槍の達人に会いに行こう!②
「あれが噂の狻猊か……!」
男は何の変哲もないように見える札の奥に潜む異様な気配を察知し、生唾を飲み込んだ。
「自分のことを色々知っているみたいだね」
「同じ年代、同じ国に生まれた者として最低限はな……」
「なら、もったいぶる必要はないな!!」
そう言うと、リンゴは頭上に札を投げた!そして……。
「惑わし、燃やせ!狻猊!!」
その真の名を高らかに叫ぶ!
主人の声に反応し、札は光の粒子に分解、それが緑色の機械鎧に再構成され、林江の鍛え抜かれた肉体を覆っていく!
その姿はまさに未来へと駆ける若獅子!鬼才懐麓道が生み出した九つの特級骸装機の一つ、狻猊!曲陰に降臨!
「これはまた……堪らねぇな!!」
黄金の鬣を持つ新緑の獅子の姿を見て、男は身震いした。半分は恐れおののいて、半分は楽しみでだ。
「相手にとって不足はねぇ!!オレ達も行くぞ!鋼梟!!」
勢いよく剣を鞘から引き抜くと、狻猊同様分解、再構成を行い機械鎧となって男に装着される。
「はっ!!」
さらに槍を召喚すると、威嚇するようにぐるぐると振り回した後に、構えを取った。
(鋼梟……確かジョーダンさんが戦ったことがあったなんて話を聞いたような聞いてないような……駄目だな、骸装機はからっきしだ。まぁ、自分は武道家だから、戦いながら覚えていけばいいか)
自分の不勉強を棚に上げたリンゴは手のひらを広げ、頭上に掲げた。
「……何のつもりだ?」
「せっかくだから、そっちの流儀に則ろうと思ってね。来い!狻猊棍!!」
声と共に狻猊の手のひらの中にボディーや鬣と同じ緑と金色で彩られた棒が出現する。
「はっ!!」
獅子はそれを握り締めると、自分にもできると言わんばかりに先ほど鋼梟と同じ動きで棍を回し、構える。
(こいつ……!!)
当然男はいい気はせず、マスクの下で顔を大きく歪める。
「……想像していた百倍負けん気が強いな……!!」
「よく言われる」
「オレの真似したことは百歩譲って憧れゆえの行動ってことで許してやる。だが、そもそも得物を出したのは何故だ?」
「さっき言ったろ。そっちの流儀でやってやるって」
「つまりあれか?本来は徒手空拳がメインのてめえがわざわざこっちの土俵の武器で勝負して、あろうことか勝つつもりでいるってことか?」
「イエス」
男はどこからかプチッと何かがキレる音を聞いた。
「てめえはシバき倒す!!」
激情のまま鋼梟、踏み込み、そして突く!
「はあっ!!」
カンッ!!
「――なっ!?」
それを狻猊は冷静に棍で捌いた。
(こいつ……言うだけのことはある……!)
刹那、男は即座にクールダウン。リンゴと狻猊の認識を改め、精神と体勢を整え、そして……再び突く!
「ウラァッ!!」
カンカンカンカンカンカンカンカン!!
「はっ!!」
絶え間なく繰り出される槍を狻猊は淡々と捌き続ける。端から見ると、棒をつつき合って遊んでいるようにしか見えないが、実際は達人でしかわからないフェイントや技術がいくつも織り交ぜられた高度で熾烈な攻防だ。
「ちっ!腹立たしいが、本当にできるな。うちの門下でも、これだけの使い手は数えるほどしかいない」
「聖王覇獣拳は徒手空拳だけではない。あらゆる武器、環境を利用して戦う全領域、全生物対応、武芸百般の究極の武術だ!」
「大言壮語過ぎるだろ……って、笑いたいところだが、単騎で紅蓮の巨獣とやり合い、一時的にとはいえ動きを止めた男が作ったものなら、反論できねぇな」
「ずいぶんと殊勝だな。もしかしてもう心が折れたか?」
「冗談!聖王覇獣拳が凄いのは認める。拳聖玄羽がヤバいのももちろん認める。だが、お前がオレより強いとは……認めるつもりはない!!」
「!!?」
鋼梟は今までを遥かに超えるスピードとパワーで突きを繰り出した!棍の先に向かって!
