エピソード14 ウーディー・ロア
ソーディスの午前の授業が終わり、昼休みも後半に入った頃。
VSA第二研究所のいつもの研究室でケビン・C・ロアは昨日に続き、午後の授業のジョブの為、一人機材の掃除をしていた。
「SSDも場所を食わないといってもこんだけ増設すればかさばるか…自作の記憶媒体使って良いなら、僕のオルフェウス・コアを使うんだけどな…ねっ? INO?」
最早、自分の背と同等の高さに幅と奥行きが半畳の大きさにもなる、SSDの増設ユニットの上面を脚立に登って専用のクリーナーで埃をせっせと拭き取りながらケビンは呟く。
『そうですね。私もオルフェウス・コアの中の方が快適に感じます』
部屋の四隅のスピーカーを使い、部屋の隅っこに設置された増設ユニットの中の住人であるINOが応える。
「でしょでしょ? オルフェウス・コアはさ? 記憶媒体という意味ではSSDと同じなんだけど、君たちAI一人一人にとって動きやすいように調律をした物でね。人間で言うと良いコンディションの脳と身体みたいな感じさ。言わば君が君という生き物である為の入れ物って訳だね。最適化もほとんどしなくてもパフォーマンスは中々落ちないし、したとしても数分だ。確かにベースを作るのには少し時間はかかる、人間である僕のスピードじゃあ、今のところ君用のを作るのに一年かかったけど、最もベーシックなモデルを考えて作った君が、後続のAIのオルフェウス・コアを作るのを手伝ってくれたら二十分の一くらいに短縮できるだろうね」
ケビンはそう言って、増設ユニットの上で舞い上がり鼻の上に乗っかった埃を指で摘みクリーナーに擦り付ける。
「まあ、オルフェウス・コアの発想に至ったのはおじいちゃんがうちの書庫に残したメモがヒントなんだけどね…」
『二人のロア博士が私の生みの親なんですね。光栄です』
無機質な声だがどこか喜びを表現しようとしている様子のINO。
「僕はまだ博士ってレベルじゃないよ。おじいちゃんのことはキングオブ博士って思ってるけどね。そっか…でも、君には僕も博士に見えるんだ? なんか嬉しいな…」
増設ユニットの上面を拭き終わると、ケビンは深く息を吐いて脚立を降りる。
『エラーでしょうか? 私の認識ではあなたは博士なのですが、修正してください』
「はははっ‼︎ いつの間にかジョークも覚えたんだ? 誰から学習したの? 都原くんかな? ドルチェちゃん? リッジスくん? それとも先生? これじゃ全員か? うん、人を惑わすいいジョークだ。君は中々ユニークだよ」
『ありがとうございます。ドクター』
「ははは、ドクターか…んー…じゃあ特別に君だけ僕をドクターって呼んでいいよ」
『はい、ドクター」
ケビンは何度も頷きながら増設ユニットの周りを一周し、
「よしっ‼︎ 掃除終わり‼︎ INO? 他にして欲しいことある?」
『質問があります。ウーディー・ロア博士とはどのような方だったんですか?」
今まで浅い事しか質問をしてこなかったINOが珍しく人物像的なことを聞いて来たので、ケビンは一瞬目を丸くした。
「ん〜…そうだね…このレゾナンスってさ、学生の為に夢に溢れた工夫がされてると思わない?」
『具体的にお願いします』
「うん、例えばさ、道路のバギーとか空中モノレールとか、学校でいうと、食券を買うと即調理してくれる無人学食とか、至る所にある施設、もちろんこの研究所とかにもおじいちゃんが主体となって関わっていたんだ」
ケビンは増設ユニットに向けて手をヒラヒラと揺らしながら話す。
「それだけじゃなく、VSAや宇宙船とかにも詳しくてさ、君もオルフェウス・コアに入ってうちに来たことあるだろう?」
『はい、とても立派なお屋敷です』
