相棒①
「おい……カンシチ起きろ……」
昨日のドタバタ騒ぎというにはあまりに刺激的で過激な出来事から一夜明け、ボロ小屋にはこの輪牟の村の救世主と持て囃された自称天才のジョーダンの声が響いた。
「うーん……」
このボロ小屋の主であるカンシチは恩人の声を拒絶するように寝返りを打った。
「この……!早く起きろよ!」
ジョーダンにとってもカンシチは命の恩人であるから遠慮がちだったが、さすがにまったく起きる気配がないので、苛立ちから声のボリュームが一段上がった。
「うーん……」
それでもカンシチにはまだ届かない。
「……そうか、そっちがその気ならこっちも強硬手段に出るぞ」
「んん……もう食べられない……」
「ベタな寝言を……」
「おれの想いが伝わったのはわかったから……泣くなよ、ジョーダン……」
「うわぁ……めちゃくちゃ不快な夢を見てる……」
「さてと……そろそろ眠るとするか……」
「もう寝てるし、起きるんだよ!!」
ゴロン!!
「ぐあっ!?」
ジョーダンはカンシチの下にある薄い敷き布団をおもいっきり引き抜くとカンシチは転がり、壁に激突した。
「っう……!?何が起きた……!?」
「これから起こるんだよ」
「あっ、ジョーダンおはよう」
「おはよう、カンシチ」
上半身を起こし、顔面を拭いながらカンシチは仁王立ちでこちらを見下ろしているジョーダンと挨拶を交わした。
「お前……どこに泊まったんだ……?」
「最初はここに泊まらせてもらおうとキミが寝てる間に一回訪ねたんだけど、ボクみたいな大男が寝るには狭過ぎると思って、集会場に戻って、そこで……」
「ひどい言われ様だな……まぁ、確かに男二人で寝るのはちょっと窮屈か……」
「そうだよ。っていうか、なんでボクより早く就寝して、ボクより起きるのが遅いんだよ……」
「おれはきっちり七時間以上寝ないと駄目なタイプなんだよ」
「ボクもだよ。こんなことにならなきゃ、もうちょっと寝ていたかった」
「ん?どういうことだ?寝起きでまだ頭が回らないおれにもわかるように天才らしく噛み砕いて説明してくれ」
「そんなにしゃべれるなら、十分回っているように思えるけど……まぁ、いいや。いいかい?“昨日の奴らが新しい仲間を連れて、リベンジに来た”……理解できた?」
「あぁ……昨日の奴らがね………大変じゃねぇか!!!」
重そうだった半開きの瞼がバチリと開き、カンシチは飛び上がるように立ち上がった。
「それならそうと早く起こせよ!!」
「起こしたよ……自分の目覚めの悪さを棚に上げないでくれるかい」
「この……!って、やってる場合か!!」
「そうだよ、早く行くよ」
「お、おう!!」
二人はボロ小屋から飛び出して行った。
「……来たか」
輪牟の村から少し離れた場所で昨日の二人を後ろに控えさせながら、腕組みした馬乾はそっと呟いた。
「はぁ……はぁ……本当にあいつらだ……知らない奴もいるけど」
「やぁやぁ、おまたせ……って、約束もしていないし、二度と会いたくもなかったけどね、エリート」
三人の立派な出で立ちの男の前に彼らの目的であるおさげメガネとおまけが姿を現した。そしてお目当てのジョーダンは開口一番、朱操を煽る。
「ジョーダン……!!」
馬乾の後ろで朱操が今すぐにでも飛びかかり、メガネを叩き割ってやりたい気持ちを必死に抑え込んだ。その横では相変わらず幼なじみの徐勇が心配そうな顔をしている。
「それで何の用?保護者に連れられて、昨日の非礼を詫びに来た?それとも仕返ししたいけど、自分じゃ無理だから泣きついたのかな?」
「貴様!!」
「朱操!落ちついて!!」
いとも簡単に朱操は我慢の限界を超え、ジョーダンに殴りかかろうとしたが、咄嗟に徐勇が取り抑えた。
「おいおい、朱操……今日はおれを立ててくれるって話だろ?」
