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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
52/163

煌めく風の中で……

 応龍の装甲はキラキラと眩く輝き、その身には爽やかな風を纏い、その二つの眼は蒼穹のように澄んでいた。

 姿を現した応龍はほんの、本当にほんの少し前とは別物となっていたのだ。

「……完全適合だと……?この土壇場でそんな都合のいい……」

 先ほどまであれだけ饒舌だった蚩尤が口ごもった。全知全能を気取っていた彼が希望的観測しか述べることができなかった。なぜなら……。

「怖いのか?」

「!!?」

 自分でも分厚い蓋をして、見て見ぬ振りをしていた心の奥底を見透かされ、青銅の獣は驚愕し、僅かに後退りしてしまう。

「さすがですね、先生。恐怖という感情までしっかりとインストールするとは……これが本物の天才というものなんですね」

 逆にジョーダンはいつもの調子が、いやいつも以上に挑発的だった。今までの仕返しとばかりに、蚩尤を煽る。その結果……。

「貴様ぁ!!」

 蚩尤の中で怒りが恐怖を凌駕した!今度こそこの世から跡形もなく消し去ってやろうと、変形した腕を応龍に向け……。

「――!!?いない……だと……!?」

 腕を向けた先に、応龍の姿はなかった。文字通り瞬きの間にどこかに消えてしまったのである。

「スピードの上昇率は十分だね」

「なっ!?」

 背後から淡々と性能を分析するような言葉が聞こえ、蚩尤は反射的に振り返る。

 そこには煌めく黄金の龍が腕を組んで、なんとも偉そうに立っていた。

「い、いつの間に……!?」

「ん?見えてなかったんですか?こんなにド派手で目立つボクを見失うなんて……視覚センサーに難ありですね」

「――ッ!!ワシは!蚩尤は!完璧の完全無欠じゃ!!」

 蚩尤は感情のままに斧を振り下ろした。しかし……。


ガギィン!!


「――なっ!?」

 斧は応龍の軽く羽虫を払うかのような裏拳で粉々に砕かれてしまった。舞い散る斧の破片が龍から発せられる光をキラキラと反射させ、応龍をさらに豪華に彩る。

「砂糖菓子の方がまだ丈夫だ。こんな脆い武器に軍神を冠するなんて、とてもじゃないがボクだったら恥ずかしくてできないね」

「そんな下卑た金ぴかマシンを使う者が!!自分を棚に上げて!!」

 斧だったものを投げ捨てると、蚩尤は拳を硬く握り締め、目の前の減らず口が止まらない金龍に撃ち込んだ!


ガァン!


「――!?」

 しかし、拳は軽々と応龍にあろうことか片手で受け止められる。

「ふむ、パワーも想定通り、いや想定以上だね」

「くっ!?離せ!?」

 拳を掴まれた蚩尤は全力で脱出しようとしたが、龍の手からは逃げることはできない。

「無駄だよ、無駄。蚩尤じゃ今の応龍の手を振りほどけない」

「ぐっ!?ならば!!軍神の矢!!」


バババババババババババッ!!


 蚩尤はほぼ零距離から光弾を放った。黄金の龍を煙が覆っていく。けれど……。

「あのさ……」

「っ!?」

「フルパワーの砲撃が効かないのに、そんな豆鉄砲でどうにかできるわけないじゃん」

 応龍は再び煙を風で吹き飛ばし、その輝く全身を恩師の前に現した。そして……。

「さてと……もう防御については十分データが取れたし、ここからは……攻勢に出ようか!!」


バギバギィッ!!


「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 応龍が手にほんの少し力を入れると、蚩尤の掴まれていた腕に稲妻のように無数の亀裂が入り、思わず悲鳴を上げてしまう。

「遺跡でのセイにやったことをまんま仕返しさせてもらったよ」

「こ、この……」

「っていうか、そんな声を上げて、痛覚もあるのか?それとも人間だった頃の癖でついつい声を上げてしまったのか?」

「ぐうぅ……」

「個人的には前者だと嬉しいね。一時的にだとしても教えを乞うた人なんだから、それくらい完璧主義でいて欲しい。それにその方が……ボクの気持ちがスッキリする!!」


ガァン!!


「――がはっ!!?」

 もう一方の黄金の拳が青銅の身体に深々と突き刺さる。あまりの衝撃に蚩尤は今度は声さえ上げることもできなかった。

「痛いか?痛いよな?痛くなるようにやったからな!!」


ガギィン!!


「――がっ!?」

 サディスティックな言葉と共に放たれたのは、やはり拳であった。蚩尤の手を離して繰り出されたそれは青銅のマスクにひびを入れ、角をへし折った。

「こ、これが……」

「そうだ!これが!完全適合!吹き荒れるサイクロン!輝くジーニアス!応龍のマキシマムだ!!」


ガンガンガンガンガンガン!!!


