Ⅰ-1 初授業
晴れ渡った穏やかな空に、軽やかな小鳥の鳴き声。そんな素敵な朝をぶち壊すため、一匹の使い魔が寮の屋根に立つ。すうっと息を吸った使い魔は、カッと目を見開いた。
「……ギエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
「ぎゃあああああ!」
何とも耳障りな地獄のような鳴き声に、私は悲鳴を上げて飛び起きた。視界に入ったのは見慣れぬ部屋で、窓の外には見慣れぬ景色が広がっている。
「……あ、そうだ私、カノンになったんだ」
爆睡して忘れていたが、私は転生したのだった。ふあぁと欠伸をすると、肩から髪がするりと落ちる。それは見慣れた黒色ではなく、まるで染めたようなピンク色だった。
そういえば、カノンになってから自分の姿を見ていなかった。部屋の中に鏡を見つけたので、覗いてみる。
「うわ、日本人どころか外国人でも珍しい色彩してんだけど」
髪は前髪から先っちょまで余すことなくピンク色。背中の真ん中くらいまでの長さで、さらさらだ。昨日はポニーテールにされていたので、これからもポニーテールでいこうと思う。
瞳はなんと金色。空にぽっかりと浮かぶお月様のような色合いで、長い睫毛に縁取られている。カラコンかと見紛うが、これが普通っぽいので慣れるしかない。
テオンハルトくんやシェリーちゃんという圧倒的な美形を見てしまったのでちょっと価値観バグるが、多分私の顔は美少女という部類に入ると思う。普通に可愛い。
「今日は何をするんだろう……もう授業始まるのかな?」
髪を結って制服を着て部屋の外に出てみると、他の生徒は何処かに向かっているようだった。着いて行ってみると、彼女達の行き先は寮の一階にある食堂だった。
かなり広く、テーブルと椅子が幾つも置いてある。Aセット、Bセットとあり、日替わりのようだ。適当にAセットを頼み、端っこの方の席に着く。
丸パンとミネストローネ、スクランブルエッグと中々に洋風なメニューだ。こんな美味しそうな学食が無料で食べられるだけで凄いことだとは思うが、欲を言うなら米が食べたい。この世界にはないのだろうか。
「いただきます」
周りが友達と一緒に食べている中ぼっちなのは寂しいが、クリスタルなので仕方ない。今もひそひそとこちらを見て何かを話している声が聞こえるので、落ちこぼれとは話したくないのだろう。
もきゅもきゅと咀嚼していると、食堂にテオンハルトくんが入って来た。昨日の主席挨拶を思い出し、また女子が群がるかと思いきや、誰も近寄ろうとはしない。遠巻きに頬を染め、ほう、と見入っている生徒が大半だ。もしかしたら、先生に彼に近寄れない魔法をかけられたのかもしれない。
イケメンって大変だな、と見つめていると、テオンハルトくんと目が合った。ぺこりと会釈され、慌てて同じようにすると、途端に女子からの視線が厳しくなった。
「何よあいつ、テオンハルトくんの何なの?」
「よく見たらクリスタルじゃない」
「アメジストの彼と吊り合う訳ないのにね」
うーん、友達出来たら良いなって思ってたけど、前途多難みたい。
授業は本校舎で行われる。寮から一年生の教室に入ると、中は階段教室のようになっていた。主に女子からの視線を感じつつ、一番端っこの席に座る。私の周りは誰も座らなかった。
「み、みみみ皆さん、初めまして、魔法基礎学担当の、ア、アリン・コノムルです。さ、早速ですが授業を始めます」
最初の授業は魔法基礎学だった。アリン先生はまるで小動物のような可愛らしい女性で、黒板の一番上に手が届いていない。と思ったら、背中から白い羽を生やしてふわふわと飛び始めた。愕然としているのは私だけのようで、アリン先生は普通に授業を進めていく。
「皆さんご存知とは思いますが、魔法には属性があります。火、水、風、雷、土、光、闇の七つがあり、扱いやすい属性は種族によって異なります」
やはりこの世界に居るのは人間だけではないらしい。前世では学ばなかったことがたくさんあるので、深く理解することはとりあえず諦めてノートに書き写していく。
種族は、人間族、魚人族、獣人族、天界族、魔界族、エルフ族、魔族の七つがあるらしい。アリン先生は恐らく天界族だろう。
「私達は異なる属性の魔法を扱い、互いに助け合いながら生活しています。各種族で扱いやすい属性は──あ、今日はここまでですね」
「皆さんごきげんよう。楽しい楽しい魔法歴史学の時間ですよ」
魔法歴史学の担当はエリザベス先生だ。柔和な笑顔を浮かべているが、なんとなく一番怖い先生な気がする。居眠りしたらチョークで額に穴を開けられそうだ。
「こんなことをしたい、こう出来たら良いな、そういった願いから魔法は発達していきました。しかし、平和なことばかりではなく、特に魔法が発展した時代には必ず大きな戦争が起きています。戦争によって魔法は発展したと言っても過言ではありません。千年前のヘアン戦争、八百年前のアエヘル大戦、五百年前のリンドの乱……それから、百五十前の人魔戦争」
