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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第二部
61/163

夜襲

 慇の国の王都、月安から見て邪内平原の少し手前、そこに黄括率いる灑の国侵攻軍は拠点を作っていた。

「我が軍はこの先にある邪内平原で兵を伏せ待機、灑を迎え撃つ形になります」

 夜更けのテントで参謀らしき人物の口から語られたのは、シュガが推測した正攻法な作戦とほぼ同一のものだった。この男的には余計な策など今回の戦いには必要ないということなのだろう。

 しかし、彼の上司はというと……。

「本当にそんな消極的な作戦でいいのか……?」

 黄括は納得いっていない様子。なので、威圧感のある声で聞き返した……黄括の癖に威圧感のある声で。

「は、はい!た、確かに消極的に見えますが、これが最善だと考えます!」

 男は恐怖に声を震わせながら、自分の作戦の正しさを改めて主張した。その潤んだ目はまるで許しを乞うようであった。

 今まで黄括は気持ち悪がられたり、蔑まれたり、侮られたりとそんな目線でしか見られて来なかった。しかし、今はこうして慇でそこそこの地位にある軍人が畏怖してくれる。どうしてそんな風に評価が逆転したのか、それは彼の首から下げているネックレスのおかげである。

 王瞑から渡された“秘密兵器”が黄括を変えた。今の彼の声には威圧感があり、その眼差しは見た者を射殺してしまうんではないかと思うほど鋭く、最早かつての彼の面影はなかった。

「……邪内平原に誘き寄せたら勝てるのか……?」

「ひっ!?」

 黄括が声を発する度に男は寿命が縮む思いだった。黄括に見つめられる度に男は剣で刺されたように心を痛めた、ここから逃げ出したいとさえ思った。けれど、きっとそんなことしたら、この上司は躊躇なく自分を殺すだろうという確信がある。だから、必死に作戦が正しいことを説明するしかないのだ。

「奴らの軍で水晶孔雀に対抗できるのはシュガや拳聖を含め、数人です。こちらは数で勝っているので、奴らの逃げ道を塞いでジリジリと物量で攻め、そいつらの体力を削っていけば、いずれは……」

「もし奴らが攻めて来なかったら……?」

「そ、その時は少数で奇襲をかけ続け、兵の数を減らします。あちらは半年前の内乱のせいで、まだ戦力が回復し切っていません。だから一番大事なのは回復する隙を与えないことなのです。絶え間ない攻めで兵数も精神も削っていき、奴らの注意が奇襲に向いている間に、これまた別動隊に退路を塞がせる……そして持久戦です。とにかく焦りは禁物なのです。まどろっこしいですが少しずつ、少しずつ確実にやっていくのがベストだと、私は考えます……」

 恐る恐る上司の顔を覗き込む男……。

 上司の答えは……。

「……わかった。なんだかじれったいが、お前がそこまでいうならそうしよう」

「あ、ありがとうございます!」

 男は深々と頭を下げた。正直、作戦どうこうより、この息苦しい会議が終わってくれることが嬉しかった。しかし……。

「こ、黄括様!敵襲です!!」

「……えっ!?」

「何……?」

 突如、テントに入って来た男が口にしたのは今自分達がやろうとしたことを、敵が先んじてやってきたという報告であった。

「どういうことだ……?」

「ひっ!?」

 黄括は今までで、きっと彼の人生の中でも一番恐ろしい眼差しで男を睨み付けた。男は危うく恐怖で気を失いそうになったが、気絶したらそのまま殺されてしまうので必死に堪える。

「きっ、きっとただの嫌がらせです!焦っては駄目です!何度もいいますが、数ではこちらが勝っているんです!ただの悪あがきでしかない!我が軍の精兵が察知できなかったことを考えると、かなりの少数なのでしょう!本番前の予行練習として返り討ちにしてやれば、宜しい!」

