腕自慢
是の兵士たちは脅威的な王瞑と蚩尤の力を目の当たりにし、どよめいていた。
「こ、こんな奴がいるなんて聞いていない……!?」
「しかも慇には他にも四魔人とかいう奴らがいるんだろ……?」
「か、勝てるのか、我が軍は……!?」
その奥で兵士たちの頂点に立つ皇帝統満は……。
「参ったな、こりゃヤバい」
そう呑気に言い放ち、冠を持ち上げ額をポリポリと掻いた。
「うーん、あわよくば強化された撃猫と剣虎だけで四魔人の一角ぐらいは落とせるんじゃないかと思っていたのだが……楽観的過ぎたようだな……」
統満ははぁ、と自分に呆れるようにため息をこぼすと、息子の方に視線を移した。
「ゴクよ……」
「もうすでに『典許 (てんきょ)』率いる対四魔人部隊をあの角付きに向かわせています」
「さすがに仕事が速い」
「彼らならわたしが命じなくとも、動いていたでしょうけどね」
「つくづくわしは部下に恵まれておるの。これで負けたら、全てわしが無能だったからだ……!」
「父上……」
今まで見たことのない追い詰められた父の表情を見て、息子も連動するように顔を強張らせる。
「そんな顔をするな、ゴク。確かに戦況はあちらに傾いておる。それは全てあの角付きのせいだ。だからこそ奴を討てばまた一気にこちらに傾く!」
「というか、あいつの言葉を鵜呑みにするなら、奴は慇皇帝、王瞑……倒せば終わりです」
「そうだ!だから、こちらも出し惜しみはしない!最後の手段、秘密兵器のあやつにもすぐに出られるようにと伝えておけ!!」
「はっ!!」
統満は一国の戦力を全て投入することを決意した……たった一体の骸装機を倒すために。
「……何も来ないな」
蚩尤は戦場のど真ん中でボソッと呟いた。
周りには誰もいない。敵はもちろん味方でさえ、その文字通り一騎当千の活躍に気圧され、近づくことができないのだ。
「お前の考えすぎ、過大評価のし過ぎだったんじゃないか?奴ら、この雑魚どもで慇をどうにかできると本気で思い込んでいたのだろうよ」
「それならばそれでいい。ワタシがバカで臆病だったってだけで終わる話だからな。けれど、さすがに…………」
王瞑が急に黙り込む。口を動かすエネルギーを全神経に回し、警戒網を広める。
「……何か感じたのか?」
「強い奴が来る」
「ワシのセンサーには何も反応していないが……」
「気配をうまく消している」
「気配?ステルス機能でもついているのか?」
「そうじゃない。こいつは技術だ。向かって来ているのは……」
「しゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「!!?」
突如、空中から叫び声と共に銀色の毛を持った獣人が現れた!獲物に狙いを定めるその姿はまるで古代にいた豹のようだ!
「ミリョ族の仙獣人か!!」
「こいつが……だが!」
「ひひん!!」
蚩尤は巨大なマウをまるで自分の手足のように操り、軽快に銀の獣人の攻撃をかわした……が。
「この程度ならば、なんてことないな」
「それはどうかな?」
「――!!?」
「キエェェェェッ!!」
ザシュ!ザシュ!ザシュッ!!
「――ひひ!?」
反対側からも声が聞こえたと思ったら、次の瞬間には乗っていたマウが切り刻まれた。それでもなんとかギリギリで脱出した蚩尤は慌てて距離を取る。
「まさかもう一匹いたとは……」
この戦いで初めて動揺した王瞑の前に二体の獣人が並んだ。その姿形はまるで双子のようにそっくりであった。
「マウしかやれなかったか……さすがに一筋縄ではいかんな」
「このマウは気に入っていたんだが、まんまとやられたよ。最初にワタシに気配を察知させたのはわざと……二匹目を隠すためか」
「その通り!『ソミ』が注意を引き付け、この『ショユ』が仕留める!……そういう算段だったのだがな……」
「残念だったな」
「別に残念ではないさ。面倒は増えたが結果は変わらん……お前が我らの連携の前に敗れるという結果はな!!」
咆哮とともに二匹の獣が左右に分かれ、蚩尤を挟み込むように襲いかかる!
「しゃあぁぁぁっ!!」
「キエェェェェッ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「くっ!?」
凄まじいスピードで繰り出される二匹の鋭い爪に蚩尤は防戦一方だった。両腕に盾を召喚し受け続けるが、その攻撃の密度に反撃を差し込むことができない。
「ヤバいな……まさに手数が足りない……!」
「言ってる場合か!!このままじゃいずれ防御を突破されるぞ!!元々の攻撃力とスピードに加え、千楽覇律笛の強化がなされている!蚩尤の装甲でもまともに喰らえば耐えられん!!」
「ならば……多少強引だが!!」
ガギィン!!
