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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第二部
60/163

皇帝と魔人

 佐波那砦襲撃から数日後、呉禁は祖国慇の王都『月安 (げつあん)』の中央に鎮座する王宮、さらにその中心にある謁見の間にいた。

 もちろん褒章を受けるためではなく、敗北の言い訳をするためである。

「い、以上のことから、私は最善を尽くし、作戦は成功寸前までいったのですが、丞旦というイレギュラーのせいでこのようなことに……申し訳ありません……!」

 震える身体を抑え込みながら跪いて、呉禁は自分でも無理があると思う言い訳を口にし、必死に取り繕った。

 そんな彼を玉座で足を組み、頬杖をつく皇帝が、その後ろで彼と顔の似た若者が、さらにその両サイドを二人ずつに分かれて控えている四人の男達が見下ろしていた。  彼らの視線を一身に受けた呉禁は生きた心地がしなかった。

「言い訳なんてどうでもいい。大事なのは結果、失敗は失敗、失敗には罰でしょ。それが慇の掟なんだから容赦することないよ」

 呉禁の言葉を受けて、一番最初に口を開いたのは、この謁見の間で一番場違いな男だった。

 左目に眼帯をつけた子供にしか見えないその男は、不愉快な薄ら笑いを浮かべながら厳罰を求めた。まるでクラスメイトの悪戯を先生に告げ口するかの如く、玉座の皇帝に決断を仰ぐ。

「慇の掟か……確かにそれも大事だが、ここは外の人間の意見を聞いて見ようじゃないか。お前はどう思う、蚩尤?」

 威風堂々という言葉を体現したような王瞑皇帝は玉座の傍らに置かれた台、その上に置いてある青銅色の仮面に穏やかな口調で語りかけた。

「ふん!ワシの叡知を結集し、開発した水晶孔雀を使っておいて負ける奴など、生かしておく必要などない!今すぐ殺してしまえ!」

 対照的に蚩尤はかなり興奮した様子で、呉禁を殺せと煽った。その姿に知性の欠片も感じられない。だが、それでも皇帝の心を動かせるようだ。

「そうか……蚩尤がそういうならば……」

「お、お待ちください!!」

 呉禁は皇帝の言葉を遮った。不敬なのはわかっている。それでもここで声を上げなければ、自分の命が終わりを迎えてしまうと悟ったのだ。まさに一か八かの賭けだった……が。

「何だ?まだ何かあるのか?」

 呉禁は賭けに勝った。めんどくさそうな顔をしているが、皇帝は何とか思いとどまってくれた。

 このチャンスを逃すまいと頭を更に深く垂れ、一つ一つ丁寧に、しかし皇帝の気が変わらないうちに素早く言葉を抽出する。

「皆様が言う通り、皇帝陛下の覇業に泥を塗った私の失態は万死に値します!それは私も納得しています!ですが、処刑される前にもう一度、灑と、丞旦と戦う機会をいただけませんか!?このままでは部下達に申し訳が立ちません!必ずや奴の首を取って来ますから!処罰はその後で!!」

 もちろん処罰など受ける気など毛頭ない。ジョーダンを、応龍を討つという手柄で今回の失態を相殺させようと目論んでいるのだ。先ほどの子供が言ったように大事なのは結果、結果さえ出せばきっと自分も許されるだろうと甘い期待を抱いて……。

 そんな必死な彼に心を打たれた……わけではなかろうが、彼に援軍が現れた。

「陛下、呉禁は優秀な戦士です。一回の過ちで失うのは惜しい。もう一度くらいチャンスを与えても宜しいのでは?」

 玉座の横に控えていた金髪の男が嗜めるように皇帝に進言する。

 その“いい子ちゃん”な態度が気に入らないのか、最初に罰を求めた眼帯の子供は「ちっ!」と舌打ちをした。

「確かにお前の言うことも一理あるか……」

「王瞑皇帝陛下!!」

 皇帝のその一言に希望を見出した呉禁は顔を上げた。これは間違いなく助かる流れ!そう思っていたのだが……。

「ん?……まったく……」

 王瞑は希望に満ちた呉禁の姿を見た瞬間、額に手を当て、目を伏せ、ため息をついた。

 再び流れが変わったのを察して呉禁の顔はみるみる曇っていく。

「あ、あの……どうかなされましたか……?」

 恐る恐る皇帝に問いかけると彼はまたため息をついた。

「はぁ……呉禁よ、ワタシを恨むでないぞ」

「え?何を……?私が皇帝陛下を恨むわけないじゃないですか……」

「そうか……ワタシを許してくれるか、部下の暴走を止められない愚かな皇帝を」

「暴走……?」


ボウッ!!