「だよね、一緒におじいちゃんの書斎にも入ったことあるけど、覚えてるかな? 本当に色んな分野の資料がゴロゴロと転がってるんだ」
『知識の豊富さがわかりますね』
「うん、君にはまだ世界のいろんなことをまだ教えていないけど、レゾナンス製のVSAってとんでもなく高性能なんだ。今僕たちが君に学習させている、ベーシックモデルのほとんどがおじいちゃんが確立させた物だし、人工筋肉からあらゆる部品、OSにまでおじいちゃんの手が加えられている。それが王都ではもうすでに当たり前のように使われているんだ」
ケビンはINOが入った増設ユニットの上の天井を見つめながら話す。
「年齢は72歳なんだけど、今の僕より子供のような人でさ。カードゲームのレアカードとか集めてたり、遊園地とか動物園とかでは、はしゃいで一人でどっか行っちゃうような人だった。いつも一緒に遊んでくれるから、僕はそんなおじいちゃんが大好きだった」
『面白い人ですね』
「なにか学生の頃に良い思い出があったみたい。だから、このコロニーの学生が楽しく暮らせる物をたくさん発明したんだってさ」
『素晴らしい』
相槌を打つINOにケビンはケタケタと笑うと、下を向いて少し表情を曇らせる。
「でも、もういない。5年前から行方不明なんだ…」
『突然なのですか?』
「うん、突然だね…ただ…」
『はい』
そこでケビンはそっとINOに手を当て、
「おじいちゃんが書斎の仮眠用の二段ベッド、上は僕用で下がおじいちゃん用のやつ、書斎の本を一緒に読んでて、疲れたから上と下に分かれて寝てたんだ。そしたら、おじいちゃんが寝言でこう呟いた…復活の種…って」
『種とはどの植物の種なんでしょうか?』
ケビンは目を伏せながら続ける。
「わからない、どんなに調べても、遺伝子のこととか、書斎にあった昔のファンタジー小説とかしか出てこなかった。おじいちゃんがその寝言を言った頃ってさ…確か地下研究所で地球の復興を研究してた頃なんだ。そしてその中心にいたのがおじいちゃん…なにか関係あるんじゃないかなって僕は思ってる」
『地球は確かイリスウイルスで充満しているのですよね?』
ケビンは頭を振ってから顔を上げて、INOを見つめた。
「うん、生物をその個体がイメージしたままに変容させるためのウイルス、でも、それは余りにも過度だったために生き物は形を定められずに死に至った。もしコントロールできれば人間がライオンになることもクジラになることもできる。まあ、コントロールできる人なんて誰もいないさ」
と、ケビンはそこで笑って肩をすくめた。
「ほうほうほう、そんな事があったんですな、知らんかった」
「なんか凄いこと聞いちゃった」
「復活の種ってなんなんだろうな…」
「まあ、今初めて口に出して話した話だし知らなくて当然………って、うわあああ⁉︎」
いつの間にかケビンの真横にはいつもの3人組が一様に真顔で突っ立っている。
瞬時にケビンの顔が真っ青に染め上がる。
「ねえ? いつから聞いてたの?」
頬に指を当て首を傾げながらドルチェが、
「オルフェウス・コアの説明してる辺りから」
「めちゃくちゃ最初からじゃん‼︎ INOはこの人たちに気付いてたの?」
『はい、とても真面目に話していたので、水を刺したら悪いと思いまして』
声色の変わらない電子音声にケビンは頭を抱えて悶えながら、
「空気読む機能をここで学習するなよおおおお〜〜〜〜‼︎」
なんとなく聞かれちゃ不味そうな人達に不味そうなことを聞かれたケビンだった。
オルフェウス・コアとかどんどん新しい言葉が出てきますが、収集をつける算段はできてますゆえ、どうぞ読み進めていただければ幸いです。まだしばらく真面目な話が続きます、ギャグ系が好きな人には拷問かもしれませんがお許しください。ではでは〜m(_ _)m