エピソード13 実力
都原達がソーディスで午前中の授業を受けている頃、篤国沙耶はサイモンとシェリーを連れてテッツ・コット・ミロットの足取りを探っていた。
「沙耶お嬢様? 夜には地下研究所に行きますし、あまり体力を使わないようにしてくださいね」
シェリー・マクセラスが目尻を少し下げて言う。
「シェリー? 私はもう立派な戦士です。あなた達の訓練を乗り越えたのですから…」
少し早足で街を行く沙耶の表情は少し強張っている。
レゾナンスのほぼ中心にある生徒会タワーの麓に近い、昨日、テッツの襲撃を受けた周辺の繁華街のあらゆる道を沙耶達はまず調べることにしたのだった。それにはある理由があった。
「テッツの狙いは恐らく私たちと同じ地下研究所です。だとしたらアイツはまず私たちからこれを奪わなければいけない」
沙耶は自分のタイトスカートのポケットを指差す。
「複製不可能な地下へのパスですね?」
沙耶の後に続くサイモンが静かに確認する。
「ピンポンです。レゾナンスは学生のコロニーという表面ですが、その実、研究機関としては宇宙政府でも屈指のレベルです。なので、その中枢とも言える地下研究所に入るには正規の手続きと厳正な審査を通過し、この特別製のパスカードの入手が必要です。地下研究所に入れる人間はとても希少で他の持ち主も所有している事を隠すのに細心の注意をはらっている。ならば私達から奪うのが確実です。カウンターのテッツがいくらハッカーという側面を持っていても、これは作れない」
と、ポケットから一枚の銀色のカードを取り出す。
「これを手に入れるためにまず、テッツは私たちに接触してくるでしょう。先ほどから共鳴の反応はありますが、どうやらうまく避けられているようです。向こうに知覚系がいるのは間違い無いですね」
カードをポケットに仕舞うと沙耶はスカートのベルトにつけたウエストバッグを指差し付け足す。
「そのうち現れるでしょうが実力行使、となったら私はPWも使います」
「そうでしたね、お嬢様も今年、ナノマシンを血液に入れたんでしたね」
何処か苛立ちを感じている様子の沙耶を気遣う様に浅いシワを眉根に寄せてサイモンは言う。
「テッツが攻撃系の共鳴者なので私たちはPWくらい使わなければ勝てませんから」
肩に力の入った歩き方の沙耶の背中に護衛の二人は、彼女のとてつもない怒りの念を感じていた。
昨日、船員を二人も亡き者にされている憤怒の感情が彼女の身体から漏れ出ている。
「あの温厚なお嬢様でも流石に怒りますか…」
「ああ、とても仲間を大事にしているお嬢様らしいな」
沙耶には聞こえないようにヒソヒソと話す二人。
そんな時だった。
「おいおいおーい? どこ見て歩いてんだよ‼︎ ガキ‼︎」
大きな公園の前のクレープ屋のキッチンカーの前で、十歳にも満たない小さな少女が、坊主頭の耳と唇にピアスをした、いかにも素行の悪そうな高校生に絡まれている。
「この制服、特注品で高かったんだぞ‼︎ どうしてくれんだよガキ‼︎」
どうやらクレープを買った子供が男にぶつかり服を汚してしまったようだった。
人の良さそうなクレープ屋の主人も困った様に見ているだけの状態になっていた。
「親を呼べよってこのコロニーだと保護者は初等部の学校になんのか、おいガキ、教師呼べ…」
怯えて声も出ない少女を見るや、沙耶は男の方に向かってツカツカと歩き出す。
「お兄さん? 子供にその様な注意の仕方はいただけませんね。盗み聞きのようで申し訳ありませんが、話を聞くにその服は特注品らしいですね、私にはそんなに良い質のものに見えないのですが…」
凛とした表情で沙耶は真っ直ぐに男を一瞥すると、
「せっかくの美味しそうなクレープがダメになっちゃいましたね、これあげるから何処かで代わりの美味しいものを買って食べて下さい。このお兄さんとは私が話をしておきますので…」
満面の笑みで沙耶は財布から紙幣を一枚取り出すと、涙を浮かべた少女に渡す。少女はコクンッと頷くと走って道の向こうに消える。
「なに勝手に話進めてんだよ‼︎ そうかそうか、あんたがこの服弁償してくれんだな‼︎」
沙耶の顔を姿勢を低くして睨みながら近づいてくる男に沙耶は、
「そんな安物くらい私が弁償しても構わないのですが、私はあなたが気に食わないので嫌ですね。クリーニング代くらいなら出しますが?」
静かに、且つ強く悠然と語る沙耶。
「てめえ、綺麗な顔してるけどムカつくなー‼︎ オレが女は殴らねえと思ってんだろ‼︎」
唾を飛ばしながら凄む男だが、
「まるであなたが主導権を握っているような物言いですね…殴るって、あなたの拳が私に当たるの前提で言ってるんですか?」
「んだと‼︎ オラー‼︎」
「あらあら、お嬢様ったら、どうします? サイモン?」
十メートルほど離れた位置から観察しているシェリーが面倒臭いが九割、困ったが一割と言う表情で、頰に手を当ててサイモンに訊く。
「我々の出る幕ではないな」
サイモンは一言で答える。
拳を振りかぶる男を沙耶はキッと睨むと、
「器の小さい…」
呟いた瞬間には沙耶は男の拳が通る軌道を外れていた。
あっさりと避けられた男がタタラを踏むと、流れる様に背後を取った沙耶はその背中に軽く手を当て、一周横回転し横っ面に左蹴りを当て着地すると、姿勢を低くし右脚を軸に右回転し今度は男の懐に潜り込むと、空振りした男の右腕を掴み右肩を男の鳩尾にめり込ませ、今度は右脚を軸に左回転し左後ろ回し蹴りを男の顔面に叩き込み、そのまま地面に仰向けにねじ伏せた。
まるで練習用の木人に技を決めるかの如く鮮やかな妙技。
ほんの1.5秒ほどの出来事だった。
まるで全く抵抗もしなかったかのように倒れた男に整然と立つ少女は笑顔で、
「加減はしたので怪我はないでしょう、安心してください。筋肉は鍛えているようですが、だからといって強いというわけではありませんよ? 誤解しないでくださいね?」
「は、はひ…」
圧倒された事に驚いたのと顔への攻撃で呂律が回らない男。
「お店の前で失礼しました」
そう言って沙耶は店主に深々と頭を下げる。
華奢な少女が不釣り合いなほど大きな男を圧倒したのに言葉の出ない店主は、頭を二度縦に振るしかできないようだった。
沙耶はニコニコと護衛達の方に戻ると、
「少しスッキリしました。あの男性には感謝かもです」
「それはよかった。お強くなりましたねお嬢様」
感動を滲ませた声でサイモン。
「まあ、あなた達の弟子のようなものですから」
背中の後ろで手を組み胸を張る少女。
「サイモン…お嬢様が…お嬢様が…」
口を押さえ涙ぐむシェリーを他所に、
「とにかく時間がありません。夜までにテッツを見つけて無力化しないと、最悪、地下研究所まで着いてくるかもしれません。それと、今良い事を思いつきました。二人とも、行きますよ?」
そろそろ真面目な話が主体になっていきます。ここからが本当のリバイバルシードだと思うお話です。読んでいただいている方達にはとても感謝ですm(_ _)m