「――えっ!?」

 瞬間、呉禁は気づいた……自分の足下が燃えていることに。

「この緑色の炎は!?まさか!?」

 気づいた時にはもう遅かった。どんどんと炎は上へ上へと昇り、全身を覆っていく。

 呉禁はこの炎に見覚えがあった。だからその炎の発生源を、モジャモジャした髪の男を血走った目で睨み付ける!

「何故だ!?何故!私が汚名を灌げば、直属の上司であるあなたの評価が上がるはずなのに!?」

「直属の部下ならわかるだろ?あーしが、出世や褒美なんかに興味がないことを。そして部下の失態を絶対に許さないことをさ」

「貴様ァァァァァッ!!!」

 それが呉禁の最後の言葉だった。緑の炎は彼の身体を焼き尽くし、真っ黒い煤に変えた。その凄惨な光景に眼帯は笑いをこらえ、金髪は目を背けた。

「残忍……という言葉は、お前のためにあるのかもな」

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

「そういう無礼な言葉使い、ワタシの判断を無視する身勝手さ……本来なら危険分子として、お前こそ処罰すべきなのだろうな」

「けれど、陛下はそんなことしない。ひとえにあーしが強いから……!」

 王瞑は苦笑いを浮かべながら、首を縦に振る。

「その通りだ。お前の強さがあったから、ワタシは父と弟を退け、こうして今、玉座に座っている」

 ポンポンとひじ掛けを叩くと、王瞑は少しだけ寂しそうな顔を覗かせた。

 だが、それはほんの一瞬、すぐに元の王者に相応しい力強い顔に戻る。

「今の独断専行、この王瞑は許そう」

「さすが陛下!そういうところ大好き!!」

 そう言うとモジャモジャ頭は玉座の前に跪いた。

「ついでと言ってはなんですが、灑の国侵攻の命、この幻惑の『花則 (かそく)』にどうか」

 花則がそのモジャモジャ頭を下げると、玉座のサイドに控えていた残りの三人も彼の隣に行き、皇帝に跪く。

「いえ、ここはこの雷鳴の『スパーノ』に何卒」

 金髪が続いて……。

「いやいや、ここは僕、狂乱の『ケチャ』に任せるのが、賢明な判断というものですよ」

 更に眼帯の子供が……。

「こやつらに任せておいては、いつまでかかるかわかりませぬ。どうかこの血塗れの『蓮震 (れんしん)』に!」

 最後に今まで黙っていた顔や身体に無数の傷を刻んだ大男が頭を下げた。

 彼ら四人こそ慇の誇る最強戦力、“四魔人”である。

「やはり壮観だな、お主ら四人が並ぶと」

「陛下、我ら四魔人の勇姿を堪能してもらうのは結構なのですが、灑の国侵攻を誰に行かせるのか決めていただかないと」

 金髪のスパーノは顔を上げると、穏やかな口調とは裏腹に目で「自分を選べ」と強く要求した。

 王瞑は困ったように眉を八の字に曲げ、顎に蓄えた立派な髭を撫でた。

「ふむ……どうしたものか……お前はどう思う、ゼンよ」

 王瞑に問いかけられた玉座の後ろに控える彼によく似た若者は思わずため息をつく。その仕草は先ほどの皇帝陛下のそれと瓜二つであった。

「父上……答えが決まっている選択肢を問うのはお止めください。忠誠心の高い部下をもて遊ぶことも。これはあなたの息子としてではなく、あなたの配下、『王全 (おうぜん)』としての助言です」

