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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
林江漫遊記
98/163

次なる目的地へ

 リンゴと万備が突発的な組み手をしてから一週間、一行は万修の屋敷で世話になっていた。

「はあっ!!」


カンカンカンカンカンカンカンカン!!


 離れにある練武場に棒をぶつけ合う音が響き渡る。リンゴが万修に稽古をつけてもらっているのだ。

「どうした?そんなんじゃ、いつまで経っても私に一撃も与えられないぞ」

「くそ!!」


カンカンカンカンカンカンカンカン!!


 煽られても仕方ないほどの差があった。リンゴの攻撃は全て万修にいとも簡単に捌かれてしまう。

「くっ!?」

「フッ。やはり拳聖玄羽の一番弟子と言えど、我が槍術には敵わんか!!」


カン!グルッ!カァァァン!!


「ッ!?」

 万修は器用にリンゴの棒を受け止め、絡め、その手から奪い取り、弾き飛ばした。そして……。

「はあッ!!」


ブオォン!!


「ぐっ!?」

 顔面に突き!……を寸止めした。それに伴い巻き起こった風だけが、汗だくのリンゴの顔を撫でた。

「……お見事」

「そりゃあな。なんてったって、君が生まれるずっと前から、槍を振っているんだ。負けやしないさ」

 そう言って微笑むと万修は礼をして正座する。

「ありがとうございました」

 リンゴも倣い、頭を下げると彼の対面に座った。

「短い間だったが、私が教えられること、見せられることは全てやれたと思う」

「ええ、大変貴重な経験をさせてもらいました。ここに来て、万修様に稽古をつけてもらってようやくシュガさんの言葉を心の底から理解できました」



 時を少し遡り、リンゴがシュガに旅に出ることを命じられたあの時……。

「あの~」

「ん?なんだ?」

「シュガさんのことですから考えがあってのことでしょうが、何故なんですか?自分はまだあなたの下で学びたいことがたくさんあるんですが……」

 その時のリンゴはシュガの発言にいまいち納得が行かなかったので、遠慮気味にだが、食い下がってみた。

 だが、そのリンゴの口から出た言葉こそが“答え”だったのだ。

「俺からもっと学びたいというが、お前はもう十分学んだよ」

「ですが……」

「そしてこれ以上学ぶと、今度は逆効果……悪影響が出始める」

「え?」

「俺の戦闘スタイル、仙獣人としての身体能力と幻妖覇天剣の変形能力を使った戦い方をこれ以上学んだら、きっと骸装機使い、聖王覇獣拳継承者としてフォームを崩すことになる」

