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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第二部
78/163

灑と慇

 呂九平原……普段は温厚な起源獣達が野をかけ巡り、その間を穏やかな風が吹き抜けるような平和な場所……。

 しかし、そんな場所で灑と慇、二つの国が雌雄を決するため、血と暴力の嵐が吹き荒れようとしていた……。

「……見たところ、変わった様子はないね……」

 それが慇の布陣を見たジョーダンの率直な感想であった。

「だが、その普通さが不気味だ。自信の現れにも思えるし、単純に何も考えてないようにも感じられる……」

 そして、これが総大将であるシュガの感想。先日のジョーダンとの二人だけの話し合いから彼は王瞑に対してナイーブになっていた。

「まぁ、ビビる気持ちはわかるよ。こうして相対して見れば、さすがに王瞑の人となりが少しは理解できるんじゃないかと思ってたけど……」

「余計わからなくなったな。一流の戦士や一国を治める者が放つ覇気のようなものが、奴からは出ていない。そういうものに敏感な俺やお前が何も感じられないとなると、よっぽど気配を消すのがうまいのか……」

「ボク達の感覚では測れない今まで遭遇したことのない新種の敵だってことだね……」

 あのテントの時と同じく王瞑のことについて語り合えば、語り合うほど答えに近づくどころか、迷路に嵌まって行くような気がした。

「……ここでぐだぐだ言っていても仕方ないか……」

「やはり直接会って見極める……それしかこのモヤモヤを晴らす方法はなさそうだ」

「では……」

「主力の武雷魚に水晶孔雀……新しいマシンは見当たらないし、とりあえず開幕はセオリー通りでいいんじゃない」

「うむ!」

 シュガはジョーダンの意見を力強く肯定すると、大きく息を吸った。ただでさえ大きい身体が空気でさらに膨らむ。そして……。

「我が名はシュガ!!!灑の国の兵士なり!!!」

「「「――ッ!?」」」

 その空気を天地を震わせる大声を放つエネルギーへと変換する!シュガの鋭い牙が生えた口から放たれた強烈な自己紹介は慇の国の雑兵達を狼狽えさせるには十分すぎる迫力を持っていた。

「こちらとしてはお前達と戦う理由がない!!!大人しく兵を退いてはくれまいか!!!さすればこちらも追撃はしない!!!しかし、このまま兵を進めるというなら、先の黄括軍やケチャ軍のようにお前らの血でこの呂九平原を真っ赤に染め上げることになるぞ!!!」

「ッ!?灑のけだものが生意気な!!」

「血を流すのはお前らの方だ!!」

 さらに威圧しようと発した言葉だったが、むしろやり過ぎだったようで慇の兵の心に闘志の炎を燃え上がらせてしまった。

 そして、それをさらに激しく燃やそうと慇の本陣が動き出す。

「蓮震」

「はっ!お任せください、王全様」

 皇帝の息子に目配せされると全身傷だらけの男がシュガと同様大きく息を吸った。もちろんこの後の行動も同じだ。

「我が名は血塗れの蓮震!!!灑の国の軟弱者ども、あんな慇の恥を退けただけでいい気になるな!!!今回我らを率いるのは我らが偉大なる王!瞑皇帝陛下!!!敗北なぞあり得ない!!!血で染まるのはお前な方だ!!!それが嫌なら王都に引き込もっているお前らの皇帝をここに引きずり出して、我らが皇帝に頭を下げさせろ!!!」

「あいつ!!」

「姫炎陛下に対し、なんと生意気な!!」

 蓮震の失礼極まりない返答に灑の兵士達もヒートアップする!今にも飛び出して行きそうだ。

「案の定、戦いは避けられないみたいだね」

「あぁ……俺ならともかく姫炎様に無礼を働いた者を生かして帰すわけにはいかない……!!」

 兵達と同じく、いやそれ以上に主をバカにされ、怒りに震えるシュガは美しい銀色の毛を逆立て、敵だけでなく味方さえ威圧した。

「このままだと、シュガの怒気にやられて、我が軍が敗走しそうだ。そうならないように……ちゃっちゃとケリをつけようか!文功!虞籍!!」

「はい!!」「おう!!」

 黒い鉄烏の群れをかき分け、灑の最前線に同じ制服に身を包んだ集団と、おめでたい紅白カラーをした巨大な骸装機が踊り出た。

「賛備子宝術院、炎術隊!流れ流れてこんなところまで来たけど……ここで奴らを退ければ終わりだ!」

「「はっ!!」」

「最後のパーティーの開幕の花火……ド派手に打ち上げようか!!」

「「はっ!!」」

「それでは……てえぇぇぇぇぇぇっ!!」


ボォン!ボォン!ボォン!!


