81
水晶孔雀は男の横に広がるように布陣した。それはまるで……。
「逃がすつもりはない……って、感じだな」
「ここはおれ達、灑の拠点だっつーのに……!」
「そう怒らないでください。このままだと、こちらに接収されることになるのは、あなた達にもわかるでしょう?」
「くっ!?」
男は屈託のない、だからこそより邪悪で嫌悪感を煽る表情で微笑みかけた。
「改めまして、私は『呉禁 (ごきん)』。しがない慇の国の軍人です」
「お前が部隊のリーダーか?」
「一応、今のところは」
「ずいぶん歯切れが悪いじゃないか」
「そりゃあね。ここまでは褒められた成果を上げられていませんからね。まさか23番に続いて、27番までやられてしまうとは……」
「二十……」
「七だと!?」
セイ達は自分達が撃退した水晶孔雀に再び視線を移し、食い入るように観察した。
そして暗がりで気づいていなかったが、今呉禁が言っていた27の数字がボディーに刻まれていることを発見した。
「こんなもんが27体もあるのか……!」
「ノンノン」
呉禁は顔の前で、人差し指をチッチッと振った。
「慇の国の某所で発見された起源獣の墓。内訳は特級が一体に多数の上級。その上級起源獣の骸を素材に製造されたのが、あなた達が今しがた必死こいて倒した水晶孔雀。その総数は……81機」
「「なっ!?」」
あまりの衝撃にカンシチ達は言葉を失い、無様に一歩後ずさった。81という数字はそれほど絶望的な数だった。
「この81機の水晶孔雀と、慇の四魔人と呼ばれる猛将達、そして何より我らが皇帝王瞑様のお力があれば、皇帝交代で混乱している灑など恐れるに足らず!!……というわけで、進軍させてもらいました」
「ふざけやがって……!!そんな真似、オレがさせるわけがないだろうが!!」
呉禁の嫌味な物言いが、切り札を既に使ってしまったセイの闘志に火を着ける。いや、これもまた演技だ。
(セイ、お前……?)
(特級装甲を使ってしまったオレにはあいつらをどうすることもできない。なんとか最後の力を振り絞って、注意を引き付けるから、お前が特級装甲で仕留めろ)
ひそひそと敵に聞こえないように自分の本心を戦友に伝えると、カンシチは無言で「了解した」と小さく頷いた。それを横目で確認したセイはさらにヒートアップ!……する演技を続ける。
「水晶孔雀とやらに苦戦したのは、初見だったからだ!もう既に手の内がわかっているなら、怖くなんかねぇんだよ!!」
撃猫は友に言ったように残った力を振り絞って、突撃した!
「あなた達、孔雀戦光、一斉発――」
「させねぇよ!!」
「……何?」
撃猫のスピードは予想以上のもので、既に21番と書かれた水晶孔雀の目と鼻の先まで迫っていた。
「絶対防御気光、展開」
21番は身体の周りに光の膜を張る。しかし……。
「元々、完全適合した特級用の武装!上級のお前に装備されたものなんて、劣化版だろ!!」
バリン!!
撃猫の渾身の拳は光の膜を粉々に砕いた。そしてそのまま……。
「でりやあぁぁぁっ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
孔雀の本体にラッシュを仕掛ける。けれど、その硬い装甲には傷一つつけられない。
「ちっ!?」
「どうした?そんなものなのか、拳聖の愛弟子のパンチは?」
「だから!オレは!」
「21番だけじゃなく、僕の相手もしてもらえるかな?」
「――!?」
22番の乱入!仲間に夢中な撃猫の頭部に斧を撃ち下ろす!
ゴォン!ザンッ!
「何!?」
「ありゃま。そんな避け方あるの」
しかし、オレンジの獣は素早く反応、21番を蹴り、その反動で斧を回避した。そのまま二体の孔雀の射程外に出たが……。
「改めて……24番、26番、孔雀戦光発射!」
「「はっ!」」
ビビビビビビビビビビビビッ!!
呉禁を挟んで逆側にいた水晶孔雀の全身から無数の緑色のレーザーが放たれる。もちろんそれらは全て撃猫を追尾してくる。
「厄介なレーザーの数が二倍で、さらに厄介……だが!」
撃猫はレーザーから逃げながらも、足元の瓦礫を蹴り飛ばし、自身をストーキングする緑色の光にぶつけ、相殺していく。さらに……。
「よっ!!」
バババババババババババッ!!
