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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第二部
76/163

真の邪悪

 玖螺主平原にまた新たな血が流れた。ポタポタと地面に吸われるその赤い血液の持ち主は……。

「……がはっ!?嘘……だろ……!?」

 義命であった。蚩尤の剣に貫かれ、白澤の純白の装甲に空いた穴から刃を伝い、彼の鮮血が地面に落ちていたのだ。

「な、何で……!?」

「そんなことワタシが知るか」


ガァン!


「ぐはっ!?」

 王瞑が突き放すようにそう言い放ち、さらに蹴りを入れた。

 剣が引き抜かれ、自らの血が宙を舞うのを見ながら、義命は仰向けに倒れた。

「その傷は千喜覇音琴でもすぐには回復できないな」

「……ッ!!」

 すでにこの戦いは自分の勝利で決着したと確信し、悠々と自分を極限状態まで追い込んだ敵を見下ろす蚩尤。

 一方、白澤はまだ終わってないと睨み返し、起き上がろうとするが……身体が言うことを聞いてくれなかった。

「無駄だ、諦めろ。お前は負けたんだ」

「まだ……私の命は……燃え尽きていない……!」

「かろうじて……な!」

「ぐわあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 蚩尤が白澤の腹部の傷を踏みつけた!痛みで思わず義命はみっともなく絶叫してしまう。

「お前はよく頑張ったよ。正直、こういう結果になったのが、ワタシ自身信じられないぐらいだ」

「嫌味な……奴……!!」

「そんなんじゃない。ワタシは心の底からお前に敬意を表している。できることなら味方に引き入れたいと思うほどにね。ちょうど四魔人の椅子に一つ空きができたんだ。ワタシの下で働いてみないか?ん?」

 傷を踏みつけながら、蚩尤は首を傾け、義命を勧誘した。しかし……。

「やなこった……お前の下で働くぐらいなら、死んだ方がマシだ……!」

「………そうか」

「ぐわあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 義命は勧誘を断り、結果また傷口を足で踏みにじられ激痛を与えられるという腹いせを受けることになった。

「そういうところも嫌いじゃないが……ここは素直に従った方が良かっただろうに……」

「確かに……お前の下に付いた振りをするのも……一つの手だな……」

「お前のような高潔な男に寝首を掻かれるのなら、ワタシも本望だ」

「……本気で言っているのか……?」

「ワタシはいつでも本気だよ。本気でこの猛華を、世界を救おうと行動している。義命、キミと同じさ」

「……何?」

 王瞑は足を白澤から下ろし、目線も彼から空へと移動させた。

「お前はワタシを覇道に魅入られた暴君だと思っているようだが、ワタシの本質はお前と、お前達獣然宗と同じなんだよ。人と自然の調和を願っている」

「私を部下にするために……そんな嘘までつくのか……!?」

「嘘じゃないさ。その証拠にお前の最後の攻撃はワタシには通用しなかった」

「……何?」

「あの攻撃……ワタシの推測が正しければ、伝説の『斬獄覇魂剣 (ざんごくはこんけん)』のように肉体ではなく、精神を攻撃する類いのものだな?」

 王瞑が再び義命に視線を戻すと、彼はなんとか身体を起こし、膝立ちの状態になって、息も絶え絶えになりながら首を縦に振った。

「その通りだ……破邪白輝眼はその名の通り、邪悪なるものを打ち払う技……喰らった相手が邪悪であればあるほど、大きな精神的ダメージを与え、そのショックで肉体的にも絶命させる防御不可能な攻撃……のはずだというのに……!!」

 しかし、現実には王瞑は健在で、自分を見下ろしている。その事実が理解できなくて、したくなくて義命は歯を食いしばった。

「邪悪なるものの定義が、お前の価値基準によるものなのか、それとも攻撃を受けた者の罪悪感などに反応しているのかはわからんが、どちらにしてもそれではワタシを倒すことはできない。先ほども言ったがワタシとお前の目的は同じ……いや、お前以上に平和を望んでいる。それに対し一片の迷いもない。例え遥か未来で暴君だ虐殺者だと謗られることになってもワタシはワタシの使命を完遂する」

「……王瞑……お前はまさか……!?」

 義命の身体がガタガタと震え始めた。血が流れ過ぎたからだけではなく、王瞑の恐るべき目的を理解したことによる恐怖と怒りのせいだ。

「ほう……やはり惜しいな。ワタシの目的をきちんと理解してくれたのはお前が初めてだ。お前とワタシの心が似通っているからか、それとも獣然宗の信徒なら皆そうなのかな?」

「ふざけるな!!私も!獣然宗も!お前のような者を一番忌み嫌う!!お前のように調和や共存を履き違えた連中を!!」

「今はそれでいい。“アレ”の姿を見れば、きっと考えが変わる。自分たちの間違い、傲慢さに……」

「王瞑ッ!!!」

 白澤は残った力を足と手に集中させた!蚩尤の顔面に拳を叩き込むために!

