再臨②
撃猫は立ち上がると、脚の調子を確かめるようにその場でぴょんぴょんと二回ほど跳んだ。
「注意を引き付ければいいのか?」
「そうだ。近接格闘では特級装甲でも狴犴には勝てない。虚を突いて、矢をぶち込む選択肢しかない」
「わかった」
そう言うと今度は四つん這いになる撃猫。さっきとは逆にカンシチがセイの意図を察する。
「んじゃ……早速行ってもらいましょうか!!」
バシュッ!バシュッ!バシュッ!!
カンシチ鉄烏は矢を五本同時に三連射!計十五本を一気に発射した!もちろん矢が向かう先は狴犴だ。
「速くて上手い……だが、狴犴の前ではただの曲芸にしか過ぎない!!」
狴犴は戦鎚を前方で高速回転させると、それで矢を全てはたき落とした……カンシチとセイの狙い通り。
「もらった!!」
矢に紛れて接近していた撃猫が側面下方から襲撃!狴犴の顔面に向けて拳を撃ち込む!
「だから……見えていると言っているだろうが!!」
狴犴は顔をガードすると、戦鎚の回転を止め、撃猫の胴体に向かって繰り出した!しかし……。
「ふん」
「……何!?」
撃猫は攻撃を中断し、バックステップ。戦鎚は何もない空間を虚しく通過した。
「攻撃しないのか?臆病者が!!」
朱操の罵声にセイは心の中では冷静に「その通りだよ」と頷いた。今の彼の目的はあくまで注意を引くことであり、狴犴を倒そうなどと微塵も思っていない。けれど、それを悟られてしまっては作戦がご破算なので、挑発に乗った演技をした。
「誰が臆病者だって!!」
怒りに支配され、ただがむしゃらに拳を放つ!……振りをする。その実、攻撃は当てるつもりはないので、狴犴も軽々と回避する。
「ふん!それが攻撃か?そんなんじゃ、狴犴を倒すどころか触れることさえできないぞ」
「くっ!?」
「攻撃ってのは……こうやってやるんだよ!!」
ギャリギャリギャリギャリ!!
狴犴は戦鎚を自由自在に操り、上下左右から撃猫に撃ち込む。オレンジの獣は為す術なく、なんとか致命的なダメージを受けないようにするだけで、精一杯だった……これも狙い通りに。
「く、くそっ!?」
口ではそう言いながら……。
(そうだ……それでいい!それでいいんだよ!!お前はオレを見ていろ!!)
心の中では、この状況に満足し、ガッツポーズをする。
「ちっ!ちょこまかと……!とっとと叩き潰されろよ!羽虫が!!」
言葉と内心があべこべのセイに対し、朱操は言行一致している。苛立ちを呟くと同時に、攻撃が苛烈さを増した!しかし……。
ギャリギャリギャリギャリ!!
「ちっ!こいつ……!!」
さらにスピードもパワーも増した戦鎚の嵐を撃猫はオレンジの装甲の上を滑らすようにして、全て回避していた。
師匠愛羅津に徹底的に仕込まれ、さらに拳聖玄羽の動きをトレースした星譚のディフェンス技術はもはや芸術の域にまで達していたのだ。防御に徹すれば、どんなに強い奴を相手にしようと、一定の時間ならば生き残れるだろう。
「ちょこまかと鬱陶しい!!矮小な羽虫のように無惨に叩き潰されろよ!!」
さらに苛立ちを募らせた朱操の目には、もう目の前のオレンジ色の獣しか映っていなかった。
「すげえな、セイ……!お前は有言実行の男だな……」
セイがターゲットを引き付けている間に、距離を取っていたカンシチは勇敢に今も戦い続ける戦友の姿に感服した。
「って、言ってる場合じゃねぇな……」
気を引き締め直し、カンシチはカード状のもの、待機状態の特級装甲を取り出した。
(多分、朱操なら特級装甲を装着したら気付くはず……だから、装着と同時に矢を放ち、そいつで決める……!勝負は一瞬だ……!!)
カンシチは獲物を注視し続ける。どんな些細な変化も見逃さないように……。
(下から……下から戦鎚を振り上げる時だけ、わずかに他の攻撃よりもモーションが大きくなる。狙うのはその時だ……!)
狙いを定め、その瞬間が来るのを信じて待つ……。
「どうした!動きが鈍くなってきたんじゃないか!!」
ギャリン!!
「――ッ!?」
振り下ろされた戦鎚はオレンジの装甲を今まで一番大きく削り取った。
「素晴らしいディフェンスだが、そんな限界機動が長く持つはずがない……そうだろ!!」
朱操の指摘通り、セイの体力と集中力は今にも途切れそうだった。そんな風前の灯火をド派手かき消すために狴犴は下から戦鎚を振り上げる!
