害獣退治しよう!①
曲陰を出て数日、一行は江寧の村を目指して歩いていたのだが……。
「ぜぇ……ぜぇ……そろそろなんですけどね……ぜぇ……」
涼しい顔して歩いている他のメンバーとは対照的にアンミツは腰に差していた剣を杖代わりにして、息も絶え絶えになりながら必死に腿を上げ、進んでいた。
「……やっぱり休んだ方がいいんじゃないですか?」
気を遣って休息の提案をリンゴがしたが、アンミツは青ざめた顔を横に振った。
「いえ、ここまで来たら江寧の村まで行った方が早いです……薬もあるはずですから」
「まさかアンミツだけキノコに当たるとはな。御愁傷様」
キトロンは空中で手を合わせた。
「キトロンくんは起源獣だからわかりますが、同じ人間で、同じものを食べたリンゴくんとバンビくんは何で平気なんですか……?」
「自分……鍛えてますから」
「いや、それでどうにかなる問題じゃないでしょう」
「オレはそもそも生まれてから腹を下すどころか、病気になったこともない」
「あぁ、馬鹿なんですね」
超人もとい馬鹿二人と自分を同列に扱うものじゃないと痛感した。
「考えてみればシュガや万修様もきっとあなた達側の人、わたしがしっかりと薬の用意をするべきでした……」
「その二人が用意してくれたのは、見事に全部傷薬と包帯だもんな。戦って怪我することは想像できても、病気になることは全く想定してない」
「ううっ……こんなことなら、勇気を出して断れば良かった……」
「アンミツさん……」
激しい後悔に苛まれ、顔をぐちゃぐちゃにするアンミツ。
その顔を見て、リンゴは申し訳なさと、同時に一つの根本的な疑問を感じた。
「……そう言えば、今さらなんですけど、何でこの旅にアンミツさんは同行することになったんですか?」
「ん?そんなことも知らずに旅してたのか、お前」
「ぶっちゃけ今の今まで何の疑問も抱かなかった。でも、今はめっちゃ気になる……!」
リンゴは目を輝かせ、アンミツの顔を見つめた。
「……なんか期待してるところ悪いですが、わたしがたまたま暇してただけですよ」
「いやいや!あのシュガさんが選んだってことはきっと何か意味があるはず!」
「いや、本当にわたしは……」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「「「!!!」」」
話を中断する悲鳴がこだました!
刹那、リンゴ達の表情は真剣なものに様変わりし、即座に臨戦態勢に入る。
「アンミツさん!バンビ!聞こえたよな!?」
「ええ……」
「もちのろんだ!!」
「自分達の進行方向から聞こえたってことは、江寧の村で何かあったのか?」
「残念ながらそれで間違いないかと……」
「なら……キトロン!」
「わかってますよ!こういう時のためにおれっちは選ばれたんだからな!!」
そう言うと、キトロンは目を瞑り、意識を集中する。
すると前方、少し先に人間とは違う荒々しい力の塊が感じられた。
「この感じは多分……起源獣だ!村が起源獣に襲われてる!!」
「そうか……アンミツさん!!」
リンゴがアンミツに目配せすると、彼はひきつった笑顔を浮かべ、親指を立てた。
「わたしは大丈夫です。だから早く行ってあげてください」
「わかりました!行くよ!バンビ!キトロン!!」
「「おう!!」」
二人と一匹は病人を置いて、全力で駆け出した。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「誰か!!?」
「誰かこいつをどうにかしてくれ!!」
「ヤシャアァァァァァァァァッ!!」
江寧の村を襲っていたのは細長い身体に透明な翅を四枚生やし、それを目にも止まらぬスピードで羽ばたかせ、空中を我が物顔で飛ぶ虫型の起源獣だった。
「皆さん!!」
「助けに来たぜ!!」
「ヤシャアッ!?」
リンゴとバンビ、ついでにキトロンが村に到着すると、その起源獣は空中で停止し、彼らをロックオンした。野生の勘で今までの奴らとはものが違うと察したのだろう。
「あなた方は……?」
「話は後!とにかく皆さんは一刻も早くここから離れるなり、住居の中に!!」
「は、はい!!」
リンゴの剣幕に気圧され、村人達は素直に彼の言葉に従った。
そして残ったのは獣と狩人達だけ……。
「バンビ、こいつのことは知ってるか?」
「名前は『ヤンラフィ』だ」
「……訊いておいてあれだけど、マジで答えてくれると思わなかった」
「こちとらこう見えて、いいとこのボンボンなんでね。ちゃんと勉強してきてんのさ」
「なら、こいつの弱点や攻略法は?」
「それは……」
「それは?」
「オ、オレ達には必要ねぇだろ!!」
バンビは冷や汗を垂らしながら、剣の柄に手をかけた。
「人のこと言える立場じゃないが……勉強したっていうなら、ちゃんと覚えておけよ!」
リンゴもまた懐から札を取り出す。そして……。
「行くぜ!鋼梟!!」
「惑わし、燃やせ!狻猊!!」
両者高らかに愛機の名前を叫び、装着。
片田舎の村に似つかわしくないガチガチの戦闘用マシン二体がここに降臨した。
「一番槍はもらうぜ!!」
先陣を切ったのは鋼梟!槍を召喚しながら、ヤンラフィに真っ直ぐ突撃する!
