曇天の中の光
夜が明けたが、太陽の光は分厚い雲に遮られて、地上には届かなかった。
まるで自分たちの未来を暗示しているかのような暗雲に心を揺れ動かされながらも、灑軍は気丈に歩みを進める。
特にトラブルはなく、道程はスムーズだった……心のどこかでそれがとても残念に思える自分を恥じた。
そして、再び呂九平原に、紅蓮の巨獣、クアフゾンの前にたどり着いた。
「ここら辺でいいんじゃないか、ラク?」
「はい。旱魃砲、設置開始します」
軍の最後尾で、マウ四頭に引っ張られていた最終兵器が動きを止める。
「まずはマウを切り離して、車輪を固定、杭を打ち込んでください」
「はっ!」
「あいよ」
ラクの指示に従い、兵士がてきぱきとマウと旱魃砲を繋いでいた道具を外し、ペペリが砲を操作して、呂九平原に決意が揺るがぬようにと深い根を下ろした。
「第一段階完了だ、ラク」
「では第二段階へ……虞籍さん!兄さん!」
「おう!」
「はいよ!ネニュファール!バトルモードだ!」
紅白のファイアーパンダーと人型に変形した純白のネニュが旱魃砲の近くに寄ると、これまた兵士たちがてきぱきとケーブルで繋いでいく。
「紅蓮の巨獣の力はぼくの想定を上回っていました。奴を打ち倒す出力を出すためには、緻密な計算とエネルギーのコントロールが必要不可欠。しかし、今の旱魃砲だけではそれは不可能……」
「だから、ボクの相棒兼傑作のネニュファールと……」
「ワタシのファイアーパンダーのコンピューターの力を借りようというわけですね」
「はい。虞籍さんにはさらに照準も任せます」
「責任重大ですな……」
「今まで盤古門を守ってきたあなたなら大丈夫ですよ。ぼくとペペリくんは旱魃砲全体の調整を」
「オーバーヒートしないようにせんとな」
「繊細な作業です……集中していきましょう!」
「最終的にトリガーを低くのは、ラクか?」
「いえ、それもペペリくんに」
ジョーダンはラクの視線をなぞって、ペペリの方を向くと、手にスイッチのようなものを握っていた。
「彼は肝が座っているので、適任かと。場合によってはぼくも麒麟で出撃しなければいけない可能性もありますし」
「自分で言うのもなんだが、鈍いだけだと思うんだけどな。まっ、諸葛楽の指示に従って、ボタンを押すだけだし、おいらでもできるだろ」
そう言うと、ペペリは淡々と作業に戻っていった。
「なんか安心したような、不安が強くなったような……ボクもやっぱり手伝おうか?」
「いえ、兄さんには……言ってる側から来たみたいですね……!」
遠くから地鳴りのような音が聞こえ、緑色の骸装機の集団が雪崩のように凄まじい勢いでこちらに向かって来ていた。
「タイミングがいいというか、悪いというか……」
「単純に空気を読めてないだけですよ」
「そうだな。しかし、それにしても多くないか?」
「慇軍はクアフゾンが復活することも想定していたでしょうから、こちらよりも被害が少なく済んだんでしょう。予備戦力なんかもかなり温存していたのかと……」
「それはそうなんだが、それよりもクアフゾンをただ暴れさせて、慇を含む猛華を滅茶苦茶にしたいっていう王瞑のイカれた思想にあれだけの人数が賛同したのか?」
「恐慌状態で冷静な判断力を失っているのか、伝説の紅蓮の巨獣よりも皇帝陛下の方が恐ろしいのか、それとも……」
「自分の意志で動けないような“処置”を施されたか……だね」
「はい……!」
推測だが、悲しいかな当たっているであろう王瞑の非道な仕打ちにジョーダンとラクは強い憤りを覚えた。
「ボクの役目はあいつらとそれを操っている王瞑と蚩尤を止めることか」
「はい。それはずっと蚩尤を倒すために血と汗を流して来た兄さんにしかできないことです」
「そこまで弟弟子に言われちゃ、兄弟子としても張り切っちゃうね」
「兄さん、わかっているかと思いますが……」
「あぁ、嵐龍砲は旱魃砲が発射されるまで使わないよ。姫風にも滅至咆哮は使わないように伝えてある。デカい音を出したら、クアフゾンが目を覚ましちゃいましたなんて、笑えないにも程がある」
「あちらもそれがわかっているから、こうして固まって突撃して来ているんでしょうね……」
「とことんボクら灑にも自分たち慇の兵士にも血を流させたいみたいだ……忌々しい!」
ジョーダンは抑え切れない感情を右の拳に込めると、自らの左の手のひらにパンッと打ち付けた。
「兄さん……」
「わかってるよ。冷静さを欠いたら、負ける。だから、クールに文句を言いに行くよ!なぁ、みんな!!」
「「「おう!!!」」」
ジョーダンがそう叫びながら最前列に飛び出すと、三人の戦士が続いた!
