エピローグ:Dynasty
灑の国の片隅、心地よい風に頬を撫でられながら、道無き道を三人の男が歩いている。
「ここでいいか……」
布にくるまった長物を背負った男がそう言って、立ち止まると、残りの二人も足を止め、彼の方を振り返った。
「そうだな、これ以上は……」
「名残惜しいですけど……」
「あぁ……」
全員の顔に寂しげな笑みが浮かぶ。お互いの顔を見合せると、これまで共にしてきた苦楽が鮮明に甦り、感情が溢れ出しそうになる。けれど、そんな恥ずかしい真似はこいつらの前では絶対にできないとそれぞれが必死に堪える。
「湿っぽいのはオレたちの柄じゃない」
「ええ、永遠の別れってわけでもないですし、ここはあっさりと……」
「だな……」
「じゃあ……」
「ええ……」
三人はお互いに背を向け……ようとしたその時!
「ちょっとお待ちよ!ボク抜きで別れのセレモニーなんてやるんじゃない!!」
「ヒヒン!!」
「「「!!?」」」
突如、聞き覚えのある声と嘶きと共にどこからともなく空から白いマウ型のマシンに跨がったおさげメガネが降ってきた!
「「ジョーダン!?」」
「兄さん!?」
「やあやあ、皆さんお久しぶりで」
ジョーダンはネニュファールから飛び降りると、のんきに手を振った。
「お久しぶりで……じゃねぇよ!!あの呂九平原の決戦のどさくさで姿を消しやがって!」
「まあまあ、これには事情が……」
「なんだ言ってみろ!?しょうもないことだったら、承知しねぇぞ!!」
激昂するカンシチの横でセイとラクも眉間にシワを寄せて、ウンウンと相槌を打った。
「それはまぁ……キミたちが体験したことをご勘弁願いたかった……ってところかな」
「……何?」
「王都の居心地が悪くなったんだろ?」
「それは……」
怒りで歪んでいた三人の顔が、ジョーダンが指摘しためんどくさい出来事を思い出し、なんとも言えない困ったような表情へと変わった。
「やっぱり……」
「最初はちやほやされて嬉しかったんだけど……」
「次第に一緒に事業を起こさないかとか……」
「うちの娘を嫁に貰ってくれないか……とか……」
「そりゃそうなるよ。ボクたちは活躍し過ぎた。内輪揉めならともかく、敵国の皇帝や大幹部、そして何より復活した伝説の紅蓮の巨獣の討伐に関与してんだから。功績のおこぼれに預かろうとする俗物どもが群がってくるさ」
「あぁ……本当にしんどかったよ……はぁ……」
カンシチたちは思い出しただけで疲れて、ため息をこぼした。
「で、それが嫌でお前は……?」
「まぁ、それはそうなんだけど、そこまでなら我慢できる。それ以上になったら……ね」
「それ以上……?」
「現姫炎王朝をひっくり返すための神輿にされることさ」
「オレたちが灑を転覆させる道具になるってことか!?」
「それだけの価値が今のボクたちにはあるってことだよ。姫炎のやり方にみんながみんな満足しているわけじゃない。むしろ、彼は潔癖すぎるところがあるから、内心嫌がっている権力者は多いだろうね」
「そんな……」
そこまでは考えていなかったセイたちは思わず言葉を失い、顔を青くした。
「だから、このタイミングで国を出て行くのは賢明だと思うよ。そもそもカンシチ以外は元々灑の国関係無い人間だし」
「なんかその言い方だと薄情な感じがして、嫌だが……」
「まぁ、シュガさんがいればどうにかなるでしょう。ちょっと姫風様がやたら張り切っているのが、気になりますが……」
「えっ?そうなの?」
「ええ……まだ国内が安定していないというのに、対外戦力の拡充を申し出て、お兄様と言い争いに……」