(こいつは!こいつだけは殺さなくてはいけない!!猛華を覆う不穏な風の発生源は蚩尤ではなく、この王瞑だ!!こいつこそが真の邪悪!!私の命などどうでもいい!こいつだけは、こいつだけは必ず……!!)

 立ち上がる勢いと燃え滾る怒りを乗せ、拳を繰り出す!しかし……。

「遅い」


ザンッ!!


「――ッ!?」

 青銅の獣が軽く身体を動かしただけで渾身の拳は空を切った。よろめく白澤の後ろに回り込むと、背中を剣で切り裂く。純白の神獣は今度はうつ伏せに倒れる。

「ぐ、ぐうぅ……!!」

「千喜覇音琴の回復能力は予想以上だな。もう動けるようになるとは。それともお前自身の意地か、義命?」

「どちらもだ……!今ならわかる……ここに来て、煌武帝の忠臣の武器に選ばれし者が次々と現れているのは、猛華が……この大地がお前のおぞましい野望を止めようとしているからだ……!お前が起こそうとしている惨劇を……!!」

「宗教家とはロマンチストだな。確かに伝説の魔具が集結している理由が、“アレ”と再び相対するためだとしたら、物語としては面白い」

 そう言って王瞑は笑みを浮かべる。それが義命には不快で不快でたまらなかった。

「これだけのことをやっておいて……!これからそれ以上のことをやろうとしているのに……!他人事のように語れる人間が……玉座に座るな!!」

「座りたくて、座っているわけではない!!」


ザンッ!!


 白澤が立ち上がり、振り返った瞬間、蚩尤がその純白の装甲を剣で叩き切った。真っ赤な鮮血が噴水のように噴き出し、白を赤に染めていく……。

「済ま……ない……統満皇帝……統極殿……後は頼んだ……丞旦……勘七……玄羽様……林江………蘭景……」

 自分を信頼して送り出してくれた者たちへの謝罪と旅の中で出会った清き心を持つ強者に未来を託したと呟く。

 それが義命の今渡の際の言葉であった。



「……負けたか……」

 是の国皇帝、統満は天を仰いだ。今、全ての切り札が潰え、敗北が決定したのだ。

「お前たち、もう演奏を止めていいぞ……」

「しかし!!」

「お前たちまで失ったら、是の国が再起することは叶わなくなってしまう。だから、手を止めろ」

「……はい……!!」

 滝のような汗を流していた覇音琴の奏者が主の命に応じ手を止めると、その横で覇 律笛の奏者も涙を堪えながら、口を離した。

「琴の音も、笛の音色も聞こえない……」

「そうか……我らの敗北なのですね、陛下……」

 臨戦態勢を維持していたカーキ色の撃猫の軍団だったが、戦場があるべき姿に、自分たちの心と身体を鼓舞する美しい旋律が途切れたことで全てを察し、拳を開いた。

「ゴクよ」

「はっ!」

 父に呼ばれた息子はマウを動かし、隣に移動する。最後の別れを済ますために……。

「これを……『神農 (しんのう)』をお前に託す」

「……はい」

 統満は首にかけていたネックレスを外し、息子に手渡した。きらびやかな装飾など一切付いていないシンプルなもので、重さなどたかが知れているのだが、統極にはとても重く感じられた。

「重いだろう?」

「……はい。これが国を背負うということなのですね……」

「そうだ。今からお前が是の国の皇帝だ」

「……はい」

「まずやるべきことはわかっているな?」

「きっと今回の敗戦で腐れ貴族たちが活気を取り戻すでしょう。あいつらを何が何でも制御、場合によっては排除します」

「あぁ、元はと言えば、灑が身内同士でゴタゴタやってる時に出兵しようとしたのに、あやつらが屁理屈捏ねてわしを止めるから!あの時、灑を滅ぼせていれば……などと、過去のことを言っても虚しいだけだな……」