「そんなこと……あるんですか?」

 リンゴの問いかけに、シュガは力強く頷いた。

「更に言うと、組み手相手として良くない。俺のトリッキーな戦い方にばかり慣れると、変なところで足下掬われることになるぞ」

「それは自分も自覚があります。だから、時折三バカ烏や他の兵士、そして今やったようにイメージトレーニングで色んな相手と戦うようにしているんです」

「そのバリエーション、大分前から増えてないだろ」

「うっ!?」

 痛いところを突かれたと、リンゴは思わずたじろいだ。

「お前には才能がある。そこに全く異論はない。だが、ここで延々と同じ事を繰り返すだけなら、きっとその輝きは失われていくことになるだろう」

「だから旅ですか……?」

「あぁ、各地を回って色んなものを見て、色んな奴と戦って来い。さすれば必ずお前はもっと強くなる」



「……それで一番最初に訪ねるべきだと言われたのが、灑の国随一の槍の名手であられる万修様だったのです。その妙技を後学のために絶対に見ておくべきだと」

「ふむ……あの灑が誇る銀色の剣にそこまで言われのは、満更ではないな」

 そう言いながら、万修は嬉しそうに顎髭を撫でた。

「個人的には君は好感の持てる青年だし、槍の才能も感じられるから、もっとじっくりと腰を据えて、学んで欲しいのだが……」

「もったいないお言葉。ですが、この旅の目的は多くの経験をすること。一ヶ所に長居するわけにはいきません」

「そうか……では、予定通り」

「はい。明日早朝、曲陰を発ちます」



 そして、翌日の朝……。

「忘れ物は……ないですね?」

「はい」

「おうよ!!」

 万修の屋敷の門の前で、アンミツが確認すると、リンゴとキトロンは親指をビシッと立てた。

 その和やかな光景を万修は朗らかに、息子の万備は苦々しく眺めている。

「それではお世話になりました万修様」

「大したことはしてないがな。それよりもマウには本当に乗って行かないのか?」

「ええ。急ぐ旅でもありませんし、のんびりと猛華の大地を踏みしめて行こうかと」

「そうか……それもまた一興か」

「はい」

 リンゴは視線を万備に移した。

「万備もまたな」

「ふん!オレは別に会いたくねぇけどな」

「あれ?自分に負けっぱなしのままでいいの?」

「てめえ!!」

 勝ち誇ってほくそ笑むリンゴの顔に、万修は苛立ちを隠しきれなかった。

「こっちだって、お前らが色々とやってる間に鍛え直して、絶対に強くなってやる!!その首洗って待ってろよ!!」

「あぁ、自分としてもあの戦いは不完全燃焼だったからな。是非とも君には強くなって欲しいよ」

「上から目線で……!!」

「今は間違いなく、自分が上だからな」

 両者の視線がぶつかり、バチバチと火花を散らす。

 その姿を見て、万修は……笑った。

「二人ともその意気や良し!!これはあれだな!この熱い思いを冷まさないように一緒にいた方がいいな!!」

「「……え?」」

「というわけで、バンビよ!リンゴくん達の旅に同行させてもらいなさい!」

「いや、父上!?ちょっと待って――」

「こんなこともあろうかと、荷物は用意してある!!」

「――くっ!?」

 門の裏に隠してあった風呂敷を投げつけ、父は息子を強制的に黙らせた。

「いきなりで悪いが、バンビくん宜しく頼むよ!」

「え?自分は別に構いませんが、名門万家の一人息子を……いいんですか?」

「私も昨日までは、ここでしっかりと槍と学問を修めることがバンビのためだと思っていた」

「でしたら……」

「しかし、君とシュガ殿の話を聞いて、気持ちが変わった。息子に必要なのは、様々な経験なのだと。もしかしたらその有り余る力を制御できるヒントを見つけられるかもしれんしな」

「力を制御……そう言えば、自分達の組み手の後にもそんなこと……」

 リンゴがバンビの方を向くと、彼は「ふん!」とそっぽを向いた。

 その子供っぽい姿を見て、父は「やれやれ」と苦笑いを浮かべる。

「実はですな、我らの先祖には仙獣人がいるのです」

「え!?仙獣人って、シュガさんみたいな!!?」

「ええ。その影響か、何世代かに一人、異様に身体能力が発達した者が生まれるんですよ。時として、ものすごい目が良かったり、ものすごい足が速かったりね」

「では、万備は……」

「ええ、異様に力が強くてね。それだけ聞くと、武門の跡継ぎとしては、これ以上ない存在だと思えるでしょうが、こいつは不器用で加減ができないから、自らの自分の武器を握り潰してしまうのです」

 瞬間、リンゴの拳にあの手応えがなく、まるで砂糖菓子のように崩れた槍の感触が甦った。

「あれはそういうことだったのか……」

「息子は息子なりに努力をしてますが、どうにもうまくいかない。私自身もどうすればいいか困っていたところに、あなた達が訪ねて来てくれた。これも何かの縁……どうか息子を連れて行ってくれませんか?」

「父上!?」

 万修が深々と頭を下げる。人格も品格も持ち合わせた男にここまでされては、リンゴはもちろんバンビも何も言えない。

「……わかりました。息子さんを、バンビを連れて行きます」

「おお!そうですか!バンビ、お前もいいな?」

「父上にそこまでされては……従いますよ、オレは」

「ではでは、どうかよろしくお願いいたします、安密殿。そなたならば、我が子を安心して預けられる」

「いえいえ、わたしなんかは別に」

((ん?))

 やたらと万修からの評価の高いアンミツにリンゴもバンビもちょっとした違和感を覚えたが、ちょっとだけなので心の奥に押し込めて、黙っておくことにした。

「えーと、それでは早速ですが、息子さんと一緒に出発させていただきます」

「ええ、どうか幸運を……ちなみにどこに向かっているのですか?」

「それは……リンゴくん」

「はい。自分達は『泰宿 (たいしゅく)』を目指しています」

「泰宿……是の国との国境を守る城塞都市だな。けれど、何故そこに?」

「それはシュガさんが……」


「とりあえず泰宿を目指してみろ。是との国境近くにある」

「どうしてですか?」

「お前は先の戦いで、慇とは戦ったが、是とはないだろ?」

「まさか、国境侵害して殴り込んで来いと……!?」

「馬鹿を言うな、戦争はしばらくこりごりだっての」

(しばらくってことは、いつかはしたいのか)

