相棒②
「マウ……を機械で再現したのか?わざわざそんな真似をする必要が……」
戸惑いの色を見せたのは刹那、馬乾はすぐに冷静さを取り戻し、目の前に現れた得体の知れないマシンの観察、分析を始めた。
「さすがに切り替えが早いね……っと!」
馬乾の姿に感心しながら、応龍はネニュファールとやらの白く大きな体躯に跨がった。
「こいつはネニュファール、長いと思うなら“ネニュ”とでも略してくれ、ボクもそう呼んでいる」
「そうか……では、そのネニュとやらはお前が造ったのか?」
「もちろん!ボクと応龍をサポートするマシンとしてね。こいつに乗って旅をしていたんだけど、ボクとしたことが水と食料を切らしてしまってさ……それをこの輪牟の村で分けて貰おうと思ったんだけど、きっとネニュを見たら、ここの人達は驚いて騒ぎになるから、離れた場所で待機してもらっていたんだ。正しい判断だろ?」
ジョーダンは振り返って、カンシチの方を見ると彼は首をブンブンと千切れんばかりに縦に振った。
「確かにお前の言う通り、とてもじゃないが、こんな物がいきなり村に来たら老人達は大騒ぎ、いやショックで昇天してしまうかもしれないな」
「そんな面倒はごめんだよ」
金色の仮面の下で苦笑いを浮かべながら、ジョーダンは再び現在の対戦相手の方を向き直した。
「エネルギーの充填とか言っていたが、それはもういいのか?」
「……地獄耳だね。ネニュは起源獣や骸装機のように大気からエネルギーを取り込むことができる。まぁ、じっとしていないと駄目なのはたまに傷だけど、一晩も経ってるから十分だと思うよ……あんたを倒すのにはね……!」
今度は馬乾が仮面の裏でニッと口角を上げた。
「面白い!おれと石楠花にその模造品で勝つというのか!!」
「確かにネニュは模造品だ……だけど、世の中には本物より優れた模造品ってのもあるんだよ……!」
「そう思うなら、言葉ではなく結果で証明して見せろよ!!」
「最初からそのつもりだ!!ネニュ!!」
「石楠花!!」
「ヒヒン」「ひひいぃぃぃん!!」
最高潮まで高まった主の意思を汲み取り、獣とその模造品はお互いに向かって走り出した。
「デヤアァァァッ!!」
「うおらあぁっ!!」
ガギイィィィン!!
猛スピードですれ違い様、その勢いを乗せた槍をぶつけ合う。その結果は……。
「いける!互角に打ち合えるぞ!!」
「くっ!?やるな、模造品!!」
両者譲らない攻防に、どちらも嬉しそうだった。
ジョーダンは自分の発明品が優秀な戦士に通じることに、馬乾は自分と相棒が全力を出せる相手に出会えたことに喜びを覚えたのだ。
「もう!」
「一発!!!」
ガギイィィィン!!
ターンしてもう一合!今回も互角、そしてまた方向転換して……。
「まだまだ!!」
「オラァ!!」
ガギイィィィン!!
もう一合!そしてそしてまた……。
「今度はランデブーといこうか」
「何!?」
「ひひん!?」
再び正面からの槍のぶつけ合いをしようと、動いていた石楠花だったが、逆方向に走っていたはずのネニュファールにいつの間にか横に並ばれていた。
「おれと石楠花にどうやって!?」
「だから言ったろ……本物より優れた模造品もあるって!!」
「ヒヒン!!」
ゴン!!
「ぐっ!?」
「ひひ!?」
主の命でネニュファールはその白い巨体を石楠花にぶつける。
「この……負けるかよ!おれの石楠花が!!」
「ひひん!!」
ゴン!!
「おっと」
「ヒヒン」
だが、石楠花も負けておらず、力任せに弾き返す。
「やるじゃないか」
「褒めてくれてありがとよ。おれも石楠花も嬉しくて、有頂天になっちまうぜ!!」
ガンガンガンゴンガンガンゴォン!!