「うおっ!?」
「ちっ!?」
蚩尤は両腕に力を集中し、宣言通り強引に銀の獣人を盾で弾き飛ばした。そして同時に広げた状態になっているその腕を大砲へと変形させる。
「軍神の矢」
バババババババババババババッ!!
とっとと離れろと言わんばかりに、光の弾丸を乱射する。並の相手ならそのまま蜂の巣になるところだが……。
「そんな小細工!!」
「我らには通用しない!!」
ソミとショユは仙獣人最大の長所と言われる鋭敏な反射神経を存分に発揮し、弾丸の間をダンスを踊るようにすり抜けていった。
「くっ!?完全に見切られておる……!!」
「仮に二、三発当たったところでそれこそ仙獣人の常人を超える再生能力と千喜覇音琴の力で、あっという間に回復されてしまうだろうな……」
「ならフルチャージシュートで……」
「それはさっき見せている。きっとそんな隙を与えてくれないだろうさ」
「その!!」「通り!!」
ゴォン!!
「――ぐっ!?」
弾丸の雨を掻い潜り、いつの間にか再び眼前まで迫っていた獣人二人の蹴りが蚩尤の腹部に炸裂!この戦い初のヒットをもらい、青銅の獣は後方に吹っ飛んだ!
しかし攻撃を当てたはずの獣人の顔は晴れない。思いの他手応え、この場合、足応えがなかったのだ。
「……ショユ」
「あぁ、あの野郎、当たる瞬間に自ら後方に跳躍して威力を殺しやがった……!!」
渾身の一撃を軽くいなされ、どこか軽々しかったソミとショユの雰囲気が変化する。蚩尤の評価がちょっと手強くて面倒な奴から、全力で叩き潰すべき“敵”になったのだ。
「できれば我らだけで仕留めたかったが……」
「仕方ないね……今の攻撃をもう一度だ!ソミ!!」
「おおう!!」
宣言通り先ほどと同じように左右に広がり、再び蚩尤を挟み撃ちにする!
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「軍神の盾……!」
もちろん蚩尤も再度召喚した盾で防いだ。忙しなく腕を動かし、なんとか獣人のスピードに食らい付く。
「バカの一つ覚えが……!!」
「それで十分だと判断されたのだろう……実際にこうして手も足も出せていないしな」
「ちいっ!?あっちがその気ならこっちもさっきの再放送でいい!!とりあえず距離を取れ!!」
「短絡的に思えるが……それしかないか!!」
王瞑は全身に力を駆け巡らせ……。
「はあぁぁぁっ!!」
その場で盾を広げ、独楽のように高速回転をする!
「おっと」
「ふん!!」
たまらずソミとショユはせっかく近づいた蚩尤から離れていく。いや……。
「はっ!邪魔な羽虫が飛んで逃げおったわ!!」
「……いや、おかしい……あまりにも判断が早過ぎる……」
「お前の方が考え過ぎなんじゃないか?この蚩尤に恐れをなすのは至極当然のこ……王瞑!!ガードを固めろ!!」
「え?」
「でえりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ガゴオォォォォンッ!!
「――!!?」
突如として現れた第三の刺客!蚩尤に負けず劣らずの立派な角と巨大な体躯を持った骸装機がその全身を使って、体当たりをぶちかまして来た!
