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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第二部
69/163

狂乱の軍

 窮奇との戦いから二日後、慇の軍は再び多久ヶ原に布陣した。

 最前線に雨師と風伯の特級コンビ、その後ろに両手が鋏になった骸装機の集団が続き、最後方に巨大な盾を持つ武雷魚たちに囲まれたこの軍の総大将にして、四魔人が一人、狂乱のケチャがいた。

(くそ!?あの捕虜が無影覇光弓を持って脱走したせいで、一日無駄にしてしまった……!!)

 ただでさえ見た目は子供だというのに、苛立ちから爪を噛むその姿はとてもじゃないが一軍を預かる指揮かには見えない。部下たちも心の中ではそう思っているが、指摘したらどんなひどい目に会うかわからないので黙っている。

(とりあえず我が軍、必殺の策で灑軍を壊滅させよう。その後に無影覇光弓捜索隊を作ればいい。そいつらに任せて僕は陛下の下に……早くしないと、他の奴らに手柄が取られてしまう……!せっかく今回の戦で出し抜けると思ったのに……!あのくそ捕虜め……!!)

 ケチャの意識は既に戦いに勝利した後にあった。先の戦闘で自分の能力の恐ろしさを理解した灑は手も足も出ないと踏んでいるのだ。

 では、実際に相対している灑軍はというと……。

「ふぅ……最悪の展開は免れたな」

 黒い鉄烏の群れの後ろで、突貫作業で頭だけ金色に塗った鉄烏を装着したジョーダンが安堵した。

「あのケチャとか言う奴の能力のせいで特級骸装機もシュガも宝術師もマウも使えないのに最悪じゃないと言うのか?オレにはとてもそうは思えん……!」

 オレンジ色の撃猫を装着したセイはケチャに負けず劣らず苛立っている。せっかくやっとの思いで起動できた狴犴があの子供の前では役立たずどころか、味方を危険に晒す爆弾となってしまったとなっては、そうなるのも無理はない。

「兄さんが最悪ではないって言ったのは、今のところカンシチくんの姿が見当たらないからですよ。あのケチャという男の言動から見るに生きたまま盾にされたり、首だけになって掲げられたりなんて可能性も十分ありましたから」

 内乱の時に姫炎軍が使用した黄色の鉄烏を引っ張り出して来ているのは、かつて蚩尤に操られ、それと戦っていたラクだ。だが、今はすっかりジョーダン達の輪にすっかり馴染んでいる。

「まぁ、そうだな。カンシチがいないのは確かに良かった。こちらを揺さぶる切り札として隠してある可能性もあるが、わしとしてはそんな非道な真似をされたら怒りで士気が上がる。我が軍のみんなもきっとそうだ」

 拳聖玄羽はいつも通り闘豹牙だ。しかし、心の奥ではいつも以上の責任感が燃えている。今、全力を出せるのは自分だけなのだから……。

「まっ、昨日追撃して来なかったから、カンシチについてはボクは脱走に成功したと思っているけど。あいつ一人だけ捕まったならともかく、キトロンも見当たらないし、きっとあの小生意気な起源獣が付いて行ってくれたんだろ。なら問題ないさ」

「あやつは性格はアレだが、やる時はやる奴だからな」

「だが、それなら何でまだこちらに合流できていないんだ?カンシチはともかく、キトロンだけでも無事を報告するため、飛んでくればいいだろうに……」

「それだけ敵の追跡が厳しいってことじゃないですか?もしくは何か考えがあるか……」

「「「うーん……」」」

 ジョーダン達はみんな仲良く首を傾けた。しかし、すぐにそんなことをしている時間がもったいないと気持ちを切り替える。

「……カンシチのことは置いておこう。考えたところで正解は出ない」

「それよりもケチャか……」

「彼のこともわからないことだらけですけどね……」

 四人は遥か遠くに布陣するケチャを睨み付けた。正直、見たこともない骸装機の群れや、彼を守る盾のせいでよく見えないが、“そこ”にいるのだけはその不愉快な気配でわかった。

「あいつが姿を現してくれたことは、正直すごい助かるね」

「ええ、どこにいるかもわからないとなると、前回のような奇襲を警戒し続けなければいけなかったですからね」

「ただの自己顕示欲か、むしろ姿を晒すことでこちらの注意を引き付けているのか……」

「そもそもあの光の射程はどれぐらいなんだ?光を見たら上級以下の骸装機を装着してない奴は問答無用で暴走しちまうのか?」

「さぁ、わからないね。もしかしたら前回のように結構接近しないと効果を発揮しないのかも」

「そう思い込ませるように、わざわざぼく達に挨拶しに来たのかもしれませんよ」

「あぁ、ブラフの可能性も十分あり得るし、すぐに軍を起こさなかったのも、カンシチは関係なくて、能力発動のためにはそれだけの“溜め”が必要な可能性もあるし、そうじゃないかも」