「そうか……」

 黄括はいまいち参謀の男の言葉に納得していない様子だったが、今はこの男の弁明を聞いている場合でもないと考え、視線を敵襲の報告にきた兵卒に移す。

「お前」

「は、はい!」

「敵の数は……?」

「はい、三人です!」

「……三人?」

 黄括は思わず言葉をおうむ返しした。それぐらい報告された人数は予想を遥かに下回る数だった。それは参謀の男にとっても同じだったようで……。

「三人だと!?三十人の間違いじゃないのか!?」

「はい!間違いありません!!」

「うっ!?」

 声を荒げ、問いただす!しかし、兵卒は揺るがない。自分だって信じられないんだよという気持ちを強い眼差しに込めて、返事すると、参謀の男は逆にたじろいでしまった。

「本当に三人だけだと……あり得ない……あり得ないが、その数なら本当にただの嫌がらせか……だとしたらそいつらはもう逃げたはず……」

 なんとか落ち着きを取り戻し、状況を分析する……が、またまた彼の推測は外れた。

「いえ!まだ賊はこの拠点にいると思われます!」

「なんだと!?そんなことあるわけない!この大軍を三人だけで相手にしようなんて、そんな大バカ……」

「敵はシュガと拳聖玄羽と……なんかよくわからない奴であります!!」

「……何?」

「シュガが……!」

 かつてのコンプレックスを刺激され、黄括は下唇を血が出るほど強く噛んだ。



「ハアァァァッ!!」


ガァン!ガァン!!


「ぐあっ!?」「がはっ!?」

 月の光を美しい銀の毛でキラキラと反射しながら、シュガは向かってくる武雷魚をキックで文字通り一蹴した。

「どうした?来ないのか?」

「ぐっ!?」

 仲間がいとも容易く倒される光景を見て、銀狼を囲んでいた緑の魚の群れは完全に怖じ気付いてしまった。シュガに向かっていくどころか、ジリジリと下がり包囲の輪を広げてしまう。

「お前達下がれ!武雷魚では束になっても奴に敵わん!」

 そんな情けない雑魚どもをかき分け、身体の各部にクリスタルを付けた漆黒の骸装機、水晶孔雀が現れた。

「ほう……それが噂の……」

 シュガはそれを漸く憧れのスターに会えた時のように、目をキラキラと輝かせてまじまじと観察した。

「ずいぶんと熱心だな。鹵獲した水晶孔雀を見てないのか?」

「俺が砦にたどり着いた時には、我が軍のマッドサイエンティストが大半を本国に送り、残った奴を分解していて、相見えることはできなかった」

 シュガはこの場に自分を送り出したおさげメガネのことを思い出して、改めて呆れた。こんな無茶をさせるなら、事前に面通しの一つでもさせるべきだろうにと。

「そうか……おれがお前の初水晶孔雀……いや、最後の水晶孔雀か!!」


ビビビビビビビビビビッ!!


 水晶孔雀の各部の青みがかった半透明のパーツが緑色に変化すると同時に数え切れないほどの極細のレーザーが発射される!カンシチやセイも対処に苦労した攻撃だが……。

「タネさえわかってしまえば、そんな攻撃など!ちょうどいい“盾”も落ちているし……なっ!!」


ガァン!ビシュッ!ビシュン!!


「ぐぎゃ!?」「があぁぁぁぁぁっ!?」

「何!?」

 シュガは先ほど撃破した二体の武雷魚を再び蹴り上げ、自分を狙うレーザーにぶつける。緑色のレーザーは見事に自分と同じ色の装甲を身に纏う味方に命中し、彼らの命にとどめを刺した。

「なんと悪辣!なんと残忍!敵とは言え、すでに戦闘能力を失った者を盾にするとは!それが人の、戦士のすることか!?」

 水晶孔雀はシュガの行為を非道の極みだと非難した……が。

「突然、人の庭に土足で踏み込んで暴れ回るような奴らに糾弾される謂われはない!!」

「ぐっ!?」

 シュガはあっさりと、それでいて確かな怒りを込めて敵の意見を一刀両断、切り捨てる。

 冷静なように見えるが、敵の侵攻を察知できなかったこと、また本来は部外者であるジョーダンにまた国の窮地を救われてしまったことが許せないのだ。灑の銀色の剣と謳われながら何もできなかった情けない自分が。

 だから、この夜襲でその溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうと決めていた……相手からしたらたまったもんじゃないが。

「お前達は我が国を脅かした罪のツケを払わされてるだけだ!それが嫌だったら、最初から攻めてなどくるな!!大義もない火事場泥棒が!!」

「うるさい!!王瞑皇帝陛下の決断が間違っているわけないだろう!!」

 よその国の人間からしたらそれは思考停止の盲信以外の何ものでもない。しかし、慇の国の兵士にとってはそれが唯一無二の“正解”なのだ。だから迷うことなく、恐れることもなくあのシュガに向かって行ける。

「遠距離が駄目なら、接近戦で!!」

「気が合うな。こっちもそのつもりだった!」

「水晶戦斧!!」

「幻妖覇天剣!!」


ザンッ!


