Ø-5 女子寮の中で
「ランラン・カーチュ、ルビー!」
生徒が帽子を持ち嬉しそうな顔でステージから降りて行く。それを確認すると、先生が水晶玉とかを片付けていった。どうやら、格付けの儀式が全員終わったらしい。
「静粛に! 今回の格付けの儀式、良かった者もそうで無い者も居るだろう。だが、これはあくまで最初の階級を決めるだけのものだ。これからの六年間、階級を変えるチャンスはいくらでもある。下がることもあるがな」
ゴルトルク先生は一つ咳払いをして、何故か腕を曲げてよくムキムキな人がするポーズを取った。服が弾け飛び、私達は困惑する。
「良いかお前ら! この六年間、ひたすらに努力を重ねるんだ! 根性で階級をどんどん上げてみせろ! 魔法使いは根性だ!」
あの人、本当に体育教師だ。生徒の中にも何人か目を輝かせている人は居るので、気が合う生徒は居るかもしれないが、私とは合う気がしない。気合いじゃどうにもならないことがいっぱいあるんだよ。
「では、これで格付けの儀式を終了する!」
教師はそう宣言すると後ろに下がる。代わりに物腰柔らかそうな女性が前に出てきた。
「ごきげんよう、新入生の皆様。わたくしは魔法歴史学担当のエリザベス・トゥルートです。これから貴方たちが六年間過ごす寮へ案内します。女子はわたくしへ、男子はメルーノ先生へ着いて行ってください」
先生の指示に従い、寮まで歩く。結構生徒数多いなぁとか思っていると、クスクスと笑い声が耳に入った。そちらに目を向けると、耳が尖った女子生徒が数人、固まってこちらを見ている。
「あの人間族、クリスタルなんて有り得ませんわ」
「入学試験も本当に受けたのかしら。人間族だからお情けで入学したのではなくて?」
「やはり妖精族こそ全ての種族を統べるべき存在。そうでしょう、セイラ様?」
視線を向けられた女子生徒が、艷やかな長い柘榴色の髪を手で払う。頭の上に被せられた帽子に、サファイアの星が輝いていた。
「えぇ、勿論。妖精族以外の種族など、わたくしの敵ではありませんわ」
なんか物凄い敵視されてる。私がクリスタルだからなのか、人間族だから言われているのかが分からない。私クリスタルだから敵どころか同じ土俵に上がれるかも分からない。
周りの生徒は彼女達を煙たがっているように見えるが、セイラちゃん以外の子もほとんどがエメラルドだ。ちょっと高飛車な言動ではあるけど、それに見合う実力はあるのだろう。
と、エリザベス先生が止まり、こちらを振り向いた。顔を上げると、かなり高い建物が聳えている。恐らくここが寮なのだろう。壁には、無数の四角い光が輝いている。この窓の数だけ生徒が居る、となると気が遠くなりそうだ。
先生がパチン、と指を鳴らすと、何かが私達の手元にふわりと飛んで来る。キャッチしたそれは数字が刻まれた鍵だった。
「それは寮の部屋を開ける鍵となります。数字は部屋番号でドアにも書かれています。他の生徒の部屋へ入っても構いませんが、消灯の鐘が鳴る前には自分の部屋へ戻るようにしてくださいね」
エリザベス先生の言葉が終わると、私達より身長が高い生徒が前に出て来る。恐らく先輩だろう。大雑把にまとめられた橙色の髪が揺れた。
「新入生諸君、ようこそスティリアへ! あたしは女子寮の寮長、リズア・コンティ。よろしく! 何かトラブルがあったらいつでも言いな! 先生達、基本放任主義であんまり助けてくれないから」
エリザベス先生は「まぁ、人聞きの悪いことを」と言っているが否定はしないので、多分リズア寮長の言っていることは本当なのだろう。魔法学校ってやっぱり怖い。
話が終わると、周りはきゃいきゃいと楽しそうな声を上げて寮に入っていく。私もそれに続いた。
寮に入ると、まずロビーのようになっていた。受付のような場所があり、真ん中にはソファとテーブルが置かれている。階段とエレベーターらしきものもあった。他の生徒が階段を使っているので私も使うと、階段が終わったところに『一階』と書かれてあった。
「えーっと、135、135……あ」
部屋を見つけると、そこには頭から角が生えた女の子が居た。その子は私を見るなり顔を歪ませる。
「うわっ、クリスタルと同室とか最悪なんだけど! 別の部屋に出来ないか聞いてこよっ!」
「あっ」
話す暇もなく、女の子は走り去ってしまった。残された私はぽかんとするしかない。確かに落ちこぼれだけどさ、そんなに嫌がらなくても良くない? 感染らないよ?
この扱いがクリスタルでいる限り続くと考えると、なるべく早く階級を上げないとまずい。私の心が死んでしまう。
「でも、このままじゃ友達出来なさそうだし……分からないことあったら先生に聞きまくるしかないな」
溜め息を吐きながらとりあえず部屋に入る。中は思ったより広く、確かに二人は住めそうな広さだ。
真っ白な壁に薄茶色の床で、クローゼット、机と棚と椅子が二個ずつ置かれている。大きな窓の外には小さなバルコニーのようなものもあり、とても豪華だ。
「あ、これカノンの荷物だ。部屋まで運んでくれてたのかな」
二段ベッドにもたれ掛かるように置かれたトランクを開けてみると、ノートや教科書などが入っていた。多分これはカノンのものなのだろう。綺麗に整頓された様子からは、前のカノンが几帳面だったことが伺える。お母さんにやってもらったのかもしれないが。
「……お母さん、か」
カノンの記憶には家族の姿があるが、今はまだ家族とは思えない。それに、あっちも大切な娘の中身が知らない人になってた、なんて知ったら何をされるか分からない。
それでもいつかは会わないといけないと思うが、その時までに私はカノンになれるのだろうか。
「……あー、こういうの考えるのやっぱ向いてないな。為せば成るし、その時はその時だよね」
私は頭を振り、上のベッドに寝転ぶ。二段ベッドで寝るのが夢だったが、一人で使うのは予想以上に寂しい。本来なら二人で使う部屋に独りぼっちで、私は襲いかかる寂寥感を払うように目を閉じた。