27番相手にやったように、壁を駆け上がる。誘導しきれなかったレーザーが壁に飲み込まれ、さらに数を減らす。しかし、それでもまだかなりの数が残っている。それを……。
「ハアァァァァッ!!」
撃猫は拳で、蹴りで打ち払う。しかし……。
バシュ!バシュ!!
「――ぐっ!?」
さすがに二人分の攻撃は捌ききれず、肩と脇腹の装甲を抉られ、体勢を崩した撃猫は地面に背中から墜落した。
「なんという動きだ。筆舌にし難いとはこのことだな。やはり拳聖の技を継ぐ者……私がやらねばならぬか……!!」
セイの技量に素直に感心と、僅かに恐怖の心を抱きながら、呉禁は右手首に装着された腕輪を高く掲げた。
「水晶孔雀、ナンバー25」
呉禁の身体は漆黒の装甲と水晶のようなパーツで覆われる。さらに……。
「まさか、こいつを使うことになるとはな……!」
背中に担いでいた布にくるまれた“何か”を解放する。それは厳かな装飾の施された“弓”であった。
「そいつはまさか……」
セイはすぐにその弓の正体に気づいた。彼の憧れ、トレジャーハンター愛羅津の最後のターゲットであり、彼の運命を大きく変えた因縁のお宝だ。
「無影覇光弓か!?」
「正解。あなたにとっては色々と思うところのある武器でしょう。だからこそあなたを仕留めるに相応しい」
呉禁孔雀は流れるような動きで、弓を構えると光の弦と矢が生成された。
「絶対に防ぐことのできない無敵の矢を放つという伝説の弓の力……その身で味わうと……」
「させるかよ!!」
バシュン!
呉禁に先んじてカンシチ鉄烏が矢を放った!しかし……。
「絶対防御気光」
バシュ……
「くっ!?」
呉禁孔雀の各部に取り付けられた水晶が黄色へと変わり、光の膜を発生、それがカンシチの矢を消し飛ばした。
「あなたの相手は後でちゃんとしてあげますから、大人しくしていてください、蒼天の射手よ」
「わかりました、そうします……なんて、言うと思ってんのか!!」
「あなたのお友達はそうして欲しいと思っているようですよ」
「……何……?」
カンシチはセイの方を向くと「そうだ、あいつの言う通りだ」と、首を縦に振った。
それだけでカンシチは彼の考えを全て理解した。
(あいつ、また自分を囮におれに無影覇光弓の力を観察させようってのか……!)
カンシチは悔しかった……それ以上の策を思いつかない自分の情けない頭が悔しくて仕方なかった。そして、捨て身の友の覚悟を受け入れてしまう自分の楽観主義が……。
(……わかったよ、セイ。お前のディフェンス能力をおれは信じる……!)
セイの考えに乗ると決めたカンシチは両目に神経を集中させる。呉禁の、いや無影覇光弓の動きを、一瞬も見逃さないように……。
「どうやらお友達も覚悟が決まったようですね、拳聖の愛弟子」
「何度も言わせるな……オレはジジイの弟子じゃねぇ……!!」
もう定番となりつつある返しをしながら、セイも全神経を研ぎ澄ませる。どんな攻撃が自分に襲いかかることがあっても対応できるように……。
(矢は撃たせてやるが、それに貫かれる気など毛頭ない……!)
二人の視線を一身に受けながら、遂に呉禁はその手に力を込める。そして……。
「では拳聖の愛弟子じゃない者よ……我が弓を受けてみなさい」
バシュン!
((来る!!))
言い終わると同時に呉禁は矢を放った!セイもカンシチもその矢の軌道を目で追う!……ことはできなかった。
「なっ!?」
「消えた!?」
そう、覇光弓から放たれた瞬間、矢が消えたのだ!これでは軌道を読むことはできない!
チッ……
「!?」
動揺するセイの太腿あたりに何かが触れた気がした。その僅かな感触に彼の身体は勝手に反応し、足をおもいっきり後ろに蹴り上げる!
ザシュ!!