「そしてこのままジ・エンドだ!!」
そして捻り込むように槍を繰り出す!大気を切り裂き、切っ先は相当な速度に達していた!
「ヤシャッ!!」
ヒュッ!!
「な!?」
しかし、それをヤンラフィは難なく後退して回避する。
「くそ!!ちょっと加減し過ぎたか。なら、もうちょっと力を入れて!!」
鋼梟は気を取り直し、槍を強く握り込むと先ほどよりも速いスピードで槍を撃ち込んだ……が。
「ヤシャッ!」
ヒュッ!
「ちいっ!!」
また後退して回避。正確には先ほどよりもギリギリで動き、切っ先が届かないギリギリの距離だけを移動した。まるで余裕綽々だと言わんばかりに。
「この……舐めやがって!!」
その生意気な態度にぶちキレた鋼梟は怒りに身を任せ、槍を連続で突き出した!
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
「ヤシャッ!」
「くっ!?」
だが、結果は先ほどの再放送。ヤンラフィは見事に全ての突きを躱し切った。
(こいつ、なんて動体視力と敏捷性だ……オレの槍をここまで完璧に躱すとは……ただの害獣だと侮り過ぎたか……!?)
想像を超える害獣のポテンシャルに驚愕する鋼梟。その姿を複眼がただボーッと反射し続けていたが、刹那その奥に煌めきが走った。
「ヤシャアァァァァァァァァッ!!」
ブゥン!!ガリッ!!
「――ッ!?」
ヤンラフィ前進!害獣は自らを仕留めるために放たれた槍に向かって行くと、その周りを旋回しながら回避!そこからカウンターで、通り過ぎ様に鋼梟を爪で引っ掻いた!
「この!やりやがったな!!」
鋼梟はやり返すために、反転するがすでにヤンラフィは槍の射程外に逃げていた。
「ちっ!逃げ足が速い!!」
「ヤシャヤシャッ!!」
プラン通りに攻撃が決まり、上機嫌なヤンラフィ。
その顔に影がかかった。比喩ではなく、実際に。
「聖王覇獣拳!凶獣落とし!!」
頭上から狻猊の強襲!ドロップキックで害獣を叩き落と……。
「ヤシャッ!!」
ヒュッ!ドゴオォォォォォォォン!!
「ッ!!」
これまた躱す。ドロップキックは地面に炸裂し、虚しく穴を掘った。
「ヤシャッ!!」
ヤンラフィは即座に反転!不埒な襲撃者に反撃の体当た……。
ヒュッ!!
「――シャッ!?」
こちらも攻撃失敗!若獅子はしゃがみ込み回避すると、そのまま後ろに転がり、頭と両手を地面に着けた。
「上からがダメなら下から!聖王覇獣拳!凶獣昇天!!」
今度こそと二度目のドロップキック!腕と全身のバネを使い、地面からミサイルの如く発射!人間なら完全に意表を突かれ、まさしく昇天する渾身の一撃!しかし……。
ヒュン……
「……な!?」
しかし、それすらもヤンラフィは躱してしまう。
空中で逆さまになった獅子と害獣の目線が交差した。
「ヤシャアァァァァァァァァッ!!」
ブォン!!ドゴオォォォン!!
