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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第二部
70/163

触れることさえ……

 カンシチと蘭景は多久ヶ原から少し離れた、そしてそこを見下ろす小高い丘にいた。

「この距離から本当にケチャを狙撃できるのか?ただでさえ的が小さい子供だというのに……」

 蘭景は正直半信半疑だった。カンシチの弓の腕は知っているが、今回は距離的にも、ターゲット的にも今までで一番難しいと言って過言ではない。しかも……。

「それにどういう理由かわからんが、あそこだけ嵐が起きてる……」

 自分達のいる場所は晴天だというのに、多久ヶ原全体は暴風雨に曝されていることが最大の不思議であり、懸念であった。

「自分にはケチャの姿を視認すらできない……他の方法を探した方がいいんじゃないか?」

「いや、これしかない!」

 カンシチが蘭景の疑問を力強く一蹴する。だけど……。

「根拠は?」

「ない!」

 カンシチ自身、自分の考えの正しさを立証できていなかった。彼の中の本能がそうすべきだと訴え、彼はそれに身を任せているだけなのだ。

「はぁ……まぁ、自分にも代案があるわけでもないから、止めはしない。ただ失敗したら、本国に撤退するぞ。ジョーダン達はもちろん、兵士も伝言を伝えに言ったキトロンもみんな見捨てさせてもらう。この戦いに勝ち目はないからな」

「……わかってるさ」

 カンシチの身体が僅かに震えた。自分の弓次第で勝敗が決してしまう恐怖が彼の全身を駆け巡った。それでも……。

「わかってる……わかってるが、そんなことはさせない!だろ!水晶孔雀!!」

 それでも彼は恐怖を飲み込み、仲間のために全身に水晶をあしらった新たな愛機を装着する。さらに……。

「お前も頼むぞ!無影覇光弓!!」

 半年以上前に存在を知ってから、ずっと目の前を通り過ぎて行った伝説の弓を構えた!

「カンシチ、“アレ”は何発撃てるんだ?」

「この距離だと、今の疲弊したおれなら一発が限度だな。アレを外したら即退却だ」

 最終確認を終えると、カンシチ孔雀は凄まじい風と雨に包まれた多久ヶ原に意識を集中する。

(マジでこの嵐は予想外だったぜ……当初は成功率20%ぐらいだと予想していたが、多分5%もないだろうな……幸先が悪いったら、ありゃしない……!)

 心の中で愚痴をこぼしながら、闇の奥に隠れるターゲットを探す。そして……。

「……見つけた……!」

 ケチャを発見する。ボソッと囁くように発せられた報告に蘭景にも緊張が走る。

「自分には全く見えないが……貴殿がすごいのか?それともその水晶孔雀とやらがすごいのか?」

「水晶孔雀の視覚センサーがすごいのさ。鉄烏よりもずっとな。だけど、それ以上にケチャの野郎が自信家というか臆病というか間抜けというか……デカイ盾に囲まれているから、すぐにわかった」

 カンシチ孔雀はそう言いながら、弦をギリギリと引いていく。そして……。

「これなら……」

「イケるのか?」

「あぁ、命中率100%だ!!」


バシュン!!


 迷うことなく矢を放つ!矢は手元から放たれた瞬間、透明になり、誰の目に触れることもなくターゲットに接近していく。いや!

「盾」

「はっ!!」


ガン!!


 矢はあっさりと大盾に弾かれた。目的を達成できずに虚しく響くその音を聞いて、ケチャの顔に満面の笑みが浮かぶ。

「見えてんだよ!バカが!ちょっと前からこそこそと間抜けな奴!そこは僕の視界の範囲内だ!バレてないと思ったのか?それともバレていても無影覇光弓の透明な矢なら、問題なく撃ち抜けると思ったか?残念だけど僕の目は大気の僅かな揺らぎさえも視認する!透明になったぐらいじゃ、僕を殺すどころか、身体に触れることさえできないんだよ!!」