「喰らえ!!」
「今だ!特級装甲!!」
瞬間、カードが光に変わり、さらに黄金の装甲へ、カンシチ鉄烏の各部に装着された。そしてこちらも金色の装飾が追加された弓を構え、光の弦を引く!
「この矢で……終わらせる!!」
バシュンッ!!
今まで射たものとは倍以上のスピードとパワーの矢が発射される!それは無防備な狴犴のこめかみに……。
「よし!当たっ……」
「バカが……!」
「「!!?」」
完全に命中すると確信した刹那、狴犴は身体を反らした。当たっていれば、決着となっていた矢は、悲しいかな狴犴の文字通り目と鼻の先を通過した。
「な、何で……!?」
カンシチは狼狽した。タイミングも狙いも完璧だった。なのに外した。だとしたら、考えられる理由は一つ……。
「お前……気付いていたのか!?」
セイが思わず叫ぶと、朱操は白い仮面の下でニヤリと笑った。
「蛇炎砲を撃ち抜いた攻撃を警戒しないわけないだろ!!」
ガァン!!
「――ぐっ!?」
狴犴は路傍の石にするように、撃猫を蹴り飛ばした。そしてすぐさま反転、先ほどよりも豪華になったカンシチ鉄烏に突撃する!
「くそ農民!!」
「くっ!?この!!」
特級鉄烏は後退しながら、さらに迎撃のために連続して矢を放つ!しかし……。
「邪魔くさい!!」
狴犴は時に避け、時に戦鎚で薙ぎ払い、矢をものともせずに前進して行く。そして……。
「オラァッ!!」
ガギィン!!
「ぐっ!?」
振り下ろされた戦鎚を強化された弓でなんとか受け止めた特級鉄烏。けれど、パワーの差は歴然でみるみる押し込まれていく。
「その下品な金ぴかアクセが蛇炎砲撃破の秘密か?」
「そうだよな……あんだけ痛い目を見たら警戒するよな……!」
「そうだ!お前が蛇炎砲を破壊しなければ、徐勇は……!!」
声から骨の髄から後悔していることが伺える。それがカンシチを同情させ、同時に憤慨させた。
「お前……他人の大事なものは平気で奪おうとするのに、自分が逆にやられたらそんなに怒るのかよ……!!」
「当然だ!それが人間だ!!他人にきつく、自分に甘い!それが人の本質だ!!」
「それはそうかもしれないけど……そうやって平気な顔して開き直るような奴は!そんな奴だけは人の上に立たせるわけにはいかない!!」
ガギィン!!
「なっ!?」
特級鉄烏の弓が狴犴の戦鎚を押し返した!感情や意志を力に変える特級装甲の特性が、カンシチの強い怒りに反応したのだ。
特級鉄烏はその勢いのまま後退し、矢を放つ!
「お前はエリートでも何でもない!ただのクズだ!!」
先ほどよりも威力を増した矢を五本同時に放つ!これにはさすがの狴犴も逃げるしかない……はずなのだが。
「小細工なんかに!!」
ザシュ!ザシュ!ザシュンッ!!
「なんだと!?」
狴犴はあろうことか矢に向かって前進した。白い装甲を光が削り、抉り、そして貫く。狂気に取り付かれたとしか言いようのない行動にカンシチは鳥肌が立つ。
そして朱操は朱操で自分がバカげたことをしていることを理解し、心の中で自嘲していた。
「その金ぴかアクセ……最初から使わななかったってことは時間制限か何か……制約があるんだろう?」
「なっ!?それがわかっていて、何で……!?」
「逃げて時間切れを待てばいいのに……か。お前のようなくそ農民にそんなセコい策など使うかよ!!」
朱操の猛り狂うプライドが、最適解を消し飛ばしたのだ!特級装甲と同じように、いや、むしろそのオリジナルと言っていい特級骸装機の狴犴は装着者の激情を力に変え、地面を強く蹴り上げる!
「くっ!?」
「戦士ごっこは……おしまいだ!!」
ガッギイィィィィン!!
「――がはっ!!?」
狴犴の拳が強化された弓を粉砕し、その先にあるカンシチ鉄烏の腹部へと炸裂した。
力を失い崩れ落ちると同時に制限時間がきて、空中に待機状態に戻った特級装甲が出現する。
「このしょうもない子供騙しごと脳天をかち割ってやろう……!」
膝を着くカンシチ鉄烏に止めを刺すため、狴犴は天高く戦鎚を掲げた。
「お前の……言う通り……特級装甲は三十秒が……限界だ……」
「やはりな」
「それは……装着した骸装機と装着者に……強い負担を強いるからだ……」
「それが……どうした?」
要領を得ないカンシチの語りに朱操は心の中で首を傾げる。そのことを察したカンシチは……口角を吊り上げた!
