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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第二部
81/163

甦る絶望

「なんだよ、あれ……?」

「いや……おれは知っている、あれは……」

「紅蓮の巨獣……」

 突如として現れた血のような深紅の皮膚を持つ全長50メートルの巨大な怪物の姿に、灑の兵士も慇の兵士もその場にいる全ての者が言葉を失い、ただただ呆然とそれを見上げることしかできなかった。

「おい……!さっきの口振りだと、あんた、クアフゾンが出て来るのがわかっていたのか……!?」

 応龍の黄金のマスクの下で激しい怒りと動揺が入り混じった複雑な表情を浮かべながら、ジョーダンは今の今まで殺し合いをしていた相手に問いかけた。

「違うよ、ゴールデンドラゴン。ワタシは知っていたんじゃない……ワタシが呼び寄せたんだ」

「何……!?」

「ふん!!」


バリィン!!


 王瞑は答えると同時に自分の動きを阻害していた忌々しいゴールデンジェルを破壊した。

「どうやら蚩尤の動きを止めるほどの硬度を発揮できるのは、数十秒だけらしいな」

「それだけあれば、十分だったんだよ……あいつさえ出て来なければな!!」

 長い間かけて準備した必殺の策はもとより、この戦争自体をひっくり返され、ジョーダンは悔しさから歯を強く食い縛った。

 そんな彼とは対照的に王瞑はご機嫌だ。ジョーダンとは真逆で長年の思いが成就したのだから……。

「話がずれてしまったね。質問に答えてやる義理などないのだが、ワタシはべらべらと今までのことを話したくて仕方ないのでしゃべってやろう。キミもこの気持ち、わかるだろ?」

「あぁ、ボクも自分の上げた成果をところ構わず吹聴して、褒めてもらいたい人間だからね……」

「そう……ワタシもそんな気分だ。ワタシがどうやって伝説の巨獣を降臨させることができたのか、誰かに知ってもらいたい」

「だから聞いてやるよ。とっとと話せ」

「もったいぶり過ぎか」

 王瞑は自分で抑えきれないほど、興奮していることに苦笑した。そして、気持ちと喉の調子を整えると、全てを、まさにこの戦いの全ての原因を語り始めた。

「キミもそうだろうが、ワタシも煌武帝の物語を幼き日より聞かされた。煌武帝のような立派な王になりなさいとね」

「王か……ボクの場合は立派な人間だったね」

「違うのはそこだけさ。ワタシも他の猛華の子供と同じようにその言葉に従い、煌武帝に憧れ、彼に仕えた忠臣で誰が好きかとか、彼らの持っていた武器で何が欲しいかなんてことを、毎日考えていたよ」

「確かに……ボクの子供の頃と変わらないね」

「でも、ある日、ワタシの興味は物語の敵役である紅蓮の巨獣へと向く……それがどこから来たのかということにね。ワタシは歴史と起源獣の研究に没頭した。そして、遂に答えにたどり着いた」

「答え……」

「キミは紅蓮の巨獣はどこから来たと思う?若しくはどこから来たと教えられた?」

「ボクは戦争なんてするから、クアフゾンが罰を与えにやって来たと教えられた。子供騙しと思いながらも、それ以上追及しなかった」

「ワタシも同意見だった。下らない教訓じみた言葉で誤魔化しやがってと、少年の時分には憤りもした。しかし、研究を続けるうちに、それがある意味正しかったことに気付いた」

「……なんだと……!?」

 さらに戸惑いを、疑念を増すジョーダンのリアクションが望み通りのものだったのか、王瞑はさらに上機嫌になっていく。

「そうだよね!そんなことあり得ないと思うよね!だが、それが真実だ!!ワタシがたどり着いた仮説!紅蓮の巨獣、クアフゾンとは大量の人間の死肉と血液、そして人間が発する恐怖や敵意などの負の感情を吸収して、突然変異を起こした特級起源獣!!」