「つまりはマジで何もわかってないってことだな」

「確実なのは奴の術中に嵌まったら、少なくとも半日は錯乱状態が続くってことだけ……それは身を持って証明したからね」

 ジョーダンは目が覚めた時には縄でぐるぐる巻きにされ、牢屋に入れられていたことを思い出し、自嘲した。

「ケチャの能力についてはやはりこれ以上考えても無駄だな。それよりも奴を討ち取る策を考えよう」

「それに関しては玄羽さん、あなた頼りですよ。鉄烏が敵軍を引き付けてる間に、隙を見てケチャを撃破してもらう。それしかない」

「それしかって……簡単に言ってくれるな……」

 拳聖は呆れたように、苦笑した。

「あの鋏付きは得体がしれませんが、見た限り重装甲の接近戦タイプ。拳聖の敵ではありません。厄介なのは先日ケチャのお供にいた特級二体ぐらい……見た限りでは」

「隠し玉の可能性と鋏野郎のことも置いておいて、特級二体も正直、わしの感覚ではそこまで強いとは思えないのだが……なぁ、諸葛楽?」

「なんか淡々として、意志とか感情が見られませんでしたからね。単純なパワーのことだけ考えると激情家の方が特級使いには向いているとされています。多感な思春期の少年少女が装着するのが、一番能力を発揮できるという考えもあるぐらいですしね」

「それはそうだろうな。わしの知ってる強い特級使いはみんな精神年齢がガキのまんまだ」

 玄羽はそう言いながら、ニタニタと楽しそうに他の三人を見つめた。

「天才とは他人から見たら、遊びに興じる童のように見えるのかもね……そんなことないけど」

「ぼくはまだまだ未熟者ですから。そう思われても仕方ありません」

「オレほどカッコいい大人の男はいないだろうに」

「精神はもちろん実年齢でも一番下の癖に生意気な奴だの」

「喧しいぞ、ジジイ……!」

 いつもの流れなら、ここでバカ師弟の口と拳による激しい喧嘩が始まるところだが……。

「お二人さん、どうやらおしゃべりは終わりのようだ」

「「!!?」」

「噂をすればなんとやら……敵が、特級二体が動き始めました……!」

 完全に臨戦態勢に移行した四人の眼前で雨師と風伯が両手を合わせ始めた。すると辺りが暗くなっていく……。

「これは……」

「急に雲が出てきただと!?」

「今、この辺りは乾期のはずだろ……?」

「ええ……つまりこれはあの二人が……」


ブオォォォォォォ!!ザアァァァァァ!!


 多久ヶ原に季節外れの突風と豪雨が吹き荒れる!骸装機を装着していても立っているのがやっと、とてもじゃないが戦闘を行えるような状況ではない。

「やられたね……特級骸装機の反発現象だ……!」

 ジョーダンは自分の甘さにほとほと愛想が尽きた。情けなさで自分を殴りたい気分だった。

「おい!その反発現象ってのはなんなんだ!?」

「ラク、説明は任せる……」

「はい。特級骸装機には共鳴という現象が確認されています」

「それならわしも知っている。同じ素材を使った特級骸装機同士が文字通り共鳴して、装着者同士がテレパシーのように意識を共有できるようになるのだろう?」

「ええ、その通りです。反発現象はその逆で、まったく縁もゆかりもなく、属性の違う特級骸装機同士の力をあえて反発させることで力を増大させることができるんです」

「トリニティ・バーストと同じ原理か」

「はい。というか、それから派生した理論です。トリニティ・バーストはとある三人の特級骸装機チームが開発した強力な技ですけど、それを可能にしたのが反発現象なんですよ」

「だとしたら、意志を感じられなかった特級コンビにも納得だな」

「ええ、反発現象を起こすには、緻密な感情コントロールが不可欠。発動さえすれば出力はどうにでもなるんで……」

「なるほど……何を言っているのか、全然わからん」

 セイだけが一人、完全に取り残されていた。頭の上に大量の?マークを浮かべている。

「無知な奴め……と笑ってやりたいところだけど、知っていて予測できなかった今のボクの方が嘲笑されるべき愚か者だ……!マウを連れてないのは、無差別に効果を発揮すると思われる狂乱の光のことを考えてか……」