バギバギバギィン!!
「ちっ!!」
槍の切っ先は見事に棍を捉え、力任せに引き裂いた。
狻猊は棍だったものを捨てると、すぐさまバックステップ、距離を取った。
「さすが万修の教え子というところか……」
「てめえが器用なのは認めるし、そういうやり方が悪いとも思わない。だが、こちとらひたすら槍だけに向き合い続けてきた意地がある!下らないノリでどうこうできると思うなよ!!」
鋼梟から立ち昇るプレッシャー。それは紛うことなき、武人の持つ覇気だった。
それを肌で感じ、リンゴは気を引き締め直した。
「……そんなつもりではなかったが、不快に思ったのなら非礼を詫びよう」
「悪気がなかったら、余計にタチが悪いつーの」
((確かに))
観客に徹しているキトロンとアンミツは心の中で激しく同意した。
「なんにせよここからは自分もずっと向き合い続けて来た拳と蹴りで、全力で相手をさせてもらう……!」
狻猊は腰を下ろし、半身になると身体から適度に力を抜いて、本来にして本気の構えを取った。
「ったく……最初からそうしろよ!!」
棍を狙い通り破壊できたことで、自信がついたのか鋼梟はそれに臆することはなかった。今までと同じように大地を踏みしめると、その力を一分も漏らさず槍に伝え、突き放つ!
それに対して、武器を失った若獅子は……。
「はあっ!!」
回避ではなく、その自慢の拳で弾くことを選択!
ガァン!!
「ちっ!!」
(よし!!)
結果は獅子の勝利。狻猊の裏拳は槍の柄を側面から叩き、軌道を逸らした!
(このまま追撃で!!)
意気揚々と狻猊は拳を引き、反撃に移……。
「ふん!!」
「な!?」
狻猊が攻撃に移る前に、鋼梟はすでに第二撃の準備を整えていた!さっきよりも強く槍を握り込み……。
「もう一発!!」
再度突きを放つ!
「何度でも!!」
若獅子もまた先ほどと同じように裏拳を繰り出す!
ガァン!!
「「――ッ!?」」
今回の結果は引き分け。槍も拳もお互いに反発する磁石のように弾け飛んだ!
(なんてパワーだ!下手したら完全適合した特級の応龍並みだぞ!?)
「もう一丁!!」
(ちっ!悔しいがここは……)
ヒュッ!!
(下ろさせてもらう!!)
第三戦は鋼梟の不戦勝。狻猊はこの豪槍を捌くのは無理だと判断し、回避を選択した。
「逃げるか!!」
「意地の張り合いはな。けど、勝負自体を降りるつもりはない!!」
狻猊は鋼梟の攻撃直後を見計らい、攻撃を……。
「させるかぁ!!」
「!!?」
ヒュッ!!
「ちいっ!!」
させてもらえず!また鋼梟はリンゴが驚愕する速度で再攻撃の態勢を整え、即追撃を放ったのだ!
「突き以上に戻りが速い!?」
「これが万家流の槍術だ!お前なんかにどうこうできる代物じゃない!!」
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
防戦一方。狻猊は槍を避けることで精一杯で、反撃することはかなわなかった。
「くそ!?」
「拳法を馬鹿にするつもりはないが、武器持ち相手にパンチやキックだけで勝とうなんて本来は無茶なんだよ!よっぽど実力差があるならともかく、同等以上なら間違いなく武器を使ってる方が勝つ!!」
「そんなこと!!」
「あるんだよ!!」
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!チッ!!
「――ッ!?」
ついに槍が狻猊を掠めた!黄金の鬣の端を削り取ったのだ!
「決着の時は近いみたいだな。拳聖の一番弟子!!」
鋼梟は勝利を確信し、吠えた!
