灑の国
いきなり出鼻を挫かれたカンシチはたじろいだ。その様子を見てジョーダンは呆れ返る。
「やっぱり……単純というか純粋というか……」
「お前……よくわかったな……!」
「さっき察しがついているって言ったろ?ボクと応龍の活躍を間近で見て、当てられちゃったんだよね?」
「なんかその言い方は気に食わん……いや!そうだ!!今日の戦いは痺れたよ!!」
「ほう……」
カンシチは咄嗟に煽てて懐柔する作戦に軌道修正した。それが功を奏したのかジョーダンの方も満更でもないみたいだ。
「いや、本当すごい!天才って実在ってするんだな!!」
「うんうん」
「あんなカッコいい骸装機を造って、しかも強いなんて憧れちゃうなぁ!!」
「うんうん」
「もしかしたら灑の国最強と謳われる二振りの銀の剣、『岳布 (がくふ)』様と『シュガ』様よりも強いんじゃないの!!」
「うんうん」
「それは当然か!“銀色”より“金色”の方がすごいに決まってる!ゴールド最高!ジョーダン最高!!」
「うんうん」
「だから、おれとこの国に力を貸してくれないか……?」
「やだ」
「なんでだよ!!」
やっぱり駄目だった。カンシチの鼻息は荒くなり、目が血走る。
一方のジョーダンはけだるそうに首筋を掻いていた。
「あのね……なんでも何も、今日はあまりにあのエリートくんの横暴が目に余ったから助けたけど、別に彼ら悪人ってわけじゃないでしょ?ただ職務をまっとうしようとしてただけじゃない」
「この国の現状がわかってないからそんなこと言えるんだ!」
「そうかもね」
「そうかもね……って!…………そうか、お前はこの国に来たばかりだもんな……」
急速に熱が引いていった。カンシチはジョーダンがこの灑の国について何も知らないという当然の事実が頭から抜け落ちていたことに気づき、ならばこの冷めた反応も妥当だろうと納得したからだ。
「そうだよな……まずこの国のことを知ってもらわないと話になんねぇよな……」
「まっ、聞いてもボクの心は変わらないと思うけど」
「だとしてもこうしておれ達が出会ったのも何かの縁だ。聞いてくれよ、灑の国のこと。知識欲が強そうなお前なら聞いてくれるよな?」
「そんなことは……ある!」
まだ半身のままだが、ジョーダンの心はわずかに開かれた。カンシチの推察通り、彼は生粋の知りたがりなのだ。
「じゃあ、まずはこの国を治める『姫山 (きざん)』様について話そうか。ちなみに知っていることはあるか?」
「名前はもちろん知っているけど、印象はって聞かれると……正直困るね」
「だろうな。我が国の皇帝陛下をこんな風に言うのは気が引けるが、姫山様というお方は取り立てていい王とも言えないが、あれこれ言われるほど悪い王でもない」
「無難な王……ってことだね」
「まぁ、そういう評価になるかな。多少の文句はあっても、この国を出ようとか、玉座から引きずり下ろしてやろうとかは思わない程度の才覚の王さ」
「それができれば十分だと思うけどね」
「おれもそう思うよ。なんだかんだ言っても歴代でも上から数えた方が早い皇帝だと信じていた。だからこんな風になるとは夢にも思わなかった……」
カンシチの顔に陰がかかると、彼は現実から目を背けたいと言わんばかりに、そっと目を伏せた。
「……何があったんだい?」
「姫山様は今言ったように無難な王だったけど、一つだけ国民みんなから懸念されていることがあった」
「もしかしてかなりエキセントリックな性癖の持ち主だったとか?」
「ちげぇよ!……でも……あながち遠い話でもない」
「はぁ?それってどういう……お世継ぎか……!」
カンシチは深く頷いた。