「なっ!?」

 ジョーダンは言葉を失った。それが事実なら……というより、クアフゾンが出現したということは事実なのだろう、それなら今までの戦いは、そして王瞑という男は……。

 黄金の龍の中で戸惑いよりも怒りの炎が大きくなっていく。

「ずっとおかしいと思っていた……まるで勝つ気が感じられないあんたの戦略に……」

「だが、これで謎が解けた」

「あぁ、あんたは勝ち負けなんてどうでも良かったんだ……人ができるだけ多く死んでくれさえすれば!!」

「正解!」

 ジョーダンの糾弾に、王瞑は彼を指さし、今までで一番無邪気に笑った。

「その通りだよ!だから灑で兄弟同士でバカみたいに争っている時も手を出さなかった!ワタシが出て行ったら、国のために手を取り合っちゃうかもしれないからな!全力でお互い憎み合って、兵士を消費し続けてもらわなければ困る!」

「あんた……!いや、百歩譲って、敵国である灑を生け贄にしようとするのはいい……それは慇の皇帝としては残酷だが、正しい判断なのかもしれない……けど、自国の!慇の民まで犠牲にするのは違うだろ!その犠牲の上に誕生したクアフゾンはさらに慇の民を殺すぞ!それが皇帝のすることなのかよ!!」

「正しいかどうかは歴史が決める!」

「ふざけるな!クアフゾンが暴れたら、灑も慇も是も!みんな滅びる!!」

「それが正しいことだと、きっと未来に生き残った人々はわかってくれるさ!クアフゾンに文明を破壊され、再び自然と調和して生きるようになった人々は!!」

「お前……どこまで人間を忌み嫌う!なぜ人間をそこまで嫌悪することができるんだ!!」

「血の繋がった父と弟に殺されかけてから、今の言葉を自分に投げかけてみろ」

「――ッ!!?王瞑、あんた……!?」

「……お前とのおしゃべりもここまでだ。クアフゾンが漸く完全にお目覚めのようだ」

「ッ!?」

「グガアァァァァァァァァァァッ!!」


ボオォォォォウッ!!


 紅蓮の巨獣がその異名と体表と同じ紅蓮の炎を口から吐いた!

「ぐわあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「ぎやあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 炎は瞬く間に呂九平原全体に広がり、灑と慇の兵士を区別なく焼き尽くした!そして……。


ボオォォォォウッ!!


「くっ!?」

 炎は応龍と蚩尤の因縁を遮るように、両者の間に熱いという言葉が陳腐に思えるほどの灼熱の壁を作り出した。

「待て!王瞑!蚩尤!!」

「その指示に従うことはできない。ワタシはクアフゾンが猛華をあるべき姿に戻すところを見たいのだ。愚かな人間の支配から解き放たれた姿をね。そのためにここまでやって来たんだからな」

「ワシもこんなところでくたばるのはごめんじゃ!」

 青銅の獣は炎の向こうで、黄金の龍に背を向け、その場から去って行った。

「この野郎!!」

 応龍はそれでも諦めきれず、蚩尤を追いかけようとした……が。

「バカ!とっとずらかるぞ!!」

「ヒヒン!!」


ガシッ!!


「――ッ!?ネニュと……銅鷺!?」

 相棒であるネニュファールと、彼になぜか跨がっている銅鷺にすれ違い様に掴まれた。銅鷺の腕に抱えられ、応龍もまたその場から離れて行く……不本意ながら。

「張昆!お前、何でボクのネニュに!!」

「最初に指摘するのそこかよ!たまたまお前を助けに行ったら、かち合っただけだ!」

「お前がボクを助けに……?」

「本音は助けたくなんかなかったけどな!だけど、お前にはこの首の爆弾を解除して貰わないと困るからよぉ!」

 そう言いながらトントンと首筋の銅鷺の装甲を叩いた。

「嫌な予感がして、お前の後を付いて来て正解だったぜ……!お前が死んだら、一生この爆弾と付き合っていかなきゃならないところだったからな!」

「はぁ……まだそんな嘘、信じてたのか……」

「そう……おれはそんな嘘、信じて……嘘!!?」

 張昆は自分の腕の中で項垂れる黄金の龍を目を見開き、口も限界まで開けて、見下ろした。

「嘘って……お前、マジで!!嘘!?」

「ボクがキミのような外道相手とは言え、首に爆弾を付けるようなひどい奴に見える?」

「めちゃくちゃ見えるよ!!」

「心外だな……だが、そのおかげで助かった。ありがとう」

「え?」

 ジョーダンはお礼を言うと、ペコリと頭を下げた。らしくない行動に張昆の思考が停止する。

「……なんだよ。ボクはひどい奴でもなければ、礼儀知らずでもないよ」

「お、おう……!そうみたいだな。でも、自分で言うのもなんだが、お前がおれに頭を下げるとは」

「風に当たって、頭が冷えた。あのまま蚩尤を追っかけても何にもならないってことにね。最早、灑とか慇とかどうでもいい……!あの紅蓮の巨獣をどうにかしないと、猛華全体が……!!」