 魔少年は遥か遠くの狙撃手に饒舌に勝利宣言をする!溜まっていた鬱憤を解消するために聞こえていない相手に、罵倒と自画自賛を吐き続けた。

「おい!今、矢が来た方向に兵を向かわせろ!!絶対に取り逃がすな!!」

「はっ!!」

「飛んで火に入る何とやらだな!返してもらうぞ!無影覇光弓!!」

 最悪の機嫌から始まった戦いだったが、ケチャの心は今、最高潮に達した。当初の目的である灑軍撃破も目前、そして失態の挽回のチャンスもあちらからやって来たのだから、高揚するのも当然だろう。



 一方、狙撃に失敗したカンシチは……。

「……よし!」

 そう言うと、カンシチ孔雀は軽快に再び弓を構えた。

「……おい、どっちだ?成功したのか?失敗したのか?弓を引くということは……どっちなんだ!?」

 蘭景はカンシチの言葉と行動のちぐはぐさに混乱した。いつものポーカーフェイスを崩し、眉間にシワを寄せ、怪訝な顔で問いかける。

「見ての通りだよ」

「つまり……外したのか?」

「あぁ……狙い通りにな……!」

「……何?」

 蘭景の眉間のシワがさらに深くなる。もはや彼にはカンシチの言動は何一つ理解できなかった。

 それも無理はない。今、この瞬間全てを理解しているのは、当のカンシチただ一人。彼が、彼だけがこの戦いの結末を予期し、戦場を完全に支配していた。

「一発目はあえて防がせた。親父の教え通り、まずは相手の行動を観察するために。そして無影覇光弓の力は透明な矢を放つだけのショボいものだと誤解させるために……!」

「じゃあ、“アレ”は撃ってないのか!?」

「おう!直接見て、さらに朱操から聞いて、あいつの性格は把握している……奴は今のおれを狙撃に失敗して、自棄になっての破れかぶれでもう一度チャレンジしようとしている哀れな奴と侮っているに違いない。きっと逃げも隠れもしない。今と同じように盾で防ごうとするはず……その傲慢さこそがおれの狙いだ!!」

 カンシチ孔雀は光の弦を繊細に、それでいて力強くギリギリと引いていく。その触れた指から無影覇光弓に彼の強い感情が伝わり、真の力を解放する!

「ジョーダンの推測通り、透明な矢は無影覇光弓の力の一端に過ぎなかった。そのことに気づけたのはお前がおれを捕まえてくれたおかげだ。お前がおれを捕らえ、お前を嫌う朱操に助けられ、お前が出した追手のせいで仲間と合流できず、僅かな休憩の間に、試しに覇光弓を使ってみたから、気づけた。つまり、お前を敗北に導いたのは誰でもないお前自身だ、ケチャ」

 カンシチの覚悟がついに弓から矢に到達する!

「イメージも先の狙撃で完璧なものになった。伝説通りこの矢は……防げない!!」


バシュン!!


 二射目にして本命の矢が発射された!再び矢はカンシチから離れると同時にその姿を消す。

「ふん!懲りずにまた透明の矢か。そんなもの……ん?」

 ケチャの顔から笑みが消えた。先ほどの矢との違いに自慢の左目が気づいたのだ。

(大気の乱れがない……先ほどとは違うのか?)

 違和感を感じた……感じたが、ケチャはだからといって何をすることもなかった。そんな必要ないと思ったからだ。

(ふん!だが、軌道はわかっている。そしてその道は先ほど盾で塞いである。呉禁のように曲射を撃っていたとしても、僕の周りは全方位、同じように盾でガードされている……!)

 再び、ケチャの口角が上がる。

「さぁ、聞かせてみろ!矢が盾に弾かれるあの間抜けな音を!見せてみろ!絶望に蝕まれた間抜けな顔を!!」

 ケチャは醜悪な笑みを浮かべながら、盾の先にいるカンシチに向かって吠えた!


ザシュ!


「…………え?」

 ケチャの鼓膜を揺らしたのは、矢が弾かれる音ではなく、肉を貫いたような音だった。彼にはそれが何の音かわからない。

 しかし、すぐに不愉快な正解を知ることになる。眼帯の隙間から頬を伝う、雨とは違う生暖かい液体、その源流から発せられる激痛……カンシチの矢が左目を貫いたことを!

