エピソード19 集う欠片 2
篤国沙耶は温和な少女である。家は宇宙に名を轟かす篤国財閥であり、その上、彼女は宗家の正統な血筋を受け継ぐ次期当主候補でもある。しかし、彼女はその権利を双子の弟である篤国聖耶という少年に譲ろうと考えている。なぜなら彼女の人生に求めるものは普通であること、そして自分の持つあらゆる資質を普通だと感じているからだ。その理由は弟の聖耶が余りにも優秀過ぎる人間に感じるからだった。双子で男女という性別の違いはあれど、まるで鏡を見ているかのように感じる顔付きだというのに、聖耶は沙耶を著しく上回る知性と身体能力、そして地球共鳴の能力をも持っていた。ただ、彼女にも唯一弟より秀でた才覚があった。それは皮肉にも劣等感から生まれた周りの人間達に頼る力、頼るために培ったコミュニケーション能力だった。だけども、それは決して作意的に得たものではなく、彼女自身が純粋な友好の意を持ち他人に接して生きてきた故に獲得したもので、自分を支えてくれる全ての人間を彼女は愛している。今、それが彼女を戦いに赴かせる最大の理由だった。
「あなたに私の理想は、平和な世界は壊させない‼︎」
弁慶が翼を畳み前方への推力を得たまま沙耶は5メートルほど落下すると共に両手に装備したガンドファーの銃口をテッツに向け発砲する。
その銃弾はテッツの身体に届く前に、まるで風の幕に弾かれるかのように進行方向を変え無効化された。
それを瞬時に確認するや、沙耶はガンドファーの肘まで伸びたトンファーになっている部分をハの字に構え、速度をそのままに斜めに落下して突撃を試みる。
テッツも瞬時に懐から十手を両手に持ち沙耶のガンドファーを受け止める。
金属がぶつかり合い火花がチリチリと舞う。
「あなたには銃器はあまり意味が無いんでしたね」
「久しぶりだなお姫様‼︎ いつナノマシンなんて入れたんだア⁉︎ 前に会った時は棍棒一本ぶん回してたじゃねえか‼︎」
テッツは口の端を上げながら楽しそうに十手を振り、沙耶は後方に5メートルほど飛ぶ。
沙耶はガンドファーを右手は銃口をテッツに向け、左手は防御のためにトンファー部分を前方に構える。
「私たち地球共鳴者とナノマシンは相性悪いですから少しずつ慣らしながら投与したので、最初なんて忘れました」
「随分と気持ち悪い奴になったもんだ。その武器、拳銃から拳の横までナックルガード付きのナイフになってて、拳銃の柄の端のとこからトンファーになってんのか…さっき羽を出してたがあれもPWの一部なのか?」
「敵のあなたに自分のPWの種明かし、なんてすると思います?」
「普通はしねえな…」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
睨み合いながら両者沈黙すると、沙耶が大きな溜息を吐き。
「…あなたが昨日殺した二人のことを覚えていますか?」
「モブのことなんて覚えちゃいねえな」
それを聞いて沙耶は眼光を鋭くする。
「あの二人は…私にとって兄のような二人だった…私が船に乗って戦いに出るようになった時…気さくに話しかけてくれて緊張をほぐしてくれた…あなたはそれを殺し…‼︎ 今モブと言った‼︎ 私の家族をまるで内容の無い端役のように‼︎」
徐々に口調を強くし怒りを露わにする沙耶に対しテッツは・・・、
「実際そうだろう?」
なんの悪びれもなく淡々と答えた。
「許しませんっ‼︎」
叫ぶと同時沙耶は瞬時に5メートルの間合いをつめると、ガンドファーの刃でテッツの首を狙い切りかかるが、テッツはそれを軽い足捌きで身体を翻し涼しい顔で避けてグッと眼球に力を込める。
すると、沙耶の視界が度の合わないメガネのレンズで見たかのようにグワンと歪む。
「う…くあ…あ…」
平衡感覚を失ったようにタタラを踏む沙耶をテッツはニッと笑いながら、