 そう言うと王全はそっぽを向いてしまった。王瞑はちょっと息子をからかい過ぎたと反省し、再び苦笑いを浮かべる。

「まったくもってその通りだな。ワタシの意志は既に固まっているというのに、期待を持たせるようなことをして悪趣味だった。忠臣達にすることではなかった」

「あーし達のことは気にせずに、そういうところも含めて、陛下のことを慕っておりますゆえ」

「そう言ってもらえると助かるよ、花則。では、勿体ぶらずに次なる一手を発表させてもらおうか」

 四魔人たちはゴクリと唾を飲んだ。自分の名が呼ばれることを心の底から願い、横にいる奴の名前が呼ばれないことをそれ以上に強く祈った。

 結果から言えば、それは全て的外れとしか言えない行為だったのだが。

「黄括!お前に任せる!」

「…………へ?」

 謁見の間の片隅で隠れるように気配を消していた卑屈そうな男が、突然自分の名前を呼ばれ、間抜けな声を上げた。

「今、わたくしの名前が呼ばれた気がしたんですが……?」

「そうだ!王瞑皇帝陛下はお前を呼んだんだ!聞こえているなら、すぐに来んか!!」

「は、はい!!」

「四魔人は下がれ!」

「「……はっ」」

 王全に急かされ、黄括は玉座の前へ。

 さっきまでそこに跪いていた四人の男は恨めしそうな視線を黄括に注ぎながら、元いた玉座の横に戻って行った。

「黄括、聞いていた通りだ。お前に灑の国侵攻を命じる」

「お、お言葉ですが、何故わたくしなのでしょうか?四魔人様の方が適任かと……」

 黄括という男は臆病に見えて、変に肝が座っている部分があった。目の前で呉禁が消し炭にされたばかりだと言うのに、皇帝の命に疑問を呈するなど普通ならあり得ない。けれど、そのあり得ないことをやってしまうのが黄括であり、王瞑はそこが気に入っていた。

「お前は端から見たら、状況に流されるまま、自分の意志などないように見える」

「じ、自分ではそんなことないと、思っているのですが……」

「あぁ、そうだ。お前ほど明確に自分の意志を持っている者はおらんだろうよ」

「そ、そうですか……!」

 褒められていると思ったのか黄括の顔が綻んだ……が。

「自分の保身のために祖国を裏切れる奴など中々いない」

「うっ!?」

 黄括は狼狽えた。王瞑の圧に気圧されたのではない。自身の罪悪感と羞恥心に押し潰されそうになったのだ。彼のような男でも祖国を裏切った負い目というものを感じるのである。

「勘違いするな。ワタシはお前を責めているんではない」

「そう……なんですか……?」

 王瞑の穏やかな口調で諭されると、黄括は落ち着きを取り戻す。先ほどもそうだが、自分を見てくれている皇帝に黄括は、らしくない親近感というか、敬意を感じ始めていた。

「ワタシは思うんだ。国を裏切る者が悪いのではなく、裏切りたくなるような国を作る者が悪いのだと。お前達もそう思うだろ?スパーノ、ケチャ?」

「……ええ」

「一言一句同意しますね!」

 皇帝に目配せされると、スパーノは申し訳なさそうに、ケチャは苛立ちを発散するようにぶっきらぼうに答えた。

「今、聞いたようにワタシや四魔人はお前が祖国を裏切ったことに関しては、何も思っていない。むしろワタシと蚩尤を巡り合わせてくれたことにも感謝している」

「そうじゃ!そうじゃ!ワシをこの慇に連れて来ただけで、大手柄じゃ!」

 空気の読めてないハイテンションなジジイの不愉快な声が響くと、皇帝は何度目かになるため息をついた。

「はぁ……ちょっと静かにしてくれないか?無駄に声を張るとバカに見えるぞ」

「おっ!そうじゃな!出過ぎた真似をして済まなかった!」

 そう言うと漸く青銅色の仮面は沈黙した。王瞑は再び謁見の間に厳かな空気が流れるのを確認すると、話の続きを語り始める。

「改めて……黄括、我らはお前を咎めもしないし、感謝もしている」

「そう言っていただけると、わたくしも嬉しいです……」

「だが、やはり兵の中にはお前を快く思わない者もいる」

「当然だと……思います……」

「だから、みんなが納得できる成果を上げてもらいたいのだよ。是非、祖国に甚大な被害を与えて、心の底から真の慇の民になったことを、このワタシに忠誠を誓っていることを証明してもらいたい」