 目にも止まらぬ斬撃が武器を持った腕を切り落とす……もちろん水晶孔雀の方だ。

「こ、これが灑の国の銀色の剣が……!?」

「その名を恐れなかったことを……いや、恐れられることすら放棄したその狂信をあの世で恥じるのだな」


ザシュ!!


「へい……か……」

 幻妖覇天剣は水晶孔雀の首を貫いた。

 力を失ったそれは最後に主の名を呼ぶと、鎧を纏ったただの肉塊になり、その場に倒れた。

「確かにいいマシンだが、装着者が並で、一対一であれば俺なら問題ないな。さぁ!次はどいつだ!仲間の仇を討ちたくないのか!?」

 その問いかけに武雷魚の群れが答えることはなかった。



「ふぅ……情報通り、この武雷魚とやらは鉄烏よりも硬いな。まぁ、わしには関係ないけど」

 そう呟く紫の獣の周りには、緑の魚が二重三重に折り重なって倒れていた。

「貴様!よくも我が軍を!!」

 彼の下にも水晶孔雀がやって来る。その身体には23と刻印されていた。

「その数字……お主、三バカ烏にやられた奴か?」

「くっ!?その通りだ!オレは既に一度ミスを犯している!このままではいずれ呉禁のように処刑されてしまう!そうならないために……お前の首をもらうぞ!拳聖玄羽!!」


ビビビビビビビビビビッ!!


 水晶孔雀は毎度お馴染みの孔雀戦光を放つ!しかし……。

「拳聖旋風ゴマ」


バババババババババッ!!


「なっ!?」

 闘豹牙はその場で高速回転、まさしく自分自身がコマとなってレーザーを全て撃ち消した。

「三バカ烏に負ける奴が、わしに勝てるわけなかろう」

「ぐっ!?オレはもう紫色の奴には負けない!!ましてやそんな旧式のおんぼろを纏った死にかけの老人なんかに!!」

「口が悪いの」

「――なっ!?」

 紫の獣はヌルリと奇妙な動きで一気に距離を詰め、水晶孔雀の懐に潜り込んだ。

「させるか!!水晶孔雀の装甲なら、拳聖の拳でも!!」

 咄嗟に両手をクロスし、ガードを固める。けれど……。

「防御力に自信があるようだが、わしには意味がない。骸装通し!!」


ボォン!!


「――がっ!?」

 ガードを、そして水晶孔雀の装甲を衝撃がくぐり抜け、装着者への身体へと伝わる。無防備な内臓が揺さぶられ、血反吐を吐くと、そのまま動かなくなった。

「人間であることを極めたから、人を超える動きができる。人間であることを極めたから、人を殺める方法も知っている。そんなわしを人は“人間を極めし者”と、“拳聖”と呼ぶんだ」



「ぐうぅ……!!」

 シュガと闘豹牙と打って変わって、三人目の襲撃者は苦戦を強いられていた。

「どうした、どうした?勝機があるから殴り込みに来たんじゃねぇのか、鎌野郎?」

 水晶孔雀はレーザーでボロボロになり、身の丈もある大鎌で身体を支える銅色の骸装機に勝ち誇ったように言い放った。

「うるさい……おれだって本当はこんなイカれた真似なんか……したくねぇんだよ……!!」

 銅色の骸装機、その名も銅鷺の装着者、張昆は首筋を撫でながら、今のこの状況を作り出したおさげメガネを呪った。


「キミは騙し討ちとか得意だろ?だから、シュガ達と一緒に夜襲かけて来てよ」

「やなこった!」

「キミに選択肢はないよ。さっきキミに無理矢理付けた首のチョーカーは実は爆弾なんだ」

「ばく!?マジか!?」

「マジだよ。無理に外そうとしたら爆発する。外して欲しかったら、ボクの言うことを聞くんだね。天才であるボク以外にはどうにもできないよ」

「人でなしが……!!」

「治安維持の名目で民をいたぶっていたキミにだけは言われたくないね」

「ぐっ!?」

「それにこれはキミにとって悪い話ってわけでもないんだよ。このままだと間違いなく死刑だけど、もし今回の任務で一定の成果を上げたなら、罪を軽くするって、姫炎と話がついている」

「ほ、本当か!?」

「あぁ、ボクは冗談も言わないし、嘘もつかない」

「じゃあ……一定の成果というのは……?」

「武雷魚十体に、水晶孔雀一体仕留めて来て」


(何が、仕留めて来て!だ!軽々と言いやがって!!)

