皇帝出陣
「…………はあぁ?」
いつもの冷静な表情を崩し、すっとんきょうな声を上げる王全。血の繋がった親子と言えど、その答えは予想していなかった。
「……冗談ですよね、父上?」
「冗談?この切羽詰まった状況でふざけてる余裕なんてなかろうに」
「では、本当に……?」
「あぁ、ワタシが出る」
「皇帝自ら……?」
「皇帝自ら」
「その結果、あなたが死んだら全て終わりなのに……?」
「違うぞ、ゼン。もしワタシが死んだら優秀な後継者が新たな皇帝になって、さらに慇を強くする!それだけのことだ」
そう言って、父は息子に親指を立てた。
「あなたって人は!!」
そして、息子はキレた!しかし……。
「はいはい!王全様、お気持ちは痛~いほどわかりますが、落ち着いてくださいな」
「花則!?」
先ほどとは逆にモジャモジャ頭の花則が割って入り、親子喧嘩を仲裁する。
「お父上のことは理解しているでしょう……この人はやると決めたら、必ずやるお方。最終的に倫理観や道徳心、合理性よりも自分の感情に従う人だって」
「ぐっ!?そうだ……父はそういう人間だ……決意を固めたら、誰にも止められない……息子でさえも……」
王全は花則の王瞑評を聞き、一気にトーンダウン。ため息をこぼし、父を自分なんかが制止できないことを悟った。
「わかりました……お好きになさってください、陛下」
「ありがとう、ゼン。やはりそうやって冷静に柔軟に物事に対処できるお前の方がよっぽど皇帝としての資質があるな」
「逆にあなたは皇帝の器ではない。自分の部屋に籠って、本を読み漁っているのが、お似合いだ」
「……そうできたら、どんなに良かったことか……」
王瞑は一瞬だけ寂しそうな顔を覗かせる。
けれど、すぐに後悔を追い払うように表情を引き締めると、花則の方を向いた。
「いつも世話をかけるな、花則。嫌われ役ばかり押し付けて、済まないと思っている」
「はて?何のことやら?」
ニヤニヤと口角を上げながら、花則はとぼけてみせた。
相変わらずな忠臣の姿を見て、王瞑は安心したように彼らから完全に背を向け、敵陣を見据えた。
「とりあえず話はまとまったな。後は頼むぞ、花則、ゼン、スパーノ!」
「「「はっ!!」」」
「慇の国皇帝、王瞑!出陣する!!」
「ひひん!!」
王瞑が巨大なマウの腹に蹴りを入れると、猛々しい嘶きと共に走り出した!
「皇帝陛下!」
「まさか陛下が出られるのか!?」
慇の兵士たちは戸惑いながらも、その威光にひれ伏すように、道を開けた。
「さぁ、是の諸君!慇の皇帝が!手柄がやって来たぞ!!」
そして遂に戦場の真っ只中に突入する!そのきらびやかな装いに注目が一斉に集まった。
「あれは名のある将か!?」
「っていうか、今、自分のことを皇帝って言ってなかったか?」
「まさか皇帝自ら最前線になんて。でも……本当だとしたら……!」
是の兵士たちが一斉に色めき立つ。もし目の前に現れた者が本当に慇の皇帝で、それを討ち取ることができればどれだけの褒賞が与えられるのか想像もできない。
ゴクリ……
戦場に生唾を飲み込む音が響く。最早、是の兵士たちは欲望にまみれるただの獣と化していた。
「お、おれが奴の首を貰う!!」
「いいや!俺だ!!」
「早い者勝ちってことだろ!!」
王瞑の下に是の兵士たちが血走った目で殺到する。
その様子を見て、王瞑は……笑った。
「いいね。欲に支配された愚かな人間らしい行動……実に殺し甲斐があるな!」
「そうだ!こんな雑兵、我らの敵ではない!皆殺しだ!皆殺し!!」
「あぁ!存分に楽しもうぞ!!蚩尤!!」
その名を叫んだ瞬間、顔に着けられていた青銅色の仮面が光の粒子に変わり、それがまたすぐさま青銅の機械鎧に変化、そして、王瞑の全身に装着される!