 文功の声と呼応し、炎術隊の手から慇軍に向かって巨大な火の球が撃ち出された!さらに……。

「ワタシ達も続くぞ!ファイアーパンダー!!この半年でアップデートしたお前の力を慇の奴らに……見せつけてやれ!!」


ババババババババババッ!ドゴォン!!


 両腕のガトリング砲!背中から伸びた四本のキャノン!肩と脚からはミサイル!胸と頭からはビーム!それらを紅白のボディーから一斉に発射する!

 賛備子宝術院の類い稀なる鍛練の末、たどり着いた至極の宝術と神凪由来の科学の結晶、ファイアーパンダーの砲撃が再びコラボレーションして慇軍に降り注ぐ!

 しかし……。

「水晶孔雀、孔雀戦光で迎撃しろ。武雷魚は弩で撃ち漏らしがないようにカバーだ」

「「はっ!!」」


ビビビビビビビビビビビビビビッ!!


 一列に横に並んだ水晶孔雀のクリスタルが緑色に変化し、それ同色のレーザーが空に放たれる!そして……。


ボォン!ボォン!ボォン!!


 火球やミサイルを次々と打ち落としていく!その爆発の余波で他の攻撃も消滅ないし軌道が逸れる!それを王全の命令通り、さらに武雷魚が放った矢が迎撃……結果、灑の先制攻撃は慇にほとんどダメージを与えることはできなかった。

「くっ!?」

「まさかかつて三の門で大きな戦果を上げた我らの一斉攻撃をこんなに簡単に……」

「相手にそれで痛い目を見た蚩尤がいるからな……それだけ危険視して、バッチリ対策取ってきたってことだな」

 炎術隊とファイアーパンダーの間に豪快だが、どこか品のある大男が割って入る。

 現灑の皇帝、姫炎が二番目の子、姫風その人である。

「「姫風殿!!」」

「文功、虞籍……あとはおれと……蒲牢に任せろ!!」

 懐から札を取り出すと、それは主の声に応じ、光の粒子へ、そしてさらに墨のように光沢のない黒い装甲に姿を変えると姫風のたくましい身体を包み込んだ。

「炎や光……目に見えるものは対応できても、目に見えない“音”は防ぎようないだろ!!」

 蒲牢の胸と肩の装甲が展開すると、そこにはスピーカーが装備されていた。そのスピーカーが震え始め、それがどんどんと、どんどんと大きくなっていく!そして!

「これが灑の国皇太子の手荒い自己紹介だ!慇軍!!震え、砕けろ!滅至咆哮!!!」


グオォォォォォォォォォォォォン!!!


 鬼才懐麓道が開発した九つの傑作特級骸装機が一つ蒲牢の最強最大の必殺技、滅びに至る咆哮が今再び放たれた!

 スピーカーから発生する目に見えない暴力は緑色の武雷魚軍団を……いや!

「蒲牢キャンセラー!出せ!!」

「「はっ!!」」

 武雷魚の群れの奥からマウに跨がった人間以上の全長を誇る巨大なスピーカーが出現する。

 それはすでに震え始めていて、十分なエネルギーを溜め込んでいた……滅至咆哮を逆に滅ぼすための。

「やれ」

「「はっ!!」」


グオォォォォォォォォォォォォン!!!


