エピソード7 レゾナンスの夜
学生にとって夜は解放的な気分になる甘美な時間。
ゲームするとか読書とか、友達と電話したりジムで汗を流したり、究極寝るという自由な時間。
学校が好きな人にとっては寂しい時間かもしれない。
都原たちはそういう観点から見ると中立、というのが正確だろう。
ソーディスには優秀な教師が多いし生徒参加型の授業も楽しい、どの生徒にも発言権を与えてくれる校風。
VSA操縦士養成学校とはお堅いイメージを持つが実質、普通の高校に近い。
「ま〜ハリス先生には毎度ドン引きだわ…」
ドルチェが都原とリッジスの数歩先をケンケンパしながら進む。
昼に屋台で冷やしカップうどんを買った公園だ。
レゾナンスは地球の日本で言うところの、神奈川県と同程度の広さのコロニーである。
都原たちがいるのは繁華街が囲む大きな公園。レゾナンスには公園は大小数多あるが、この公園は広さなら四つの指に入るだろう。外周5キロはある。
都原達が住む学生寮にはこの公園を横断した方が早いのでよく通るのである。
ジョギング向けに走りやすく舗装された円を描くアスファルトの道に、美術大学の学生が作ったオブジェクトなどが点々と配置されていたり、幼年期の子供達が遊ぶ、ブランコに滑り台といった、いわゆる普通の遊具が集中して設置された場所もある。
特筆するべきところは公園内に様々な屋台があるところだ。
屋台と聞くとたこ焼きとかホットドッグなどの屋台を想像するが、この公園の場合は少し違う。
まず屋台と呼べるのかも危うい。
簡易なのだが見た目が簡易ではない屋台と言ったらわかるだろうか?
普通にお店なのだ。寧ろ市街地の食事処より立派な佇まいでレンガ造のオシャレなカフェのようだったり、公園の真ん中を流れる小さな川に水車を儲けて、製粉する茅葺き屋根の蕎麦屋や木造パン屋etc…
そんな公園で3人は都原の提案で、鶏肉に海苔、麩やかまぼこに茹でたほうれん草の乗った五目蕎麦を食べて夕食を済ませた。
ケビンは実家がレゾナンスにあるので途中で別れた。
「あの人はあれがノーマルなんだよね〜」
リッジスが頭の後ろで腕を組み呑気に言う。
「この前も街の電気屋にいて、真面目な顔で何を見てるかと思ったら、子供向けの魔法少女アニメ再生専用の痛デザデバイスだったしな」
都原は先ほどの蕎麦屋が気に入ったのか、蕎麦とつゆと具がセットになった持ち帰り用の袋を片手に下げている。
「あたしを見る目が静かに血走ってる気がするのよね…」
「まあ、姐さんは魔法少女の格好とか似合うだろうね」
「そうですなぁ、フリフリのスカートとか似合いそうだしな」
リッジスと都原は腕を組んで頷く。
「え…そう?」
時間は18時を過ぎ、レゾナンスの花びらのようなソーラーパネルは完全に閉じ、夜モードなので、街灯の白い光でわかりづらいがドルチェの顔は薄く赤いよう見える。
「あ、満更でもない? ならコスプレしてみますか‼︎ 姐さん‼︎ そして俺の部屋で…」
「あんたはどうでもいい‼︎」
「ぐふっ…」
リッジスのみぞおちに強めに正拳突き。
「でも、そうなるとバラカイならOKって事に…」
まだ胃に蕎麦が残った状態で殴られ、苦しそうに腹を押さえて言うリッジスに、ドルチェは沸騰したように赤面する。
「そうなのか?」
キョトンとした顔で尋ねる都原。
「違うわよ‼︎ このクソ猿誤解を招くこと言わないでよ‼︎」
大手を振って否定するドルチェ。
「わかりやす…」
「ドラーーーーッ‼︎」
ドルチェの蹴りがリッジスの横っ面を弾いた。
「んー、ハリス先生、世界情勢の新聞とかすごく真面目に読んで、何か考え込んでる時もあるんだけどな…」
都原の呟きを聞いているものはその場にはいなかった。
都原達が人の行き交う繁華街に足を踏み入れると、少しいつもと様子が違った。
大きな交差点にある7階建ての商業施設の壁が一面ディスプレイになっているのだが、あまりこのコロニーでは聞かない物騒な内容のニュースが流れていた。
「なんだ?」
都原が呟くと、ドルチェとリッジスもディスプレイが真正面に見える交差点の一角で立ち止まる
報道関係の仕事を目指す学生のアナウンサーだろう女性の上半身とマイクが映っている。通行人たちは一様に立ち止まりそちらを注視している。
『先程、学園コロニーレゾナンス内に違法侵入した人物を探しています。身体的特徴は180cm程度の細めの長身で短めの黒髪、服装は青白いコートを羽織った男性です。定点カメラが捉えた画像はこちらです』
映ったのはアナウンサーの説明した通りの男性が夕暮れの商店街を歩いているのを斜め上から撮った映像。
「あら、結構なイケメンじゃない」
「侵入者の割には堂々と歩いてるな」
「で、この兄ちゃんが何したんだろ?」
3人が口々に言うと、
『対侵入者用のストローヘッドを破壊し侵入し、この映像を最後に行方がわからなくなりました。刃物か銃火器を所持している疑いがあるので、後を追うようなことはせずに、目撃した方は生徒会タワー広報部にまで情報の提供をお願いします』
そう言ってアナウンサーは頭を下げると、ディスプレイには食品のコマーシャルが流れ始める。
「ストローヘッドを1人で壊したのかな?」
リッジスが口を尖らせ首を捻る。
「丸腰に見えるけど…」
ドルチェも地面を見るように顎に手をやって考え込む。
「ストローヘッドって昔の機構甲冑の独立型のオートマタだろ? 武器無しにやれるもんじゃないぜ?」
と、都原が刀の素振りの動きをする。
「ま、いいじゃない? 保安委員会がなんとかしてくれるわよ」
「そうだね、今日は帰って漫画読みたいし」
「あー、俺もINOの補助はあったけどあの2人がいじったハードモードとやって疲れたから寝たい」
そう言いながら都原は左手にお持ち帰り蕎麦の袋を持ちながら右肩に手を当てて肩を回す。
「じゃあ、俺たちこっちだから」
「姐さんまたあした〜」
ソーディスのある丘の麓に学生寮は建っている。
ソーディスの全校舎が3個分は収まる、セキュリティのしっかりした10階建てのワンルームの学生寮が大量に並ぶ姿は荘厳である。
繁華街から続く道は左右に分かれ、右に進むと男子寮、左が女子寮だ。
「うん、2人とも明日もよろしくね。おやすみ〜」
その分岐点で3人は挨拶して別れると今日の仕事を終えた。
始まりの序章といったところまで来ました。今回は退屈な話だと思いますが、都原たちの生活が少しわかったと思います。彼らにはレゾナンスやそのほかのコロニーも歩き回ってもらう予定です。楽しんでいただけたら嬉しいです。では、また…