「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 まさに暴風雨のような拳の連打が蚩尤を襲った!槍による攻撃をものともしなかった青銅の装甲がへこみ、抉られ、砕かれていく!

「でやあぁぁっ!!」


ガァン!!


「――ぐあっ!?」

 応龍の渾身の一撃が蚩尤の大きな身体を宙に浮かし、吹き飛ばした。

 しかし、最後のプライドか、青銅の獣はなんとか両足で着地し、無様に倒れることだけはしなかった。

「……な、何故だ……何故、急に……?」

 満身創痍の蚩尤の口から零れたのは疑問の言葉だった。科学者の性としてわからないものをわからないままにしておくことはできないのだろう。

「何故か……それはあなたのおかげですよ、先生」

「な……に……!?」

 また挑発されているのかと、蚩尤は不快感を全面に出した。

 しかし、この言葉に裏はない。ジョーダンは本気でこの狂った恩師に感謝の念を感じていたのだ。

「あなたが“夢”を語ってくれたから、ボクも自分の“夢”を見つめ直すことができた。それこそが完全適合に至るための最後の鍵だったんだ」

「夢……だと?」

「ボクもあなたと同じです。できることなら永遠に知識の探求を続けたい……」

「そうだ!それが科学者の御し難い本能だ!」

「その通りだ……その通りだけど……ボクとあなたは違う!!」

「――ッ!?」

 ジョーダンの言葉に、覚悟に呼応するように風が吹き、応龍の輝きが増した!その覇気と威圧感に蚩尤も気圧された……のだが。

「ボクはね……ボクは褒めて欲しいんだよ!!」

「………はぁ?」

 あまりに馬鹿馬鹿しい続きに、一瞬で肩の力が抜け、思わず間抜けな声が漏れる。だけどジョーダンは大真面目だ。本気で、心の底からそう言っている。

「ボクは思ったんだ……研究を続けて、凄い成果を上げても、褒めてもらえないと嫌だなぁ……って」

「なんと承認欲求の強い……」

「そうだ!ボクの承認欲求は強い!これを満たすためには一人、二人に褒められるだけじゃ駄目だ!たくさんの人に褒めてもらわないと!そして、そのためには……世界は平和じゃないといけないんだ!!」

 再び龍の周りを風が吹き荒れる!優しく爽やかで、それでいて力強い風が!

「だから、お前のように平気で自分の研究のために多くの命を犠牲にする奴は邪魔なんだよ!!ボクを褒めてくれる人が減っちゃうじゃないか!!」

「骸装機開発者の!兵器を作ることを生業にしている人間が言う言葉か!!」

「一理あるね。確かに骸装機は兵器だ……今はね」

「今は……だと?」

「かつて、ボク達が生まれる遥か昔のボク達のご先祖様は星の海を駆けるために、空の向こうの希望を探すために同じようなマシンを作った……的なことをボルシュが言っていた」

「ボルシュ?星の海?」

「だからボクも彼らに倣うことにするよ。戦うためではなく、人々を幸せにするため、優しくも弱き人々をお前のような悪辣な存在から守るために……骸装機の研究を続ける……!!」

「詭弁だ!」

「かもね……けど!ボクはもう揺るがない!止まるつもりはない!!あなたがそうしたように!!」

 応龍は再びファンの付いた二枚の翼を広げた。もちろん見せびらかすためではない。必殺技を放つためだ!

「骸装機の発明者がこれを平和を祈る者、PeacePrayerと名付けたことを内心馬鹿にしていた」

「そうだ!それも詭弁だ!結果として平和をもて遊ぶ者、PeacePlayerと揶揄されることになった!!平和を脅かしてるのは骸装機自身だ!!」

「そうだね……でも、きっとそうなることも彼はわかっていたんだよ」

「……何?」

「きっと骸装機を作らなくても、平和をもて遊ぶ者がいずれ出てくる。そんな時、同じように平和のために立ち上がる者もきっとどこからともなく現れる。その者達の力になるために骸装機は発明されたんだ。まさに“祈り”だよ!」

「ぐっ!?」

「ボクはあんたを、平和をもて遊ぶ者を倒す!下らないDreamをDestroyするDragon!それが応龍だ!!」

 ファンはジョーダンの高ぶる感情と共に、さらに回転を加速させていく!先ほどよりも明らかに力強く速いそれに、蚩尤は戦慄した。

(ま、まずい!!完全適合無しでも、あれだけの威力……今の状態で発射されたら、軍神の盾でも、絶対防御光壁でも防ぎ切れん……!!)

