再臨①
「行け!蛇頭腕!!」
蛇連破は再びご自慢の両腕を伸ばした。しかし……。
「よっと!」
「ふん」
カンシチ鉄烏と撃猫はいとも簡単に回避する。
「その伸びる腕については、ジョーダンから聞いて、対策としてシュガさんに稽古を付けてもらったんだ!」
「不意さえ突かれなければ、そんな劣化幻妖覇天剣には当たらん!」
蛇連破の攻撃は二人の想定を超えるものではなかった。
余裕が生まれた二人は攻勢に出る。回避運動をしながら、カンシチ鉄烏は弓を構え、撃猫は反転し、蛇連破へと向かう。
「このまま……」
「一気に決めてやる!!」
「蛇連破を舐めるなよ!!」
赤き蛇は腕を縦横無尽に動かし始めた。朱操は朱操で、前回の応龍の戦いから愛機の特性を一から見直したのだ。
「確かに腕を伸ばすだけなら、幻妖覇天剣の下位互換だ!だが、蛇連破の腕は俺の意志に従い、前後左右、さらに上下に自由に動かせる!この変幻自在さは蛇連破だけの強みだ!」
蛇頭腕はさらにスピードを上げ、しつこく青赤の烏とオレンジの猫を追い続ける……のだが。
「それがどうしたってんだ」
「な!?」
これも二人には通じなかった。ぴょんぴょんと軽快にステップを踏み、襲いかかる蛇頭腕の攻撃を全て躱す。
「お前の言う通り、こうやって追いかけてくるのは幻妖覇天剣には無理だ」
「ならば!!」
「追いかけっこは一の門で散々やらされたからな」
「――!?蛇炎砲か!?」
「そうだ!あれの砲撃に比べたら、ちっとも恐くねぇんだよ!!」
撃猫はさらに加速し、蛇連破の懐に潜り込んだ。
「こいつ!?」
「もらった!!」
本人は否定するだろうが、その最小限の動きで最大の威力を実現しようとするフォームは玄羽のそれに似ていた。いつの間にかセイは理想の動きとして、無意識に拳聖の姿をトレースしたのだ。しかし、まだ甘い。
ガギィン!!
「くっ!?」
「ちいっ!?」
蛇連破は脚を上げ、脛で撃猫のナックルをガードした。玄羽ならばそうなる前に胴体に拳を叩き込んでいただろう。
「惜しかったな、オレンジ……」
「その呼び方、思い出すな、湖でのこと」
「ふん!現実逃避に思い出話でもしたいのか?」
「いや、今回はちゃんと通じたなと思ってよ」
「何を……」
ガギィ!ガギィ!ガギィン!!
「――ッ!?」
一瞬の隙、朱操の意識から“彼”の存在が消えた刹那に、“彼”は三本の矢を立て続けに放ち、蛇頭腕を貫き、蛇連破のマスクを抉った。かろうじて脳天を貫かれることを防げたのは、朱操の戦士としての本能が反射的に身体を動かしたからだ。
「本命はくそ農民の方か!」
「これで必殺の腕は使えないぜ!そしておれの攻撃はまだまだ続く!!」
「くそッ!!」
蛇連破は自ら腕を引きちぎり、矢の雨の中後退する……が。
「カンシチにばっか夢中になってていいのか?」
「オレンジ!?」
「ハアァァァッ!!」
ガァン!!
「――ぐはっ!?」
側面に回り込んだ撃猫は今度は蹴りを放ち、今度こそは見事に蛇連破の脇腹に直撃させる。赤き蛇の装甲には稲妻のような亀裂が無数に刻まれ、二回、三回と地面をバウンドし、這いつくばった。
杏湖で実行し、うまくいかなかったカンシチとセイ、二人の誘導作戦、リベンジ成功である。
「くそ……!この俺がこんな雑魚どもに……!!」
蛇連破はなんとか立ち上がる。けれども一番の武器である蛇頭腕は失われ、装甲もボロボロ、とてもじゃないが、このマシンに勝ち目はない。
相対している二人もそのことを理解していた。
「終わりだ、朱操。お前じゃおれ達には勝てない」
「無駄な抵抗はやめて、投降するんだな。それが賢明というものだ」
二人にとって朱操はしつこくうざい憎き敵以外何者でもないのだが、同時に彼と徐勇の友情についてもよく知っている。だから徐勇を失った彼に同情してしまったのだろう。降参を促した。
「お前達に勝てないか……そうかもな……」
「ん?」
「やけに素直だな……」
朱操は蛇連破を解除した。自分達で投降するように言っておきながら、自分達の指示に素直に従う宿敵の姿をカンシチもセイも訝しんだ。
そして、その感情は正解だった。
「残念だが、お前達には蛇連破では勝てない。できることならジョーダンと戦う時まで温存したかったが、こうなっては仕方ない」
「何を言っているん――」
「!!?」
その瞬間、二人は思わず目を見開いた。朱操が懐から取り出したものに見覚えがあったからだ。
特にセイには馴染みがある……それは彼の憧れの人が肌身離さず持っていたものだから……。
「それは!まさか!?」
「そのまさかだ……裁け、狴犴……!!」
朱操が取り出した札のようなものを頭上に投げると、札は無数の光へと分裂し、彼の下に流星のように降り注ぐ。光は白地に青い模様の入った装甲へと姿を変え、朱操の身体を覆った。
セイの師匠愛羅津の愛機、狴犴……朱操のものとなって再び降臨!