二本の角を持つ青銅の特級骸装機、蚩尤の再臨である。
「軍神の矛」
疾走するマウに揺られながら蚩尤は矛を呼び出すと、ぶっきらぼうに左右に振った。すると……。
「ぐあっ!?」「ぎゃあっ!?」
「一撃で絶命させてしまえば回復もくそもないだろ」
カーキ色の撃猫たちが次々と風に舞う木の葉のように宙を踊り、砕けた装甲が雪のように玖螺主平原に振り注いだ!
「こ、こいつ強いぞ!!」
「手柄独り占めは難しそうか……」
「ならば連携で落とす!!」
「「おう!!」」
是の兵士は蚩尤の圧倒的な強さを見て、冷静さを取り戻したのか、動きに統制が戻って来た。しかし……。
「喰らえ!!」
「その首もらった!!」
「でえぇぇぇぇい!!」
「無駄だ」
ザンッ!!
「「「――!!?」」」
飛びかかって来た撃猫をまさに一蹴!矛の一振りでまとめて撃破した。
「力を合わせるなど、弱者の戯れ言。強者とは孤独なものだ」
「同意じゃな。愚者は分をわきまえて、優秀な者にひれ伏しておればいいのじゃ!」
「だったらお前がひれ伏せ!!」
剣虎、強襲!その腕の代わりに付けられた巨大な剣を容赦なく蚩尤に振り下ろす!しかし……。
ザンッ!!
「ひひん!!」
「おっと」
王瞑は巧みにマウを操り、巨剣は何もない空間を通過した。
「出たな、第三世代」
「ふん!こんな骨董品など、我が傑作、蚩尤の敵ではないわ!!」
「さっきからぶつぶつと……しかも腹話術のように声色を変えて、独りで会話しおって!!もしや自分を皇帝と思い込んでいる狂人なのか!?」
「……そうだったら、幸せだったのにな」
「――!!」
またも一抹の寂しさが、すきま風のように王瞑の心を冷やした。剣虎からしたら、それは隙以外の何者でもない。
「もらったぞ!狂人よ!!」
ガギィン!!
「――なっ!?」
撃ち下ろされた剣は矛によって受け止められた。王瞑の仕業ではない。彼が纏う機械鎧に宿る亡霊の仕業だ。
「……って、何を呆けているのじゃ!!」
「少しぐらいいいだろう。お前がこうして動いてくれるんだから」
「それでは駄目なのだ!ワシは所詮研究者!戦士ではないのじゃ!蚩尤の力を歴戦の勇士であるお前が……」
「軍神の斧」
ガギィン!!
「――ッ!?」
「こやつ!?」
不意を突き、剣虎はもう一方の刃を蚩尤の腹を薙ぎ払うように振るったが、中身の王瞑によって新たに召喚された斧によってこれまた受け止められた。
「確かに……こんなスローな攻撃に対応できないようじゃ、マシンスペックで圧倒できる奴以外はキツそうだな」
「だ、だから!そう言っておるじゃろ!!わかったら力を示せ!!」
「はいはい」
ガギィン!!
「ぐっ!?」
蚩尤は力任せに剣を弾き飛ばし……。
「ていっ!!」
ザシュッ!!
「…………ぐはっ!?」
矛で剣虎の分厚い装甲を貫いた。中から何かを吐き出すような音が聞こえたと思ったら、両腕から力が失われ、ぶらりと垂れ下がる。その後、二度とそれが動くことはなかった。
「はっ!やればできるじゃないか!!」
「お気に召してくれたようで良かったよ。だがしかし……こいつ、ワタシのこと頭おかしい奴だと思いながら死んでいったのか……」
「不服か?」
「まぁ、ワタシが狂っていることは否定はせんが、どうせだったらちゃんと皇帝に殺されたと認識して、逝った方が名誉だったろう――」
バババババババババババババッ!!
