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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第二部
63/163

最狂最悪の敵

 黄括に灑の侵攻軍を任されたその日の夜、月安の王宮の香の焚かれた自室で皇帝王瞑は杯に注がれた酒を揺らしていた。

「お前は悪い王様じゃの」

 テーブルに置かれた蚩尤が電子頭脳の中で薄ら笑いを浮かべながら、不敬にも皇帝陛下をそう揶揄した。

「いや、ワタシほど臣下思いの王はいないよ。黄括の使い方としてはあれが最善」

 王瞑も杯に映った自分の顔を見ながら、ニコリと穏やかに笑った。

「あの窮奇とかいう特級骸装機も起源獣の墓から発掘した遺骸から造り出したのか?」

「あぁ、一体だけ見つかった特級起源獣からね。どうやら窮奇の元になったそれと水晶孔雀の元になった上級の群れが戦闘になり、そして相討ちになったみたいだ」

「一匹で群れとやりあったというのか……なんと獰猛な……」

 蚩尤は思わず唾を飲んだ……あくまで本人がそう感じただけだが。

「生前もお前の言う通り、獰猛だったらしいが、骸装機になっても、その特性は変わらなかった。完成し、テストパイロットが装着した瞬間、暴走、研究所とそこにいた我が国が誇る優秀な技術者をまとめて叩き潰した」

「装着した奴も……だろ?」

 王瞑は相変わらず上機嫌な笑みを浮かべながら、首を縦に動かした。

「後日、被害にあった研究所跡を調査し、窮奇を回収、データを調べたところ装着者を分解、自身のエネルギーに変えていることが判明した」

「そのエネルギーが底をつくまで暴れ回るということか……」

「その後、僻地で罪人を使い、さらに実験を続けたところ、装着者はもれなく皆死に絶え、窮奇はひたすら暴れた」

「最早装着者はただの電池だな」

「そうだな、それが一番正しい見解なのかもな。しかし、その特異な性質のおかげか、窮奇は特級骸装機でありながら人を選ばない。誰でも装着できるんだ」

「それは本当か!?」

 蚩尤が驚きの声を上げた。骸装機の研究開発者として不可思議な特性に驚いたのもあるが、それ以上に昼間の王瞑が黄括にかけた言葉の意味を勘違いしていたことに驚いたのだ。

「ワシはてっきりお前が窮奇と黄括の相性がいいと言っておったからてっきり、そこは普通の特級と変わらないものだと……」

「相性がいいのは本当さ。あくまでワタシ個人の見解だがね」

「ほう……それはどういう見解なのか、教えてもらえるか?」

「黄括は卑屈で臆病な男だ。きっと他人に蔑まれ続けて生きてきたのだろう。コンプレックスが全身を蝕み、他者の顔色ばかり伺っている。そしてそんな自分を激しく嫌っている。それは……可哀想過ぎる。そんな可哀想な人生、早く終止符を打ってあげた方がいいだろ?命を賭けて、この慇のために戦った勇者として奉られるのが、奴にとって一番の幸せなんだよ」

「確かに……お前は悪い王様じゃないな。もっと度し難い存在だ……!」

「そうでなければ皇帝はできないんだよ」

 王瞑は一息に酒を飲み干した。



 そして再び現在の多久ヶ原……。


「ガルウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


 王瞑の目論見通り、黄括はその身も心も強制的に捧げ、最凶最悪の骸装機、窮奇が降臨した。

 その身体は二回りほど巨大化し、一対の翼や長い尻尾、鋭い牙や爪が見る者を恐怖させる。敵も味方もだ。

「黄括……様……?」

「ガルウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


ザンッ!!


「がっ!?」「ぐっ!?」「ごっ!?」

 窮奇が軽く爪を振ると、衝撃波が発生し、その一撃で多くの泥に足を取られていた慇の兵士達を切り刻んだ。

「黄括様!?なぜ味方を!?」

「まさか窮奇が暴走しているのですか!?」

「お願いです!!窮奇を止めてください!!」

「ガルウゥゥゥゥゥゥッ!!」

 兵達の言葉は届かない。怪物は返事の代わりに、翼を羽ばたかせる。すると……。


ババババババババババババババッ!!