「ぐっ!?……そうでした……申し訳ありません……」
尊敬する馬乾にたしなめられると、朱操はようやく冷静さを取り戻し、乱れた服も直さずに速やかに一歩下がった。徐勇も彼に続く。
「んじゃ、本題に……」
馬乾は逆に身だしなみを整えながら、一歩前に出た。
「えーと!まずは自己紹介だな!おれは馬乾という者だ!」
「ご丁寧にどうも。ボクは丞旦。あなたの後ろにいるエリート様を昨日ボコボコにした天才だよ」
自己紹介というか、やっぱり朱操への挑発を口にするとジョーダンも前に出た。当然、朱操は顔をひきつらせているし、味方であるカンシチもあまりに性格の悪い自己紹介に呆れ返った。
「話には聞いていたが面白い奴だな、ジョーダン」
「あなたは中々話がわかるようだね、馬乾」
「天才様にそう言われると悪い気はしないな」
「じゃあ、それをお土産に帰ってくれるかい?」
「残念だが、それはできないな。おれにはやらなきゃいけないことがある」
「ボクを仲間に引き入れようってのかい?」
「「はっ!」」
朱操とカンシチ、敵同士である二人が同時に鼻で笑った……そんなわけないと。だが……。
「その通りだ……おれ達と来い、丞旦」
「「はあぁぁぁっ!!?」」
予想外の馬乾の言葉に二人仲良く突拍子もない声を上げる。
「いいよ」
「「はあぁぁぁっ!!?」」
さらにあり得ないジョーダンの答えにまた二人仲良く合唱する。
「どういうつもりですか、馬乾殿!!」
馬乾に詰め寄る朱操。徐勇も納得いってないのか止めに入らない。
「おい!面白くない冗談だぜ、ジョーダン!!」
同じくジョーダンを問い質すカンシチ。それを……。
「「まぁまぁまぁ……」」
宥める馬乾とジョーダン。こちらも息ぴったりだ。
「何度も言うが、今日はおれに任せてもらう約束だぜ」
「それは!……何度もすいません……」
「キミはボクの恩人だけど、志を共にする仲間ってわけでもないし、ボクがどうしようと止める権利はない……違うかい?」
「そ、そう言われると……」
言葉に詰まり、朱操とカンシチはまた一歩二歩と後ろに下がって行った。
そして、馬乾とジョーダンの視線は再び交差する。
「ふぅ……改めて言わせてもらう……おれ達と来い、丞旦。お前みたいな優秀な人間が必要なんだ」
「バカみたいな名前とは裏腹に、人を見る目と頭はいいみたいだね、この天才をスカウトするとは」
「冗談みたいな名前の奴にだけは言われたくないが……返答は?」
「だから、OK。キミ達についてもいい」
「「ぐっ!?」」
朱操とカンシチは彼らにとっては醜悪極まりない光景を目の当たりにし、鬼のような形相をした。
「そうか……そう言ってくれることを、おれは心から望んでいたよ」
対照的に穏やかな表情の馬乾はジョーダンに手を差し出した……が。
「おっと!」
ジョーダンは右手を突き出して、握手を拒絶した。
「……提案を受け入れてくれたんじゃなかったのかな?」
「言葉足らずだったら、謝罪するよ。ボクは“条件によって”はキミ達の仲間になってもいいって言ったんだよ」
「条件……?」
「そう……ボクが提示する条件は!」
ジョーダンは伸ばしていた右手の人差し指を地面に向けた。
「この灑の国の皇帝が頭を垂れて、“どうか愚かなわたしに力をお貸しください、大天才丞旦様”って言ってくれるなら、その提案受けるよ」
「この!!」
「なんて不遜な!!」
「ジョーダン、それはちょっと……!!」
ジョーダンのあまりに不敬な発言に彼のことがこの世で一番嫌いな朱操はもとより、冷静に俯瞰で物事を見れる徐勇、ジョーダンの味方でもあるはずのカンシチも声を荒げた。
「まぁまぁ、みんな落ち着けよ」
「くっ!?」
「馬乾さん……」
一方、馬乾の表情は穏やかなままだった……表面上は。
