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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
51/163

真実と夢②

「せ、先生……」

 ジョーダンは言葉を失い、全身から力が抜け、その場で立ち尽くした。彼の三年間の想いが今、脆くも崩れ去ったのである。

「おいおい、なんじゃ、その態度は?死んでいたと思っていた恩師とこうして再会できたんじゃから、もっと喜びなさいよ」

「ッ!?」

 先生は腕を大きく広げ、自分が生きていたことを喜べとのんきに言い放った。その軽薄な態度がジョーダンの心と身体に僅かだが力を戻した。

「どういう……どういうことなんですか……?あなたは間違いなく死んだはずです……ボクは遺体も確認しています……なのに、なぜ!?」

「遺体?あぁ、あれは要らなくなったから捨てたんじゃ。あの時もそう言ったじゃろ?」

「何を……!?」

 ジョーダンは脳裏にあの時のことを思い返した……あの炎の海の中で先生の首をへし折った蚩尤の言葉を。


「あぁ、これか……これはもういらない」


「――ッ!?」

「なっ?ワシは最初から要らなくなったと言っておったろ?」

 確かに言っていた……先生は身体が不必要になったと。でも、生物として肉体を捨てるなどあり得ない!誰もがそう思い、そこで思考停止するのだろうが、ジョーダンは違う。彼は科学者なのだ。

 ジョーダンは目の前で起きているあり得ないことを、自分の知識で科学的に解明しようと脳ミソをフル回転させた。

「肉体が要らなくなった……つまりそれは精神を、人格を分離、保持できるようになったから……」

「うむ」

「では、何に……何に人格を移し代えた?別の人間に……諸葛楽にか?あいつの記憶や感情を先生のもので上書き……いや、違う……!」

「そうじゃ、そうじゃ」

「先生は色んな分野の研究をしていたが、あくまで本職は骸装機の研究開発……つまり……」

「つまり……?」

「人の意思や感情を力に変える特級骸装機、その性質を利用して人格そのものをインストールしたんだ……つまり蚩尤こそが先生……!」

「正解!さすがワシの教え子じゃ!!」

 蚩尤の青銅色のマスクがニヤリと歪んだように見えた。

 逆に黄金の仮面の下のジョーダンの顔は苦虫を噛み潰したようななんとも言えないものになり果てる。

「何で……何でそんなことを……?」

「何で?バカなことを訊いてくれるな……そんなものワシの“夢”だからに決まっているだろうが!!」

「夢だと……!?」

「そうじゃ!永遠に生き!永遠に研究を続ける!それがワシの夢!そのために必要だったのが、不老不死の実現!そこでワシが長年の思案の末に出した答えが特級骸装機への人格のインストール!そして、それを見事に実現したのがこの蚩尤じゃ!!」

 蚩尤は見せびらかすように改めてその大きな身体を広げた。

「不老不死……あんただけじゃなく、古来から定番の人類の夢だな」

「あぁ!だから、みんなにもこの喜びを、みんなもワシと同じく人間を超越した存在になって欲しくて、ワシは灑の国の宰相になったんじゃ。設備やサンプル集めに便利じゃからな」

「じゃあ、国民が何人か連れて行かれたというのは……!」

「今、言った通りじゃ。ワシと同じく特級骸装機に人格を移すために、適正のありそうな奴を集めて、実験していたんじゃ」

「か、彼らは……」

「……科学の進歩には犠牲が不可欠。まぁ、貴重なデータが取れたから良しとしよう」

「あんた……!!」

 人の道を外れたとしか言いようのない先生の言葉が、ジョーダンの心に再び火を灯した……怒りの炎を!

「あんたはなんてことを!!」

「怒ったか?まぁ、お前なら怒るじゃろうな。妙に潔癖なところがあったもんな」

「いつまでも弟子のようにボクを語るな!」

「師匠からしたらいつまで経っても弟子は弟子じゃよ」

「ふざけやがって!!」

 応龍は感情の赴くまま、蚩尤に殴りかかった。しかし……。

「そうやって感情的になるのも……昔のまんまじゃ!!」


ガァン!


「――がっ!?」

 カウンター一閃!ひらりと攻撃を回避すると、逆に蚩尤の拳で床に黄金の龍は叩きつけられた。床には無数の亀裂が走り、衝撃で三の門全体が揺れた。

「あの竜巻攻撃を放っても装着解除を起こさないように改善したことは褒めてやろう」

「ぐうぅ……!」

 蚩尤は応龍の木の枝のような角を掴むと、ゆっくりと持ち上げる。

「けれど、パワーダウンは防げてないようじゃな!!」


ガァン!ガァン!


