Ø-4 格付けの儀式
なんやかんやで入学式が終わり、先輩たちが講堂から出て行く。新入生はこのまま残るらしく、何をするんだろうと思っていると、近くの生徒の話し声が耳に入った。
「次、格付けの儀式だよね? やだなぁ、緊張する」
「出来るならエメラルドが良いけど……一年生は基本パールかルビーだもんね」
何やら宝石の名前を話しているが、全く意味が分からない。壇上では先生達が色々と準備をしているようだが、何をしているか分からない。分からないことだらけだ。
頭に疑問符を浮かべているうちに先生達の準備が完了したらしい。新入生は椅子から立ち上がり、ステージの近くに集められる。
「私は魔法武闘学担当のゴルトルクだ。以後宜しく頼む。格付けの儀式の説明をするから、心して聞くように」
ゴルトルク先生はムキムキの妖精族で、ザ体育教師みたいな見た目をしている。あの夕日に向かって走ろうぜ! とか言いそうだ。
「格付けの儀式とは、このスティリア内での階級を決める大切な儀式である。これからお前達にはこの水晶玉に触れてもらう。すると色が変化するので、その色に応じて星飾りの帽子を渡す」
格付けの儀式では、先天的な魔法の資質や魔力量などを鑑みて階級を決めるらしい。これからの学校生活でいくらでも挽回出来るから、どのような結果でも気落ちするな、とゴルトルク先生は話した。
階級は上からダイヤモンド、アメジスト、トパーズ、サファイア、エメラルド、パール、ルビー、クリスタルとなっているそうだ。先ほどの女の子達の会話から察するに、パールかルビーを取れれば大丈夫なのだろう。
「説明は以上だ。では、これから格付けの儀式を始める! 最初は……キエナ・クルッケン! キエナ・クルッケンだ!」
名前を呼ばれ、三つ編みの女子生徒が緊張した面持ちでステージに上がる。キエナさんはゆっくりと深呼吸をすると、覚悟を決めた顔で水晶玉に触れた。
淡い光を放ちながら水晶玉の色が変わっていく。三秒ほどで水晶玉は桃色に染まった。それを確認した先生は名簿に何かを書き、口を開いた。
「キエナ・クルッケン、パール!」
わっと歓声が上がり、キエナさんが安心したように息を吐く。先生は桃色の星の形をした飾りが付いたとんがり帽子を持って来て、笑顔で彼女に手渡した。キエナさんが受け取り降りると、先生はまた名簿へ視線を向けた。
「次は……ゴース・ミッツヘン! ゴース・ミッツヘンだ!」
その後も同じような流れで格付けの儀式は進んでいく。帽子を貰った生徒の周りにはまだ貰えていない生徒が集まり、きゃいきゃいと話に花を咲かせていた。見た感じだと、基本的に同じ種族の人と絡んでいる。
「すご〜い、エメラルドだ! 私なんかルビーだったのに……」
「ウチの家系、魔力は多いんだよね。その代わりコントロールが絶望的なんだけど」
「なぁ、その星、俺と交換してくれねぇか? 俺勉強苦手だから、これから上げられる気しねぇんだけど」
「アホか、そんなことしたら先生にぶっ飛ばされるぞ。別にルビーでも良いだろ、最底辺のアレに比べたら」
私もお話したいな、と思ったが、知っている顔が居ない。『カノン』の記憶を見る限り、カノンはど田舎から出てきた子だ。故郷からスティリアに来た友達は居ないため、新入生の中に知り合いが居ない。これからの友達作りが不安になってきた。
と、その時、それまで賑わっていた講堂内が急に静かになった。ステージを見ると、そこには新入生代表の子が居る。
彼が無表情で水晶玉に触れると、水晶玉は紫色に変わった。ゴルトルク先生は驚きの顔で告げる。
「テオンハルト・アルクリス、アメジスト!」
途端に新入生は騒がしくなった。アメジストと言えば、上から二番目の階級だ。新入生のほとんどがパールかルビーなのに、どれほどの才能があるのだろうか。
「君には素晴らしい才能があるようだ。ぜひスティリアで十分にその才能を開花させてくれ」
「ありがとうございます」
ゴルトルク先生に褒められたが、当の本人は無表情で帽子を受け取っていた。というか、あまり嬉しくなさそうだ。もしかしたらダイヤモンドを取れると思っていたのだろうか。とんでもないなあの子。
男子生徒はやっぱりな、という顔をしていて、女子選手はまるでアイドルでも見るかのように目を輝かせている。キラキラなんてもんじゃない、ギラギラ光ってる。怖い。
「アルクリスって、王家直属の魔法使いを何人も輩出している妖精族の名家でしょ?」
「そうそう、アルクリス家の三男。かっこいいよねぇ」
「どうにかしてお近づきになれないかしら……」
女子生徒がきゃあきゃあと話す。本人はまるで聞こえていないように振る舞っているが、かなり凄い家系のようだ。そんなに優秀な人なのに、挨拶ちゃんと聞いてなくてごめんなさい。
彼は何も言わずに帽子を受け取り、ステージから降りた。女の子達が群がるかと思ったら、まるでモーゼのように生徒が避けていく。憧れの存在ではあるが、雲の上の存在でもあるらしい。
相変わらず感情は読み取れなかったが、一人で紫色に輝く星飾りを見つめる姿はなんだか寂しそうに映った。
「次は……カノン・アリアス!」
遂に私の名前が呼ばれた。まだ名前がしっくりこないな、と思いながらステージに上がり、水晶玉の前に立つ。先生は私の目をじっと見つめた。
「水晶玉には隠しごとは通用しない。自分のありのままの姿を伝えるんだ」
「分かりました」
とりあえず返事はしたものの、ありのままの姿を伝えるとは何だろうか。ていうかそもそも水晶玉に伝えるってどうやるの?