「つまり別の奴なら続けて使えるんだよ!だよな!セイ!!」
「おう!!」
「!!?」
撃猫はカンシチ鉄烏の後ろから現れると同時にカード状態の特級装甲を手に取り……叫んだ!
「撃猫!特級装甲!!」
カードが再び光に!黄金の装甲に変わった!そしてそれがオレンジの撃猫の各部に装着された!
「このぉ!!」
一瞬、呆気に取られた朱操は慌てて戦鎚を撃ち下ろした……が!
「一手、遅い!!」
バギィン!!
「――ッ!?」
特級撃猫は新たに黄金のガントレットが装着された拳で振り下ろされた戦鎚の柄をへし折った!勢いに乗った鎚頭が彼方へと飛んで行く。
「くそが!!」
狴犴は戦鎚を投げ捨て、徒手空拳に切り替え……。
「だから、遅い!!」
ゴォン!!
「――ぐはっ!!」
黄金の拳は今度は獣の白い脇腹に深々と突き刺さった。狴犴を装着してから初めてのクリティカルヒットをもらい、ダメージで先ほどの鉄烏と同様にその場に崩れ落ちる。
「な、なぜ……!?なぜ正真正銘の特級骸装機である狴犴が張りぼてをつけただけの雑魚骸装機に……!?」
朱操は今、自分がどうしてこんな状況に陥っているのか理解できなかった……無敵の狴犴が何故と。
その勘違いこそが原因である。
「狴犴はお前が思ってるほど万能じゃない」
「オレンジ……!!」
自分を見下ろす特級撃猫を睨み付けるが、セイにとっては恐るるに足らない。もう勝負は着いているのだから。
「狴犴はパワーとスピードを重視した代わりに、装甲と継戦能力はそこらへんの骸装機と変わらない……いや、それ以下のマシンだ。つまり制限時間があるのはお互い様……お前、最初よりも遅く、弱くなっているぞ」
「なん……だと……!?」
「その様子じゃ知らなかったみたいだな」
朱操の脳内で狴犴を受領した時のことが鮮明に甦った。
「朱操、この狴犴を君に託そう。どうやら、君とこいつは中々相性がいいらしい」
それだけだった。狴犴の説明など一切受けていない。
「蚩尤め……!!」
説明を省いた上司を恨んだ。しかし、決してそれだけが原因ではない。
「上司を恨むのは筋違いだ。お前がきちんと狴犴と向き合っていれば、気付いていたはずだ、狴犴の強みも弱みも」
「くっ!?」
「お前の敗因は三つ。一つは上司とのコミュニケーション不足。二つ目は狴犴を手に入れたことに満足し、鍛錬を怠ったこと。三つ目、最大の敗因は次森勘七を侮り、下らないプライドを満たすために、正面から叩き潰そうとしたことだ」
「あのくそ農民が……俺の敗因……」
「お前が冷静に逃げに徹していれば、お前がオレを見下ろしていたかもしれない。けれど、そうさせないためにカンシチはお前を煽り、無駄にエネルギーを使わせようと自分に注意を向けさせた」
「な!?あいつが……そこまで!?」
朱操は特級撃猫越しに、仰向けに倒れるカンシチを見た。愛機が待機状態に戻った彼は勝ち誇ったように親指を立てた手を天に掲げた。
「この勝利は狙撃が失敗した瞬間、すぐにプランBに移行したあいつの勝利だ。まぁ、当然か。天才弓使いと似非エリートごときでは最初から勝負になるはずがない」
「貴様アァァァァッ!!!」
その言葉は、誰よりも見下しているカンシチ以下と断じたその言葉は、朱操を激昂させるには十分だった。しかし、もうこの戦いは感情でどうにかできる段階ではない。
「あくびが出るってんだよ!!!」
ガンガンガンガンガンガンガァン!!!
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
特級撃猫の黄金の拳が雨霰のように狴犴に叩き込まれる!白い装甲が砕け散り、雪のように二匹の獣を覆う。そして……。
「ウラァッ!!」
ドゴォン!!!
「ぐはっ!!?」
限界を迎え、狴犴は札状に戻り、生身の朱操は鮮血を撒き散らしながら吹っ飛び、そのまま意識を断たれた。
ここで特級撃猫も時間切れ、セイはカード状態に戻ったそれと、狴犴を手に取った。
「痛い思いさせて悪かったな……でも、お前を取り戻すためには仕方なかったんだ。許せ、狴犴」
セイは二度と離すまいと狴犴を強く握りしめた……が。
「…………ここまでか」
それが彼に残った最後の力だった。朱操から受けたダメージと特級装甲の負担で限界を迎えた彼は前のめりに倒れた。
「お前の助けには行けそうにない……許せ、ジョーダン……」
先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った戦場に、友を想う言葉だけがこだました……。