「ばっ!?」「ぶっ!?」「べっ!?」

 翼から鋼鉄の羽が発射され、兵士達に先ほどの矢の雨のように降り注いだ!いや、これは矢というより槍、もしくは砲弾だ。貫かれるのではなく、兵士達の肉体を抉り取り、命をあっさりと摘んでいく。



「丞旦……どうやらあの窮奇とかいうマシン、敵味方見境無しらしい……!」

「あぁ、シュガ……特級骸装機の暴走とはそういうものだ。完全適合を越える力を思うがままに振るい続ける。敵だの味方だのなど関係ない。ただエネルギーが枯渇するまでひたすら暴れるだけだ……!」

 ジョーダンは悔しさと情けなさ、そして怒りから拳を固く握り締めた。

(どうして黄括なんかと思っていたが、このためか……!黄括を含めて、敵軍全てが捨て駒……王瞑、聞きしに勝る外道、とてもじゃないが皇帝の器じゃない……!)

 会ったこともない王瞑をジョーダンは胸の奥で不倶戴天の敵と認識した。奴は蚩尤と同じく国の中枢にいていい存在ではない、自分の夢のためにも排除しなければ……と。

「でも、それならとっととこの場を去った方がいいんじゃないか?このまま同士討ちで慇の軍が壊滅してくれるなら、オレ達的にはむしろありがたい。奴の目がこちらに向く前に……」

「セイ、もう遅い……!」

「キトロン?」

「奴の攻撃が来る!!」

「ガルウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


ババババババババババババババッ!!


 キトロンが人間を超える感覚で感じ取った通り、窮奇は灑の軍も抜け目なくロックオンしていた。鋼鉄の羽をこちらに向かって容赦なく、躊躇なく放つ。

「ぐあっ!?」「ぐっ!?」「ぎゃ!?」

 羽は大盾を破砕し、鉄烏を次々と討ち取っていく。さらに……。

「ガルウゥゥゥッ……!」

 大きな口を開くとそこに光が集まっていく。エネルギーを極限まで凝縮しているのだ。もし、これが放たれたら……。

「まずい!あれを止めないと!」

「ならば止める!!」

「玄羽さん!?」

「この場で奴に対抗できるのはわしらしかおらん!!兵達が逃げる時間を稼ぐぞ!!」

 玄羽がそう呼びかけたのはジョーダン、カンシチ、セイ、シュガの四人。つまり玄羽自身を含めた五人があの怪物を止める最後の防波堤だ。

「どうやらそのようだな……磨烈!!」

「はっ!撤退の指揮は私におまかせください!!皆の者!私についてこい!!」

 肩だけ青い鉄烏はそう叫び続けながら、後退していった。

「んじゃ、おれ達は怪物退治といきますか!」

「おう!撃猫!!」

「やるぞ!闘豹牙!!」

「幻妖覇天剣!!」

「嵐を起こせ!応龍弐式!!」

 殿となった五人は戦闘態勢へと移行、そして……。

「たんと味わえ!アンゼの矢!!」

「伸びろ!覇天剣!!」

「小龍砲!発射!!」

 それぞれ遠距離攻撃を繰り出す!しかし……。


ギンギンギィン!!


 窮奇の装甲は全ていとも簡単に弾き飛ばす。攻撃力だけじゃなく、防御力も規格外にパワーアップしているのだ。

「くそ!?ボク達の一斉攻撃でも怯ませることもできない!!このままじゃ奴のエネルギーチャージが終わってしまう!」

「嵐龍砲は!?」

「今からじゃ間に合わない!!」

「だったら拳聖が行くしかないな!!」

「玄羽さん!?」

「シュガ!盤古門、二の門だ!!」

「――!!わかりました!!」

 その一言で全てを察したシュガは幻妖覇天剣を巨大化させる。そして闘豹牙はその刀身の上に乗った!

「玄羽様……!お願いします!!」

 シュガは力の限り覇天剣を振り、上に乗っている闘豹牙を弾丸のように撃ち出した!

「元黄括よ、窮奇よ、知性なき獣よ!!数々の起源獣を葬ってきた拳聖の技を食らうといい!!聖豹蹴撃!!」


ガギィン!!


「ガルウッ!!?」

 窮奇は顎をおもいっきり蹴り上げられ、溜めていたエネルギーを空中へ吐き出した。

 天へと昇っていく巨大な光の球……まるで新しい太陽が生まれたようだった。


ドゴオォォォォォォォォォォン!!!


 その太陽がまたまた天地を揺るがす爆音を響かせながら、破裂した!多久ヶ原全体に凄まじい光と熱が波及する!