「はぁ……」

 理屈は理解できた……できたが、黄括は一番重要な部分を皇帝陛下が見落としているように思えた。

「あの……」

「何だ?」

「お言葉ですが、わたくしの戦績をご存知でしょうか?自分で言うのもアレなんですが、一国の軍を率いる実績も器量もないと思うんですが……」

 自分で言っていて悲しくなったが、ここで下手に虚勢を張っても碌なことにならないと思い、正直に自分の思いを申告した。

 もちろん王瞑も黄括のことは調べ上げている。その上で提案しているのだ。

「安心したまえ。ワタシに秘策……というより、秘密兵器がある」

「秘密兵器……ですか……?」

「あぁ、実のところ長々と話したが、今までの話は建前だ。色々と調べた結果、その秘密兵器とお前の相性がこの国にいる誰よりも良かったんだよ。だから、お前に行ってもらいたい」

「なるほど、それで……」

 腑に落ちた。今までの疑問が氷解していった。そして……嬉しかった。

 本来ならそんなことかとがっかりするところだが、黄括は嬉しかったのだ、秘密兵器とやらに選ばれたことが、今まで軽んじられ、人の顔色を伺うことでしか生きられなかった自分に、明確な“役割”を与えられたことがだ。

 彼の汚泥の塊のような濁り切った瞳に眩い炎が灯った。

「わかりました……この黄括!その秘密兵器とやらで、必ず灑の惰弱な兵どもを屍の山へと変えて見せましょう!!」

 柄にもなく背筋を伸ばし、自らの胸をドンと叩き、真っ直ぐ王瞑の顔を見上げた。

 その姿を見て王瞑は……笑いを堪えるのに必死だった。



「……というわけで、敵軍を率いているのはあの黄括らしい」

 月安で黄括が灑の国侵攻軍の長に任命されてから三日後、佐羽那砦の司令室に到着してすぐ開口一番、シュガがそう言い放った。

「なんつうか……久しぶりの再会に対しての情緒とかないのかい?」

 そう言うジョーダンの後ろで、ウンウンと同じく砦に召集された玄羽と文功が頷き、同意を示す。彼らのさらに後方では応急措置で雑に板を張って穴が塞がれていた。

「俺だってせっかくの再会はもっとなんかパーッとやりたかったさ。だけど、さすがにこの状況ではな」

 シュガはその美しい銀色の毛に覆われた巨体を丸め、肩を落とした。

 その姿にさすがにいじめ過ぎたと後悔したのか、ジョーダンはバツが悪そうに後頭部を掻いた。

「まっ、パーッとやるのは裏切り者を討ち取ってからにしようかね」

 ジョーダンは壁に張られた地図の前に行き、それとにらめっこを始める。

「正攻法だと一気に軍を進めて、『多久ヶ原 (たくがはら)』を越えたところに布陣するか、あえて動きを緩め、何らかの方法でこちらを『邪内平原 (じゃないへいげん)』に誘き寄せ、迎え撃つかになると思うのだが……どう思う?」

 シュガが地図を指差し、そして説明を終えると、隣のジョーダンに視線を移す。まだ彼は顎に手を当てながら、にらめっこ中だ。

「うーん……」

「いい策は思い浮かばないか?」

「一つだけあるんだけど、さすがの黄括でも引っ掛かってくれるか……」

 ジョーダンは首をかしげ、顔をしかめた。

「そもそも何であいつなのか気になる。慇には確か四魔人とかいう手練がおるんだろ?人材不足でもないのに、外様の、しかも黄括を使うとは、王瞑皇帝は気でもおかしくなったか?」

「そうなんだよね。何で黄括なんだろう?何か秘策でもあるのかな?」

 玄羽の言葉にジョーダンは頭を逆の方向に更に深く傾けた。

「俺もそれは気になるが、迷っている時間はない。むしろこうして俺達を惑わせ、動きを鈍らせるための、あえての黄括なんじゃないか?」

「その線も考えられるんだよね。だから……」

 ジョーダンは遂に頭を定位置に戻し、みんなの方を振り返った。

「だから、こちらもあちらの出鼻を挫くためにも先に仕掛けようと思う」

「さっき言っていた策か?」

「いや、その策のための前準備ってところだね」

「で、その前準備のためにわしらを呼んだのか?」

「ええ、正確には前準備のためにシュガと玄羽さん。ボクの策が実現可能かどうか話し合うために文功を呼んだんだ」

「その策……実現のためには宝術師の力が必要なのですね?」

「あぁ、だがそれはとりあえず後回しだ。まずはシュガと玄羽さんと“あいつ”にしっかり働いてもらわないと」

 ジョーダンはメガネを光らせ、邪悪な笑みを浮かべた。


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