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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第二部
77/163

疑問

「……というわけで、このまま進軍すると、慇軍とは『呂九平原 (ろくへいげん)』でぶつかることになると思われる」

 オレンジと黒が混じり合う夕暮れ、灑軍の野営地では今後のことについて、シュガが地図の前で熱弁を振るっていた。これから皆の意見が行き交う白熱の作戦会議が……。

「……以上だ」

「そうですか……了解しました」

「んじゃ、飯、食いに行くかの」

「え?これでおしまい?」

 白熱の作戦会議が行われることはなく、あっさりと会議は終了してしまった。そそくさとテントから出て行こうとするラクや玄羽。

 一方、カンシチは納得いかない様子でシュガに食い下がる。

「なんつーか、もっと言うことないんですか、シュガさん?」

「そう言われても……あっ!!」

「や、やっぱり何か言うことがあったんですね!?」

 シュガはその獣のような頭を大きく縦に振った。

「あぁ……俺としたことが大切なことを言い忘れていた……」

「大切なこと……それは?」

「それは……是がやられたことによって本国の警備にあまり人員を割かなくてても良くなったから、次の戦いには姫風や虞籍も合流するぞ……って、あれ?」

 シュガはてっきり援軍の報告をカンシチは飛び上がって喜んでくれると思っていたのだが、現実は真逆で額に手を当て、項垂れていた。

「……嬉しくないのか?」

「嬉しいは嬉しいですよ。あの二人が来てくれるなんて心強いです」

「では、なぜそんなリアクションなんだ?」

「援軍の話はもう二、三日前から兵士達の中で出回っていましたし、姫風さん達が合流することは昨日の時点でキトロンにすでに聞かされていました」

 カンシチの言葉に周りのみんなはその通りと相槌を打った。

「……なるほど、じゃあもう伝えることはないな」

「いや、なんか対策とか多久ヶ原で黄括相手にやったような、敵をあっと驚かすような作戦とかなんかないんですか?」

「ない!」

「そんな力強く言うことですか!?」

「ないものはないんだから仕方ないだろ。敵の情報があまりに少な過ぎるんだよ。なぁ、文功?」

 シュガに同意を求められると文功は再び首を縦に振った。

「はい。ケチャと同じ四魔人については異名と骸装機使いであること、次期皇帝王全も骸装機を、但し彼は第三世代の旧式を扱うこと、そして……」

 文功は口ごもった。ここから先の話は事実だとされているが、いまだに彼自身信じられていない。それでもここまで来たら話さなくてはならないと、意を決して口を開いた。

「……そして、慇皇帝王瞑が蚩尤を装着、その力を持って、是皇帝統満を始め、是軍の名だたる将と獣然宗から助っ人にやって来ていた義命という僧侶をたった一人で撃破したと……」

 その場にいる者全ての者の顔が険しくなり、空気が重くなった。

「……何度聞いても耳を疑うな……」

「俺もだよ、勘七。にわかには信じられない……是は千喜覇音琴と千楽覇律笛を使用していたという話もあるのに……」

「けれど、同時に噂の父殺し、弟殺しの暴虐の皇帝と、あの蚩尤が組み合わさったなら、きっと吹かしではないんだろうなという確信もある……」

「カンシチくんや玄羽様は義命という人物をご存知なんですよね?」

「あぁ……あいつは強かった。あの時は完全適合できていなかったとは言え、応龍が一方的にぼこられてたからな……」

「わしも軽く手合わせしたが、多分本気でやったら殺されていたかもな。奴の実力は今のわしと同等かそれ以上……この灑軍でもタイマンでやり合えるのはここにいる者たちと姫風ぐらいじゃろ。そんな奴が伝説の武器の力で強化されていたとしたら、誰も勝つことなどできんと思うのだが……」

