Ⅰ-7 特訓場にて
最初は、魔石に魔力を流す特訓から始まった。魔石とは魔力を貯蓄出来る石のことで、魔導具などに使用されているらしい。
やはり魔力を動かすイメージは難しかった。超能力みたいに手をみょんみょんさせてみたり、指先だけ触れてみたりと色々なやり方を試してみたが、中々上手くいかない。
「スプーン曲げる特訓とかしとけば良かったな……」
「何だよそれ。ていうか、魔石に魔力を流すことも出来ないってなると、カノンの魔力ってめちゃくちゃ少ないんじゃないか?」
ミスターなんとかさんを思い出して魔石に力を込めていると、ジェイがそう言って首を傾げた。魔力は身体の成長につれ増加するが、かなり個人差があるらしい。魔力を動かせないのではなく、少なすぎて認知出来ていないのではないか、ということだった。
「そうなのかな?」
「人間族は六つの種族の中で平均的に最も魔力が少ないとは言われているけど……でも、近年の人間族の魔力量は増加傾向にあるみたいだし、カノンにも物凄い魔力が眠っているんじゃない?」
六種族ではエルフ族が最も魔力量が多く、天界族と魔界族は大体同じで、その後に獣人族、魚人族、人間族と続くらしい。あくまで平均的な魔力量なので細かくは分からないようだが。
「本当に今まで魔法を使ったことがないのか?」
「うぇっ、あ、えーっと……」
テオに聞かれ、視線を泳がせる。私自身に魔法を使った経験は一ミリもないが、魔法学校に入学するのに魔法は使ったことがありません! というのはおかしい。前世の義務教育とは違うのだ。
家族に魔法使いが居なくて、と言おうとしたが、私は一切カノンの家族を知らないから、いつかボロが出てしまうかもしれない。
どうしよう、と考えて、適当な理由を思いついた。
「う、うん、私魔力少ないし、魔法も下手でさ。魔法上手に使えるようになりたいんだ」
あはは、と誤魔化すように笑いを浮かべると、テオは私を少しじっと見つめた後、ふいっと視線を逸らした。あまり追及されなかったことにこっそり安堵の息を吐く。
この世界での記憶がないというのはかなりキツい。常識が分からないから知らないうちにとんでもないことをしでかしそうで怖いのだ。
いつかはカノンの家族とも会わないといけないだろう。その時にお前はカノンじゃないだろ、なんて言われないように、出来るだけ早くこの世界に慣れなければ。そう考えながら、私は魔石を少しだけ睨んだ。
試行錯誤すること二日、ようやく魔石に魔力を流すことに成功した。
「凄いねカノン、よく頑張ったね!」
「うぇぇ、シェリーぃ〜……」
優しく頭を撫でてくれるシェリーに抱き着く。どうしても魔力のイメージが出来なかったが、三人が色々とアドバイスをしてくれたのだ。体内に血管とは別の魔力管がある、と教えてくれたことでイメージがしやすくなった。
魔力が流れると、魔石はその人の適正の色になるようで、私が染めた魔石は赤色になっていた。ルビーみたいで綺麗だ。
「じゃあ、次は魔法を使う練習だな」
魔法を使う時は、手や口など好きな場所に魔力を集める。人によっては杖やランプなど道具を使うそうだが、基本的には何も持たないのが理想らしい。もし道具が壊れてしまった時に困るから、だそうだ。
因みに呪文はあるにはあるが、適正の属性魔法を扱うために使うようなものではないらしい。もっと高度な魔法を扱う際に使うそうだ。
しかし、つい先ほど魔力を流すことに成功した私にとって、実際に魔法を扱うのはかなり難しい。前世であまりファンタジーものを読んでいなかった弊害がここに来て現れている。
「ゔーん……火、火……」
三人がそれぞれの適正の属性魔法を使ってくれるが、中々イメージが出来ない。そもそも火をしっかり見たことがないからかも、と思ってテオに火を見せてもらったが、やはり出来なかった。
「まだ時間あるから大丈夫だよ。落ち着いて行こう」
シェリーがそう言ってくれたが、落ち着けない。後四日で実習が始まってしまうのに、本当に魔法を使えるようになるのだろうか。
不安でざわめく胸を押さえ、私はうん、と答えた。
「駄目だ、寝れない」
寮のベットでむくりと起き上がる。あれから三日経ち、明後日には実習が始まるのに、私は少しも魔法を使える気配が見えないからだ。
私の焦りを感じたのか、三人は今日はゆっくり休んで、と練習をさせてくれなかった。精神状態は魔力に大きく関係しているので、不安定な状態で無理に魔力を動かすと流れがおかしくなってしまうらしい。特に魔法をあまり使っていない人は魔力の流れが変化しやすいそうだ。
体調を崩して実習に参加出来なくなっては本末転倒なので休んでいたが、何度も目が覚めて余計に疲れてしまった。
外を見ると、もう日は沈みかけているが、まだ消灯時間ではない。ということは、まだ訓練場は開いているだろう。
「……行ってみるか」
何もしないで無理に休むよりは、結果が出なくても何かした方が良いだろう。三人には内緒で、私は訓練場へ向かった。