予想もしていないし、そんな想像なんてしたくもなかったあまりにあんまりな光景を目の当たりにし、二人は絶句、立ち尽くした。
「ふん!特級骸装機は誰でも装着できるわけでもない。だから敵に奪われたところで簡単に再利用されることはないと、たかを括っていたか?」
「くっ!?」
「図星か」
「お前の言う通りだ……愛羅津さんの愛機を使える奴がそう簡単に見つかるとは考えもしなかった……しかしよりによってお前なんかに……」
「優れた道具は使い手を選ぶ」
「――ッ!?」
「狴犴が俺を選んだ……それだけの話さ」
はからずも朱操の口から出たのは、かつて愛羅津が狴犴の開発者である懐麓道に言われたことと同じ言葉だった。その言葉がセイのやりきれない感情のダムを決壊させた。
「お前ごときが!愛羅津さんのマシンを使うな!!」
「セイ!!」
カンシチの制止を振り切り、セイは激情に身を任せ、突撃した。
「狴犴!今すぐ解放してやるからな!!」
勢いと感情を全て乗せて、パンチを繰り出す!唸りを上げて憧れのマシンに迫るオレンジのナックル!しかし……。
「あくびが出るな」
ヒュッ!
「――ッ!?」
狴犴は先ほどの意趣返しと言わんばかりに、サイドに回り込んだ。そして……。
「久しぶりに堪能するといい……狴犴の力を!!」
ガギ!ガン!!
「――ぐっ!?」
ほぼ同時に二発のパンチが叩き込まれる!それでもなんとかセイは愛羅津に仕込まれたディフェンス技術で、一発目を腕で逸らし、二発目も反射的に身体を動かし、致命傷を防いだ。
「この攻撃を防ぐとは……いい師匠を持ったな」
「嫌味か!?」
「嫌味だ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「……っう!?」
狴犴はさらにスピードを上げ、拳を一心不乱に目の前のオレンジに叩きつける。撃猫は身体を丸め、急所を守るだけで精一杯だ。
「このまま嬲り殺しにしてやろうか!!」
「させるかよ!!」
バシュッ!バシュッ!
「ふん!小賢しい……!」
カンシチ鉄烏が両者の間に矢を撃ち込む!おかげで暴風雨のような狴犴の攻撃が止んだ。
「セイ!一旦離れて、体勢を立て直せ!ここはおれが……!」
カンシチはそう言いながら、次の攻撃のために狴犴に狙いを定め、弓を引く。しかし……。
「撃てるものなら……」
グイッ!!
「ぐっ!?」
「なっ!?」
「撃ってみろよ」
狴犴は撃猫の頭を掴み、あろうことか盾として、カンシチ鉄烏へ向けて突き出した。白い宿敵がオレンジ色の味方に覆われた瞬間、カンシチの心と手がわずかに緩んだ。それを朱操は見逃さない。
「これ位で心を乱すとは……結局、お前は土いじりをしているのがお似合いのくそ農民なんだよ!!」
ブゥン!!
「――ッ!?」
狴犴はまるで小石を投げるように軽々と撃猫をカンシチ鉄烏に投げつけた。
「セイ!!」
ガァン!!
「くっ!?」
「がっ!?」
カンシチは仲間を受け止めようと試みたが、勢いを殺し切れずに倒れ、撃猫の下敷きになる。
「す、済まない……カンシチ……!」
「気にするな……つーか、早く退いてくれないか……?早くしないと狴犴が………狴犴が来てるぞ!!」
「!?」
仰向けになったカンシチの視界に映ったのは、天に高らかに戦鎚を掲げ、自分たちに向かって落ちてくる白き獣の姿であった。
「でやあぁぁぁぁっ!!」
ドッゴオォォォォォォォン!!
