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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
9/163

宿題

 燦々と輝く太陽の光さえ遮る無数の緑の葉。頭上一面緑で覆われた深い森を二人と一機は目的地である賛備子宝術院へとたどり着く為、ひたすら進んでいた。

「うんうん、順調順調。これも全てボクの才能のおかげだな。お前もそう思うだろ、ネニュファール?」

「ヒヒン」

 上機嫌なジョーダンは自分を乗せている相棒であり、自分の発明品の首を撫でた。ネニュもそうプログラムされているのか、彼に宿った魂がそうさせるのか、楽しそうに応える。

「はぁ……はぁ……何が順調だよ……!おれは今にも倒れそうだよ……!」

 一方のカンシチは息も絶え絶えで、どこかで拾った木の枝を杖がわりにして、ジョーダン達に必死に食らいついている。

「情けないな……キミの国を憂う気持ちはその程度かい?」

「科学者らしくないことを言うな……気持ちだけじゃ、どうにもならないこともある……」

「いやいや、まずは気持ちだよ。自分を信じる気持ち、軽い思いつきで始めたことが想定以上の成果を上げることもある」

「そうかもしれんが……今のおれに必要なのは、人生のアドバイスでも叱咤激励でもなく、“キミもネニュに乗りなよ”の一言なんだが……」

「言わないよ、そんなこと」

「てめえ!ちょっとぐらいいいじゃないか!!」

 ついにカンシチは溜まりにたまった鬱憤を爆発させた。

「その大きさなら二人ぐらい乗れるだろ!?」

「無理だよ。大の大人が二人も乗ったら、スピードも落ちるし、エネルギーの消費も激しくなる。宝術院に到着するのが遅れてしまう」

「少しぐらい遅れてもいいだろ!?」

「一刻も早く、この国をなんとかしたいんだろ?」

「うっ!?それは……」

「だったら口ではなく、足を動かすんだね」

「言いたいことはわかるが、もう足が……」

「いや、まだいけるはずだ。これでもキミの体力を計算して、その上で最速になるペースをとっているんだから」

「……そうなのか?」

「あぁ、なんだかんだ言いながら、ここまでついて来れているのが、その証拠だよ」

「……なんかそう言われると……まだまだイケる気がしてきた……!!」

 酸素とモチベーションが足りずに青くなっていたカンシチの顔がみるみると血色が良くなっていく。

「……単純な奴」

 ジョーダンはボソッと呟いた。今言ったことは全て詭弁、適当な嘘を並べたに過ぎないのだ。

「なんか言ったか?」

 そうとは知らずに憑き物が取れたように、楽しくハイキングをしているカンシチはジョーダンの背中に向けて話しかけた。

「いや……何でも……」

 愚かな同行人に応えようと、ジョーダンは振り向いた。馬鹿面を拝んでやろうと思ってのことだ。けれど、彼の目に映ったのは予想外の光景だった。

「――ッ!?止まれ!!カンシチ!!」

「いっ!!?」

 突如として鬼気迫る勢いで制止するように命じられたカンシチは片足を上げたまま固まった。

「な、何がどうしたの……?」

「いいからそのままでいろ!」

 ジョーダンは相棒から飛び降りると、カンシチの前に跪いた。

「いや……マジで何が起きているのか教えてくれませんか……?」

「見ればわかるよ。足をちょっと横にずらしてみろ」

「はい?」

 言われた通り、宙に浮いた足を恐る恐る横に動かすと……。

「……花?」

 そこには赤と紫の花弁を堂々と咲かせた一輪の花があった。

「これを踏むところだったんだ……ふぅ……間一髪だよ」

