槍の達人に会いに行こう!①
曲陰――灑の国の城塞都市の一つである。その特徴を一言で言えば……。
「平均的な灑の都ですね」
市場の屋台で麺を啜っていたリンゴは、なんとも言えないアンミツの曲陰評を聞き、その手と口を止めた。
「あの……もうちょっと何かないんですかね?それだとあまりにも……」
「言いたい気持ちはわかりますが、実際にそう表現するのが一番なんですよ。人口も大体真ん中、経済的にも真ん中、特別な名物もないし、起源獣は周辺にそこそこ潜んでいるから、そこそこ危ない。住み易いと問われれば、住み難いことはないと返される……そんな場所なんですよ、ここは」
「かもしれないですけど、それでも何か……っていうか、周りに聞こえるような声で言わないでくださいよ」
リンゴはキョロキョロと周りを見回し、アンミツの失礼にも聞こえる発言に腹を立てている人はいないかと恐る恐る探した。
「びくびくしなくても大丈夫ですよ。ねぇ?店長」
「おう!餃子お待ち!」
「待ってました!!」
恰幅のいい男が大皿一杯の餃子をテーブルに置くと、目を輝かせたキトロンが一目散にかぶりついた。
「兄ちゃん、気を遣ってくれるのは、ありがたいが、ここに住んでいる人間は、そういう良くも悪くもないところを誇りに……は思ってないが、まぁなんとなく気に入ってる。ちょっと他のところの人間からしたら、自虐的かもしれんが、だから何も問題ない」
「それならいいですけど……」
「ただひとつ、ひとつだけ絶対に馬鹿にしちゃいけないことがある。『万修 (ばんしゅう)』様のことだ」
「万修……」
リンゴが目配せすると、アンミツが餃子を白米の上にバウンドさせながら、頷いた。
「万修様はこの曲陰の誇りよ。ここを代々守る武門の生まれながら、決して偉ぶらず、あっしらのことを家族のように扱ってくれる」
「いい人なんですね」
「性格だけじゃねぇぜ!強さもとびきりよ!!前皇帝と現皇帝のはた迷惑な兄弟喧嘩はこの曲陰のことを考えて、静観したが、あの慇との戦いでは、まぁ八面六臂の大活躍よ!!」
「確か水晶孔雀を三機、武雷魚はその十倍、三十機落としたと」
「おっ!よく知ってるじゃねぇか!あの大戦で最強の戦士は誰かって話になると、大抵拳聖玄羽か、煌武帝の生まれ変わり、盤古の操者、諸葛楽って答える奴ばかりだろうけど、ここで聞いたらほとんどは万修様って答えるぜ。少なくとも槍使いとしては最強だと」
「槍使いといえば丞旦と応龍の組み合わせも有名ですが、彼らよりもですか?」
「当然!つーか、そいつって、どっちかっていうと、悪知恵とか骸装機にヘンテコな機能付けることで有名だろ。そんなセコい奴が万修様と槍で競おうなんて、おこがましいってもんよ!」
「さいですか」
リンゴは思わず苦笑いをした。もしここにジョーダンがいたら、怒り狂って応龍で屋台を破壊していたに違いない。
「ありがとうございました。興味深い話が聞けて、楽しかったです」
「こっちも万修様のこと自慢できて満足だ。ここであったのも何かの縁だ。お土産に肉まん持って行きな。もちろんサービス、ただでいいぜ」
「やったー!見た目だけじゃなく、中身も太っ腹だぜ!店長!!」
「おうよ!!見た目は余計だけどな!がはっ!!」
キトロンの言葉に自らの腹をポンと叩いて返事をすると、店長は屋台へと戻って行った。
「いい奴だったな」
「うん。人の良さでは平均を超えてるかもね」
「あの店長さんだけが特別なだけな気もしますが」
「なんにせよ俄然万修さんって人に興味が出てきたよ。贔屓目だとしても応龍より上だと豪語されるほどの腕前……是非とも手合わせしたい……!」
リンゴは瞳の奥に闘志の炎をメラメラと燃やした。
「熱くなるのはいいけど、お前がそうしている間にせっかくの飯は逆に冷えていくぞ」
「あ……」
「なんにせよ全てはご飯を食べ終わってから。腹が減っては戦はできないって奴ですよ、リンゴくん」
「はい!拳聖玄羽が一番弟子、林江!今は食に全力で向き合います!」