「若しくはまだ泥濘が残っているから、肝心の機動力を発揮できないからだと思っていましたが……」

「この嵐の中を進軍するためには必要なかったんだ……あの鋏付きがあれば……!」

 ジョーダン達の考えを肯定するように、鋏付きの骸装機は嵐をものともせずに進み始めた。

「反発現象を起こすために調整された雨師と風伯。そして二人が起こした嵐の中で戦うために、僕が陣頭指揮を取って開発した『マッドシザーズ』。狂乱の異名は僕の能力だけではなく、暴風雨と共に進軍する我が軍の恐ろしさを形容したものなんだよ!!」

 その自慢の左目の超視力で屈辱と雨に濡れるジョーダン達を見たせいか、ケチャの機嫌はすっかり直っていた。

 そして高揚する彼の心に触発されるように鋏付き改めマッドシザーズ軍団が灑軍に襲いかかる。


ガギン!!


「硬い!?」

 鉄烏の剣はいとも簡単にマッドシザーズの甲羅に弾かれた。

「斬るっていうのは……こうやるんだよ!!」


ザンッ!!


「――!?」

 そして逆にマッドシザーズの鋏はまるでバターを斬るように鉄烏を両断する。

「くっ!?近づいたらまずい!!弓で!アンゼの矢で狙い撃て!!」

「無理です!この嵐では狙撃は不可能です!!」

「ぐうぅ……!!」

「防御力も攻撃力もあちらが上……しかもこの泥の上では機動力も鉄烏では敵いません!!」

「だったら、どうすればいいのだ!!」

「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「ぎやあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」


ブオォォォォォォ!!ザアァァァァァ!!


 各地で灑の兵士達の断末魔が上がる。しかし、それさえも嵐がかき消してしまうのだった……。

「丞旦……隙を伺っている場合じゃなさそうだぞ……?」

 玄羽がこの軍を任されているジョーダンに決断を促したが、彼は首を縦には振らなかった。

「さすがのあなたでもこの状況の中では多勢に無勢です」

「ならオレも行く」

「キミ一人加わったぐらいでどうにかなるなら苦労はしないんだよ……!」

「じゃあ、ラクも連れて行く。もちろん麒麟を装着させてな。先の戦いでもケチャの能力が効かなかったんだ。今回も……」

「どうして効かなかったのかも判明していないのに、リスクは冒せないよ!アナフィラキシーショックのように二回目の方が深刻な症状を引き起こす可能性もある。広範囲に攻撃できる麒麟が敵に回ったらそれこそ終わりだ!」

「ならば、いっそぼくが暴走する前提で突撃するのは?ケチャの光によってぼくが我を忘れたら、兄さん達は速やかに撤退して、窮奇のようにぼくが奴らを……」

「進軍はあちらが上なんだから、撤退もあっちが上に決まっているだろ!取り残された灑の兵士と同士討ちになるだけだ!」

「だったら、せめてここから玄羽さん達が使える足場を作るだけでも!」

「相手の射程がわからないって話は最初にしただろ!」

「ぐっ!?」

 皆の心は頭上にかかっている暗雲よりも分厚い闇に包まれていた。このまま一方的にやられ続けるか、それともリスク覚悟で行動を起こすべきか、二つの選択肢の間を激しく揺れ動く。その時……。

「みんな!ルツ族一の俊英のお帰りだぞ!!」

「「「キトロン!?」」」

 びしょ濡れのキトロンが絶望感にうちひしがれる四人の下に飛んできた!第三の選択肢を引っ提げて!

「お前、今までどこに……!?」

「それは後でいいから!とりあえずこの風の中で飛んでるのしんどいから、誰かおれっちを守ってくれ!!」

「じゃあ、ぼくが!!」

 そう言うとラクが手を差し出し、キトロンはそこに着陸、もう一方の手で壁を作り、妖精の望み通り彼を風から守った。

「ふぅ……サンキュー、ラク」

「どういたしまして……じゃなくて、本当に今までどこに……」

「それはおいおい話す!それよりジョーダン!!」

「ん?」

 キトロンはラクの手のひらの上で背筋を伸ばし、頭だけ金色のジョーダン鉄烏を見上げた。この戦いの行く末を左右する言葉を伝えるために。

「ジョーダン、カンシチからの伝言だ。“ケチャはおれが無影覇光弓で討ち取る。それまでなんとか耐えてくれ”だそうだ」

「カンシチが!?つーか、無影覇光弓だって!?」

「あぁ、この窮地を逆転できるのは、あいつだけ……蒼天の射手だけだ!」

 一筋の、ほんの一筋の細い希望の光が灑軍に差した。


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