 最悪の事態を免れたジョーダンは安堵して、額の汗を拭った。

「ジョーダン……お前……」

 その尊い姿にカンシチの心は震えていた。

「何、気持ち悪い顔してるんだよ……?」

 自分を潤んだ目で見下ろす期間限定の相棒の姿にジョーダンは逆に顔をしかめる。

「だって、花一輪守るためにこんな必死になるなんて……旅を始めてから何度も人でなしだと思うこともあったけど……お前にそんな優しい心があるとは……」

「キミはボクのことをそんな風に思っていたんだね……そして今も馬鹿な勘違いをしているよう……だ!」

「あっ!?」

 ジョーダンは躊躇うことなく花を摘み取った。

「お前……せっかく助けた命を……!」

「おいおい、花を想って怒る前に、助けてもらったお礼を言うべきだろ」

「お礼だと?」

「その目が節穴じゃないって言うなら、よく見てみなよ」

 ジョーダンは立ち上がり、カンシチの前に花を突き出した。

「……この花が何か?」

「いや、どう見てもまともじゃないだろ、このけばけばしさ」

「ん?そうだ言えば……まさか……毒があるのか!?」

 いまだに片足立ちの状態のカンシチの背筋に悪寒が走った。

「ちょっと違うけど、似たようなもんだね。この花は『獣集花』、名前の通り花を潰すと起源獣を集める匂いを出すんだ」

「起源獣を集める匂い!?……匂いなんてしないけど……」

 カンシチはクンクンと目の前の花を匂ってみたが、彼の鼻には何も感じ取れなかった。

「潰したらって言ったろ。この状態では匂いなんてしないよ。まぁ、潰して出る匂いってのも人間には感じ取れないんだけどね」

「それって……余計タチ悪くない?」

「あぁ、そうだ。知らない間に踏んで、気づいた時には集まった無数の起源獣に手も足も出せずに昇天……なんてことになる」

「へ、へぇ……」

 再びカンシチの背筋が凍りつき、血の気が引いた。

「まっ、幸いなことに目立つ見た目をしているし、匂いも水で洗い流せば簡単に落ちるから、知識さえあればどうにでもなるんだけどね」

 そう言いながら、ジョーダンは今自分で説明した物騒な花を懐に仕舞った。

「そ、それ、持っていくのか?」

「もちろん。この花に限らず、道具も人間も使い方次第で毒にも薬にもなるんだよ……っと」

 再びネニュファールに跨がると、お行儀よく待っていた相棒を褒めるようにまた首筋を撫でた。

「さてと……下らないレッスンに時間を浪費してしまった。ペースを上げて行くぞ」

「おい!だからおれはへとへとだって!」

「ずっと片足を上げ続ける体力があるなら問題ない」

「あっ」

 ようやくカンシチは両足を地面につけた。

「ほら!置いていくよ!」

「待てって!」

 そそくさと歩き出したネニュファールにカンシチは慌ててついていく。

「ったく……一輪の花を愛でる心があるのかと思ったら、やっぱり花どころか人を思いやる心も持ってないのか……」

「命の恩人に対してひどい言い種だな」

「それに関しては感謝しているよ。輪牟の村の時のことも含めてな」

「だったら何でそんな不満そうなんだ?いつも以上に突っかかってくるじゃないか?」

「いやぁ……おれの計画について話しただろ?」

 二人の脳裏にあの満天の星の下で言葉を交わした夜のことが鮮明に映し出された。

「あぁ、覚えているよ。だからこうしてキミと一緒に宝術院に向かっているんじゃないか」

「だからその賛備子宝術院と同じく、おれが協力を仰ごうとしている獣然宗のところにもついて来てくれるんじゃないかって……花を愛する気持ちがあるなら、自然との共存を謳うあの宗教のところにもさ」

