旅の終わり
「最初はどうなることかと思ったけどなんとかなった……ねっ!?」
「うおっ!?」
大役を終えて、一息つこうとするラクとキトロンの身体を光が包み、宙に浮かばせた。
「これは!?」
「役目を終えたんだから、出て行けってことだろ!多分!!」
ブゥン!!
「「うあっ!?」」
キトロンの推測通り、突然視界が何もない白い空間から見慣れた世界の上空へと変わる。
「まさかここからダイブ……なんてことには……」
「ならないみたいだぜ」
ラクの心配は杞憂に終わり、二人はゆっくりと地面へと下ろされた。
「なんかすごい久しぶりで、懐かしい感じだ、この感触……」
しみじみと大地を踏みしめ満足すると、ラクは短い間だが、濃密な時間を過ごした盤古の顔を見上げた。
「盤古……」
そう一言呟くと、巨神は静かに頷いたようにラクの目には見えた。
そして、別れを終えると背を向け、巨神は出現した地面の穴へと戻って行く。
「また会えるかな」
「また紅蓮の巨獣がこの猛華に降臨したらな」
「じゃあ、会わない方がいいね」
「だな」
「盤古、ありがとう。どうかいつまでも静かに眠り続けておくれ」
ラクとキトロンは最大限の感謝を胸に秘めながら、盤古を見送った。
「終わったか……」
敗戦を悟り、傷だらけの野鯨羅は構えを解いた。
「おい!おれとの決着はまだついてねぇだろ!!」
一方、対峙する同じく傷だらけの蒲牢は臨戦態勢を維持したまま、もっと続けようと声を上げる。しかし……。
「今の私は、お前との決着など些細なことに構っていられる立場ではない」
「なっ!?」
野鯨羅は蒲牢に背を向け、歩き出した。
「逃げるのか!?」
「何度も言わせるな。父が負け、私は慇の皇帝になった。お前のような猪武者の相手をしている場合じゃないんだ」
「クアフゾンだけじゃなく、王瞑も……負けたのか?」
「あぁ……親子だからな、なんとなくだが……わかる……!」
野鯨羅のマスクの下、王全は血が出るほど、下唇を噛んだ。
「それで……それでいいのかよ!!」
「いいも悪いもない。それが王家に生まれた者の運命だ」
「そんな……」
「もし私とどうしても決着をつけたいと言うなら、お前も皇帝になれ、姫風」
「おれが皇帝に……」
「国の命運を背負った私には、その重圧から逃げているお前は永遠に勝てない。それが嫌なら皇帝になれ。そしてそれぞれ最強の軍を率いて、国の存亡を懸けて存分に雌雄を決しようじゃないか」
「おれが灑の……」
姫風の脳裏に大軍を率いる雄々しい自分の姿が浮かんだ。
彼の意識はその幻に向き、野鯨羅のことは追撃することも、呼び止めることもせず、ただ呆然と見送った。
(毒は撒いた。これが灑を蝕み、弱体化させることになるか、それとも克服し、さらに強くなるか……どっちにしろ、次に勝つのはこの王全皇帝が治め、今よりも強靭になった慇だ……!!)
「ぐうぅ……!ワシが!天才であるワシが!ワシの開発した蚩尤が……!!あり得ない!認めん!ワシは認めんぞ!!」
傷だらけの青銅色の仮面に戻った蚩尤は身動きが取れずに、ただみっともない現実逃避の言葉を虚空に吐き続けるしかできなかった。
そんな仮面に影がかかる……龍の、勝者の影だ。
「いい様だな、蚩尤」
「丞旦……!!」
見下していた者に逆に憐れみと、蔑みの眼差しで見下ろされる屈辱に、電子回路はバチリと火花を散らし、憤りを表現した。
「これであんたの下らない野望も終わりだ」
「下らないだと!人類をさらに上の領域に押し上げるワシの夢が下らないだと!?」
「誰もそんなこと頼んでないよ」
「それが愚かだというのだ!生命はさらにより良い存在を目指すべきなのだ!!その為に死力を尽くすべきなのだ!!」
「で、そのゴールがあんたのような失敗作か」
「そう!ワシのような失敗……何?」
蚩尤は思わず言葉を止めた。何故かその言葉に自分でも驚くほど衝撃を受けたのだ。
「ボクはずっと疑問だった。長年教えを受けていた先生の暗躍に何故気付けなかったのだろうと。もしかしたら彼にはボクの知らない裏の顔があるのだろうか、それとも余命いくばくもなくなって変質してしまったのか……で、最終的に出した答えが、蚩尤に人格インストールが失敗した……」
「なっ!?あり得ん!それこそあり得ない!!ワシはワシの記憶を持っている!!」
「あんたの開発した刑天だって、岳布の記憶は持っていた。でも、あれが岳布だと言えるか?」
「そ、それは……!?」
言えなかった。あれは岳布の動きをするただの理性無き獣、全くの別物だと蚩尤自身も認識していた。
だが、それを認めてしまうと……。
「そういうことだ。先生の記憶のバックアップには成功したが、あの人の感情や人格をコピーすることはできなかった。できていたら、先生なら研究のために戦争なんて起こさない」
「じゃ、じゃあ……じゃあ!ワシはなんなんだ!ここにいるワシは!!」
「科学者的に言うと、インストールの時に生じたバグ。もうちょっとロマンチックに言うと……“名も無き亡霊”ってところかな」
「違う!ワシは!ワシの名は………」
バギィン!!
青銅色の仮面は黄金の龍によって、粉々に踏み砕かれた。
「どうでもいいんだよ、今更そんなこと。大切なのは、もう二度とこの生者の世界に名も無き亡霊が干渉することはないってことだ」
応龍は仇敵の最後を見届けると、踵を返し、地面に仰向けに倒れている今渡の際の皇帝の下に歩みを進めた。
「やあ」
「なんだ……嫌味でもいいに来たのか……?」
「そんな滅相もない!偉大なる皇帝陛下をお見送りしようとしているだけですよ」
「それが嫌味だと言うのだ……」
二人はお互いの顔を見ると、穏やかな笑みを交わした。
「一国の王に不敬を働いたお詫びと言っちゃなんだが、めんどくさくないことなら頼まれてやってもいいぞ」
「では、お言葉に甘えるとしよう……」
「なんだ……?」
「人目のない自然の中に埋めてくれ。海に投げ込むでもいい……」
「国に帰ったら、盛大に弔ってもらえるぞ」
「それが嫌なのだ……死んでまで、政争の道具にされたくない……」
「なるほどね。でも、それだと、あんたの実の息子も父親の骸を利用するって言ってるように聞こえるけど?」
「ゼンはワタシより遥かに強かで、皇帝に向いている男だ……国をまとめるのに必要ならば、国民の前でワタシの遺体に抱きついて、嘘泣きの一つぐらいは平気でするさ……」
「それはそれは、心強いね」
「まったくだ……」
「んじゃ……よいしょ!」
応龍は皇帝を大事なものを守るように抱き抱えた。
「場所はボクのセンスに任せてもらうよ」
「あぁ……そもそも敗者に選択肢など本来ないはずだからな……」
「確かに」
「……丞旦……」
「まだ何か?」
「お前は……抗い続けろよ……どんな理不尽な現実が……目の前に立ち塞がろうと……」
「……あぁ、足掻くことを止めたら、凡人が天才たちと肩を並べることはできなく……王瞑?」
「…………」
呼びかけても王瞑の目は、口は二度と開くことはなかった。
「…………お休み」
骸になった王瞑とともに黄金の龍はどこかへと姿を消したのだった。