「玄羽様がそこまで言う強者が……」

 文功は血の気が引いて、立ちくらみがした。それだけ今の拳聖の言葉は重い。

 カンシチもカンシチで話しているうちに、さらに不安が募っていった。

「……だとしたら、やっぱりもっと作戦とか練った方がいいんじゃないですか……?」

「さっきも言ったが、敵の情報が少な過ぎて対策を考えることができないんだよ。それに下手に相手の力を想像し、先入観を持って戦闘に入ってしまうのは危険だ」

「確かに……おれ達が痛い目にあった一の門の戦いや先の多久ヶ原も、相手が良く知っている朱操や黄括だから、勝手に敵の能力の上限を決めて、ひどいことになったってところがありますからね……」

「あぁ、敵の能力を予測するより、むしろありとあらゆる可能性があるとして、柔軟に動けるようにした方がいいと判断し、今回はあまり余計なことをしないと決めたんだ。あえて言うなら、いつも通りみんなが一番慣れた戦い方をするのが、今回の作戦だな」

「そういうことなら……」

 カンシチは立ち上がり、出口の方に反転した。

「なら、おれからはもう言うことはないです。万全の状態で決戦に望めるようにたくさん食べて、たくさん寝て、頭空っぽにしてきます」

 カンシチがそう言ってテントから出て行くと、他の者たちも次々とその場から去って行く。

「オレはただ目の前にいる敵を倒すだけだ」

「まぁ、武道家にできるのはそれしかないわな」

「私も宝術師として、できることを精一杯やります!」

「こんな不毛な戦い……次で必ず終わらせる……!!」

「おれっちは……まぁ、色々と頑張るぜ!!」

 こうしてテント中には銀色の獣人、シュガと自称天才のおさげメガネのジョーダンの二人だけになった。

「……珍しくおとなしかったじゃないか、丞旦」

「特に異論はなかったからね、ボクとしては。何より相手の力が未知なのは怖いが、それ以上にこちらの戦力は充実してる」

「あぁ、勘七はもちろん星譚の奴も調子乗りなところがあるから、黙っていたが正直、ケチャのような搦め手を使う相手でなければ今のあいつらなら、大抵の敵はどうにでもなるだろう。だからこその作戦無しだ」

「あの片田舎で土いじりに精を出していた奴と遺跡でいきなり突っかかって来た無礼者がよくぞここまで……って感じだよ」

 ジョーダンは昔を思い出して、しみじみと感慨に耽った。

「なんかジジ臭いぞ」

「そうだね。他人の成長が何より嬉しいなんてのは、自分の人生をやり切った者だけが感じられる娯楽だ。ボクはまだまだ道半ば……まずは自分のできることをちゃんとやらないと」

「……蚩尤に勝てる見込みはあるのか……?」

「さぁ」

 ジョーダンは両手のひらを上に上げ、おどけた顔をした。

「さぁ……って……」

「もちろん蚩尤を今度こそこの世から消滅させるために最善を尽くして来た。そのための応龍弐式だ。相手もパワーアップして来ることを予想もしていた……けれど……」

「けれど、予想を上回って来たか……」

 ジョーダンは真面目な顔に戻り、コクリと頷いた。

「よくわからない是の将だけなら、そいつらが弱いだけだったんじゃないのって、楽観視もできたんだけど、義命まで倒されたんじゃね……奴と会ったのは一度きりだが、とにかく強かった。結局奴に本気を出させることもできなかったし、ボク自身脳内で蚩尤と白澤のマッチアップをシミュレーションすることもあったけど、白澤の方が上だと結論づけていた」

「しかし、現実の勝者は蚩尤……」

「というより、その装着者の王瞑だね。今思うと蚩尤はスペックはともかく戦闘IQは残念そのもの。攻撃は単調だし、ヤバくなったら取り乱し、それがさらに顕著になる一流の戦士とは程遠いものだったから」