食事を終えた二人と一匹は散歩がてら曲陰を周りながら、噂の万修の屋敷に向かった。
「確かここら辺だと……」
「あのデカい屋敷じゃないか?アンミツの旦那」
「……ですね」
アンミツは地図を畳み、懐に仕舞うと、一際大きな屋敷の門へと歩き出し、リンゴとキトロンはお土産の肉まんに舌鼓を打ちながら、それに続いた。
「……うん。ここで合ってます」
「これだけ大きな屋敷だと、使用人の一人や二人、門の前で待ち構えていそうですけど」
リンゴは肉まんを食べ終えた親指を舐めながら、周囲を見渡したが、自分達以外の人間を見つけることはできなかった。
「誰もいませんね」
「んん~、どうしましょうか?日を改めます?」
「いや、せめて門をノックなり、声だけでもかけてみるなりしてからにしましょうよ。宿を探すならそれからでも遅くはない」
「そうですね。では、リンゴくん、お願いします」
「はい」
リンゴは喉の調子を整えると、門を叩き、意を決して口を開いた。
「ごめんください!!連絡した王都春陽から来たらものですが、万修様はいらっしゃいますか!?」
「門は開いている!!入れ!!!」
文句の奥から苛立ちがにじみ出た大声が聞こえた。二人と一匹は思わずお互いの顔を見合わせる。
「なんか怒ってない?」
「そう聞こえる喋り方なだけなんじゃねぇの?」
「かもしれませんが……」
「そんな人があんなに慕われるとは思えない」
「つーか、そもそもこの声の主が噂の万修様と決まったわけじゃねぇだろ」
「そうか。だったら、この声は……」
「どうした!!用があるんじゃないのか!!」
再び響く怒声。三人は無言で頷き合う。
「とにかく入りましょうか。ここでぐだぐた話していても仕方ないですし」
「何より失礼ですからね」
「んじゃんじゃ、念願の万修邸、気合入れて行ってみよう!!」
「おう」
「はい」
リンゴが門に手をかけ、押すと声の通り鍵はかかっておらず門は難なく開いた。
その先にあったのは広大な庭で、端の方には槍術の訓練用の棒や人型の的が置いてあった。
だが、それ以上に目を引くのは、ドンと屋敷の前でふてぶてしく腕組みをし、腰には剣を差して、威圧感バリバリで待ち構えている大男であった。
(デカいな。この人も自分と同じくらい。筋肉も凄そうだし、いい武道家になりそう。年齢は……自分より少し上かな)
男の分析をしていると、ギロリと視線が動き、目が合った。
「お前が拳聖玄羽が一番弟子、林江だな?」
「はい。あなたは?」
「オレのことなどどうでもいい」
「いや、そう言われても……」
「ふん!ならば貴様と同じく一番弟子だと思ってくれればいい。天下一の槍使い、万修のな」
「万修殿のお弟子さんでしたか。で、その万修殿は何処に?」
「今は所用で出掛けている」
「では、また改めてお伺いした方がよろしいですかね?」
「悪いが、オレは貴様と万修を会わせるつもりはない」
「……え?」
「万修に槍の手解きを受けに来たのだろうが、貴様にその価値があるとは思えない。それでも受けたいというのなら、オレの言葉に納得できないというのなら、戦士として、その力を示してもらおうか……!」
男は腰に差した剣を握った。
そんな臨戦態勢、溢れんばかりのやる気全開の光景を目にして、リンゴは顔を覆い、キトロンはニヤニヤした。
「この感じ、滅茶苦茶懐かしいな、リンゴ!!」
「やめてくれキトロン……若き日の失態をほじくり返さないでくれ……」
「そうは言っても、こんだけ完璧なデジャヴは中々ないぜ。思い出すなって言う方が無理な話だ」
「わかるけど、わかるんだけど、マジで勘弁してよ……」
「おい!何、勝手に盛り上がってるんだ!!」
ないがしろにされた大男はさらに怒りを募らせた。
そしてその姿がまたリンゴの恥ずかしい記憶を刺激したのは、言うまでもない。
「そういう短気な感じもそっくりだ……」
「さっきから何を言ってやがるんだ!てめえらは!!」
「後で教えるよ……同じ苦しみを、将来顔から火が出るくらいの辱しめを与えてからね」
顔を真っ赤にしたリンゴは懐から札を取り出した。