「俺の能力は歪みを作る能力ってのはお前も知ってるだろうが、最近ピンポイントでの相手の体内すらも歪ませられることに気づいた。お前の三半規管の中の砂にほんのちょっぴり揺れを感じさせられればこの通りだ」
吐き気を催す感覚に沙耶は数秒悶えたが…沙耶は歯を食いしばりキッとテッツを睨む。
「身体の周りの空間をバリアの様に歪みで包んで銃弾の軌道も逸らしているんでしたよね。あなたの歪みの能力は回転も生み出せるんですよね…ドリルの芯も高速の回転により、溝を通る空気の勢いで銃弾よりも威力のある速度で放てる…」
「おっと、流石よく顔を合わせて生き残ってるだけあるな。ああ、その理屈で正解だ」
そこで、沙耶はコンマ数秒黙ると、
「ああ、そういう事ですか‼︎」
と、明るく言う。
「ああ? なんかムカつくなその感じ…」
テッツは呟くと歯軋りする。
「思い付いたなら実験してみましょう」
と、暇を与えずガンドファーの銃口をテッツの脚目掛け三発連射すると駆け出す。
沙耶の説明の通り銃弾は軌道を外れるが、間髪入れずに沙耶がナイフで、トンファーで、銃撃で、蹴りでまるで竜巻の様に右へ左へ回転し攻撃を繰り出すもテッツはそれら全てを意図も容易く十手で受けるか身を捩って空を切らせる。
連撃に次ぐ連撃、そして跳躍した沙耶が空中で斜めに回転し飛び右回し蹴りを繰り出すがテッツは上半身を反らすだけで避ける。回転したまま着地し反らした上半身が戻るのをあらかじめ先読みした沙耶が追撃に左後ろ回し蹴りをテッツの側頭部目がけ放つが、それすらもテッツは腰を下げるだけで回避する。
沙耶は蹴りを空振りしたまま片手だけ後ろーーテッツに伸ばしガンドファーを発砲するが、テッツを覆う歪みの力場がその銃弾を別の方向に逸らす。
「何も変わってねえだろうが、単細胞な奴の動きってもんは容易にかわせるもんだ…」
「これでもですか?」
沙耶の体勢的には攻撃を放つ挙動は見て取れなかったが…
「・・・‼︎」
重い金属音と共にテッツの横っ面を沙耶の背中から伸びた機械腕が持つ直径30cmはあるハンマーが打ちつけた。
「・・・っ‼︎」
予想もしなかったノーモーションの追撃にテッツは2メートル程地面を転がるが即立ち上がる。
ハンマーを持った機械腕はスルスルと沙耶の背中の本体に戻っていく。
それを一度ギョッとした表情で見ながら、口の端から血を垂らし、だが楽しげに男は笑う。
「そういうのも出来るのかお前のPW…お前、思った以上にわかってんだな…」
その姿を沙耶は口元に手を当て笑うと、
「あなた、その空間の歪みはあまり達者に使えませんね? だから私が激しく連続で攻撃すると瞬時に出せない…違いますか?」
「お前バカそうなのに結構賢しいな…今のダメージ結構でかいみたいだ…」
「バ…ッ⁉︎」
沙耶が軽い蔑みに動揺する隙にテッツはまた沙耶の頭部に空間の歪みを放つと踵を返して逃げ出した。
「あ…あう…」
三半規管に訴える歪みに沙耶は地面に片膝をつく。
「悪いが俺は集中力の無いタイプなんでね。お姫様に殴られていいこと閃いちまった。またなー‼︎」
「…ふふふ…そう簡単に逃しませんよ?」
酔いから回復した沙耶は腕時計を付けた左手の小指と親指だけ立て、他の指は軽く曲げて受話器の形に似せると、通信が繋がる。
「シェリー‼︎ そっちにテッツが行きました‼︎ サイモンはBからD地点に移動‼︎ 私はシェリーの方に行くように誘導します‼︎」
『『了解』』
二人から返事が返ると、沙耶は地面を靴でトントンと蹴り…
「弁慶‼︎」
背中から再び機械腕が伸び沙耶の膝から下を包む様に靴底に車輪が着いたブーツを履かせる。
「行きますよー‼︎ 途中で壊れたりしないでくださいね弁慶‼︎」
威勢よく言うと沙耶は前傾姿勢になり、靴底の車輪が煙を上げて回転を始める。
次の瞬間、沙耶は時速80キロのスピードでテッツを追い始めた。
今日は妙に筆がノリますが、終始真面目な話を書く自分に異変を感じますコエー((((;゜Д゜)))ガクガクガクブルブルブル




