エピソード6 訪問者
カツン…カツン…と薄暗い通路に響く等間隔なリズムの音。
レゾナンスの外殻にある、港の物資搬送路である。
狼のようにパサついた立て髪のような漆黒の頭髪に凍りつくような鋭い目付きの青年である。
革製のパンツとシャツの上に膝まであるうっすらと青く見える白いコートを羽織っている。
「まさか俺を物としてコンテナに入れて運ぶとはね…舐められたもんだ…」
交易船の荷物に紛れレゾナンスの港に入り込んだ、青年は、本日は使われることのないこの場所に人目を避けて侵入した。
レゾナンスの外殻を円を描くように続く通路の内側は、金属で堅牢に作られた機械的な壁になっているが、外側はガラス張りで、外には浮遊する小さなゴミや小石がチラホラ漂っているのが見える。
「これで目当てのもんがなかったらぶっ殺すぞ…」
静かで冷徹な声の青年は、そう言ってコートのポケットから細い10センチくらいの長さの棒を取り出す。
端にあるボタンを押すと半透明な薄いガラスのような画面とキーボードが棒の側面から現れる。
スティック端末である。
画面にはレゾナンスのマップが表示されている。
彼がキーボードを慣れた手つきで音もなく叩くと、現在地に赤くピンが立つ。
「この辺のはずだ…」
周囲に目をやると、通路の途中に電子ロック式の重厚な扉があった。
その扉を一瞥すると、
「王都のものにしてはチープなセキュリティーだな…」
と、スティック端末の端から先が吸盤になっている端子を伸ばし、電子ロックのテンキー部分の横に着け、キーボードを数秒撫でると、ガコンッと音を立てて扉が開く。
そこで青年は端末に語りかける。
「ロンズバット、聞こえるか?」
すると端末の画面の端に金髪をアップバングにした、造形は良いが無表情な若い男の顔が映る。
『テッツ様、なんでしょうか?』
表情と同じ無感情な声。
「王都ってのはカウンター対策のひとつもしてねーのか? ざる過ぎるぞ」
『我々カウンターも十年近く攻勢を控えていましたし、特にレゾナンスは表向きはこちらに無益な場所ですから』
開いた扉に一歩踏み込みながら、青年…テッツはつまらなそうにため息を吐く。
「俺なら十年も敵が黙ってたら、逆に警戒するけどな」
白い光に包まれた100メートルはある廊下を進みながら呟く。
『交易が盛んなコロニーです。何事も起こらなければ次第に注意力が下がるのも仕方がないのかもしれません。今回の目的の件の老人に近付くにはどうしてもコロニー内に入る必要があります。交戦も厭わない、との上層部からの命令です。…そろそろIDのチェックが行われる場所に入ります。念の為、一旦通信は切りましょう』
「わかった、またな…」
通信が切れる。
廊下を半分まできた所で、天井の方から赤い光がテッツに降りかかる。
『IDを確認します』
どこからともなく響く電子音声が告げる。
その一瞬の後、白い廊下が一変、赤い光で満たされる。
『エラー、不正と思われる要素を検出しました』
アラート音が鳴り始める。
「ロンズバットに渡されたIDじゃ、こうなるか…」
異常事態を告げる中、テッツに取り乱した様子は無かった。肩幅に脚を開き状況を見る。
前後の廊下の天井が開き、白い案山子の様な人型のロボットが一体ずつ降りてくる。
「ストローヘッドか…リンクドールの独立版と言ったところか…俺にはロボットを虐待する趣味はないんだが…」
テッツを挟むように2体の案山子が着地するや否や、頭部から光線を放って来る。前後から放たれる、目で見てから避けることが不可能な光速の攻撃をテッツは難なく避ける。
が、
「っ…」
彼の頬にはナイフが掠ったような傷。
「鏡面加工か…」
ストローヘッドが放った光線が、廊下中の壁に反射しながらテッツを狙う。
それを勘と呼ぶには異常な反応で上下左右に動き避け続けるテッツ。
その上、機械人形はこちらに向かい走り出し格闘するつもりらしい。
リンクドール…かつてエデンの主力兵器であり、現在の宇宙政府が扱うVSAの原型。もし、ストローヘッドがリンクドールの独立型で出力も同等だとしたら…生身の人間は攻撃を防御した瞬間、その部位を失うことになる。
テッツは反射する光線を避けながら、
「この狭い廊下は処刑場ってわけか、埒があかないな…オイ‼︎ ロボ公‼︎ 良いもん見せてやる…」
テッツはポケットから2本の電動ドリルの芯を取り出すと、両手の人差し指と親指で軽く摘んで、駆け寄る2体のストローヘッドへ向ける。
空気の破裂するような音。
次の瞬間、ストローヘッドの頭部だけが、綺麗に砕け散った。
電子音を上げ、糸の切れた操り人形のように倒れる2体。
それを、テッツは軽く息を吐き、見下ろしながら、
「機械はパワーはすごいが、こういう意外性のあるオカルトは俺ら共鳴者にしか出来ないだろ? 生物舐めんな」
涼しい顔で言うテッツは頬の傷を撫でながら、
「さて、次が来ないうちに行くか…」
小走りで廊下の残り20メートルを走り切ると、スティック端末を再び取り出し、先程同様、扉の電子ロックを外し、
「さあ、仕事だ…」
開いたドアの先には人の行き交う夕暮れの街が広がっていた。
今回の悪役の登場でございます。彼がどうやってストローヘッドを倒したのかは、これから先を読み進めていただければわかると思います。では、また次回のエピソードで(о´∀`о)