 応龍は巨獣とは真逆の青い眼で、遠ざかる炎をいつまでも見つめ続けた。



「グガアァァァァァァァァァァッ!!」


ドゴオォォォォォォン!!


 紅蓮の巨獣が一歩足を進めるだけで、大地が揺れ、その巨大な足に踏み潰された人間が赤い地面のシミへと変わる。

「くそ!?紅蓮の巨獣が何で!?わけわかんねぇよ!?」

 カンシチ孔雀はチラチラと巨獣の方を振り返りながら、必死の逃走劇を繰り広げていた。

「とにかく今は逃げねぇと……!あんな奴と戦うなんて命がいくつあっても足りな……」

「グガッ」

「――いっ!?」

 紅蓮の巨獣と視線が交差した!まずいと思っても、もう遅い……クアフゾンは再び巨大で鋭い牙が並んだ口を開いていた!

「おいおい……!嘘だよな!!」

「グガアァァァァァァァァァァッ!!」


ボオォォォォウッ!!


 悲しいかな嘘でも、からかいでもなかった。クアフゾンは自身とは真逆の青色をしたカンシチ孔雀に炎を吐きかけた!

「あっ、終わった……」

 カンシチの脳裏に走馬灯が流れ、真っ赤な炎がその思い出もろとも焼き尽くそうと、目の前に迫る。その時!

「諦めるのは!」

「まだ早いだろ!!」

「麒麟!!狴犴!!」

 カンシチの下に戦友二人が全速力でかけ寄る!そして……。

「金剛墓標!!」


ドゴオォォォォォン!!


 黄色の神獣が矛を突き立てると、巨大な岩を隆起させ、炎を防ぐ盾とした!

「セイくん!長くはもたない!早く!!」

「わかってるよ!!」

「うおっ!?」

 白い神獣はカンシチ孔雀を本人の意志など聞かずに担ぐと、これまた全速力でその場から離脱した。

「よし!ぼくも!!」

 二人の安全を確認すると、麒麟も矛を地面から抜き、炎から逃げるように走り出す。それとほぼ同時に盾となった岩は融解してしまった。

「ギリギリセーフって、このことだね……!」

「本当にな!」

「マジ助かった!マジ感謝!!」

 走る麒麟の横に戦友二人が並ぶ。そこだけ切り取ると、仲良くランニングしているようだ。もちろんそんなほのぼのとした状況ではまったくないのだが……。

「つーか、マウどうしたんだよ、ラク?」

「あのクアフゾンを見たら、ぼくを見捨てて逃げて行ったよ。大した付き合いじゃないし、生物的には至極正しい行動だから責める気にはならない」

「ここにいないマウのことなど、どうでもいい!大事なのはオレたちがどう生き残るかだ!そのために恥を忍んで、オレは四魔人からも逃げて来たんだからな!!」

「そうだな……あのバカデカイ身体に比例して、攻撃範囲も広けりゃ、移動スピードも速い……このままだと逃げきれないぞ?」

「どうする……ラク?」

 カンシチとセイの視線がラクに集中する。短い付き合いだが、二人はこの男の頭脳に全幅の信頼を寄せている。

 そして、ラクも彼ら二人のことを心の底から信頼していた。だからこそ悲壮な決断を下すことができる。

「一つだけ思いついたことがあります……」

「さすが!諸葛楽!そういうところ大好きだ!!」

「ありがとう……」

「で、その策とは何だ?」

「……これを……これを使う……!」

 ラクはおもむろにそれを取り出した。

 一見するとそれはただのネックレス……しかし、あの場にいたカンシチとセイには何よりも忌むべき存在。二人は自分たちの目とラクの頭を疑った。

「お前……!」

「これを……窮奇を使って、ぼくが紅蓮の巨獣の足止めをする……!!」


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