「ありゃま。きっと呂九平原で戦った王全皇太子……今は王全皇帝か、彼に焚き付けられたんだね」
「だとしたら、やっぱりぼくたちも戻った方が……」
「いやいや、火種を増やすだけだって。それにそれこそ灑の王族が自分たちで解決しなければいけない問題だよ」
「そう……ですか」
「そうそう。今までの歴史に倣って兄弟同士で玉座を争うか、それともまた別の道を選ぶかは彼らと灑の国民が選ぶべきだ」
「……ですね」
ジョーダンの言葉で改めて考えを確固たるものにした三人は顔を上げ、僅かに微笑んだ。おさげメガネもそれに笑顔で返す。
「んで、キミたちはこれからどうするの?」
「オレは慄夏でジジイの墓参りしたら、すぐに猛華を出る。特に行き先は決めていないが……慄夏は暑いからな、涼しいところにでも行こうかな」
「そうか……ようやくトレジャーハンター星譚の物語が始まるんだね」
「ぼくも猛華を出ます。ただぼくが傷つけた灑の国を回ったあとですけど。できれば、そこで何か償いになるようなことができればいいんですが……」
「あれはお前のせいじゃないし、慇との戦いで、もう灑の為に十分すぎる働きをしたよ……って、言っても無駄なんだろうな、お前の性格上」
「……はい」
「償いもいいけど、できる限り早く猛華は出ろよ。この中で盤古に選ばれたお前がぶっちぎりで一番ヤバいんだからな。今度こそ煌武帝の再来だって、祭り上げられて、猛華統一させられちゃうよ。多分、お前なら本気出せばできるし」
「それは買いかぶり過ぎです。でも、そうならないように気をつけます」
「おれはとりあえず……」
「輪牟の村に帰るんだろ?」
「先に言うなよ……」
「悪い悪い。ボク、天才だからわかっちゃうんだよ」
「いや、天才じゃなくてもおれの素性を知ってる奴はだいたいわかると思うぞ」
「で、とりあえずってことは、その後キミも猛華を出るの?」
「だから、先に言うなって!でも、まぁ、そんな感じだ。今のおれにはこれまでの経験と無影覇光弓、そしてまた新しく融通してもらった水晶孔雀があるから、一人でも大丈夫さ」
そう言いながら、カンシチは腕輪を見せびらかした。
「ナンバーは……7か?」
「ブッブー!不正解!7は鹵獲できてなかったから、ナンバー52!25の反対で足したら7になりますぅ!!」
「そうかい、そりゃ良かったね……」
「なんだ!その憐れむような目は!?可哀想なものに見えてるのか、お前にはおれは!!」
「そ、そんなわけないじゃないか!?」
「めっちゃ動揺してるじゃねぇか!!」
「……プッ!」
「「「ははははははっ!」」」
晴天の空に四人の笑い声がこだました。とても心地のいい空間。けれど、それももう終わり……。
「……はぁ……で、そういうお前はどうするんだよ、ジョーダン?」
「ボクかい?ボクは……風の向くまま、気の向くまま、面白そうなところに顔を出すだけさ」
「お前らしいな。腹空かして、行き倒れにだけはなるなよ」
「天才は同じミスは犯さないよ……多分」
「ヒヒン」
ジョーダンは半端な返事をすると、再びネニュファールに跨がり、三人に背を向けた。
そして三人も踵を返し、四人はそれぞれ別々の方向を向く。
「それじゃあ……」
「あぁ!なんだかんだ、楽しかったぜ!お前らとの旅!!」
「ふん!精々元気でいろよ!!」
「皆さん……ご武運を!!」
「さよならは言わない!また……またいつか!!」
四人の男達はそれぞれの道を歩き始めた。
その先にあるのは平穏の日々か、はたまた再び激しい戦いと強敵が立ち塞がるのか……それは誰にも、彼ら自身もわからない。
ただひとつ言えるのは……。
名も無き者達の物語は終わらない。