蚩尤は宙に浮かんだ。先ほどまで自分が撃猫たちをそうしていたように、装甲に亀裂を入れ、ひらひらと空を舞い、そして受け身も取れずに墜落する。
「終わったな」
「典許殿の『囚牛 (しゅうぎゅう)』の全力のタックルをもろに受けて、立ち上がれる者はこの世にはいない」
ソミとショユは鋭い牙を剥き出しにして、凶悪な笑みを浮かべた。作戦がうまくはまり、かつてない強敵を倒せたことに喜びを感じている。しかし……。
「……いや、まだだ……!」
実際に攻撃を加えた囚牛の見解は違った。警戒を緩めるどころか、さらに強めていく。
「……傍目からは完璧なクリティカルヒットに見えましたが……?」
「攻撃が当たる直前、奴と俺の間に光の壁のようなものが出現した」
「光の壁……あの透明なパーツの付いた骸装機が展開していた光の膜のようなものか?」
「多分、あれの応用技術だろうな。そいつのせいで威力と速度が減衰させられた。特にスピードを削られたのが、不味かった。奴に盾で防御を固める時間を与えてしまった」
典許はマスクの下で悔しさから歯噛みをした。
一方、なんとか致命傷を防いだ蚩尤はいまだに立ち上がれずにいた。
「生きておるか、王瞑?」
「かろうじてな。死んだ父と弟と久しぶりに会ったよ」
「そんな冗談を言えるなら、頭は大丈夫そうじゃな」
「しかし、身体の方は……お前なら言わないでわかるか?」
「内臓も潰れてないし、骨も無事だ。防御が間に合ったおかげじゃな」
「感謝しろと?あなた様が三人目に気付いて、絶対防御光壁を展開してくれたおかげで命が助かりましたと、ワタシに頭を垂れろと?」
「そんなもの皇帝陛下様に求めないわ!つーか、思いのほか元気じゃな!!だったら早く立ち上がって、この痛みを倍返ししてやれ!!」
「……だな」
蚩尤は気だるそうに立ち上がると、自分をこんな目に合わせた囚牛を見つめた。
「……あのマシン、蚩尤に似ているな……何か関係があるのか?」
「あれは鬼才、懐麓道が手掛けた九つの特級骸装機の一つであり、その中でも最初に開発された機体、囚牛じゃ。ワシもかつて一度だけ見たことがあっての、衝撃を受けた。だから蚩尤を造る時に参考にさせてもらった」
「パクリ元か」
「オマージュと言って欲しいの。コンセプトは最初の機体だけあって単純明快、パワードスーツとしての骸装機の追及、つまり基本スペックをどれだけ向上できるかを試したマシンじゃ。武装などは付いておらん」
「千楽覇律笛と相性がバッチリだな。どうやら是の国というのは、余計な味付けはお嫌いらしい」
「ただの脳筋バカなだけじゃろ!……と、断じてやりたいところだが、今のワシらが言っても負け惜しみになるだけか……」
「だな。どうしても侮蔑の言葉を吐きたいなら、ここから挽回するしかない」
「…………やるのか?」
「仕方あるまい。あれだけの傑物たちに我らの本気をぶつけられることを、誇らしいことだと思おう」
決意を固めた蚩尤は足を肩幅に広げ、囚牛たちの方にしっかりと身体の前面を向けた。
「話し合いは終わったのか?」
「待っててくれたのか?是の人間というのはお人好しというか、甘ちゃんというか」
「そんなんじゃない。お前の戦いは散々見てきた。様々な武器で我が軍を屠るところをな」
「まだ出していない武器もあるんだろ?」
「死んだ振りしているところに、まんまと誘われて手痛い反撃を食らうのはごめんなんでね」
「なるほど……ワタシと蚩尤を高く買ってくれているのだな。キミたちのような腕自慢に認められると、素直に嬉しいよ」
「……お前は何なんだ……?お前の言葉には“熱”を感じない。まるで人形と……いや人の形をした“闇”に話しかけているようだ……!」
典許は長年の戦いで培った戦士としての本能で、王瞑の本質を見抜き、そして戦慄した。
「ひどい言われ様だな。温室育ちのお坊ちゃんとしてはとても傷つくよ」
「白々しい……!お前としゃべっているほど空虚な時間はない……!お前の言う通り、是が誇る我ら三人の腕自慢がその口を二度と開けないようにしてやろう……!!」
「ふん!」
「そうこなくっちゃ……!!」
囚牛たち三人はジリジリと青銅の獣を囲むように広がっていく。それに対し、蚩尤は微動だにしない。
まだ準備が終わってないからだ……目の前の三匹が生まれたことを後悔するほど残酷に殺すための準備が。
「腕自慢と言えば、ワタシも自信があるんだ」
「あれだけの力があれば、誇っても誰も文句は言うまい」
「いや、そういう比喩的な話ではなくて、そのままの意味だよ……!!」
「……何?」
「蚩尤、完全適合」
「アンド、機能完全解放じゃ!!」
「――ッ!?」
一瞬で空気が張り詰め、囚牛たちはまるで冷たく暗い穴に引きずり込まれたかと錯覚した。
周囲にいる者の根源的恐怖を刺激するプレッシャーを発する蚩尤はみるみる形を変えていく。背中が隆起し、一本、二本、三本、四本と何かが……腕が生えて来た!
「蚩尤……フルアーム」
元あった腕の上と下から新たな腕が生え、トータル六本の腕を持つ異形の怪物へと蚩尤は変貌した。見る者を全て畏怖させるおぞましい怪物に!
「確かにこれは腕自慢だな……!」
「ふ、ふん!ただのこけ脅しよ!!」
「ただのはったりかどうかはその身で確かめてみるがいい……確かめる勇気があるならな……!!」
「あぁん……?舐めた口、訊いてんじゃねぇよ!!」
「「ショユ!?」」
王瞑の挑発にショユはまんまと乗ってしまった。それは図星を突かれたからに他ならない……彼自身、心の片隅でこの場から逃げ出したいと思ってしまったのだ。その情けない気持ちを振り払うように、飛び出して行く!