 蚩尤は一瞬で、その攻撃を今の自分の力ではどうにもできないことを察した。腐っても優秀な科学者、さすがあの生意気なジョーダンが教えを乞いに来ただけのことはある。

 そう、彼はあくまで根っからの科学者なのだ。

(だが、足を止めて、前方にしか発射できないという弱点は改善できていない!!ならば簡単なこと……逃げればいいだけじゃ!ちょっと屈辱に耐えれば、それで問題は解決じゃ!!)

 彼は戦士ではない。だから敵前逃亡などなんとも思わない。

 僅かに心を刺激するのは自分の発明品が負けたことだが、死んでしまっては今回得た反省点の改修もできなくなる。その科学者としての最悪の未来に比べれば逃げる羞恥など、些細なことなのだ。

(ダメージも回復している!このままこの三の門から……いや!灑の国から脱出する!!)

 覚悟を決めた蚩尤は足を上げ……。

「――ん!?なんだと!?足が動かん!?」

 蚩尤の足はピクリともその場を動かなかった。先ほどのように外部から動きを阻害されているわけではない……“内部”から邪魔されているのだ。

「……先生、せっかく教え子が研究の成果を見せてくれるって言うんですから……ここにいてくださいよ……!」

「しょ、諸葛楽!!?お前、目が……」

「ええ、ばっちり……あれだけ殴られれば、起きますよ……!」

「ぐ、ぐうぅ……!?」

 ジョーダンの滾る想いは応龍の真の力だけでなく、自慢の弟弟子も覚醒させていた。

 蚩尤の声色に今までとは違う恐怖がにじみ出る。これまでは予想外のことが起きて、驚いている様子だったが、今は予想していた中で、最悪の出来事に不幸にも遭遇してしまったといった感じだった。

「やはりな……やはり、あんたは諸葛楽のことが怖くて、仕方なかったんだね」

「ワシが諸葛楽を……怖がっているだと……?」

「あーだこーだ御託を並べていたけど、あんたはラクの才能に嫉妬し、恐れていたから、自分の手元に置いておきたかったんだ。もし自分の目の届かないところに行ってしまったら、ラクが自分を殺しに来るかもと考えてしまったら……怖くて怖くて夜も眠れないんだろ?」

「ぐっ!?」

 蚩尤は再び見せたくない心の闇を弟子に指摘されてしまった。先ほどはみっともなく後退できたが、今回は最悪なことに覚醒した諸葛楽のせいで指一本動かせない。

 こうなると蚩尤の取る行動は一つ……。

「い、いいのか!?ワシを撃てば、諸葛楽も巻き添えを食らうぞ!!お前の大切な弟弟子が!!」

 追い詰められた蚩尤は形振り構わず諸葛楽を盾にした。

 その姿に、何もわかっていない恩師の姿にジョーダンは憐れみの視線を向ける。

「ラクがそこで、“その通りです!ぼくを撃たないでください!”……って、言うような奴なら、あんたもそんなにびびってないだろうに」

「……あ」

 呆気に取られる蚩尤のマスクの下で自分のことを誰よりも理解してくれている兄弟子の言葉にラクは口角を上げた。そして……。

「兄さん!ぼくのことは気にせず、おもいっきりやっちゃってください!!」

 高らかに自分ごとこの歪み切った師弟関係を断ち切れと、敬愛する兄に進言する!

「おうよ!任せとけ!!」

 ラクの言葉を聞き、ファンも最高速に達する!

「ま、待て!?ワシはお前の“先生”じゃぞ!!師を本当に撃つのか!!?」

「師弟だからこそ撃つんだ!誤った道を歩む師を止めるのが、弟子の役目だろうが!!」

「ふざけるなぁ!!!」

「この期に及んで冗談なんて言うかよ!!消え失せろ!亡霊!真の嵐龍砲で……この世から吹き飛べッ!!」


ブルオォォォォォォォォォォォン!!!


 二枚の翼から二本の竜巻が……金色の竜巻が発射される!ジョーダンの想いを力に変えたそれは、まさに黄金の龍となって、諸悪の根源である青銅の獣へと襲いかかる!

「くっ!?絶対防御光壁!五重!!」

 蚩尤は前方に光の壁を五枚展開する……無駄だとわかっているのに。


バババババリィン!!


「――ッ!?」

 光の壁はまるで冬の朝に水たまりに張った薄氷のように、いとも簡単に砕け散った。そして……。


ブルオォォォォォォォォォォォン!!


「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 金色の竜巻は青銅の獣を飲み込み、その装甲はガリガリと削り、抉り、砕いた!

 そのまま竜巻は三の門の壁を突き破り、ボロボロの蚩尤は蒼天の空の下に弾き出された。

「ふぅ……」

 一息つく黄金の龍を、開けた大穴から差し込む太陽の光が優しく照らした。


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