「嵐を起こすよ!この猛華を覆う闇を吹き飛ばす嵐を!応龍!!」
ジョーダンは黄金の龍へと姿を変え、宿敵蚩尤とこの悪夢のような状況を作り出した立役者、王瞑の下へ!
「吠えろ!蒲牢!!あのバカ王子との決着をつけるぞ!!」
姫風は光沢のない黒の装甲を身に纏い、皇太子、王全を目指す!
「撃猫……あの憎たらしい紫を今度こそぶちのめす……!」
白ではなくオレンジ色の方の愛機を装着し、セイは戦闘狂蓮震の下へ駆ける!
「幻妖覇天剣……俺にスパーノに勝つ力を……!!」
手に持った愛剣とは別に、見慣れない剣を腰に差しているシュガは同じく伝説の武器の継承者であるスパーノのところへ。
「シュガ様達に続け!勇敢なる灑軍よ!!」
「「「ウオォォォォォォォォッ!!」」」
四人の後から磨烈に鼓舞され、黒い鉄烏の集団が続く!そして!
「「「ウオォォォォォォォォォォッ!!!」」」
「「「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」」」
ガギイィィィィィィン!!
緑の雪崩と正面衝突!灑と慇の第二ラウンドが開幕した。
「始まったぞ!始まった!」
キトロンは興奮を抑え切れない様子で、旱魃砲の周りをビュンビュンと飛び回る。
「落ちついて、キトロンくん。君の役目は周囲に別働隊がいないか警戒すること、そして……」
「クアフゾンが目覚める予兆を感じ取ることだろ!わかってるさ!わかってるけど……」
自分で言葉にしたことで、さらに責任を感じてしまったのか、キトロンはさらにスピードを上げて飛行した。
「まぁ、そうやってあたふたしている余裕があるってことは、しばらくは大丈夫そうだね」
「んじゃ、エネルギーチャージ、開始するぞ」
「うん」
ペペリが旱魃砲を操作すると、ガゴンと大きな音を鳴らし、変形を開始、そして大気中からエネルギーを吸収し始める。
「……よし!安定している!このままなら……」
「ラク!矢が来るぞ!!」
「!!?」
キトロンが言葉を発した時には、慇軍から放たれた光の矢は旱魃砲のすぐ目の前まで迫っていた!しかし……。
バシュ!