「泰宿が是からの侵略に目を光らしているように、あちらもあちらで『泰真 (たいしん)』なんてふざけた名前の都市から、こちらに睨みを効かせている。だから遠目からだが、最新モデルの撃猫とか見れるかもしれんと思ってな」

「撃猫……!」

 その名前を聞いた瞬間、心が高鳴ったのをリンゴは感じた。

「やはり興味があるか」

「はい。弟弟子のもう一つの愛機ですから」

「そしてお前の師匠、拳聖玄羽の愛機、闘豹牙もまた撃猫の系譜にある機体。さらに言えば、デザイン的に狴犴やお前の狻猊もかなり強い是の国のエッセンスを感じる。一度、その目で見た来た方がいい」


「……とのことでしたので、とりあえずは」

「そうか……泰宿ね……」

 万修は眉を八の字にして、顔をしかめた。

「何か問題でも……?」

「いや、どこに行くかは旅をする君達が決めることだから、何も文句はない。ただ最近、あの辺りでは不穏な雰囲気が漂っていると風の噂で聞いてな。なので、気をつけて行きなさい」

「わかりました。心にとどめておきます」

「あとこの曲陰から泰宿に向かうなら、途中にある『江寧(こうねい)の村』に寄ってみてくれないか?」

「江寧の村ですか?別にいいですけど、そこに何が?」

「これまた最近不穏でな。起源獣に立て続けに襲われているんだよ。実を言うと、君が訪ねて来てくれた日に私が留守だったのも、そこの様子を見に行っていたからなんだ」

「そうですか……わかりました。どうせなら色んな場所を見たいですし、寄ってみます」

「本当に色々とありがとう。君に伝えることはこれで終わり。あとは……」

 万修は息子の方に真っ直ぐ向き直した。

「バンビ、突然のことに戸惑っていることだろうが、一生懸命取り組めば、何事も糧になる。だからこの旅、真剣に向き合いなさい」

「はい……!」

「あと、リンゴくんはお前より年上なんだから、敬語を使え」

「えッ!?自分より年下なの!?」

 リンゴはバンビの顔を舐めるように観察し直したが、とてもじゃないが、自分より年下には見えなかった。

「悪かったな、老け顔で。けど、今に見てろよ。そのうち父上くらいの年になった時には、きっと逆転して、オレの方が若いって言われてるはずだ」

「いや、それは別にいいし、だからどうしたって感じだけど……っていうか敬語は……?」

「それも今のうちだけ。若い時は一歳、二歳の差がとてつもなく大きく感じるが、いずれはプラマイ三歳くらいは同い年って感覚になるだろう。なので、オレはお前に敬語は使わん」

「そんな無茶苦茶な……」

「まったく……そういう屁理屈なところは私似、意地っ張りなところは母親似だな」

 万修はまた苦笑した。

「こんな生意気な息子ですが、どうか仲良くやってください。同年代でありながら、かの煌武帝の生まれ変わりと目される諸葛楽殿や蒼天の射手次森勘七殿と肩を並べて戦ったあなたに、憧れを拗らせて、嫉妬しているだけですから」

「父上!!」

 バンビは顔を真っ赤にして、否定しようとしたが、その顔こそが父の指摘が何よりも正しいことを物語っていた。

「仲良くどうこうは約束しかねますが、必ずここ曲陰に無事に帰しますよ」

「お前が約束せんでいい!それはオレ自身がする!父上、この万備、必ず一回りも二回りも大きくなって帰ってきます」

「うむ、楽しみにして待っておるぞ」

「では、そろそろ……」

 リンゴが反転すると、アンミツ、キトロンと続き、最後に後ろ髪を引かれながらもバンビが父に背を向けた。

「父上……行ってきます」

「存分に楽しんで来い、息子よ」

「それでは江寧の村に向かって出発!!」

「「「おおう!!」」」

 こうしてリンゴ一行は新たな仲間を加え、次なる目的地へと歩み始めた……。

「……せっかくだから、お土産にまたあの店で肉まん買ってこうぜ」

「キトロン……カッコいい出発が台無しだよ」

「じゃあ買わないのかよ、肉まん」

「それは買うけど……」


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