「――がはっ!?」

 青銅の獣はまるでサンドバッグを叩くように軽く目の前の黄金の龍の腹を叩いた。蚩尤にとっては戯れでも、肉体も精神も参っているジョーダンにとっては地獄の責め苦だ。

「まぁ、元々お前が弱体化してなくとも、ワシの蚩尤の方が遥かに上じゃがな。で、何でこれだけの力を実現できたかわかるか?」

 蚩尤は嘲るように大きな角のついた頭を傾げた。

 角を掴まれ、息も絶え絶えのジョーダンだったが、研究者としてのプライドか、そのふざけた質問に答えてやる。

「……ラクが蚩尤を操っているのではなく、蚩尤がラクを操っている……ならば、人間では無意識でセーブしている力や稼働を……外部から無理矢理させることも可能……それが完全適合できなくても、凄まじい力を発揮する……それが蚩尤の力の秘密……」

「あぁ……その通りじゃ!!」


ガァン!ガァン!!


「――ぐはっ!?」

 正解のご褒美は再びのパンチの洗礼だった。悶絶しながら黄金の龍は蚩尤の前でぶらぶらと揺れる。

「正解にたどり着いたのは素晴らしいが、三年はちと時間がかかり過ぎじゃ。お前の弟弟子なら、諸葛楽ならもっと早く答えを導き出していたはずじゃ」

「……だから……だからボクじゃなくてラクを……」

「あぁ、いずれはワシは蚩尤を完全に機械化、自律稼働化するつもりじゃが、今の技術では無理、かつ肉体の方のタイムリミットが迫っていた……なので、生きた肉体を生体パーツとして使わせてもらうことにしたんじゃ。そして白羽の矢が立ったのがお前よりも肉体も頭も優秀な諸葛楽の身体というわけじゃ」

「加害者だと思っていたラクは肉体を奪われた被害者だったのか……」

 ジョーダンは悔しさから拳を硬く握り締め、目を伏せた。

(自分のことをおもいっきりぶん殴ってやりたい……!ヒントはいくらでもあった……言動も蚩尤のコンセプトも、冷静に考えればラクじゃないのは明らかだ……!なのにボクは……ボクのことを慕ってくれた後輩を信じられなかった……!彼の救いを求める声を聞き逃すどころか、あろうことかその命を奪おうと躍起になっていたなんて……ボクはなんて愚かなんだ……!何が天才だ……!!)

 彼の後悔に反応するように応龍の金色の装甲から輝きは失われ、晴天の空のようだった二つの青い眼は淀んでいった。

「折れた……か!!」


ガァン!ガァン!!


「――うっ……!?」

 死に体にさらに鞭を打つような追加のパンチ!最早、ジョーダンは痛みに反応することもできない。

「まぁ、今まで信じていたことがひっくり返ったんじゃから、当然か」

 蚩尤が角から手を離すと、応龍は彼の前でへたり込み、許しを乞うように頭を垂れた。

「ボクは……一体、何のために……」

「ワシにも慈悲の心はある。ましてや愛弟子の心挫けた姿を見るのは、胸が痛い」

 どの口が言っているのかと突っ込みたいところだが、蚩尤はどこ吹く風で再び腕を高く振り上げた。

「軍神の斧」

 龍の角に変わって斧が握られる……全ての因縁を終わらせる終局の斧が。

「二度とワシの前に現れないというなら逃がしてやってもいいが……どうせお前のことじゃ、諸葛楽を助けに、この下らない鬼ごっこを続けるのじゃろ?」

「…………」

「それはワシにとってもお前にとっても辛いこと……ならばここで終わらせよう」

「…………」

「安心しろ……痛みなど感じさせん」

「…………」

「さらばじゃ……我が愚鈍なる教え子よ!!」

 蚩尤は斧を龍の頭に撃ち下ろした!斧はそのまま黄金の龍を縦に真っ二つにする……かに思われたが。


ザンッ!!


「――ヒヒッ!?」

「……えっ?ネニュ……?」

 蚩尤の斧が斬り裂いたのは黄金の龍ではなく、純白の機械仕掛けの獣であった。ネニュファールが主人の危機に駆けつけ、その身を挺して守ったのだ!

「邪魔をしおって……!」


ガァン!ガァン!!