「愚かな……恐怖で我を忘れるなど……」
「まぁ、フルアームの初陣の相手としてはちょうどいいだろう。お前もそんなことを言っていたじゃないか」
「ワタシは全力のあいつと……まぁ、別にいいか。アローフォー」
上の腕二本と下の腕二本、計四本を大砲の形へと変形させる。そして……。
「発射」
バババババババババババババッ!!
「なっ!?」
「ぐっ!?」
「この弾幕は……!?」
無数の光の弾丸をショユを含む、是の腕自慢たちに向けてばら蒔く!銀の獣人はその機動力を生かし避け、囚牛はその装甲を生かし、なんとか耐えた。しかし……。
「四本でも足りないか……では、アローシックス」
蚩尤はさらに元あった腕も大砲へと変え、六つの砲口から絶え間なく弾丸を撃ち続ける。そして遂に……。
バシュ!バシュ!バシュッ!!
「ぐあっ!?」
弾丸がショユを捉える!彼の強さの肝である機動力の要、足を貫かれ、地面に這いつくばった。
「くっ!?だが、おれの回復能力と千喜覇音琴の音色があれば……」
「そうだな。このままではすぐに回復されてしまうので、そんな暇など与えずにすりつぶさせてもらおう」
「!!?」
ショユが顔を上げると蚩尤は全ての砲口をこちらに向けていた。
「光栄に思え、お前がフルアームの最初の犠牲者だ」
バババババババババババババッ!!
ショユの身体は光の弾丸の群れに削られ、抉られ、この世から跡形もなく消え去った。
「ショユ!!くそ!お前の仇は必ずオレが……!!」
「それは無理な話だ」
「!!?」
完全適合してスピードも上がった蚩尤は戦友を目の前で無惨に殺され、一瞬だけ動きが止まったソミの懐に潜り込んだ!
「好都合!そっちから来てくれるなら!!」
ソミは鋭い爪の生えた腕を蚩尤の頭に向かって撃ち下ろし……。
「軍神の剣」
ザンッ!!
「――ッ!?」
蚩尤は自分に襲いかかる爪を呼び出した剣で逆に切り落とした!
「仙獣人相手にも反応速度は負けてないな」
「当然じゃ!!」
「それではこのまま一気に……ソードシックス」
六本の腕全てに剣が握られると……。
「六腕剣・乱れ裂き」
ザザザザザザンッ!!
「――ッ!?」
刹那でソミの四肢と首が切り離され、胴は腰元で両断された。無惨に分解された獣のパーツはゴトリと地面に落ち、その上から真っ赤なソースが注がれる。
「残りは……」
ガギィン!!
「お前だけだな、囚牛」
「くっ!?」
仲間の死に様を目にしながらも息を潜め、背後から不意打ちを狙った囚牛だったが、一瞬で盾を装備し直した異形の下の腕が真後ろに可動し、必殺の一撃をガードされてしまった。
「前言撤回だ。お前は優しくも甘ちゃんでもない。仲間を犠牲にしても任務の遂行を優先する血も涙もない冷酷な兵士だ」
「だが、そこまでしても……!!」
「あぁ、蚩尤フルアームには敵わない」
「ぐわっ!?」
蚩尤は上の腕で囚牛の腕を掴むと、自分の前方に投げ飛ばした!
「まだ……」
すぐに起き上がろうとする囚牛だったが……僅かに遅かった。
「ランスシックス、六腕槍・狂い刺し」
ザシュッ!ザシュッ!ザシュン!!
「――ッ!?」
六本の槍を囚牛の分厚い装甲に無理矢理捩じ込んだ。空いた穴からどろりと赤く温かい液体が流れ出る……是の国の切り札とも言える男のあまりに呆気ない最期である。
「すごいぞ!これが蚩尤フルアームの力!ワシの予想を遥かに上回っているぞ!!ははははははっ!!」
手塩にかけた発明であり、自分自身でもある蚩尤の活躍にご満悦な電子の亡霊。一方……。
「………」
一方、王瞑は沈黙を貫いていた。正確には精神を集中していたのだ、次の戦いに備えて。
「ん?何だ?これだけの相手に圧勝したのに暗いのぉ」
「ワタシの直感が正しければ、奴はこの三人よりも上だ」
「なんじゃと……!?」
蚩尤は槍に串刺しにされた囚牛から、こちらに歩いてくるスキンヘッドへと視線を移した。
「あいつは……坊主か?」
「場違いだが、あの格好はそうだろうな。獣然宗の僧侶だ」
蚩尤から少し離れたところで、坊主は足を止め、名乗りを上げた。
「我が名は義命。この猛華の平穏のため、お前を倒しに来た者だ、蚩尤……!!」