「――ぐっ!?」
透明な矢は撃猫のオレンジの装甲を、その下で守られていたセイの太腿を抉った。たまらず、オレンジの獣は転び、地面に這いつくばる。
「くっ……!見えない矢だと……!?」
「あぁ、これが伝説に謳われる防ぐことのできない矢の正体、不可視の矢だ!」
呉禁は見せびらかすように無影覇光弓をぐるぐると回し、格好よくポーズを決めた……が。
「まぁ……そう言ってカッコつけても、今まさに避けられてしまったんだけどね。間違いなく攻撃は命中していた……していたのに、そこから凄まじい反射速度で致命傷を防ぐとは……いやはや、本当に底がしれないな、君は」
言語化すると、さらに訳のわからない超常的な技を見せつけられたと再認識させられ、やれやれと呉禁は呆れたように首を振った。
「だが、その回避能力の要となる足は奪えた。つまり君はここで脱落だ、愛弟子くん」
「くそっ!!」
言われなくてもわかりきっていることを、わざわざ宣言され、セイは怒りから地面を殴った。今の彼にできるのは、その程度のことしかなかった。
「あとは……あなただけだ、蒼天の射手よ」
悔しがるセイを一瞥すると、呉禁はカンシチの方を向き直した。
カンシチはいまだに動揺が収まらない心を見透かされないように、あえてぶっきらぼうに口を開く。
「さっきからその“蒼天の射手”ってのは何なんだ?確か27番も言ってたけど」
「何なんだと言われましても、あなたの異名ですよ」
「異名?いつの間にそんな……」
「異名とはそういうものですよ。拳聖の愛弟子よりは遥かにカッコいいからいいじゃないですか」
「それは……まぁ……そうかも……」
いまだに地面に這いつくばっているセイがギロリと睨み付けてきたが、カンシチは無視した。
「私としては羨ましいですよ、同じ弓使いとして」
「そうかい?」
「ええ……ですので、あなたを殺して、その名を奪うことにしましょう……!!」
「――ッ!?」
呉禁孔雀の全身からプレッシャーが吹き出す!思わずカンシチは気圧されてしまった。
「おやおや、せっかく無影覇光弓の対策と心の安寧を取り戻す時間を稼ごうと必死になって口を動かしているあなたに付き合ってあげたというのに……どうやら無駄だったみたいですね」
「何もかもお見通しかよ……!」
「手に取るようにわかりますよ、同じ弓使いですから」
「なら最後に同じアーチャーのよしみで、一つ教えてくれないか?」
「なんでしょうか?プライベートな質問はNGで」
「なんでお前の水晶孔雀のナンバーは25なんだ?上から与えられたのが、たまたまそれだったのか?それとも自分でわざわざ選んでそれなのか?」
「あぁ、その話ですか。答えは簡単、私の名前が呉禁なので、五がついていているのが良かったんですよ。与えられたマシンの中では25がそれに当たりましたし、しかも五の倍数ですし」
「なるほど……確かにおれも勘七だから、許されるなら七のつく奴選ぶわな」
カンシチは納得がいったと、ウンウンと頷いた。
「理解していただけて、私も嬉しいです。しかし、そんなあなたを倒さなくてはならないとは……」
「安心しろ、そんなことにはならない」
「それは思い上がりじゃないでしょうか?」
「すぐにわかるさ。弓使い同士の戦いなんて、一瞬で決まる……!」
「………ですね」
「……………」
「……………」
ほんの数秒、しかしそこにいる者達にとっては何時間にも感じる静寂の時が流れた。けれどそれは突如として終わりを迎える。
ブオッ!!
「「!!」」
静寂を打ち破ったのは、二人の間を吹き抜ける一陣の風であった。
「カンシチ鉄烏!特級装甲!!」
カンシチは出し惜しみすることなく、切り札を切る!青赤の機械鎧の上に、さらに黄金の装甲が装着される!
「無影覇光弓!!」
バシュ!バシュン!!
その間に呉禁孔雀は矢を立て続けに二発放つ!もちろん透明な矢、不可視の矢だ!しかし……。
「見えてなくとも!矢の軌道くらい弓使いならわかる!!」
ガァン!
特級鉄烏はその場で跳躍すると、コンマ一秒後に後方の壁に矢が突き刺さる音がした。
「今度はこっちの番だ!喰らえ!!」
バシュ!バシュ!バシュン!!
空中で呉禁を超える三連射を放つカンシチ!けれど、これも……。
「わかるというなら私もです。さっきも言いましたよね、お見通しだと」
呉禁はいとも簡単に矢を回避した。だけど、それはカンシチも折り込み済みだった。
「避けたな!絶対防御気光があるのに!つーことは、その劣化版じゃ、今のおれの矢は防げないってことだよな!!」
勝利を確信した特級鉄烏は、再び呉禁孔雀に狙いを合わせる!