さらにスピードを上げて並走しながら、槍で打ち合い、巨駆をぶつけ合う。二つのコンビの間には火花が散り、刃が触れ合う甲高い音と巨体が衝突する鈍い音が交互に響き渡った。
「最高だ……最高の気分だ!この戦いが永遠に続いて欲しい!お前もそう思うだろ、ジョーダン!!」
馬乾にとっては文字通り至福の時間であった。そしてジョーダンにも同じ気持ちであって欲しいなんてことを考えていた。
しかし、馬乾は理解していない。生粋の戦士である自分と、金色の龍を纏うその男が全く別の生き物だということに……。
「楽しいってことには同意するよ。ただボクが今楽しいと思っているのは、あんた達ほどの強者に、ボクの発明で勝利できることを確信したからだよ」
「なんだと!?」
「永遠なんてない……決着の時だ!馬乾!!」
ゴォン!!
「ぐっ!?」
「ひひん!?」
もう一度ネニュファールを石楠花にぶつけるとその反動を利用して、離れて行った。
「あいつ……また正面から打ち合おうと言うのか!?」
遠ざかるネニュファールの姿を目で追いながら、馬乾は再びあの全身の血が燃え滾るような攻防が再び行われるのだと考えた。
それは普通のマウ相手ならば間違いではない……本物のマウ相手ならば。
「悪いが、正面ではなく横っ腹を叩かせてもらう!!」
「そんな真似、おれがさせると思うか!」
「まだ気づかないのか!自分が常識というものに囚われていることが!!」
「何!?」
「何度でも言おう!ボクのネニュファールは本物より凄いんだ!!」
「ヒヒン!」
ネニュファールは主の宣言を正しいものにする為に身体から火を吹き出し、その力を利用して急旋回した。
「あのスピードから曲がるだと!?」
「さぁ!おもいっきりぶちかませ!!」
「ヒヒィンッ!!」
ゴギャッ!!
「ぐわっ!?」
「ひ……!?」
ネニュファールは炎の力でさらに加速!白い砲弾となり、そのまま石楠花の横っ腹に頭突きをかました。石楠花の骨や内臓が潰れる不快な音が耳に入ると、馬乾は為す術なく後悔の念と共に吹っ飛んだ。
「くっ!?石楠花!!」
地面をゴロゴロと転がる鋼梟だったが、なんとか勢いを殺して止まり、顔を上げた。もちろん彼の視線が向かうのは相棒の下だ。
「…………ひひ」
石楠花はネニュファールの突進を受け、痙攣し、倒れ込んでいた。
「くそッ!?おれのミスだ!おれが奴が“マシン”であることを失念したから……!!」
まさにその通りであった。もし馬乾がネニュファールのことをもっと警戒していたら、マウの枠組みから外して対策を考えていたら、彼の技量ならもう少し善戦できていただろう。
けれど、勝つことは無理だ。ネニュファールは馬乾はもちろん、大半の人間の想像を超えたスーパーなマシンだから。
「そうだ!常識に囚われていてはボクには勝てないよ!!」
「ジョーダン!!」
「さぁ、フィナーレといこうか!ネニュファール!モードチェンジ!!」
「ヒヒン!!」
応龍が飛び降りると、ネニュファールはその巨大な身体をガシャンガシャンと音を立てて形を変えていく。そして、最終的に人型になった。
「変形だと!!?」
「ネニュはボクを上に乗せるだけじゃなく、ボクの横に立って戦ってもくれるんだよ」
「くっ!?」
「二人がかりで卑怯なんて言わないよね?だって相棒とは……一つなんだから!!」
ガンガンガンガンガンガン!!!
「ぐあぁぁぁっ!!?」
応龍とネニュファールの一糸乱れぬ動きで拳を!蹴りを!鋼梟に叩き込む!
「とおっ!!」
最後の仕上げの為、金と白の二つの影が同時に空中に跳び上がった!くるッと一回転すると足をピンと伸ばし……。
「どりやあぁぁぁっ!!!」
ガァン!!!