「――に!」
殺した相手に妙な気遣いを見せていた青銅の獣に光の雨が降り注ぐ!残りの剣虎が尻尾からビームを乱射しているのだ。
「まったく節操のない……軍神の盾」
蚩尤は盾で光弾を防ぎながら、マウを走らせる。
「このまま多少の被弾覚悟で突っ込むか?」
「いや!撃ち合いが望みなら、それに乗ってやろうぞ!!」
「それもそうだな。軍神の矢」
バババババババババババババッ!
蚩尤は腕を大砲に変形させ、お返しとばかりに無数の光の矢を撃ち込んだ。四体の剣虎に負けない弾幕でビームを相殺していく。
「さすがの連射速度だな」
「当然じゃ!あんな旧式など敵ではないと言っておろうが!」
「だが、このままじゃただ時間とエネルギーを消費し続けるだけだ。もう一方の腕も軍神の矢に変形、パワーチャージを」
「了解した」
指示通り、盾を持っていた手を大砲に、そして砲口にエネルギーを集めていく。
「……できたぞ!チャージ完了じゃ!」
「速いな」
「灑におった時よりも、フルパワーに到達するまでの時間を二割削減!しかし、威力は据え置きじゃ!!」
「そりゃあ凄い」
老人の自慢話を軽く聞き流しながら、王瞑は剣虎に狙いをつける。
「もらった」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥッ!!
「――ッ!?」
蚩尤から放たれた光の奔流に一体の剣虎が飲み込まれた!その装甲を削り、抉り、そして溶かす!あっという間に慇を苦しめた大型兵器はただのスクラップになり下がった。
「奴め!あんな強力な遠距離攻撃を持っていたのか!?」
「このまま撃ち合っていては、勝ち目はない!残りの三体で囲んで、切り刻むぞ!!」
「おう!!」
残りの剣虎が攻撃を止め、お互いの意志を確認、想いを一つにして、一斉に突……。
「こっちから来てやったぞ」
「――なっ!?」
ザンッ!!
「――ッ!!?」
いつの間にか眼前に迫っていた蚩尤が斧で一刀両断!三体目撃破!
「くそっ!!よくもやりやがったな!!」
仲間の仇を討とうと、一直線に向かってくる四体目を……。
「軍神の槍」
ザシュッ!!
槍で頭をぶっ刺してカウンターで討伐!
「ぐっ!?」
遂に一人になって狼狽する五体目は……。
「王瞑!」
「チャージ完了か。やはり速くていいな」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥッ!!
軍神の矢のフルパワーシュートで滅殺!
あれだけ苦しめられていた剣虎の群れをたった一体で、ほんの僅かな時間で壊滅させてしまった。
「これで再び流れはこちらに傾いた」
「なんか拍子抜けじゃの。せっかく色々と試せると思ったのに……もう終わりか」
蚩尤は心底残念だと感じた。国の存亡をかけたこの戦いもマッドサイエンティストからしたら、ちょうどいい実験場でしかないのだ。
「安心しろ。まだ終わっていない」
「何!それは本当か!!」
喜びのあまり蚩尤の電子音声が上擦った。それが王瞑には不快で仕方なかった。 人の醜さを凝縮したようなこの電子の亡霊を皇帝陛下は心の底では軽蔑し切っていた。だが、同時に羨ましく思っている。彼のように一つの道を極めることだけに集中できたら、どんなに幸せかと。
「……お前はいつも楽しそうでいいな」
「そうか?隣の芝は青く見えるって奴じゃないか?……って、そんな話はどうでもいい!!まだ終わりじゃないというのは、本当だろうな!?」
「冷静に考えてみろ。伝説の楽器で強化した撃猫と剣虎だけで、花則たち四魔人……今は三魔人だが、あいつらをどうにかできると思うか?」
「それは……そうだな」
「あいつらの勇名は是にも轟いている。きっとそれに対抗できる兵器か、手練を用意しているはずだ。統満が無能な君主でなければな……!」
王瞑は青銅のマスク越しに敵本陣を、そこにいるであろう統満を睨み付けた。