「――ぐあっ!?」
すでに目にも止まらぬスピードで羽ばたかせていた四枚の翅をさらに加速させると衝撃波が発生!それをぶつけて空中で無防備になっている狻猊を吹き飛ばし、地面に叩きつけた!
「つうぅ……!!」
身体の痛みから目を逸らして、起き上がる狻猊。そこに……。
「ヤシャアァァァァァァァァッ!!」
ヤンラフィ追撃!
「オレを忘れてんじゃねぇ!!」
その蛮行を止めようと鋼梟カットイン!側面から突きを放つ……が。
ブゥン!!
「ヤシャッ!」
「ちいっ!!」
けれど、これもまたあっさりと回避されてしまう。まるで自分には死角はないと言わんばかりにあっさりと。
「ありがとう、バンビ。お前が作ってくれた時間を無駄にはしない!」
だが、その僅かな時間のロスの間に若獅子は迎撃態勢を完璧に整えていた!腕を引き、人差し指を伸ばすとその一本に全ての力を集中させる。
「聖王覇獣拳!邪鬼穿ち!!」
「ヤシャアァァァァッ!!」
ピタッ!!
「――な!?」
必殺の刺突を放った狻猊だったが、その指を伸ばし切った先で、ヤンラフィは急停止した。
「あの速度から止まれるのか……?」
「ヤシャアァァァァァァァァッ!!」
ホバリングからの急旋回!その細長い身体を鞭のように、呆然とする狻猊に振るった!
バチン!!
「くっ!!」
再び吹き飛ばされる狻猊。その装甲によりダメージは無いに等しかったが、リンゴの精神の方は……。
(なんて機敏なんだ……!!オレがここまで手も足も出ないなんて……)
リンゴの心はかなりショックを受けていた。
拳聖の一番弟子であり、シュガからも鍛えられた自分は起源獣一匹程度は簡単に屠れると高を括っていたのだ。それが大きな間違いだと嫌というほどこの短時間で教えられた。
「狻猊……!」
「バンビ……」
リンゴと同じ精神状態のバンビであったが、ついこないだそのリンゴにこてんぱんにやり込められたおかげか、すでに気持ちを切り替えていた。
それはそれとして、打開策が思いつかないので、こうして話かけているのだが……。
「どうするよ?」
「どうするって言われても、奴の機動力と動体視力の前では、自分達の攻撃ではどうにも……」
「なら、見えない所から、死角から攻撃すれば……」
「それがきっと正解なんだろうが、視界自体もかなり広い。すでに上下左右からの攻撃には反応され、回避されている」
「なら後ろか」
「だけど、きっと奴もそのことをわかっているはず。簡単に後ろは取れ……」
「え?」
その背後に蠢く影を見た。彼らの仲間、アンミツがゆっくりと剣を振りかぶっている姿を。
「よいしょ!!」
アンミツはそのまま躊躇することなくヤンラフィに剣を投げる。
ザシュッ!!
「――ヤシャッ!?」
すると、今までの何だったんだと言わんばかりにいとも容易くヤンラフィの翅を切り裂いた。
「あんなあっさり……」
「マジかよ」
「二人とも!呆けてないで、早くとどめを!!」
「あっ!」
「そうだったな!!」
アンミツに急かされ、鋼梟突撃!片翼を失ったヤンラフィに一気に近づくと……。
「バランスが悪いだろ?オレが整えてやるよ!!」
ザシュッ!!
「――ヤシャッ!?」
これまた簡単にもう片方の翅を槍で貫いた!
「狻猊!美味しいところを残してやったんだ!きっちり仕留めろよ!!」
「言われなくても!!」
続いて緑の若獅子!ヤンラフィの眼前に迫り……。
ガシッ!!
「――ヤシャッ!?」
散々苦しめられてきた複眼のついた頭を上下から掴むと……。
「聖王覇獣拳!魔花捻り!!」
グルッ!!ザグシャッ!!
