまるで地の奥底にあるかのように微動だにせずに踵で潰しにかかるシェリー。
「お前には、本部で自白剤でも飲ませてカウンターの目的や組織の構成などを洗いざらい吐いてもらう。吐くだけ吐いたら用済みだ。生きていても危険なので宇宙に放り投げて捨ててやる…どうした? いつもの威勢はもう尽きたか?」
シェリーが話終わるのとほぼ同時、テッツの表情が一切の感情を排除した表情に変わっていた。
「俺は女にはどうしても優しくしちまう方だが、お前たちは別だ…」
次の瞬間、周囲一帯の空間が大きく歪曲する。
「…っ…あ…?」
姿勢を崩したシェリーの足元からテッツは静かに抜け出し立ち上がる。
「シェリー…こ…れで…す…この歪み…が…」
正常な身体の感覚を失った沙耶とシェリーから離れテッツは…
「あんた達…もういいわ…面白えから本気は出さないようにしといたが、これで終わりだ…」
そう、ボソボソと話すとテッツは、コートの中からドリルの芯を辺りにばら撒いた。
「よく考えろよ? お二人さん…俺ってこっちから全然攻撃仕掛けてねえんだわ…その意味わかるか…?」
「「・・・?」」
続く揺れる感覚に悶えながら、沙耶とシェリーはなんとかテッツの姿だけは目で追う。
「お前らが生きてても死んでてもあんまり支障が無いからだ」
テッツが人差し指を上方に向けると、散らばった無数のドリルの芯が浮き上がり、回転を始める。
「仲間を殺されたとお前らは宣うが、それは俺たちカウンターもお前らに言いたい事なんだわ」
「…っ」
「そ…れは…」
反論しようとしても吐き気を通り越した苦しみに、二人は両膝を地面に着け、頭を抑えるのが限界だった。
浮いているドリルは回転の勢いを増し、音を立て始めた。
「逆にお前らが俺たちの自治圏に来て俺と同じことをしたとする。そしたらお前らの死は喜ばれる事なんだよ。場所というのは生命の価値すら曖昧にする、それがわかったら…お前たちはもう死ね…」
空気との摩擦で熱を帯び出したドリルの芯が、ただ標的になるしかない沙耶とシェリーへと一斉に放たれようとした時…
全てのドリルの芯は何かで撃ち落とされたように飛散し…
「うらあああああああああーーーーーーーーーーっ‼︎」
戦闘機並みのスピードで飛来した腕に白い籠手と背中にスラスターを着けた、赤毛のポニーテールの少女がテッツ・コット・ミロットの胴を拳で殴りつけながらそのまま自身と共にコンクリートの壁を貫いた。
やっとです…やっと本来の路線に来た気がします。最近暑すぎますね。今日はこの辺で筆を置き、たっぷり寝ますm(_ _)m