戦鎚は地面に衝突すると、岩盤を跳ね上げ、刺々しい大輪の花を咲かせた。
「なんつーパワーだ……!!」
ギリギリで退避したカンシチはその光景に背筋が凍った。もしあとコンマ一秒でも遅れていたら、自分たちも……と。
けれど安堵するのはまだ早い。脅威は過ぎ去っていないのだから……。
「俺のターンはまだ終わっていないぞ」
「――な!?」
これまた一瞬で狴犴に距離を詰められたカンシチ鉄烏!狴犴は戦鎚を横から……。
「このぉ!!」
ガギィン!!
カンシチ鉄烏は逃走……せずに、むしろ逆に前進し、弓で戦鎚を受け止める。所謂つばぜり合いの状態だ。
これにはカンシチを心の底から見下している朱操も感心した。
「ほう……戦鎚がトップスピードに乗る前に潰すため、あえて向かってくるか。輪牟の村にいた時よりも、確かにマシになったようだ」
「てめえに褒めてもらっても嬉しくねぇんだよ……!!つーか、人のもんパクって使うことに抵抗はねぇのかよ!?羞恥心が!恥という概念が欠如してるのか!ええっ!!」
「鹵獲した兵器を使うのは、戦場では当たり前だ。何ら恥じることはない。そもそも……今まさに俺の鉄烏を奪って使っているお前にだけは言われたくないわ!!」
ガギィン!!
「――うおっ!?」
舌戦でも力比べでもカンシチ鉄烏は押し負けた。なんとか弓を離すことはしなかったが、腕が上がり、胴体ががら空きになる。そこに……。
「でえぇい!!」
ゴォン!!
「――ぐふっ!?」
前蹴り直撃!青赤の烏は宙を舞い、勢いよく飛んでいった。
「ふん!所詮は戦士ごっこをしてるだけの雑魚よ」
ガギィン!!
「――ッ!?」
「お前もな、オレンジ……!」
撃猫は狴犴の背後から息を潜めて忍びより、首に蹴りを放ったが、どうやらお見通しだったようで、あっさり脚を掴まれてしまった。
「お前が狴犴の恐ろしさを一番わかっているはずだろうに。無駄な抵抗などやめてしまえよ」
「オレが知っているのは愛羅津さんが纏う狴犴の気高さだ!!お前のような俗物が来た狴犴など恐れることなどない!!ないんだ!!」
その言葉は自分に言い聞かせているようだった。認めたくないがセイの目から見ても朱操はかなりの高いレベルで狴犴を使いこなしていたのだ。
そして、それは朱操自身も強く実感していた。
「その気概は素晴らしい……いつまで持つか見ものだな!!」
ドゴォン!!
「――がっ!?」
狴犴は脚を持ったまま撃猫を大地に叩きつけた。地面にはクレーターが出現し、撃猫の装甲はひび割れ、装着者のセイの身体からは酸素が失われる代わりに、強烈な痛みが全身をかけ巡る。
「さぁ……もう一発……!」
残酷な宣告と共に、狴犴は撃猫を再び空中に掲げた。
「いい気に……」
「ん?」
「いい気になるなよ!!」
撃猫は力を振り絞り、回転する。その勢いを利用して狴犴の手を振り払い、脱出しようとしたのだ。けれど……。
「そんなことをしてもお前が痛い目を見るだけだ……ぞ!」
「ぐあっ!?」
狴犴がちょっと力を込めると、回転は止まり、脚に新たな痛みと亀裂が走った。
「それでは気を取り直してもう今度こそ……」
「どりゃあぁぁっ!!」
ドン!
「おっと」
先ほど彼方へと飛んでいったカンシチ鉄烏が帰還からの即タックル!矢では止められないと判断したようだが、それは正解だったようだ。狴犴は思わず撃猫から手を離し、間合いを取った。
「大丈夫か!セイ!?」
「あぁ、なんとかな……」
カンシチは肩越しに膝立ちになる撃猫の脚をちらりと確認した。戦友の脚が駄目ならこの戦いに勝機はない。だが無事なら……。
「その脚……まだ動けるか?」
その一言でそれなりの付き合いになったセイはカンシチの考えを全て察する。
「もう少し遅かったら、粉々に砕けていただろうが、おかげさまで何ら問題ない……!」
「そうか……なら、イケるな……!」
「使うのか?」
「あぁ……奴を、特級骸装機である狴犴を倒すにはこちらも特級の力を……特級装甲に賭けるしかおれ達に勝機はない……!!」