旱魃砲を一瞬で光の膜が覆い、それが矢をあっさりと消し飛ばした。
「絶対防御気光……これだけは蛇炎砲から改造する時に取り外さなかった」
「それが功を奏したな」
「ですが、使用するとエネルギーチャージが止まるどころか、消費してしまいます……!」
「だな。早く対処せんと」
「ええ、今の矢は……どこから来たのか突き止めないと……!」
「どこからも何も!灑軍を越えて来たんだ!奴ら、予想よりずっと多いし、ずっと強い!!」
キトロンの言葉通り、鉄烏の間をするすると武雷魚と水晶孔雀が抜けているのが、見えた。そして、その抜けた者達が再び一塊になり、旱魃砲へ向かって来る。
「くっ!?できることなら君達の出番は来ないで欲しかったんだけど……カンシチくん!林江くん!文功さん!防衛部隊の皆さん!宜しくお願いします!」
「おう!やるぜ、水晶孔雀ナンバー25!!」
カンシチは赤いクリスタルの付いた空のように青い装甲に包まれると、背負っていた弓を迫る慇軍に向けて構えた。
「無影覇光弓!五発同時発射!アンド孔雀戦光!!」
バシュン!!ビビビビビビビビッ!!
「うっ!?」
「ぶへぁ!?」
カンシチ孔雀から放たれた矢とレーザーは次々と武雷魚を撃ち抜き、その歩みを強制的にストップさせた。
「あまり大きい音は出したくないから……水術隊!激流で押し戻せ!!」
文功率いる宝術師隊は高圧水流で進軍を遅らせる。
「翻弄しろ!狻猊!!張昆さん!紫電の三羽烏の皆さん!行きますよ!!」
「「「新入りが仕切るな!!」」」
そして金色の鬣に緑色のボディーの狻猊を先頭に、文句を言いながらも白兵戦部隊が慇軍へと突撃した!
「はあぁぁぁッ!!」
ガァン!!
「――うっ!?」
狻猊の飛び蹴りが武雷魚を吹き飛ばす!しかし……。
「うぅぅぅ……」
「何!?」
武雷魚は何事もなかったかのように、不愉快な唸り声を発しながら、立ち上がった。
「今の一撃、手応えはあった。それでも立ち上がれるのだとしたら、やはり薬物か……!!」
林江やジョーダン達の推測通り、慇の兵士達は自我を失い、ただ灑軍と戦い続けるように処置されていた。
その人を人とも思わない非道な扱いに林江は恐怖と、そして激しい怒りを覚える!
「ここまでして、人間に復讐したいのか、王瞑!!」
彼の怒りに反応して、ほんの僅かだが狻猊の表面温度が上がった。
「だけどそんなことセイさん達が!自分がさせやしない!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「――う!?」
凄まじい勢いで拳が蹴りが武雷魚に叩きつけられる!薬物でブーストされた意識も、これには耐えられず、プツリと身体との回線を断ち切られた。
「一撃で仕留めることはできないか……自分もまだまだだ……」
「うおりゃあぁぁぁぁっ!!」
「――なっ!?」
ドゴォン!!
「くっ!?」
「ちっ!!」
水晶孔雀強襲!半透明な刃を持つ斧を狻猊に撃ち下ろす!けれど、金色の鬣を持つ緑の獣は紙一重で回避に成功し、代わりに地面が抉られた。
「水晶孔雀……!」
「もしかしたらと思ったら、やっぱり狻猊じゃねぇの!盗人猛々しいとはこのことだな!まさか昨日殺した花則様のマシンをもう投入してくるとはよ!!」
「お前!正気なのか!?」
「正気?あぁ、ラリってないかってことね。見りゃわかるだろ」
「ならば、なぜ王瞑に味方する!奴は紅蓮の巨獣の力によって猛華を滅ぼそうとしているんだぞ!お前の祖国、慇も含めて!!」
「わかってますよ、もちろん」
「だったら!」
「王瞑陛下に間違いなどない!きっと今回のことも、おれ達には理解できない崇高な考えがあってのことだ!!おれはただあの方の指示に従う!!」
「こいつ……!」
林江は今日一番の恐怖を感じた。
薬物によって自我を奪われた兵士の群れよりも、それを実行できる王瞑ら慇の幹部よりも、目の前にいる思考停止で、人の意見に従い、虐殺に加担しようとしている連中の方がよっぽど恐ろしかった。
「お前の……お前のような奴がいるから!!」
林江は恐怖を更なる怒りで塗り潰し、水晶孔雀に飛びかかった!しかし……。
「はっ!狻猊使ってるのに、真っ直ぐ突撃とは……バカじゃねぇの」
水晶孔雀のクリスタルが緑色に変わる!そして……。
「孔雀戦光!!」
ビビビビビビビビッ!!