 巨大なスピーカーから滅至咆哮に負けず劣らずの巨大な音が放出される!二つの音と音は両軍の間でぶつかり合い、そして……打ち消し合った。

「なん……だと……!?」

 先ほどまでの喧しさが嘘のように静まり返った戦場にまさに今の今まで必ず殺す技だった滅至咆哮を破られた姫風の戸惑いの呟きがこだました。

「ふん!デカいだけで中身の伴っていない声などこの程度よ。ましてや人の上に立つことを運命づけられているのに、それから目を背けている男の声など……!」

 王全は辛辣な言葉で姫風を貶した。同じ王の家系に生まれた者として、彼は自由奔放に振る舞う灑の皇太子のことを心の底から軽蔑していたのだ。

「王全様!なんとか一撃は防げましたが、もう蒲牢キャンセラーは……」

 慇の巨大なスピーカーはプスプスと白い煙を天に昇らせていた。この状態では第二撃を撃つことなど不可能なことは誰の目から見ても明らかだ。

 けれど、仕事は既に全うしている。

「もう一発撃つ必要などない、最初からそのつもりだ。あのお人好しの灑の皇太子殿下は仲間に当たる確率が少しでもあれば、撃つのを躊躇う。だから……」

 王全は慇軍全体に見えるように高々と右手を上げた。そして……。

「乱戦といこうじゃないか……!!」

「「「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」

 勢いよく振り下ろす!すると、慇軍はまるで一つの波になったかのように灑に向かって突撃を始めた。

「ジョーダン、お前と蚩尤が師弟関係にあったことが事実だったと強く感じたよ。同じ手は二度と喰らわない……一の門で蛇炎砲を火消しの布で防いだことを思い出した」

「不愉快な指摘をどうも。でも、確かにボクだったら、蒲牢対策は間違いなくするね。そんな単純な考えに至ることもできないぐらい王瞑に夢中になっていたことを今、絶賛恥じているよ」

 ジョーダンはバツが悪そうに眉を八の字にして、その上の額をポリポリと掻いた。

「終わったことをいつまでも言っていてもしょうがない。お前好みのスマートなやり方ではないが……」

「キミ好みの正面からの殴り合いに興じるとしようかね!!」

「おう!いつも通り、あとは任せた!磨烈!!」

「はっ!存分にその武を振るいになってくださいませ」

「言われなくとも!行くぞ!幻妖覇天剣!!」

「ボク達も久しぶりにあのくそダサデカ角付きに会いに行こうか!ネニュファール!!」

「ヒヒン!!」

「全軍突撃!!!慇の魚などお前らの猛々しい嘴で貫いて見せろ!!!」

「「「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」

 シュガの号令に従い、灑軍も進軍!

 黒と緑が呂九平原で正面衝突を起こす!

「うおらぁあっ!!」

「でえぇぇぇい!!」

「この野郎!!」

「灑は慇にへり下っていればいいんだよ!!」

「言わせておけば!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


 ありとあらゆる場所から怒声に罵声、そして金属がぶつかり合う音が聞こえた。どちらも一進一退……いや!

「はあぁッ!!」


ドゴオォォォン!!


「ぐわっ!?」「ぎゃっ」「ぐっ!?」

 やはりこの男は規格外で圧倒的であった。紫の獣、闘豹牙は視界に入る慇軍を拳で、蹴りで、いつも通り砕き、吹き飛ばしていく。

 だが、実のところ拳聖玄羽はいつもより昂っている。この呂九平原に足を踏み入れてから、彼は今まで感じたことのない感覚に包まれていたのだ。

(熱いような……冷たいような……わしの本能が、何かを訴えている……!長年の研鑽の末に手に入れた“武”の全てを解放する時が来たと叫んでおる……!!)


ドゴオォォォン!!


「これが何かはわからんが、準備運動はしっかりやっておかないとな!!」

 昂りを鎮めるために、不幸にも拳聖の視界に入った武雷魚は次々とその命を散らして行った。



 時を同じくして、闘豹牙と同じ紫色の三羽の鉄烏も躍動していた。

「リベンジの時だ!やるぞ!!」

「「おおう!!」」

 大きな盾を持った紫の烏の後ろに、これまた大きな槍を持った同色の烏が一列に並ぶと、かつて苦汁を舐めさせられた水晶孔雀に突進して行った!

「三体がかりだろうが、この水晶孔雀の敵ではない!!」


ビビビビビビビビビビビビビビッ!!


 孔雀から無数の緑色のレーザーが発射される。しかし……。

「コシン族に必死に頭を下げて、作ってもらったこの盾にそんなショボい攻撃が通じるものか!!」

 レーザーは全て特別製の盾に弾かれてしまう。そして、あっという間に槍の射程範囲に!