「ジョーダンよ……さすがにそれは無理だな、あり得ない。皇帝陛下にそんな真似はさせられない。仮に皇帝自身が了承しても、臣下であるおれが止める」
「だろうね。でも、そのあり得ないことをする覚悟もない奴の下につく気はない。ボクは天才……天才とは媚びないこと、誰にも媚びることなく、信じた道を歩き、それでも頂点に立つのが真の“天才”だ」
「「「!!?」」」
皆の間に爽やかな風が吹き抜けた気がした。それはジョーダンの堂々とした態度と、自らの言葉を一片も疑っていない真っ直ぐな瞳が見せた幻だろう。
「面白い……本当に面白いな……!」
「別にあなたを喜ばせるつもりはなかったけど、まぁ楽しいなら何よりだよ」
「おれがお前を仲間に引き入れたいと思ったのは本心だ」
「それはそれは光栄としか……」
「だが!同時にそれを断って欲しいと思っていたのも紛れもない真実!」
「その心は?」
「お前のような奴と戦うのが、おれにとって最高の娯楽だからだよ!こいつもそう思っている!『鋼梟 (はがねふくろう)』!!!」
馬乾は勢いよく腰の剣を引き抜くと、光に包まれ、そして豪華な機械鎧を纏った。
「まぁ、そういうノリの奴だと思ったよ……まんまと乗ってやろうか!応龍!!」
張り合うようにジョーダンも自身の最高傑作である黄金の龍を装着した。
「さぁ!ずっと我慢していたんだ!ここからはノンストップで行くぞ!!」
「受けて立つよ、馬乾!!」
ガギン!!
示し合わせたかのように、お互い槍を召喚しながら突進、力の限りそれをぶつけ合った。甲高い音が早朝に響く!
「さすがのパワーだな……!」
「いやいや、あんたも中々のもんだよ」
「そんな余力残して、上から目線で褒められてもなぁ!!」
ガンガンガンガンガンガンガン!!
また両者タイミングを見計らったように、槍の打ち合いが始まった。一合、二合と火花を散らした高速の命のやり取りは傍目からは互角に見えた……傍目からは。
「でりゃあッ!!」
ガギン!!
「ぐっ!?」
「馬乾殿!?」
鋼梟が宙を舞った。そのまま無惨に地面に叩きつけられるかと思われたが、くるくると回転し、体操選手のようにビタッと着地する。
「ふぅ……危ない危ない……」
馬乾は小さいひびが入った鋼梟の胴体をそっと撫でた。
「いやぁ……今ので決まると思ったんだけどな。実際、昨日はそれで決着ついたし」
槍の柄でポンポンと肩を叩き、仮面の下で苦笑いを浮かべながらジョーダンは呟いた。言葉通り、昨日と同じように石突をおもいっきり叩きつけたが致命傷には至らなかった。
ちなみにわざわざこの状況でも朱操への挑発を忘れないのは彼の性格の悪さとしか言いようがない。事実なので朱操も黙って彼の愛機のように顔を真っ赤にするだけだ。
「でも、ボクはまだまだ本気出してないよ。白旗上げた方がいいんじゃない?」
ジョーダンが馬乾に降参を促した。彼は馬乾と違い生粋の戦士ではないので、力の限り争うことに喜びを覚えない。自分の力を一方的に見せつけられれば満足なのだ。
「悪いがもうちょっと付き合ってもらうぜ、ゴールドドラゴン」
鋼梟は槍をぐるぐる回し、構え直した。心は折れるどころか、より熱く燃え上がっている。
「はぁ……結果はわかりきっているのに……」
「このままじゃな……」
「……その口振りだと、切り札がある感じ?」
「あぁ……朱操を為す術なく倒す奴に、おれ一人では勝ち目がないことはわかっていた……情けない話だが」
「一人じゃ勝てない……仲間がいるのか?」
「仲間ではなく“相棒”だ!!そしておれ達は一つだ!!そうだろ『石楠花』!!」
「ひひいぃぃぃん!!」
「「「!!?」」」
天を衝くような嘶きと共に、空から鋼梟の前に四足歩行の獣が降って来た!