そこから同色の追尾レーザーが無数に発射される。
「ちいっ!?」
狻猊は方向転換!後ろに下がる……が、レーザーはしつこく追ってくる。
「仕方ない……ごめん!!」
レーザーを振り切ることを早々に諦めた狻猊は近くに倒れていた武雷魚を蹴り飛ばした……孔雀戦光に向かって。
ビビビビビビビビッ!!
「――!?」
レーザーは武雷魚に全て命中、狻猊は事なきを得る……とは、いかなかった。
「でりゃあぁぁぁっ!!」
「くっ!?」
ガシッ!!
「野郎!!」
レーザーに狻猊が気を取られているうちに回り込んだ水晶孔雀は獲物を腰から真っ二つにしようと斧を振ろうとしたが、その斧を持っている腕の方を掴まれ、止められてしまった。
「ぐ、ぐうぅ……!!」
なんとか斧を持つ手を押し返そうと力を入れる狻猊。けれども、刃はジリジリと緑の鎧に迫っていく。
「はっ!掴まれた時は焦ったが……パワーもまだまだ!全然、使いこなせてねぇな、狻猊!!」
「確かにあんたの言う通りだ……花則と違って自分はまだ煙も出せなければ、炎も出せない……!」
「なんとか装着できてるだけってか!それならおれがお前を殺して、代わりに使ってやるよ!その方が狻猊も嬉しいだろうさ!!」
「狻猊の気持ちは……わからないけど……自分は自分の未熟さを理解している……だから、一人でなんとかしようなどとは思わない……!」
「はぁ?お前、何を言って……」
バシュン!!
「――る!?」
水晶孔雀のこめかみを光の矢が貫いた。瞬間、力が抜け、斧を離し、漆黒のマシンは地面に倒れた。
「ありがとうございます……カンシチさん……!」
その狙撃の正確さから、矢を放ったのが、蒼天の射手だと判断し、お礼を呟く。
そして、呼吸を整えると次は仲間を鼓舞するために口を開いた!
「水晶孔雀はカンシチさんや、アンゼの矢がある弓兵隊に任せましょう!歩兵は武雷魚を!!」
「「「だから、お前が仕切るなって!!」」」
文句を言いながらも、張昆も三羽烏も彼の指示に従った。武雷魚の群れをバッタバッタと得物を振るい倒していく。
「よし!自分も負けてられない!!」
狻猊もまたここから獅子奮迅の活躍を見せる!それこそ拳聖玄羽が乗り移ったかの如く、圧倒的な武を慇軍に見せつけた。けれども……。
「おいおい!武雷魚が突破してきたぞ!!」
キトロンは顔面蒼白でラクに詰め寄った。もはや防衛隊の戦力では防ぎ切れないほど慇軍が迫って来ていた。
「……遅かった」
ラクがそう呟くと、キトロンはさらに血の気が引いた。
「おい……まさか……!」
恐る恐るラクの顔を覗き込む妖精、彼が見た天才の顔は……笑顔だった!
「僅かに遅かったね、慇軍!旱魃砲のエネルギーの充填は完了した!」
「マジかよ!?」
「マジだよ!!ねっ、ペペリくん!」
「んだ。いつでもいけるぞ」
「虞籍さん!」
「ターゲットロック!誤差修正!あのくそデカ怪獣の脳天にロックオンだ!」
「よし!準備完了!ペペリくん!旱魃砲発射だ!!」
「ポチッとな」
ペペリは何の躊躇もなく、スイッチを押し込む。
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
凝縮された膨大なエネルギーの塊が遂に紅蓮の巨獣に向かって放たれた!