「――ッ!!」
鋼梟にダブル飛び蹴りが炸裂!砕けた装甲を巻き散らしながら、朱操達の下へと吹き飛ばした。
「馬乾殿!!」
朱操と徐勇は慌てて地面に倒れ、動かなくなった馬乾に駆け寄る。
「馬乾殿!馬乾殿!!」
「朱操!揺らさないで!君が取り乱してどうする!!」
「――ッ!?」
思わず馬乾の身体を抱き起こし、揺さぶりながら返事を要求する幼なじみを徐勇は叱りつけた。
「……済まない……つい……」
「謝らなくていいから、そのままじっとしてて!」
徐勇は慣れた手つきで鋼梟を待機状態に戻すと、馬乾の身体を触診した。それを今にも泣き出しそうな顔で朱操は見ていることしかできなかった。
「……どうだ?」
「……うん。気を失ってるだけ、命に別状はないよ」
「そうか……!」
尊敬する馬乾の無事を聞き、朱操の顔が安心から綻んだ……一瞬だけ。
「そりゃそうさ、ボクが命を取るつもりはないってのは、キミ達が一番わかっているだろ?」
「ジョーダン……!!」
憎き黄金の龍に不意に話しかけられ、朱操の顔には深いシワが刻まれ、血管が浮き出て、それは恐ろしい表情を形成した。しかし……。
「そんな恐い顔したところでわかっているだろ?キミ達のタッグじゃ、ボクとネニュのコンビには勝てないことぐらい」
朱操に睨まれても、全く動じない金色の龍は誇らしげに隣に立つ相棒の白く分厚い胸板をこんこんと叩いた。それがまたエリートのプライドを傷つけたのは言うまでもない。
「どこまでもバカにしやがって……!!」
「朱操……」
「わかっているさ……俺はそこまで愚かな人間じゃない……石楠花!!」
必死に怒りを押し殺し、朱操は馬乾の相棒を呼んだ。
「ひ……ひん……」
石楠花はよろよろとやっとのことで立ち上がると朱操達の下へと歩いて来た。
「なんとか動けるようだな……」
「あぁ、これで……」
「腹立たしいが撤退だ!!」
朱操と徐勇が二人がかりで大柄な馬乾を肩に担ぐとそのまま……。
「……ジョーダン!!」
帰路につこうとしていた朱操は足を止め、彼の一番嫌いな男の方に振り向いた。
「なんだい?……って、だいたい言いたいことはわかるけど」
「いつか必ず傲慢なお前の心をへし折り、俺に跪せてやる!!」
「やっぱり……期待を裏切らないね、エリートは」
金色の仮面の下、ジョーダンは鼻で笑った。
「いつか……なんて一生来ないと思うけど、精々頑張ってくれたまえ。ただこの輪牟の村にちょっかいをかけるのはもうやめろ。ボクはこの村から出て行く!」
「……えっ!?」
その発言に驚いたのは、朱操ではなくカンシチであった。応龍の遥か後方で呆然としている。
「キミが戦士として最低限のプライドがあるなら、約束しろ……機会があったら手合わせぐらいはしてやるから」
「ふん!約束も何も、もとより俺はこんな寂れた村など興味がないんだよ!!」
捨て台詞を吐くと朱操達は今度こそ輪牟の村から去って行った。
「ふぅ……終わったか。昨日よりは歯ごたえがあったな、応龍」
そう言いながらジョーダンは待機状態であるメガネの形へと戻した。
「ネニュファール、キミもお疲れ。でも、もう一仕事だ……モードチェンジ」
「ヒヒン」
主の命令に従いネニュファールは再度マウへと姿を変える。
「あとは……」
汗を軽く拭いながらジョーダンが振り返ると、目の前にカンシチが立っていた。
「……というわけだ、カンシチ」
「ジョーダン……そうだよな……お前は旅の途中だもんな」
カンシチは感情が決壊するのを、必死に堪えていた。今にも泣き出してしまいたい寂しさを……。
「お前は……性格と……口は悪かったけど……おれもこの村も助けてくれて……あの……ありがとう」
カンシチは口角を無理矢理上げた……恩人を笑顔で見送る為に。
それを受けてジョーダンは……。
「はぁ?キミ、何を言っているんだ?」
「へっ?」
ジョーダンは怪訝な顔で首を傾げると、予想だにしないリアクションにカンシチの涙は引っ込んでいった。
「何をって……別れの時ぐらい真面目に、感動的にしようと思って……」