「一発目は様子見……仕留めるのはこの二の矢だ!!」
カンシチは最初から回避直後の無防備な状態に狙いを定めていた。そして、今彼の思惑通りに呉禁は……。
「甘いな、蒼天の射手」
ザシュ
「……え?」
カンシチは一瞬、何が起きたか理解できなかった。しかし、身体はその変化に耐えられず、力を失い、体勢が崩れ、矢を放つこともできずに先ほどの戦友セイのように地面に墜落した。
「……ッ!?何が……なっ!?背中に矢が……!?」
特級鉄烏の背中に矢が刺さっていた。その周辺に血が流れ、温かくなるのを感じる。ここで漸く自分が読み負けたことをカンシチは悟った。
「曲射……矢を曲げておれの背後を狙っていたのか……!!」
カンシチは悔しさに顔を伏せた。それは灑の国一番の弓使いである彼には、十分予想でき、そして対処できたことだったのだ。
「今、思えば……壁にぶつかる矢の音が一つだけだった……それでおれなら気づけるはずだった……!」
「恥じることはないですよ。私はあなたの話を聞いてから、この光景を実現するために何百回、何千回、何万回……毎日シミュレーションしてきました。準備の差が出ただけです」
「慰めてくれてるのか……?」
「事実を述べているだけです。速射はあなたの方が上だ。もし、ほんの少しでも私の矢の到達が遅れていたら、あなたの矢が私を貫き、あなたが勝っていた。紙一重の勝利です」
「経過はどうでもいい……大事なのは結果だろ……!」
「……そうですね」
呉禁孔雀は無影覇光弓を構え直すと、タイミングよく……と言っていいかはわからないが、カンシチ鉄烏の特級装甲が解除された。
「その金色の装甲の防御力上昇は予想外でした。曲射は威力が落ちるとはいえ、一撃で仕留められると思ったのですが……」
「残念だったな……」
「あなたがね。一撃で終わっていればこんなに苦しむこともなかったろうに。でも、もうちょっとの辛抱です。今すぐ終わらせてあげますよ……!」
呉禁はギリギリと弦を引く。カンシチはただその音を聞くしかなかった。
(終わった……いや、最初から勝ち目などなかった。仮にこいつを倒しても新型は四体も残っている……敗因はあいつの言う通り、準備不足。せめて諸葛楽の置き土産である“アレ”を持って来ていれば……!)
カンシチの心を強い後悔が支配した。灑の国の改革を成功させたことで、調子に乗っていたんじゃないかと自省した。
(今までは夢物語のような計画が最終的になんとかなってきたから、今回もそうなると……そう勘違いしてしまったんだな。実際はなんとかなったんじゃない……あいつがなんとかしてくれたんだ……ジョーダンが……!!)
脳裏にあの傲慢なおさげメガネの顔が映し出される。今渡の際にカンシチが思い浮かべた最大の後悔は彼と再会できなかったことだったのだ。
(すまねぇ、ジョーダン……お前に救われた命……どうやらここまでだ……)
「さらばだ、蒼天の射手、次森勘七……!」
無影覇光弓から矢が放たれ、カンシチの命を撃ち抜く!……と、思われたその瞬間!
「相変わらず世話が焼けるな、キミは」
「……え?」
ドスウゥゥゥゥゥゥゥン!!
「――なんだ!?」
聞き覚えのある声がしたと思ったら、カンシチの目の前に見覚えのある白い巨体が降ってきた。思わず呉禁は矢を引っ込め、ガードを固める。つまりカンシチは絶体絶命のピンチから助かったのだ。
前にも何度かこんなことがあった。今回もあの時と同じ“奴”の仕業である。
「これは……こいつはネニュ……!?」
「ヒヒン!」
白い巨体の正体はあいつの傑作ネニュファール。三の門最終決戦で蚩尤に真っ二つにされたネニュだったがすっかり元通りになって、元気に嘶いた。
「ってことは……」
カンシチは視線を上昇させる。すると当然、ネニュの上には彼が跨がっている。
あの傲慢なおさげメガネが……。
「ジョーダン……!?」
「やぁやぁ、カンシチお久しぶり。天才丞旦、華麗に見参!……なんてね」
満面の笑顔のその男の目元で、メガネに月の光がキラリと反射した。