「う、うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?ぼ、僕の左目が!!?」

 窮奇ほどではないが、凄まじい絶叫が周囲にこだまする。しかし、嵐と盾のせいで彼のボディーガードにしか聞こえなかった……プライドの高い彼にとっては幸いにも。

(な、何で僕の目に矢が!!?射線上には盾があったはずだろ!!どうして僕の左目が……!!?)

 目に刺さった光の矢を引き抜こうと手を伸ばしたが、タイミング良く、といっていいのかわからないが、矢は力を失い露へと消え、代わりに蓋を失った“穴”から溢れ出た真っ赤な鮮血が彼の手を汚す。

「――ひっ!?」

 その血が最後の決め手となった。ケチャに自らの“死”を意識させたのだ。彼の高いプライドも恐怖で見る影もなく破壊され、その心はこの場から逃げ去ることしか考えられなくなった。

「て、撤退だ!!」

「撤退!?しかし、我が軍はまだ……」

「この軍は狂乱のケチャの軍だ!!僕あっての軍だ!僕が殺られたら終わりなんだよ!!逆に言えば僕さえ生きていればいい!!雑兵なんていくら死のうが構わない!!」

「あなたという人は……!!」

 四人のボディーガードは密かに拳を握り締めた。できることならこの拳を目の前の非道な上司に叩き込んでやりたい……しかし、軍人としての矜持がそれをさせてくれなかった。

「……わかりました。撤退しましょう」

「ふん!最初からそう言えばいいんだよ!!とっとと行くぞ!!ちゃんと僕の周りを固めろ!!身を低くして目立たないように!!」

「……はっ」

「くっ!?早く治療しないと!こんなところで死んでたまるか……!!」

 小さい身体をさらに小さく丸めたケチャの周りを盾が隙間なく囲み、一つの塊と化したそれは多久ヶ原からそそくさと立ち去って行った。



「今度は命中……したんだろうな。顔を見ればわかる」

 水晶孔雀を解除し、座り込んでいるカンシチの満足そうな表情を見て、蘭景は全てを察した。

「あぁ、狙い通り、ご自慢の左目にぶち込んでやったよ。だけどこの距離じゃ、今のおれでは頭蓋骨まで貫通する威力を維持できなかった」

「無理もあるまい。この長距離を無影覇光弓の真の力を解放して、狙撃するなど、相手に届いただけでも凄いことだ。同じ煌武帝の忠臣の武器を持つ者として信じられない」

「そう言ってもらえると救われるよ」

「しかし、それ以上に信じられないのは、やはりその弓の能力……まさか見えなくなるだけでなく、触れることさえできないとは……」

「不可視の矢じゃなく、不可触の矢……無影覇光弓の放った矢は着弾直前までこの世には存在しない。存在しないものは防ぐ手立てはない……!」

 カンシチの説明通り、真の力を解放した無影覇光弓の矢はこの世界から存在を消し、ターゲットの命中直前に、再びこの世に姿を現す。つまり簡単に言うと、空気だろうが盾だろうが通り抜けることができる、まさしく防ぐことのできない矢なのだ。

「原理はさっぱりだが、物理的にこいつを防ぐことは不可能。さすが伝説の武器様だぜ」

 言葉とは裏腹にカンシチは雑に無影覇光弓をぶらぶらと揺らした。

「簡単に言うが、それを可能にするには明確な矢の軌道をイメージし、そのルートを寸分違わずトレースする発射技術がないと無理なんだろ?」

「多分な。何となくだが、そんな感じがする」

「武器も武器なら使い手も使い手だな。とてもじゃないが人間の技じゃない……!」

 こちらも呆れたような物言いとは裏腹に、目尻を下げて嬉しそうだ。カンシチの妙技に蘭景は素直に感心し、敬意を抱いているのだ。

「まっ、一日に何発もできる技じゃねぇけど。もう疲れて座ってもらんねぇよ」

 そう言うとカンシチはこれまた雑に無影覇光弓を傍らに投げ捨て、仰向けに倒れる。

「ふぅ……殺してやれなくて済まなかったな、ケチャ。でもせっかく生き残ったんだ……精々、狂乱の異名を持つ者らしく、痛みと恐怖に狂い乱れるといいさ……!」

 カンシチの眼前にはどこまでも蒼天が広がっていた……。


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