 そう心の中で文句を言う張昆の周りには十体の武雷魚が倒れていた。

(なんとか魚の方は倒したが、この水晶孔雀ってのは……)

 張昆は力を振り絞って頭を上げ、自分を嬲っていい気になっている水晶孔雀を睨み付けた。

「おっ?まだ目は死んでないな。そうでなくちゃ!!」

 水晶孔雀は全身のクリスタルを緑色に変化させた。

「こいつはいい……!最初はデザインが灑の国風なのが気に入らなかったが、使えば使うほど好きになっていく……!もっとこいつで人を殺したくなっていく!!」


ビビビビビビビビビビッ!!


 銅の装甲を傷だらけにした緑色のレーザーが再び放たれた!しかし……。

「どうせ!このまま逃げても死刑なら!!」


ビシュッ!ビシュッ!ビシュッ!!


「こいつ!?」

 銅鷺はレーザーに身体を貫かれることもものともせず、突っ込んで行った!

「ちっ!そんなに死にたいなら!!」

 水晶孔雀は斧を召喚し、大鎌を振りかぶる銅鷺を迎え撃つ……が。

「当たれば一撃必殺!だから死神って呼ばれてんだよ!!」


ザンッ!!


「――がっ!?」

 大鎌は斧を砕き、水晶孔雀の肩から侵入し、腰から飛び出した。もちろん装着者は即死である。

「はぁ……はぁ……これでノルマ達成……銅鷺の記録データにもバッチリ残って……」

「いたぞ!賊がいたぞ!!」

「ちっ!?増援か!!」

 張昆が一息つく暇もなく、時間が経ち、混乱が収まった慇軍が大軍となって押し寄せて来ていた。今しがた命がけで倒した水晶孔雀も何体もいる。

「ノルマはこなしたし、計画でも数分間、暴れるだけ暴れたら撤退しろとの指示だし、ここらでおさらばさせてもらうぜ!」


カッ!!


「ぐっ!?」

「目眩ましか!?」

「くそっ!?逃げられた!!」

 銅鷺の身体から光が放たれ、慇軍が一瞬怯むと、その一瞬で彼は影も形も消え去っていた。

 同じ頃、シュガと闘豹牙も……。

「一対一ならともかくまとめて相手するのはさすがに骨が折れる。無事に帰るのも、作戦のうち……というわけで!」

 シュガは幻妖覇天剣を地面に突き刺すと、刀身を伸ばし、夜空へと飛んで行った。

「ここから先は神様、仏様、黄括様次第だな。老兵は、なるようになってくれと祈るだけだ。逃走我!!」

 闘豹牙は地面に掌底を叩き込み、土煙を起こすと、そのまま姿を消した。

 まさに電光石火の夜襲。慇の国軍は物理的に大きな被害を受けたのはもちろんだが、それ以上に誇りを強く傷つけられた。

 この軍を率いるプライドだけは高い黄括は特に……。

「このまま進軍だ!待つだけの策などやってられんわ!!」

「落ち着いてください!どうかもう一度冷静になって考え直してください!!」

 参謀の男が必死に頭に血が昇った上司を宥めようとするが、彼が言えば言うほど逆効果、むしろ火に油を注いでいく。

「こんな屈辱!奴らを正面から蹂躙し、今夜のことを後悔させながら首を切り落とさなければ収まらん!!」

「それが奴らの狙いです!きっと正面からこちらに大打撃を与える策があるのでしょう!つまり持久戦こそやはり最善!!」

「おれには皇帝陛下より与えられた秘密兵器がある!陛下も奴らが集まった時に使えとおっしゃっていた!」

「ならば!今夜の逆をやればいい!主力が絶え間ない奇襲で奴らを引き付けている間に、あなたが別動隊を率いて王都春陽に侵入するのです!そこで秘密兵器を発動すれば、この一戦どころか、灑の国の敗北が決まります!!」

「いや!おれは何よりもおれを舐めているシュガや丞旦をこの手で殺したいのだ!だから進軍だ!!」

「駄目です!このまま進軍すれば多久ヶ原で両軍衝突することになります!それだけは……」

「ええい!しつこい!!」


ザンッ!!


「――なっ!?」

 黄括は腰に差していた剣を抜くとそのまま参謀の男を斬り殺した。

 部下にきつくあたることはあっても、見捨てることはしなかった妙に面倒見のいい黄括はもういないのだ。

「今すぐ出発の準備だ!灑の国の奴らを殲滅する!!」

 臆病で卑屈な黄括もいない。全ては彼の首にかけられたネックレスのせい……。


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