「気色悪いことを考えるな!そもそも別れないし」
「は?」
「お前もボクと行くんだよ、次森勘七」
「おれもお前と………はあぁぁぁぁぁっ!!?」
カンシチは奇声を上げ、目の前のジョーダンに詰め寄った。
「ど、どういうことだよ!?おれがお前と一緒になんて!?」
「近い!近い!!その距離にいていいのは賢くて胸の大きい美人だけだ!!」
「ふざけてる場合じゃねぇんだよ!どういうことか説明してくれよ!!頼むから!あっ!一晩考えて、おれの計画に乗る気になったのか!?」
「そんな愚かな心変わりはしないよ」
「なら!?」
「それこそ昨日話しただろ?賛備子宝術院には興味あるって。っていうか、ボクはそこに向かう途中だし」
「賛備子宝術院?何でその名前が出るんだ?余計わからねぇよ!?」
「冷静になりなよ。いいかい?ボクは宝術院に興味があるから、そこに向かっていた。これはわかる?」
「わかる!」
「で、キミはこの灑の国の変革の為に彼らに力を借りる為に、話に行きたい。わかる?」
「わかる!」
「だったらそこまでは一緒に行こうって話だよ」
「そうか一緒に……って勝手に決めてるんじゃねぇよ!!」
「じゃあ、一人で行く?それともまだ不平不満を抱えながら、この村で搾取されるために農業に従事するかい?」
「そ、それは……」
ほんの少し冷えた頭で考えると、性格以外非の打ち所がない強者と一緒に旅に出れるのは千載一遇のチャンスに思えた。
「異論がないなら、決まりだね」
「マジか……」
こうして強引に、なし崩しにカンシチの旅も始まってしまった。
「それじゃあ行くとしますか」
マイペースなジョーダンは相棒に再び跨がり、地平線に視線を向けた。
「ま、待てよ!」
「まだ何かあるのかい?」
「おれは準備も何もできてないから!!」
「それなら問題ない」
「あるよ!ちょっとでいいから待ってくれ!!」
「だからそんな必要は……」
「ないんじゃよ」
「――!!?………厘じぃ?」
慌てふためき大騒ぎのカンシチの耳に昔から聞き馴染んだ声が届く。声のした方を向くと厘じぃが風呂敷を持ってこちらに歩いて来ていた。
「どうしてここに?」
「あいつらが来た時にジョーダンさんが戦いが終わったら、そのまま出て行くと言っていたからな。別れの挨拶じゃ」
厘じぃは白い巨体に跨がるジョーダンを見上げると……。
「本当……ありがとうございました……!!」
深々と頭を下げた。ジョーダンはビッと親指を立てて応える。
厘じぃは頭を上げると風呂敷をカンシチの前に突き出した。
「あと、これをお前に」
「これって……」
「二、三日分の食料と旅支度じゃ。昨日の夜、ジョーダンさんがお前を連れて行くから準備を頼む……と」
「ジョーダン……お前」
今度はカンシチが見上げるとまたジョーダンは親指を立てた……意地悪そうな笑顔を浮かべながら。
「はぁ……結局、全部お前の手のひらかよ……」
「なんてったってボクは天才だからね」
「はいはい……凄いですよ……」
「その天才の相棒になれるんだから感謝しろよ」
「おれがお前の相棒……」
「期間限定だけどな」
「カフェのメニューかよ!!」
「おしゃべりはここまでだ!善は急げ!目的地は賛備子宝術院!行くぞ!カンシチ!ネニュファール!!」
「ヒヒン!!」
ジョーダンが軽く足でネニュファールの腹を蹴ると、白い巨体は地平線へと走り出した。
「おい!待てよ!?くそッ!?厘じぃ!」
「おう」
「輪牟の村のこと頼んだぞ!」
「任せておけ。わしもみんなもこの血生臭い猛華をこんな年まで生き延びた奴らじゃ、心配はいらん」
「必ずこの灑の国をよくしてみせるから!必ず戻ってくるから!」
「あぁ、その時を楽しみにしているよ」
「長生きしろよ!!」
「言われなくても」
カンシチは厘じぃとその後ろにある故郷に背を向けた。
「じゃあ行ってくる!……って、あいつもあんなに遠くに!?速いって!ちょっと待てよ!!」
ジョーダンに続き、カンシチも地平線へと駆け出す。
「はばたけ……ジョーダン、カンシチ……!!」
その二人の背中を厘じぃはいつまでも見つめていた。