「ぐあっ!?」

 その余波を間近で受けた闘豹牙は地面に叩きつけられた。

「ぐうぅ!?」

「みんな大丈夫か!?」

「なんとかかんとか……!なるようになってます……!!」

「オレも……問題ない!!」

 応龍達は武器を地面に突き立てたり、這いつくばることによって爆風に晒される面積を減らしたりして、その場で持ちこたえる。

「ぐああぁぁぁぁっ!?」「ぎゃっ!?」

 一方、慇の国の兵士は抵抗する暇もなく、泥と共に彼方へと吹き飛ばされていった。

「な、なんという威力だ……!もし地表に着弾していたら、多久ヶ原自体がなくなっていたかもな……!わし、マジファインプレー……」

 地面に叩きつけられた痛みに耐えつつ、自画自賛を呟きながら闘豹牙はよろよろと立ち上がった。そこに……。

「ガルウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


ババババババババババババババッ!!


 こちらも体勢を立て直した窮奇が鋼の翼を撃ち込んでくる!顎に蹴りを入れられたことにお冠のようだ。

「ちいっ!?わしの蹴りをもろに顎に食らったんだから、脳ミソシェイクされて、KOされろよ!!」

 この知性の欠片もない獣には理解できないだろうことはわかっていたが、玄羽は文句をどうしても言いたかった。言わないとやってられなかった。だってもう自分には為す術がないのだから。

「くそ!?人の頭の上を飛び回りおって!!戦士としてのプライドが残ってるなら、降りて来て正々堂々戦え!黄括!!」

 空を飛ばれて、遠距離攻撃に専念されてはさすがの拳聖も逃げ惑うしかなかった。撃ち込まれる鋼の羽を全力で回避するのが、今の彼にできる精一杯だ。

「このまま追いかけっこをしていても埒が明かない……一体どうすれば……」

「ガルゥッ!!」

「――しまった!?」

 本能か、偶然か、窮奇は玄羽の意識が自分から逸れたほんの一瞬の間に急降下!紫の獣の前に立ちはだかった!

「ガルウゥゥゥゥゥッ!!」


ガァン!!


「――ッ!?」

 窮奇の剛腕が闘豹牙を捉えた!その凄まじいパワーで紫の獣を殴り飛ばす!

「……ぐっ!?」

 吹き飛ばされた闘豹牙は二回、三回とバウンドし、二回、三回と泥飛沫撒き散らしながら転がると漸く止まった。すぐに立ち上がりたいところだが、痛みで身動きが取れない。

「ガルウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 そこに窮奇は容赦なく、躊躇なく追撃の羽を放つ!拳聖玄羽、万事休すか!

「何やってんだよ!ボケジジイ!!」


ババババババババババババババッ!!


 拳聖の窮地を救ったのは、本人以外からは彼の弟子だと思われているセイだった。

 彼を担ぎ上げると、全速力でその場を離脱!あとコンマ何秒か遅れていたら、地面に突き刺さった羽がそのまま拳聖の墓標となっていただろう。

「ついに介護が必要になったのか!?おい!!」

「抜かせ!わしは生涯現役よ!!」

「だったら、自分の足で歩けよ!!」

「それはまだ……ちょっとな……」

「ちっ!なら、口を動かすエネルギーを回復に回せ!あいつの動きを止めるには、悔しいがあんたの力が必要だ!」

「動きを……そうか、あれをぶつけるのだな……!」

 玄羽はセイ達が何を考えているのか、一瞬で把握した。

「では、このままわしらが狙撃ポイントに奴を誘導するのか?」

「いや、それはあいつの役目だ!」

「ガルウゥゥゥゥゥッ!!」

 窮奇は獲物を逃がすまいと再び高く飛び上がり、羽を発射させながら、撃猫と闘豹牙を追おうとする……しようとしたのだが。


キィン!


「ガルッ?」

 こめかみの当たりに違和感を覚え、そちらを向くと青赤の鉄烏がこちらに弓を引いていた。

「こっちだ!こっち!このアホ!バカ!あんぽんたんのおたんこなす!!」


バシュ!バシュ!バシュン!!


 知性の欠片も感じられない悪口と共に、矢を放ち続けるカンシチ鉄烏。矢は窮奇の装甲に傷一つつけることもできないが……。

「ガルウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 注意を向けることには成功した。もしかしたらさっきの悪口も実は効果があったのかもしれない。

「ガルウゥゥゥゥゥゥッ!!」


ババババババババババババババッ!!