中を覗いてみると、生徒は誰も居なかった。今までは明るい時間帯に行っていて、常に誰かの話し声が聞こえていたので、ここまで静かな訓練場は初めてだ。ちょっと怖い。
目を閉じて魔力を手のひらへ集めていくが、そこから先が難しい。ここから炎に移行出来ないのだ。本能寺の変で見るような真っ赤に燃えるのを思い浮かべるが、中々形にならない。
「このまま魔法使えなかったらどうしよう……」
不安で鼓動が速くなり、ぎゅっと胸を握り締める。精神状態は魔力に関わる、と言われていたのに、心を落ち着かせることが出来ない。不安が恐怖に変わろうとした時、突然目の前がパチパチッと弾けた。
「うわっ!? 何……え?」
それは一瞬だったけど、私は目を大きく見開いた。今見えた風景は何だったのだろうか。
町、いや、国が炎に包まれている。家が焼け、城が焼け、山が焼け、海が焼けている。叫び声がこだまして鼓膜が痛いくらい。皮膚が焼ける臭いと血の臭いが混ざり合って吐きそう。そんな風景が、今一瞬だけみえたのだ。
前世で実際に火事に遭ったことはなかったし、外国に行ったこともなかったからお城があるのはおかしい。先ほどの風景が私のものではないのなら、あれはカノンの記憶なのだろうか。
「でも、最近戦争は起きてないし……カノンの故郷で火事があったとか?」
よく分からない、と溜め息を吐いた瞬間、ドクリと胸が高鳴った。知らないうちに呼吸が早くなり、身体が熱くなっている。
──て
静かな訓練場に、はー、はーと犬のような私の呼吸だけが聞こえる。風邪を引いたの時のように頭がくらくらし、視界がぼやける。
──めて
まるで心臓が焼けているようだ。胸元を押さえて深呼吸するが熱は収まらず、寧ろ段々と大きくなっている。助けを求めるように辺りを見るが、誰も居ない。
立っていることもままならず、膝と手を床に付いた、その瞬間だった。
──やめて!
『みつけた』
頭の中に聞いたことのない、けれどよく知った声が響きわたりはっと顔を上げる。すると、叫び出したくなるほど甘くて気持ち悪い声が聞こえ、私の手から尋常じゃない大きさの炎がブワッと広がった。
「え、え、何これ!? ちょっ、止まって!」
瞬く間に炎はどんどんうねりを増し、あっという間に訓練場は炎に包まれてしまった。しかし私を包むことはなく、何故か熱さも感じない。煌々と輝く炎を目にして、私は狼狽えることしか出来なかった。
その炎の様子は、先ほど見た風景で燃え盛っていたものによく似ている。もしかしたらあの風景が現実になってしまうかもしれない、と考えるほど、炎は行き場を探すように荒れ狂っている。
このままでは訓練場が燃えてしまう。いくら手を押さえても握り締めても炎は止まらず、混乱して視界が滲んだその時だった。
「激流」
突如、上から大量の水が降ってきて、訓練場がプールのように水で満たされる。ごぼっと私の口から空気が漏れ、体内に水が入って来て痛いと思ったら、ひゅっと一瞬で水が消える。天井近くまで浮かんでいたので落ちる! と目を瞑ったが、予想していた痛みはやって来ず、ふわりと誰かに抱き抱えられた。
「アリアスさん大丈夫!?」
「げほっ、ごほ、メ、メルーノ先生……?」
その声は焦っていてにいつもの元気な様子はなく、私を心配そうに見つめている。何故彼がここに居るのだろうか。
どうしてここに居たのか、と問われ説明する。魔法が中々上手く使えないこと、突然見たことない景色が見えたこと、知らない声が聞こえたこと、自分の意思に反して魔法が暴走したこと。
自分でも話していて何言ってんだって感じの内容だったけど、メルーノ先生は少しも笑わずに聞いてくれた。それどころか、更に深刻な顔になって何かを呟きながら思考の海に沈んでいる。
馬鹿にしないでくれたのは有り難いが、とりあえず降ろして欲しい。よく考えたらこれお姫様抱っこだ。人生初のお姫様抱っこが先生って。
「……よし! アリアスさん、とりあえず寮まで送るよ!」
何がよしなのかは分からないが、メルーノ先生の中で何かが固まったらしい。足元からふわっと風が起きたかと思うと、次の瞬間にはもう寮の私の部屋の前に居た。転移魔法だろうか。
「焦っちゃうのは分かるけど、頑張り過ぎると辛くなっちゃうから、無理は駄目だよ。びっくりしたと思うから、ゆっくり休んでね」
「あ、ありがとうございます」
ようやく降ろしてもらい、感謝を告げて頭を下げた後、ドアノブに手をかける。すると、その手の上からメルーノ先生が手を重ねた。驚いて振り返ると、人差し指を唇に当てられる。
「さっきのことは、誰にも話しちゃ駄目だよ。先生との約束。出来る?」
普段からは想像出来ないほど静かな声で問われ、こくりと赤ちゃんのように頷く。メルーノ先生はにっこりと笑い、おやすみと言うと姿を消した。
次の日、私は火を出すことに成功した。コンロの火くらいのサイズだったが、シェリー達は凄い凄いとめちゃくちゃ褒めてくれた。
しかし、脳内にはあの鮮烈な輝きを放っていた業火がこびりついていて、私は上手く喜ぶことが出来ず、曖昧に笑ったのだった。