「なるほどね……そう言えば馬乾のせいでうやむやになってしまったけど、あの夜に出した宿題の答えは出たかい?」

「そ、それは……」

 そのひきつった表情が答えだった。

「はぁ……情けない。考える時間は十分あったろうに」

「いやいや!それこそ馬乾襲来から、なし崩しで旅に出て、考える暇なんてなかったつーの!」

「あの日、ボクと別れた後は考えなかったのかい?」

「それはもちろん考えたさ……けど、お前が科学者だから宗教を嫌っているのかなぁ……ぐらいしか、思いつかなかった。でも、さすがにそれは……」

「いや、それが減点の理由だよ」

「そうか……やっぱりそれが……って!はあぁぁぁぁぁっ!?」

 カンシチは思わず足を止め、周りの木の葉が揺れ動くほど叫んだ。

「うるさいなぁ……足も止めるなよ」

 ジョーダンはめんどくさそうに一瞬だけ侮蔑の表情を同行者に向けたが、すぐに前を向き直し、進み出した。

「待て待て待てって!!」

 カンシチは小走りでネニュファールに並ぶと、戸惑ったような呆れたような顔でジョーダンを見上げた。

「マジでそんなことが答え!?宗教が気に食わないのか!?」

「嘗めてもらっちゃ困るよ。そんな個人的な判断で言っているわけじゃない」

「じゃあ、なんで……?」

「協力を仰ぐっていうけど、そのためには見返りを用意しなければいけない……キミはそのことを考えていたか?」

「うっ!?」

「はぁ……本当にキミって人は……いいかい?きっと獣然宗が要求するのは灑の国での布教、下手したら自分達を国教として定めろと言ってくる。起源獣を殺すのをご法度としているそれをキミ達国民は受け入れられるか?」

「それはちょっと……食い物や道具にも起源獣が使われているこの国では……無理かな……」

「だろ。その前の現皇帝姫山打倒の段階でもぶつかることになるぞ。こっちも骸装機を一体でも多く必要なんだ。狩りに行くことになるかもしれないのに」

「でも、獣然宗も骸装機を使っているんじゃなかったっけ?」

「すでに死んでいる奴を使うのはOKって教義なんだよ。天の恵みってことで」

「なんかちょっと屁理屈っぽいな」

「彼らの中では筋が通っているし、ボクは違和感を覚えないが、キミのように感じる者もきっと出てくる……そして軋轢が生まれる」

「そうか……一致団結しないとダメだもんな」

「そもそも今、向かっている賛備子宝術院が研究の為に起源獣を殺してるからね。この二つが力を合わせられるとは思わない」

「あぁ……そう言われると水と油だな……」

「宝術院の奴らはボクと同じ研究者……だから気持ちはわかる。研究資金と場所、貴重な核石を与えてやれば……まぁ懐柔できると思う」

「なるほど……そっちの方がコントロールしやすいな……」

「ボク個人としては獣然宗は海外で似たような教義を掲げ、見事にエコテロリスト集団と化したディフェンスオリジンズ教団、通称『ディオ教』よりは遥かにマシだと思うが、以上の理由でこの戦いで協力を仰ぐのはやめた方がいいと思います」

「うん……確かに甘過ぎだったわ、おれの計画……」

「ちなみに……」

「まだ何かあるのかよ……?」

「あぁ、キミの小さな脳ミソからは抜け落ちてしまうのは仕方ないけど、獣然宗の総本山はこの灑と絶賛戦争中の是の国を越えていかなければならないし、そもそも地理的に無理なんだよ」

「あ……」

「おたくの敵国であるワタシ達が暴政でてんやわんやなんで、通してくれませんか?……なんて言って、わかりました、頑張ってくださいってなると思う?下手したらそのまま雪崩れ込んで来て、めためたにやられちゃうよ」