「だが、その優れたスペックを最大限に発揮できる使い手と巡り会えたわけか……」

「まさかそれが音に聞く暴虐の皇帝だとは……」

「因果なものだな……」

「けど……」

「ん?何か引っかかることがあるのか?」

「引っかかるというか……今までの戦いを通じて、なんというか“暴虐”!!……って、感じがしないんだよね、王瞑皇帝陛下様は……」

「それは……俺も思っていた……!!」

 シュガは適当な椅子を引き寄せると、それに腰をかけ、ジョーダンと膝を突き合わせた。

「父親や弟を殺して玉座に座った血も涙もない冷血漢の策士ってイメージだったけど、実際の戦略はむしろ人間くさいというか、ライブ感に溢れているというか……」

「こんなことは言いたくないが、窮奇やケチャはもっと上手く使えば、我が灑の国は滅んでいたと思う」

「同感だね。仮にボクやあんたが倫理観を無視して、あの二つを動かしていたら、灑侵攻は成功していた……かも」

「でも、そうはならなかった……」

「もちろんイレギュラーなことが、具体的には諸葛楽の合流があったせいってのもあるけど……」

「蚩尤の話を聞いていたら、諸葛楽のことも警戒していてもいいもんだと思うんだが……」

「ボク以上の知と玄羽さん並の武を持った勇者だからね。もしかしたらケチャでどうにかなると踏んでいたのかもしれないけどさ」

「いまだにケチャの光が諸葛楽に通じなかった理由はわからず仕舞いだからな」

「百歩譲って、ラクについてはしょうがないにしても、無影覇光弓についてはどうにもおかしい」

「あそこでケチャが退いていたら結果は違っていたかもしれない」

「あの眼帯小僧が汚名返上しようと先走ったんだけど……そもそも使い手がいない無影覇光弓を持たせていた意味が理解できない」

「全体的になんか甘いんだよね。最初の佐羽那砦についても、呉禁と水晶孔雀だけじゃなく、四魔人の一人でも連れて来ていれば、ボクが助っ人に来ても返り討ちにして、陥落させていた可能性があるのに……」

「慇の戦略はこちらを舐めているというより、勝とうが負けようがどっちでもいいっていう印象を強く受ける」

「それがこのモヤモヤした感覚の答えに一番近い感じだね……なぜか王瞑という男は勝利に拘ってない」

 二人は仲良くテントの天井を見上げた。

「勝利に拘っていないなら、目的はなんだ?何のためにこんな大規模な戦を……」

「蚩尤に唆されて、新兵器の実験のために……ではないよな。そこまでバカな感じもしない」

「試すは試すでも自分自身と慇の国の力を試しているのか?だとしたら、是の軍に単騎で戦いを挑んだことも説明がつく」

「実はあんたや玄羽さんのような戦闘狂……やっぱりしっくりこない。そうだとしたら最初から灑にも自分で軍を率いて来るだろうし」

「部下達に実戦で鍛えるため……とか?」

「それはない。それこそ兵士なんて窮奇とケチャさえいれば、数合わせで十分だ。それに思っているよりかは人間くさいし、部下も信頼しているけど、あくまで思ったよりもだ。最終的には駒としか思っていないよ」

「では一体何のために……」

「完全に話題がループしてるね」

「だが、ここまで来たら、納得できる答えを、王瞑という男のほんの一欠片でもいいから理解したい」

「中途半端は嫌だもんね……」

「「うーん……」」

 両者はそれからしばらく腕を組んで、ひたすら唸っていた。頭の中では会ったことのない王瞑のことを考えようとするが、どうしても人の形をした黒いモヤのようなものしか想像できなかった。

 いつまでもそんな不毛な時間が続くかのように思われた。しかし、それは突然終わりを迎えた……。


グウゥッ………


「「あっ」」

 腹の音が鳴った。身体がカロリーを寄越せと訴えてきたのだ。

「潮時か……」

「結局、王瞑については一ミリも理解できなかったね」

「掴みどころがないというのが、王瞑皇帝陛下なのだろう。それに敵がこういうものだという先入観を持つのは危険だと、勘七に散々注意したのに、憶測で親玉を捉えようとするのは浅はかだった」

「そうだね。何より答えなんてすぐわかる……直接会えばね……!!」

 ジョーダンは実際にこの後、王瞑と相対し知ることになる。彼の絶望と狂気を嫌というほどに……。


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