「……起源獣『マウ』か……!」
「石楠花という名前があるんだ。種族名ではなく、そっちで呼んでくれ」
そう言いながら鋼梟をぴょんと石楠花に跨がった。
「その石楠花くんと一人と一匹でボクを倒そうというのかい?」
「違うぞ、ジョーダン。古代には“人馬一体”という言葉がある。人と獣の心が通じ合った時、それは一つの新しい命だということを現した言葉だ」
「あんた達がそうだと?」
「そうだ!おれ達は一つだ!!」
「ひひぃん!!!」
その言葉を証明するように石楠花は馬乾の意志を汲んで、応龍に向かって走り出した!
「さっきとは……違うぞ!!」
ガギン!!
「――ッ!?」
通り過ぎ様の何度目かの槍のぶつかり合い。ただ今までとは違い、応龍が力負けをし、僅かに後退した。
「このや……って、遠っ!?」
体勢を立て直し、反撃を試みようとしたが、すでに鋼梟と石楠花は遥か遠くに行っており、何もできなかった。
「ほら!もう一撃、行くぞ!!」
「ひひいぃぃぃん!!」
大きなカーブを描きながら、石楠花は再び頭を応龍へと向け、再び地面を蹴り上げ、土埃で軌跡を描きながら突っ込んでくる。
「オラァッ!!」
ガギン!!
「ぐうぅ!?」
先ほどの再放送が繰り広げられる。ただし、石楠花は今度は追撃に入らず足を止めた。もちろんそれが彼の上に乗っている主の望みだからだ。
「しつこいようだが、本当にすげぇな。石楠花に乗ったおれの槍を二度も受けたのはお前が初めてだ!」
馬乾は一介の戦士として類い稀なるパフォーマンスを見せてくれたジョーダンと応龍を褒めたくなったのだ。そこには何の悪意も思惑もない純粋な敬意だけがあった。だというのに……。
「まだ腕の痺れが取れない……このままじゃ嬲り殺しだ。“アレ”を使うか?いや、まだボクは応龍と“完全適合”できないし……」
せっかく褒めてもらったというのに、ジョーダンは痺れた腕を振りながら、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
「あの……」
「でも一回ぐらい試してみても……」
「もしもし……」
「だけどやはり不安要素が多すぎる……充填も終わってるだろうし、ここは無難に行くか……」
「聞こえてますか、ジョーダンくん?」
「あぁ、ちゃんと聞こえているよ」
「だったらリアクションしてくれよ!!」
心ここにあらず……のように見えて、ちゃんと周りが見えていた失礼なジョーダンに馬乾は声を荒げた。
「悪いね。ちょっと考えを整理していた。あんたと相棒の力が想定を超えて来たもんでね」
「煽てても何も出ないぞ」
「ボクが欲しいのは勝利だけ。それも誰から与えられるでもなく、自分の力で手に入れて見せる」
「その口振りだと、いい案が思い浮かんだようだな」
「あぁ、シンプルにいくことにしたよ。目には目を、歯には歯を、人馬一体には……人機一体だ!!おいで!『ネニュファール』!!」
「ヒヒン!!」
「何!?」
どこからともなく今度は応龍の横に起源獣マウ……に、似せて造られた機械の獣が降臨した。