Ø-1 始まり
目を開けると、そこには黄色とピンクのネコが居て、私の顔にふんふんと鼻を鳴らしていた。そしてくぁぁ〜と欠伸をすると、ぴょんと私の上から降りた。それにつられるように身体を起こすと、ネコはにゃあと鳴いて部屋から出て行った。
なんとなく視線を下へ向けると、そこには布団がある。どうやら私はベッドで寝ていたらしい。それは別におかしいことではないのだが、どうしても解せないことがある。
胸元に赤色のブローチとリボンが付いたブラウスに、プリーツスカートを履いている。こんな服、私は持ってない。着たこともない。
というか、さっきのカラフルなネコ、何?
「……は?」
分からないことだらけで思わず出した声は、聞き慣れた自分のものではなかった。声の高さはほとんど同じだけど、絶対に違う。明らかに別の声だ。
というか、頭が痛い。ズキズキする。熱があるのかと頭を押さえると、布のような感触と同時に髪が落ちて視界に入って来る。その色を見て、私は目を見開いた。
「は?」
赤い。尋常じゃなく赤い。まるで血染めしたかのように。引っ張ってみたが、鬘のように外れる気配はない。まるでそれか地毛だというように、頭皮が引っ張られる。
助けを求めるように視線を彷徨わせて、私は自分が知らない部屋に居ることに気がついた。真っ白な床に壁、棚に並べられた大量の瓶、隣に並ぶ真っ白なベッド、アンティーク調の鏡……
視界の中に鏡を見つけた私は、ふらつく足取りでそこへ駆け寄る。鏡の中に映った少女を見て、私は絶句した。
真っ赤な髪に金色の瞳の少女が、何もかも理解出来ないという顔でこちらを見ていたからだ。
「はあ……?」
状況が全く理解出来ない。私は何処にでも居るような女子中学生で、髪も目も真っ黒だったはず。こんな顔じゃなかった。この女の子は誰なんだ。
それに、この部屋も知らない場所だ。私の部屋はこんなに綺麗じゃなかったし、友達の部屋という訳でもない。置かれている家具から保健室のような印象を受けるが、地元の中学校の保健室はこんな内装ではなかった。
「え、何、マジで何……? この子誰? この部屋何?」
とにかく分からないことだらけで頭がパンクしそうだ。すると、何処からか足音が聞こえてきて、部屋に入って来る。その姿を見て、私は目を見開いた。
「良かった、起きたのね。気分はどう?」
ネコだ。ネコが、アメリカンショートヘアと思われる灰色の毛並みのネコが、大人の女性くらいの身長があるネコが、白衣を着て立っている。その腕の中には先ほどのカラフルなネコが居て、呑気に欠伸をしていた。
コスプレにしてはリアル過ぎるし、ドッキリにしては目的がよく分からない。どちらにせよ私の前に彼女? が居る理由が分からない。
混乱して何も言えない私を見て、彼女は心配そうな顔をする。その仕草があまりに人間じみていて、私は思わず息を呑む。
「記憶が混濁しているのかしら。私は保健教諭のマリーよ。貴方は階段から落ちて気を失っていたのだけど……覚えているかしら? カノン・アリアスさん」
「うあっ!?」
その言葉、いや、名前を認識した瞬間、突然頭に情報が流れ込んできた。濁流のように無理やり入れ込まれ、脳味噌がぐちゃぐちゃになるような不快感から思わず蹲り、頭を抱える。目を閉じたのに、何故か数え切れないほどの風景が見えてくる。
知らない女性や男性と共に、食卓を囲んでいる。男性が美味い美味いと言って料理を食べ、女性が自信作なのよね、と私に笑いかける。それに『わたし』はどんな顔を返したのだろうか。
見たことのない少年が、『わたし』の手を引いている。花畑に着くと、少年は器用に花冠を作って頭に被せてくれた。よく似合ってる、と笑う君は、一体どこの誰なんだ。
他にも、数々の風景が流れ込んでくる。これは何、何の情報? いや、これはただの情報なんかじゃない。これは私の、『わたし』の記憶だ。
「アリアスさん、大丈夫!?」
マリーさんが突然苦しみだした私に慌てふためいている。脳内に無理やり記憶をねじ込まれた不快感と疲労感を我慢して、私は笑顔を作った。
「……はい、大丈夫です。少し記憶が曖昧で……何が起きたのか、説明していただいても良いですか?」