この世界でも戦争は起きているようだ。今は平和なようだが、魔法を使える人が戦うとなるとかなり怖い気がする。
戦争の時代に発展したのは攻撃魔法だけでなく、回復魔法や腐り止めの魔法などもそうなのだそうだ。新鮮な食べ物が貴重になり、どうにかして食べ物を確保しないと、と苦心していたらしい。
「強い魔法使いになれば、それだけ戦うことも増えます。今まで世界中で起きた戦争の戦死者にも、スティリアの生徒はたくさん居ました」
ふいに、エリザベス先生がこちらを振り返り、ニコリと微笑みかけた。
「歴史を知ることは未来を変えることにも繋がります。先人達から教えを学び、明るい未来を切り開いていってくださいね」
「魔法創造学担当、ヘルメス・トリートだ。以後宜しく頼む」
かなり怖そうなヘルメス先生が魔法創造学の担当だ。なんというか、一睨みで象を殺せそうな気がする。耳がヒレのようになっているので、彼は魚人族なのかもしれない。
「魔法創造学では魔法を使って何かを作ることに焦点を置く。私が担当するのは魔法薬学だ。魔導具作成は一年生の後半で行っていく」
魔道具とは、魔力を注ぐことで動くようになる道具だそうだ。電気ではなく魔力を使う、掃除機や洗濯機などと言えば分かりやすいだろうか。
魔法薬は、材料を煮詰めて魔法をかけたものらしい。疲労回復、筋肉増強、魔力増加など、かけた魔法によって効能は異なるそうだ。
「魔力を蓄積しておける魔道具を作れば、魔力を持たぬ者でも魔道具を使えるようになる。魔法創造学で学ぶのは、どれだけ世界の役に立つ魔法使いになれるのか、ということだ」
この世界では皆魔力を持っているものかと思ったら、そういう訳でもないらしい。もっと詳しく聞きたいけど、多分この世界では常識だと思うから、何でそんなことも知らないの? ってなっちゃうかもしれない。
「魔法基礎学をしっかり学び、簡単な魔法は各自で練習しておくように。魔法が暴発なんてしたらその者の四肢を爆散させるからな」
「新入生だろうが何だろうが、魔法武闘学ではビシバシ扱いていくぞ! 魔法使いは根性だ!」
ゴルトルク先生は魔法武闘学担当。まぁ明らかに体育会系なので予想はつくが、とんでもないことをやらされそうな気がする。マラソン千周とか。
「基本的に魔法武闘学はグラウンドで行われるが、まだ整備がされていない! ということで、今日は全員でグラウンドの草むしりをするぞ!」
え〜、と生徒達が嫌そうな顔をするが、構わずにゴルトルク先生が「始め!」と手を叩く。渋々生徒達はグラウンドに散らばった。前世でも体育祭の前はこんなことやってたなぁ。
グラウンドに生えている雑草は、ピンクだったりオレンジだったりととてもカラフルだ。形も細長いものもあればゼンマイのようになっているものもあり、適当に一本抜いてみると小さく叫び声を上げてぼろぼろと消えてしまった。大丈夫、もう驚かない。
「うおおおおおおおおおお!」
突然雄叫びが聞こえそちらを見てみると、ゴルトルク先生が地面に向かって拳を振り上げていた。ガンッと勢いよく地面を殴ると、草だけが綺麗に宙を舞う。あの人何者? 化け物?
プチプチ草を抜きまくって、たまに草に追いかけられたりして、ようやく授業が終わる。疲れた顔の生徒達を見て、ゴルトルク先生は愉快そうに笑った。
「はっはっは! 良いぞ、身体を動かすとも魔法使いには必要だからな! おっと、そういえば大切な連絡をするのを忘れていた」
ゴホン、と先生が咳払いをする。何を言われるのだろう、と周りがドキドキしているのが伝わって来る。
「スティリアでは、実習は班で行われる。座学はその個人の器量次第だが、実習で評価を得るには班でのチームワークや協力が必要不可欠となる! という訳で新入生諸君、一ヶ月以内に班を作れ!」
生徒達がざわめく。既に班員の目星を付けている者、友達同士で誘い合う者、誰と組もうかと周りを見定める者など様々だが、私はというと冷や汗をだらだら流していた。
「班は四人から六人で、男女比は関係ない。班を組み、ヘルメス先生に申請して許可を貰えれば晴れて正式な班となる。しかし、班は早く決めれば良い、という訳でもない。魔法が得意な者も苦手な者も、馬が合う者も合わない者も居るだろう。組みたい相手の性格や成績をしっかり見極めるように。班活動の結果は成績にかなり響くからな」
要するに、成績優秀な生徒は奪い合いになる、ということだろう。逆に言ってしまえば、落ちこぼれは爪弾きにされる、ということでもある。
だってほら、今も私にクスクスと蔑むような笑い声が聞こえている。
「期間内に班員が出来なかった生徒は、こちらで適当に組むからな。しっかり考えて班を組むように! では解散!」
あああああああぁぁぁ、どうしよう! 班なんて組めるはずがない。スティリアに知り合いが居る訳でもない……と思うし、それに何より私はクリスタル。私と班を組んで成績が取れる、と考える生徒は居ないだろう。
期間内に班を組まないと適当にその辺のグループに入れられてしまう。仲良しグループに入れられたら気まずすぎて退学する。何とかしなければ。