「この!!」


バシュ!バシュ!バシュン!!


 窮奇が鋼鉄の羽を発射すると、カンシチ鉄烏はそれを避けながら、後退、さらに矢を放つ。そして少しずつ窮奇を狙撃ポイントへと誘導していく。

「このまま慇の国の方に追い返せないものかね?だけど、そんなことしたら罪のない一般の慇国民がたくさん犠牲になるか……じゃあ、やっぱりここでこいつを仕留めるしかないな!そうでしょ!?シュガさん!玄羽様!!」

「「おう!!」」

 闘豹牙はまた幻妖覇天剣の刀身に乗っていた。もちろんそれは再び空を駆けるためにである。

「玄羽様!もう一度!できればこれを最後にしてください!!」

「まぁ、やるだけやってみるさ!!」


ブゥン!!


 再度幻妖覇天剣をカタパルトに紫の獣は空を飛んだ!そしてカンシチ鉄烏に夢中な窮奇の上へ……。

「今度はお前が叩きつけられる番だ!凶獣落とし!!」


ガアァァァァァン!!


「ガルウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!?」

 窮奇の無防備な背中にドロップキック!宣言通り、怪物を地面に叩き落とした!

「今だ!応龍!!」

 着地すると同時にその場から急いで離れる!今からここに灑軍最強の攻撃が放たれるのだ!

「さすが!墜落場所に誤差がほとんどない!これなら!!」

 皆が命を削っている間に翼のファンの速度を最高まで高めていた黄金の龍は視界の中に要求通り、ドンピシャに落ちてきた窮奇に狙いを定める。そして……。

「嵐龍砲!発射だ!!」


ブルオォォォォォォォォォォォン!!


 ファンから二本の竜巻が放たれ、窮奇の巨躯を飲み込んだ!

「よし!直撃だ!!」

「やったか!?」

 カンシチとセイはその様子を期待を込めて眺めていた。しかし、その期待はあっさり打ち砕かれる。

「ガ、ガルウゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

「な!?」

「何ぃ!?」

 窮奇はその巨大な翼を羽ばたかせ、竜巻を打ち消した。

「くそ!?まさか嵐龍砲が効かないなんて……!!」

「いや!よく見ろ!奴の身体はボロボロ……さすがにダメージは大き……い!?」

 セイの言葉が言い終わる前に白い煙を上げながら窮奇の身体中にあった傷はみるみる再生していった。

「圧倒的なパワーに、飛行能力……」

「分厚い装甲に、再生能力もある奴になんて……こいつに勝てる方法なんてあるのか……!?」

 絶望に打ちひしがれるカンシチとセイ……。そしてあの性格の悪い自称天才も……。

「黄括……あんたは何回、ボクにあの時殺しておけばと思わせたら、気が済むんだ……!!」

 最強の必殺技も防がれ、ジョーダンの頭にも“敗北”や“全滅”、そして“死”の文字が浮かび上がった。

(こいつにこの戦力で勝てるビジョンが見えない……!決定的に一手、いや二手足りない……!)

 脳ミソを何度フル回転させても、答えは一緒だった。この五人では足りないのだ。五人では……。

「ガルウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 そんな彼らの絶望などお構い無しに完全回復した窮奇は再び空に。ここから一方的な蹂躙が始まる……かに思われたが。

「金剛獣槍!!」


ババババババババババババババッ!!


「ガルウゥゥゥゥゥッ!!?」

「何!?」

 突如飛来した無数の岩石の槍が窮奇を再び地面にはたき落とす!

 驚愕する五人の視線は導かれるように一点に、岩石槍が飛んで来た方向に向けられる。

「あれは……?」

「黄色い骸装機……まさか新手の敵か?」

 そこに立っていたのは矛を持ち、角を一本生やした黄色い骸装機だった。

 カンシチ達は身構える。無理はない、彼らは初めてそれを見るのだから。

 唯一それを見たことあるジョーダンだけが、喜びに打ち震えた。

「敵じゃない……あいつは敵なんかじゃない!!」

 ジョーダンの歓喜に応えるように黄色い骸装機は矛をぐるぐると回し、高らかに名乗りを上げた。

「我が名は“諸葛楽”!愛機『麒麟』と共に灑の国に助太刀いたす!!」


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