「うん……その通りだね……」

 カンシチは完膚なきまで心を叩きのめされ、肩を落とした。

「まぁ、気を落とすな。キミにしてはよくやったと思うよ」

「慰め、ありがとよ……」

「で、二つ目の減点理由なんだけど……」

「まだあるのかよ!!」

「世継ぎである幼い姫陸太子は殺した方がいいと思う」

「……えっ?」

 またカンシチの足が、いや思考が停止した。

「おいおい……またかい?」

「あっ!?悪い……じゃなくて!!」

 カンシチは走り出し、今度はネニュファールの前に出て、後ろ歩きを始めた……ふざけたことを言うジョーダンを真っ直ぐ見据える為に。

「まだ言葉も話せない赤ん坊の命を奪えというのか!?」

「逆だよ。言葉を話せない、まだ分別がつかないから、悪い大人に利用される可能性がある。キミが彼を神輿に傀儡政治をしようとしているように」

「うっ!?」

「そもそもずっとできなかったのに、今、宰相をやっている男が接触した途端、生まれたってのがきな臭過ぎる。もしかしたら皇帝と血が繋がってないんじゃないか?」

「そんな!?……わけ……」

「断言できないだろ?それにもし血が繋がっていたら、これまたキミがやろうとしているように反乱の旗印になる。偉大な父を追い落としてこの国を手中に収めた叔父を倒す!……ってな感じで」

「ぐうぅ……」

 言い返してやりたい……けれど、カンシチの頭では反論の言葉を紡ぐことはできなかった。

「長々としゃべったけど、キミの計画の一番ダメなところは、反乱が成功した後のことを一切考えていないことだ。文句を言うだけなら誰でもできるし、ただの国民でいるならそれでもいいけど、国をひっくり返そうとするなら、もっと先まで、ビジョンを持たないとね」

「あぁ……」

 カンシチは下を向きながら、ネニュファールの後ろに回った。

「ほんとダメダメだ、おれ……何にもわかっちゃいなかった……」

「いや、色々言ったけどかなりいい線いってるのも事実だよ。まぁ、少し都合良すぎるところもあるけどさ。とりあえずは賛備子宝術院で協力を取り付けられるかどうかに集中しな」

「そうだな……」

「まぁ、人生なるようにな……んんっ!?」

 突然ジョーダンが前のめりになり、目を見開いた。

「どうした?」

「ヤバい……めちゃくちゃいい物見つけたかも!!ネニュ!!」

「ヒヒン!!」

 ネニュファールの腹を蹴り、前方に向かって猛スピードで走り出した。

「おい!なんかおれ、こればっかりだな!!」

 カンシチも彼らの後を必死に追いかける。



「ネニュ!ストップだ!!」

「ヒヒン!!」

 木が生い茂る森の中でも一際大きい……というか、太い大樹の前で白い機械の獣は停止した。

「はぁ……はぁ……マジで……どうしたんだ……この木が……なんだって……いうんだ……」

 少し遅れてやってきたカンシチは、膝に手を置き、呼吸を整える。

「ボクの目的は木じゃないよ……こいつだ」

 ジョーダンは相棒から飛び降りると、木の根に立てかけてあった白い物体の前に膝をついた。

「それって……起源獣の頭蓋骨か……?」

「うん。しかも、特級のね」

「特級!?特級って全身が核石のように人間の感情に反応するっていうあの特級!?」

「ご丁寧な説明ありがとう。それにしても、こんなところで出会えるとは……!」

 メガネの奥でジョーダンの瞳は新しい玩具を前にした子供のようにキラキラさせていた。

「まさか、そのデカブツを持って行く気か?」

「当然!ボクの胴体くらいの大きさ、重さも……よいしょっと!それなり!ネニュ!」

「ヒヒン!」

 頭蓋骨を持ち上げるとそのまま横にいるネニュファールに乗せた。

「これならボクと一緒に乗ってもネニュのペースは落ちないはずだ」

「……おい」

 カンシチはじーっとジョーダンの方を恨めしそうに見つめている。

「ん?なんだいその目は?」

「なんだいじゃねぇよ!!そいつが大丈夫なら二人乗りで良かっただろ!!」

「いやいや、バカを言っちゃいけないよ。キミとこの頭蓋骨とじゃ価値が違い過ぎる」

「何を……」


「何をしている」


「「!!?」」

 毎度お馴染みの喧嘩という名のコミュニケーションが始まろうとした瞬間、二人の間を威厳のある声が通り抜けた。

 ジョーダンとカンシチはゆっくりと声のした方向を向くと、一人の大男が仁王立ちしている。

 得体のしれない男……いや、彼の職業は二人にはすぐわかった。

「ジョーダン……」

「噂をすればなんとやらだな……獣然宗の坊さんだ……!!」


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