「――ッ!!?」
ヤンラフィの視界が一回転した。
狻猊が両手を回し、獣の頭を捻り切ったのだ。
ヤンラフィの視界が一回転した。
その後、すぐに真っ暗になって何も見えなくなった……。
「……駆除完了」
リンゴはそう呟くと、落ちた胴体の切り口の側に自らが奪い取った頭を置き、狻猊を待機状態に戻し、手を合わせ、目を瞑り、祈りを捧げた。
「理由はわからないが、お前も別に悪意があってやったわけではないのだろう。仕方ないこととはいえ、悪いことをした」
リンゴが目を開けると、その隣で仲間達もまた黙祷を捧げていた。
リンゴから少し遅れて、仲間達が目を開くと、自然と輪を作り、向かい合う。
「お疲れ様でした、お二人とも」
「よくやった。褒めてつかわす」
「キトロン、てめえって奴は……」
しんみりとした雰囲気をぶち壊す妖精をバンビ怪訝な顔で睨み付けた。
「アンミツさん、ありがとうございました。あなたの奇襲がなかったら、自分達は今も戦っていたでしょうね」
「たまたま遅れて行ったことが功を奏しただけですよ」
アンミツは照れくさそうに頬を掻いた。戦闘後で興奮しているのか、青ざめていた顔に赤みが戻り、なんだか調子を取り戻したように見える。
「あとヤンラフィの攻略法を知っていたのが良かった」
「攻略法!やっぱりあるんですか!?」
「ついさっき嫌というほど理解させられたでしょうが、ヤンラフィの複眼は最新鋭のカメラ以上の動体反応と視界の広さを誇ります。それがあの機敏としか形容できない飛行能力と合わさると、回避能力に関しては凄まじいことに」
「あぁ、オレもリンゴも結局、アンミツさんが翅を切り落としてくれるまで一撃も与えられなかったからな」
「正面から戦ってヤンラフィに攻撃を当てるのは至難の技。なので、セオリー通りなら複数人で討伐にあたり、注意を引き付けている間に隠れていた人が死角の後ろから……それが正攻法ですね」
「はからずも自分達は同じ構図を作っていたんですね」
「ええ。単独で駆除する場合はヤンラフィに認識されずにこれまた後方から距離を取って狙撃で仕留めるのがベスト。気づかれた場合は、丈夫さに自信があるなら、思いきって、動かない」
「は?動かないって……動かないってことか?」
キトロンの馬鹿みたいなおうむ返しに、アンミツは首を縦に振った。
「ヤンラフィの複眼は動くものへの反応を追及した結果、逆にゆっくりと動くものや止まっているものに対しての反応が鈍いんですよ。だから、すれ違い様に爪による攻撃を狙ってきたら、あえて動かない。すると、目測を誤って、勝手に懐に突っ込んで来て、あっさり捕まえられたりするんです」
「「へぇ~」」
リンゴとバンビはアンミツの説明に感心する。そして同時に強く反省する。
「それが知っていれば、こんなに苦労する必要なかったのに」
「だな。もっとちゃんと勉強しておけば良かったぜ。ったく!」
「自分も対人戦のことばかり考え過ぎていた。師匠は元々起源獣退治で名を馳せ、聖王覇獣拳もその中で磨かれていったというのに……」
「「はぁ……」」
若さゆえか、単純にそういう性格なのか、根拠のない自信を常に漲せている二人も今回はさすがに落ち込んだ。
「まあまあ、足りないとわかったのなら、学べばいいだけの話です。成長の糧にできれば、それは失敗ではない」
「……そうですね。くよくよしてても仕方ない。教訓を得たと前を向きましょうか」
「おう!」
「その意気です」
瞳に輝きを戻した二人にアンミツは優しく微笑んだ。
「んじゃ、話もまとまったことだし飯……の前に、また話をきかねぇとダメっぽいな」
戦闘の音が聞こえなくなったからか、周りの住居から住民が恐る恐る出て来た。
「父上の言った通り、あんな起源獣が現れるなんて普通じゃねぇ」
「話を訊いてみよう。もしかしたらまたすぐに……バトルになるかもね」
リンゴの予想は見事当たった。この後すぐに彼らはまた別の強敵と合間見えることになるのだった……。