 蚩尤は汚らしいゴミをそうするように、二つに分かれたネニュの身体を払い除けた。

「ネニュ……ネニュファール!!」

 いまだにダメージが抜けていない金龍は縺れる足をなんとか動かし、不恰好に、必死になって、彼の最高傑作であり、最高の相棒の上半身に駆け寄る。

「ネニュ!ネニュ!大丈夫か!?」

「ヒヒ……」

 いつものように首に触れると、相棒はノイズの入った電子音声を絞り出した。

「電子頭脳は無事か!?うん!大丈夫そうだ!待ってろ、ネニュ!ボクが必ず直してやるからな!!」


「それは無理なんじゃないかな」


「!!?」

 ジョーダンの耳にかつては心地よいと思っていたが、今は不愉快極まりないしわがれ声が聞こえてきた。

 そちらを振り向くと蚩尤は斧を持った腕とは逆の腕を変形させ、こちらに向けていた。

「蚩尤……!!」

「自分の作品に愛情を持つ気持ちはよくわかる。だから……仲良く一緒に逝かせてやろう!!」

 腕に光が集まっていく。まともに受ければ一溜まりもないのはジョーダンは重々理解している……しているが。

「くそ!!やらせない!やらせてたまるか!!」

 今度は逆に応龍がネニュファールの盾になるように仁王立ちになった。

 ジョーダンにはネニュを見捨てることなどできないし、そもそもダメージのせいで立っているのもやっとだ。今も足が小刻みに震えている。

 もちろん蚩尤はそうなることを、教え子にはそれしか選択肢がないことをわかってやっている。

「本当に愚かな……生きてさえいれば、また新しく、より素晴らしいマシンを作れるだろうに」

「お前にはわかるまい!ボクの気持ちなんて!!」

「フッ……わかりたくもないわ!!」


ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!


 蚩尤の腕から光の奔流が発射された!

 迫りくる“死”にジョーダンは……不思議と頭が冴えていた。時間が流れがゆっくりに感じるほどに……。

(これで終わりなのか……ボクの人生は、ボクの復讐は……!何が間違っていた?先生の狂気に気づけなかったこと?ラクの変化に違和感を持たなかったこと?それとも……)

 その時、ふと過去の記憶が甦った。

 何故かあの賛備子宝術院の前で、杏湖でいきなり襲いかかってきた軽薄な男の姿と言葉が……。


「いいか、よく聞け……目の前にいる奴とわかり合いたい、もしくはぶっ倒したいと思ったら、そいつが一番大切にしていることを理解しろ」


(あの男はそう言った。じゃあ、先生の一番大切なことを理解したら、勝てたのか?先生は永遠に知識の探求を続けたいと言った……正直、気持ちはわかる。ボクも研究者として、同じことを考えたこともある。なら、ボクの夢も“それ”なのか?ボクもあの醜悪なマッドサイエンティストと同類なのだろうか……?)

 ジョーダンの心がじわじわと黒い霧に侵食されていく。このまま彼の心の輝きは失われてしまうのだろうか……。いや!


「マスターハ、チガウ……」


「!!!」

 今にも消えそうな電子音声の言葉が、爽やかな風となり、主人の心を蝕む黒い霧を吹き飛ばした!


ドゴオォォォォォォォン!!!


 蚩尤の放った光の奔流は彼の愛弟子を飲み込み、部屋中が煙に覆われた。

「ふん!本当にバカな奴。ワシを追って来なければ、命も無駄にすることもなかっただろうに」

 長年の面倒を片付けた蚩尤はくるりと反転し、部屋から出て行こうと……。


カツン……


「!?」

 聞こえるはずのない、聞こえてはいけない足音を耳にして、蚩尤は再び反転した。

「まさか……聴覚センサーが誤作動を起こしたか……?」


カツン……


「――ッ!?」

 聞き間違いではなかった。蚩尤の聴覚センサーは正常に機能していたのだ。

「まさか……」

 蚩尤の目の前に広がる灰色の煙の奥に人影が見えた。それはどんどんと大きくなっていき、ついには!


ブワッ!!


「ぐっ!?風だと!?」

 風が土煙を全て吹き飛ばす。その風を発したと思われる人影は黄金の龍へと姿を変えた。

「お前……何で……!?」

 蚩尤は率直な疑問を口にした。何度も言うが、敵であるジョーダンに答える義理はない。けれどわざわざ答えてあげるのが、ジョーダンという人間。というより、今回は答えたくて仕方ないと言った方が正確か。

 ようやくずっと追い求めていた境地にたどり着けたのだから。

「見ればわかるだろう……応龍、完全適合だ……!!」


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