「姫山様は子供に恵まれなかった……きっとご本人も相当のプレッシャーを感じていたはずだ」
「だろうね。ある意味、皇帝の一番大事な仕事だもん」
「ぶっちゃけ国民の中では諦めムードが漂っていたよ。けど、それが二年とちょっと前にある男が現れることで一変する」
「へぇ……」
ジョーダンの顔は完全にカンシチに向いていた。あれだけめんどくさがっていた話に夢中になっている。
「その男……名前はおれ達のような庶民には公表されてないんだけど、そいつのアドバイスだか、処方した薬を使ったら今までの苦労がなんだったんだって言うくらいあっさりと『姫陸 (きりく)』太子が生まれたんだ」
「それは良かったじゃない」
「あぁ、それは本当に良かったと思うし、おれを含めてみんな喜んだよ。だけど、その後が問題だ」
「何がどうした?」
「名前もわからないその男が姫山様の信頼を得て、宰相の地位に抜擢されて、しかも“姫陸太子が健やかに成長できる安心安全な国をつくるために軍備を増強しましょう”って提言し、それを皇帝は受け入れたんだ」
「その提言自体はそこまでおかしいとは思わないけど。確かこの灑の国、一応戦争状態にあるんだろ?」
「あぁ、慇と是の国とな。慇の皇帝、『王瞑 (おうめん)』は数年前に実の父親と弟を殺して玉座を手に入れた“怪物”。今は発見された大規模な起源獣の墓の発掘作業に勤しんでいるらしい。是の国の『統満 (とうまん)』皇帝は“炎帝”とも称される苛烈なお方。まぁ、現在は肥大化し、腐敗した貴族の奴らに手を焼いているみたいだけど」
「今の話を聞く分にはやっぱり間違ってなくない?」
「だからおれも軍備増強もそれに伴う増税自体には文句はねぇよ……ただ!限度とやり方ってもんがあるだろ!この短期間で税が場所によっては五倍になった所もあるんだ!五倍だぞ、五倍!五割増しじゃなくて五倍!!しかも役人達はどんどん横暴になっていってる!五倍で横暴!!」
興奮したカンシチは手のひらを目一杯広げて、ジョーダンの眼前に突き出した。
「わかった!わかったから!」
「あっ、悪い……」
ジョーダンに手を振り払われ、我を取り戻したカンシチは乱れた服と髪を整えた。
「……で、この灑の国が異常な状況だってことはわかってくれたか?」
「あぁ、それは嫌というほど」
「じゃあ、力を貸してくれるな?」
「それはノー」
「なんでだよ!!」
カンシチが月に吠え、さっき直したばかりの服と髪が乱れる。
「なんで!こんだけ熱弁したのに!!」
「キミの熱は十分伝わったし、この国は荒療治が必要なのはわかった」
「だったら……!」
「けれど、いくらボクが天才で、ボクの造った応龍が最高のマシンでも単騎で政府軍とは戦えないよ。それに最終的なゴールはなんなの?その謎の宰相を政から引き離すこと?まさか新しい皇帝にボクやキミがなること?万能の天才であるボクならともかく、キミでは国を治めることは……ん?何、その顔は?」
じとーっと突き刺すような視線でこちらを見つめるカンシチの気色悪さにジョーダンは話を中断した。
「ジョーダン、お前、おれのこと馬鹿にしすぎ」
「気を悪くしたなら、謝ってもいいけど、事実キミではこの灑の国を治めるなんて……」
「そんなことはわかってるし、最初からそんなつもりはない!これでも足りない頭でずっと考えてきたんだよ!ちゃんとロードマップもゴールも設定してある!!」
「ほう、ではお聞きしましょうか?」
ジョーダンは軽く問いかけた。まだ次森勘七という男を甘く見ているのだ。けれど……。
「姫山様の弟、『姫炎 (きえん)』様に立ってもらう」
「……何?」
ジョーダンの身体が、そして心がついにカンシチの方を向いた。それはそれだけのインパクトのある一言だった。