「喰らえ!」

「紫電の三羽烏の新必殺連携“クリスタルブレイカー”!!」


ザシュ!!ザシュッ!!


「――がっ!?」

 盾の影から飛び出した二体の鉄烏が左右から巨大な槍で水晶孔雀を突き刺した!絶対防御気光も展開したのだが、あっさりと砕かれ、黒い分厚い装甲も難なく貫通し、孔雀の各部に取り付けられた水晶状のパーツは輝きを失った。

 まさしくクリスタルブレイカーの名にふさわしい連携攻撃である。

「よし!水晶孔雀に通じるぞ!!」

「必死にベッドの上で話し合いましたからね」

「このままあのデザイン以外褒めるところのないくそ骸装機を狩って狩って狩りまくるぞ!!」

「「おう!!」」

 意気揚々と紫電の三羽烏はその場を後にし、次のターゲットを探し始めた。

 そんな彼らを遠くから狙う武雷魚が一匹……。

「一人相手に三人がかりなんて卑怯じゃないか……そういう奴らに天罰が下るぜ……!!」

 遠くから弩で紫色の頭部に狙いをつけ、引き金を……。

「喰らえ!!」

「させねぇよ」


ザンッ!!


「………えっ?」

 武雷魚が引き金を引くことはなかった。後ろから大鎌によって弩を持つ腕と、それに指令を送る頭を切り落とされたからだ。

「……ったく、どさくさ紛れに遠くから狙撃なんてする奴が卑怯だなんだ言うなよ。まぁ、この張昆にだけは言われたくないだろうけど」

 大鎌を肩に担ぐと銅鷺もまた新たな獲物を探し始める。祖国のためではなく、全ては自分のために。

「さぁさぁ……慇の奴らよ……おれの減刑のために死んでくれ!!」



「ほいっと!」


バシュン!!


「ぐあっ!?」

「もう一丁!」


バシュン!!


「ぎゃっ!?」

 慇で開発された水晶孔雀が次々と敵を討ち取っていた……慇の兵士達を。

「本当にいいマシンだな。装甲は厚いのに動きはスムーズ……弓が撃ち易くって仕方ない!!」


バシュン!!


「うげっ!?」

 青いボディーに赤いクリスタルを付けた特別製の水晶孔雀はその手に持った神々しい弓で流れるように慇の兵士を射抜いていった。

「ただな……色がな……」


バシュン!!


「げふっ!?」

「おれのパーソナルカラーに塗り替えてくれるってのは嬉しいんだけどよ……」


バシュン!!


「がっ!?」

「何で頑なに赤を入れるんだろ。鉄烏の時は元々赤かったからしょうがないにしても、赤の入ってない水晶孔雀にわざわざ入れるのはどういう了見だ?」


バシュン!!


「ぐぎゃ!?」

「せっかく蒼天の射手なんてカッコいい二つ名ができたんだから、青一色でも良かったと思うんだけどな……」


バシュン!!


「げっ!?」

 愚痴を言いながら、淡々と敵兵を射殺し血の海を作るその姿を見たら、誰もが赤を入れた意味を理解するであろう……本人以外は。

「くそ!?よくも我が同胞を!!」


ビビビビビビビビビビビビビビッ!!


 本来のカラーの水晶孔雀が怒りで心を燃やしながら、追尾レーザーをカンシチ孔雀に繰り出した……が。

「バカか、てめえ」


チュン!チュン!チュン!!


「――ッ!?」

 レーザーは全てカンシチ孔雀を覆う光の膜に、絶対防御気光に弾かれてしまう。

「孔雀戦光は、同族の水晶孔雀には通用しねぇ……よっと!」


バシュン!!


「――がはっ!?」

 反撃一閃!カンシチ孔雀の矢が絶対防御気光を貫き、そのまま水晶孔雀の頭部を撃ち抜いた。

「そして無影覇光弓の矢は絶対防御気光も自慢の装甲もいとも容易く貫く……今のおれには水晶孔雀程度では勝てないぜ……なんてな!」

 予想外のこともあったが、カンシチを始め、手練達の活躍によって、序盤は灑が主導権を握ることになった。

 しかし、それはまだ慇が誇る怪物達が息を潜めているからでしかない……。


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