よく分からん、と思いながら手を乗せる。三秒。五秒。十秒経っても変化は見られない。一部だけ色が変わる、そんな変化すら訪れない。
「あ、あれ?」
あまりの反応の無さに思わず水晶玉をペチペチと叩くが、うんともすんとも言わない。そもそも喋りだしたら軽くホラーだが。
どうしたら良いのか分からず、ゴルトルク先生を見上げる。すると、先生は同情と困惑と驚愕を混ぜたような顔をしていた。要するに、とても複雑な顔である。特に不審な行動をした記憶は無いが、この世界の人にとってはおかしな行動をしてしまったのかもしれない。
すると、いつまで経っても変わらない水晶玉を見て、他の先生もざわめきだした。「まさか、あれは……」「いや、そんなはず……」と話をする様子に不安が増していく。
「え、どしたの? なんかあった?」
「ねぇ、まさかあの水晶の色って……」
先生達の様子に生徒もざわめき始めた。何ならアルクリスさんの時よりざわめいている気がする。待って、誰か説明して。全然状況が分かんない。
何をすれば良いか分からずゴルトルク先生を見ると、彼が私に近付く。そしてポンと肩を叩くと、何故か顔つきが優しいものに変わった。
「大丈夫だ。これから六年もあるのだから、挽回するチャンスはいくらでもある。これで気を落とさないように」
「え、あ、はい? ありがとうございます?」
慈愛に満ちた瞳でそう言われ、感謝しながら首を傾げる。脈絡のない優しさに脳内がハテナマークで埋め尽くされる。これはあれか、怒りを通り越して逆に褒めるとかそういうあれなのか。
未だに状況が掴めない私を見て、先生は可哀想、なんて言葉が聞こえて来そうな顔になった。ポンポンと私の頭を撫でると、生徒たちの方を向く。そして、大きく息を吸った。
「カノン・アリアス……クリスタル!」
クリスタルは確か一番下の階級だっ。今のところ、今年の生徒でクリスタルは多分私だけだ。珍しいから教師がざわめいていたのだろうか。それにしては大袈裟な気がする。
しかし、それを聞いた数秒後、講堂がドッと笑いに包まれた。
「アハハハ、クリスタルなんて本当に出す生徒居るんだ!」
「確か、格付けの儀式でクリスタル出した生徒って、五百年前が最後じゃ無かったっけ?」
「そうそう、クリスタルの奴は才能皆無だから、何の成果も上げられないで卒業していったんだよ」
大爆笑する生徒たちの話し声が耳に入り、思わず目を見開いた。それが本当ならば、私は五百年ぶりの奇跡的な落ちこぼれとなる。成績は平均くらいとか言ったのに、いきなり悪目立ちしてしまった。
「嘘でしょ、カノンごめんね……」
私が頭を抱えていると、先生がとんがり帽子を持って私の前に立った。クリスタルという名前の如く星は本当に透明で、まるで氷のようだ。
「その……気を落とさないように」
「ありがとうございます」
まるでドナドナされる牛を見るかのような目で、先生から帽子が渡される。それを受け取り、ステージを降りても誰も近付いては来なかったが、ヒソヒソと何かを話している様子はある。多分私のことを話しているのだろう。
「で、では次……リジア・チーグス! リジア・チーグスだ!」
気を取り直したように格付けの儀式は続けられる。私は手の中に抱えられた帽子を見た。
大きめのとんがり帽子はいかにも魔女という感じでテンションが上がる。前世ではハロウィンの時くらいしか見なかったが、改めて見ると結構可愛い。
そこに輝く透明な星飾りは、落ちこぼれの象徴だ。悲しいが、魔法についてよく知らないので、寧ろクリスタルで良かったのかもしれない。これから頑張って上げていくしかない。
勉強頑張るぞ、と私は小さく呟いた。