「元々、姫炎様は人望のあるお方で正直あの人が皇帝になって欲しかったと思っている灑国民は多い」
「旗振り役には持って来いってことか」
「あぁ、きっと姫炎様が声を上げれば、みんな立ち上がる!それにさっきチラッと名前を出した灑の国最強と謂われるシュガ様は姫炎様に付き従っているし、二人の息子である『姫風 (きふう)』様と『姫水 (きすい)』様もそれぞれタイプは違うが心強いお方達だ」
「そいつらがもれなく付いて来るってんなら魅力的だね」
「さらにさらに!その人望を恐れたのか王都『春陽 (しゅんよう)』から追い出され、今は『雪破 (せつは)』にいる!あそこにはしゃべることのできる起源獣『コシン族』と『ルツ族』が昔から住んでいるんだ!ルツ族はともかくコシン族は手先が器用で骸装機の製造なんかもできるんだ!!」
「あぁ!聞いたことある!ボクも一度会って見たかったんだ!」
いつの間にかジョーダンの目は彼の頭上に輝く星のように輝いていた。
「もちろんそれだけじゃ足りないし、おれやお前のたった二人だけが行ったところで姫炎様が動いてくれるなんて楽観的なことは思っちゃいない!その前に政府とは距離を取っている独立組織を味方につける!」
「独立?」
「『賛備子宝術院 (さんびしほうじゅついん)』と『獣然宗 (じゅうぜんしゅう)』だ!知っているか?」
「誰に言っているんだ?起源獣から取れる核石を使う宝術師と意志や感情を力に変える特級骸装機使いは共通点があるし、その研究をしている組織は是非とも訪ねたいと思っていた。獣然宗は起源獣と人間の共存を教義とする宗教だろ?」
「そうだ。どちらも独自の武装組織を持っている。彼らの協力を取り付けてから、姫炎様に灑の国の立て直しを打診する」
「最終的にはその姫炎って弟さんに皇帝になってもらうってことか……」
「個人的には幼い姫陸様に皇帝になってもらい、叔父である姫炎様に補佐してもらうって形でもいいと思っている」
「なるほど……そういう考えもあるね」
「これが次森勘七の温めてきた“灑の国再建プラン”だ!どうだ!参ったか!!」
カンシチは誇らしげに腰に手を当て、胸を張った……が。
「うーん、62点ってところかな」
「マジかよ!?」
ジョーダンの辛口採点にカンシチは天を仰いだ。
「40点近くも減点される計画だったか!?」
「いや、72点満点だからかなりいい線いってるよ」
「なんだその半端な点数設定!」
思ったより好成績だったカンシチはまた仰け反った。一連のやり取りでテンションがおかしくなっている。
「かなり甘めにつけたけど実際悪くないよ。キミのことを見くびっていたと反省している」
「そう……なのか?」
「うん。キミは厘じいさんが言っていたように聡い男だよ。だけど最後の最後でミスったね」
「最後……具体的に何が駄目だったんだ?」
腕を組み、首を傾げるカンシチにジョーダンは首を横に振った。
「自分で考えなきゃ成長しないだろ?ずっと一人で頑張ってきたんだから、もう少し頑張りなよ」
「成長って……お前は先生かよ……」
「キミみたいな生意気な奴の先生なんてごめんだね」
「何を!?」
「まぁ、今晩はこの村に泊まるから明日にでもまた聞かせてくれよ。ボクはもう少し宴を楽しんでくる」
「おい!?」
カンシチの制止も聞かず、ジョーダンは手を振りながら集会場に戻っていった。
「ったく、マイペースな奴……でも、あいつの力は絶対必要だよな……我ながらかなりいい案だと思ったけど……何が駄目だったんだろ?」
この村の救世主様を見送るとカンシチはぶつぶつと呟きつつ、彼とは真逆の方向、自他共に認めるボロ小屋の自宅にゆっくりと歩き出した。