しかしそれは時期尚早というもの。聖王覇獣拳の使い手に対して、認識が甘過ぎるとしか言いようがない。
「あんたは強い攻撃を打つのに、何が一番大切だと思う?」
「……はぁ?」
「だから強い攻撃を放つためには、何が必要だって思っているんだ?」
「てめえ……!!」
鋼梟は打つ手無しと判断した狻猊が自分をなんとか口八丁で混乱させようとしているのだと思い、不快に感じる。
同時に一人の武の救道者として、この質問自体には真摯に答えなくてはという謎の使命感もまた感じていた。
「……一つじゃねぇ。真の攻撃は、あらゆる要素がきれいに噛み合ってこそのものだ。どれが一番大事と軽々しく、決められるものじゃない」
「うん、そうだな。だが、ここではあえて“踏み込み”だと言わせてもらおう。大地を力強く踏むことが、何よりも攻撃において大事だと」
「はっ!確かにな!じゃあ、拳聖の弟子様に見てもらおうか!オレの渾身の踏み込みからの最強の突きを!!」
鋼梟は宣言通り、足を力強く地面に……。
「拳聖の足は巨神盤古の足!本気で踏めば、猛華全土を揺るがす!聖王覇獣拳!巨星震脚!!」
ドンッ!!ゴゴゴッ!!
「――なっ!?」
タイミングを合わせ狻猊が大地を踏み抜くと、大地が揺れ、鋼梟は体勢を崩した!
「ちっ!!このぉ!!」
それでもなんとか鋼梟は突きを放った……威力は半減しているが。
「撃って来たことは褒めてやるが、そんな破れかぶれの攻撃では、自分は倒せん!」
その惰弱な槍の切っ先に向かって、若獅子は力が乗りきった拳を撃ち込む!
「聖王覇獣拳!剣砕き!!」
バギバギバギィン!!
「なっ!!?」
拳は見事に槍を捉え、力任せに撃ち砕いた。
人生を懸けて来た得物を破壊されたということはこの勝負、つまり……鋼梟の負けである。
「くそ!!?オレが槍を!!くそ!?万修の教えを受けたこのオレがまさかこんな!!」
鋼梟は悲鳴にも似た悔恨の言葉を叫んだ。いつまでもいつまでも……。
「くそ……何でとどめを刺さないんだよ……」
鋼梟の前では狻猊はすでに札の形に戻り、中から出てきた汗を滲ませた生身の林江が真っ直ぐとこちらを見据え、立っていた。
「もう勝負は着いたからだ。これ以上する必要はない」
「情けをかけるつもりか……!?」
「それはこっちの台詞だ」
「……あ?」
「剣砕きは相手の武器の攻撃の起こりに、カウンターを当て破壊する技だ」
「……実際にオレの槍はぶっ壊されたわけだが、それに何の不満がある?」
「いくらなんでも手応えが無さ過ぎる。あんたの槍はすでに限界が近かったんだろ?というか、動きにまだ余力があったようにも見えたし……何ゆえ手加減していたんだ?」
「はっ!手加減だと……そんなんじゃ……!!」
鋼梟はギュッと握った拳を見下ろした……とても恨めしそうに。
「……あんたは一体……?」
「そいつは自分の力の制御も、客人のもてなしもまともにできない私の馬鹿息子だ」
「「「!!?」」」
突然聞こえた声の方を向くと、リンゴや鋼梟の装着者に匹敵するほど体格に恵まれた男が顎髭を撫でながら立っていた。
その気品溢れる出で立ちから、リンゴ達は即座にその正体を理解する。
「あなたが……万修様ですね?」
「いかにも」
「では、自分が今まで手を合わせていたのは……」
リンゴが振り返ると、鋼梟も待機状態の刀に戻り、あのふてぶてしかった大男が、バツの悪そうな顔を晒していた。
「えーと、あの……万修が息子、万備 (ばんび)だ。なんか……悪かったな」