「大切なのは今何をすべきか、考えること……ですね?」

「お前はわしより遥かに皇帝に相応しいよ、ゴク」

 顔中のシワをさらに深く刻みつけ、統満はとても満足そうに笑った。

「だとしたら、あなたの背中を追いかけ続けたおかげでしょう」

「言うようになったな」

「あなたの息子ですから」

「獣然宗に詫びも入れておけよ」

「はい。あれだけの高潔な精神と圧倒的な力量を合わせ持った稀代の傑物の死を告げることになるとは……わたし自ら謝罪に行かなくては……」

「義命だけでなく、是の軍は今回の戦いで失ったものがあまりにも多過ぎる」

「ですが、きっと是の民の中には彼らに負けず劣らずの武人が、戦い以外にも優れた才を持つ者がまだまだいるはず……身分は問わず、優秀な人物は積極的に登用していきます」

「うむ。お前という光にきっと才能は集まって来る!わしは悲しいかな愚かな君主として猛華史に名を刻むことになったが、お前は煌武帝のように栄光の王として、その名を歴史に刻め!わかったな!!」

「はい!!」

 二人だけの継承式を終え、統極は父から背を向けた。そして……。

「撤退だ!生きている者は全力で是に!故郷に向かって走れ!!それが我らが偉大なる皇帝、統満最後の命令にして、彼の志を継ぐ新皇帝、統極の最初の命令だ!!」

「「「はっ!!!」」」

 統極は誰よりも速く逃げた。父や民のために振り返ることなく、必死にマウを走らせた。

 彼に続き、兵士たちも移動を始める。雪崩のように慇に襲いかかったカーキの獣が波が引いていくように玖螺主平原から去って行った。

 残ったのは前皇帝、統満と彼が跨がるマウ、そして彼に長年付き従っていた古兵が数名……。

「物好きな奴らめ」

「せっかくお供してあげようってのに、そんな言い方ないんじゃないですか?」

「わざわざ地獄まで付いて来ようとするなんて、物好き以外に形容できんだろ」

「確かに……しかし、我らの居場所は陛下の隣以外にありはしない」

「うむ!」

「統極様も立派に成長なさりました。私達の役目はもうとっくに終わっていたのです」

「かもな」

「ですから、後は若い奴らに任せて、あっしらはド派手に逝きましょう!!」

「あの角付きに冷や汗の一つぐらいかかせてやらんと死んでも死にきれん!!」

「そこまで言うなら……我に続け!大馬鹿ども!!この統満、最期の戦を共にする名誉をくれてやる!!」

「「「おおぉぉぉぉぉうッ!!!」」」

 統満を先頭に古兵どもは鏃のような陣形を取り、蚩尤へと突撃する!あまりの熱気に大気が歪んで見えるほどの鬼気迫る突撃だ!

「楽しそうだな、統満……きっと皇帝としてではなく、一人の戦士として戦場を駆けたかったのだな……そして今、その願いが叶った……羨ましい限りだ」

 そう言いながら蚩尤は六本の腕を全て大砲に変え、その全てにエネルギーを集中させていく。

「絶頂の中で痛みもなく、逝くがいい……六星戦光波……!!」


ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!


 六つの砲口から放たれた光は折り重なり、一つの巨大な光の奔流に!その圧倒的な輝きに統満たちは飲み込まれ、骨の欠片も残さずこの世から消えた……。

 こうして慇と是の戦いは、結果から見れば慇の圧倒的勝利として幕を閉じたのだった。

「ふぅ……ワタシの浅慮のせいで何回か黄泉の世界を覗き込むことになったが……まぁ、なるようになったな」

 王瞑は一息つくと再び空を見上げた。

「次はお待ちかねの灑の国だ、蚩尤」

「なんと!?このまま進軍するつもりか!?是の追撃は!?」

「ワタシの目的はお前には話したはずだ。わかるだろ?勢いが大事なんだ、勢いが」

「まぁ、ワシとしても丞旦の奴にリベンジできれば何でもいいが……」

「では、善は急げだ!慇全軍、進路を灑に向けろ!!」

 そして、休む間もなく次の戦いに……。

 灑と慇だけではなく猛華の命運を握る最終決戦が始まろうとしていた……。


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