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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
44/163

最強VS最狂

 二の門が反乱軍に制圧されたその日の夜、一人の男が三の門から少し外れた木々が生い茂る雑木林に向かって歩いていた。

 偉丈夫と言って差し支えない立派な体躯と、艶やかな髭を生やした男は一歩一歩大地を力強く踏みしめる。それはまるで自分の決意を固めるように……。

 そして男は目的地に着いた。そこには彼が呼び出した者が、仮面の宰相が腕を組み、木にもたれかかっている。

「やぁ、岳布、いきなりだけど呼び出した方が後から来るってのはどうかと思うよ」

「申し訳ありません、諸葛楽様……」

 口では謝っているが、岳布は頭を下げることしなかった。むしろお前の言うことなどもう聞かぬわ!と言わんばかりに、胸を張ったので、諸葛楽は思わず苦笑いを浮かべた。

「フッ……まぁ、いいさ。その堂々たる姿、灑の国最強と言われるに相応しい覇気に免じて許してやろう」

「……はっ」

 いつもの宰相様の嫌味ではなく本心からの賛辞だった。それを岳布も察したのか、今度は僅かだが、頭を下げる。

「それでわざわざ宰相であるワタシをこんな夜中に、こんな場所に呼び出して何のつもりだい?……だいたい察しがつくけどね……!」

 諸葛楽は言葉と共にプレッシャーを飛ばした。普通の者なら、それで気圧され、狼狽するものだが、岳布の身体も心もピクリとも揺るがない。そのことにまた宰相様は強い感心を覚えた。

 そしてそんな諸葛楽からの評価がうなぎ上りな岳布は胸に秘めていた決意を、言語化し、現実に顕現させた。

「宰相様……反乱軍に降参してください」

「やはり……か」

 予想通りの岳布の言葉に諸葛楽は残念そうに首を横に振る。

「それはできない」

「勢いも、人材も、民の人気もあちらが上です!このままでは……」

「それをどうにか逆転するのが、君の仕事だろうに。そして実際にそれを可能にするだけの力を君は持っている」

「あちらにはシュガも玄羽様もいる!わたし一人でどうにかできる相手じゃない!無駄に犠牲を増やすだけだ!灑の民同士で何でそんなことをしたければならない!?」

「情けないことを言ってくれるな、岳布。そうだ!ワタシが開発した新しい骸装機を君に与えようじゃないか!きっと君も気に入ってくれるし、ワタシとしても灑最強の戦士のデータが取れるのはありがたい!!それを元に新たな骸装機を……」

「貴様!!」

 岳布は激昂した!当事者なのに他人事のように戦を語ることに、そしてあろうことかこの国の国民同士が命を奪い合うことになろうとしているのに、それをいい実験だと笑顔で語ることに激昂したのだ!

「やはりお前はこの国の宰相でいるべき人間じゃない!!」

 岳布は腰に差した剣の柄を握った。それだけで普通の人間なら恐れおののいて、戦意を喪失するところだが、諸葛楽は相も変わらず涼しい顔をしている。彼もこうなることを予想していたのだ。

「御託など並べず、最初からワタシと戦いたいなら、そう言えばいいものを」

 諸葛楽はもたれかかっていた木から離れ、二本の足でしっかりと大地に立つと、首と手を軽く回した。

「諸葛楽、最後に訊きたい。お前は何のために宰相になったのだ」

「都合が良かったから」

「それはこそこそと各地方から人を集めていることに対しての言葉か?」

「まぁ、そうかな」

「彼らは何のために集められた?お前の大好きな研究か?実験のためか?」

「…………」

「彼らはまだ生きているのか?」

「…………」

「沈黙……それが答えか!!」

 怒りの咆哮と共に岳布は剣を抜いた!

「奴に報いを受けさせるぞ!『銀鷹 (ぎんたか)』!!」

 光と共に現れた銀色の装甲がたくましい岳布の肉体に装着されていった。そして全身がその美しい銀の衣に覆われると、月の光を反射しながら、躊躇なく宰相に飛びかかる!

「消えろ!邪悪なる者!この灑の未来のために!!」


ガギィン!!


 金属同士がぶつかり合う甲高い音が雑木林に響き渡った……。銀色の骸装機の剣を、新たに降臨した青銅色の骸装機の盾が受け止めたのだ!

「邪悪なる者か……ワタシはただ純粋に知識を探求しているだけなのだがなぁ……」

「罪悪感がないというなら余計にタチが悪いわ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


 銀鷹は強靭な手首の力で剣を操り、最小の動きで最強の力を込め、連続攻撃を放つ。しかし、全て蚩尤の盾に弾かれてしまう。

「これが噂の蚩尤か……!」

「そうだ、これが蚩尤!人類を新たな領域に連れていく史上最高の骸装機だ!!」

「驕るな!たかだか少し強いだけの骸装機に人をどうこうできる力はない!!」

「これだから学のない奴は……」

「学があっても人の心を持っていなければ、何の価値もない!!」

「人の心を捨て去らなければ、見えない景色がある」

「そんなもの……!」

「いや、お前は否定できないはずだ。他者から見ればお前のその技も人外の鍛練と情念の発露。ワタシと同じ穴の狢なんだよ」

「だとしても!わたしはこの力をこの国のために使う!!自分を満たすために他者を犠牲にするお前と一緒にするな!!」

「最終的に我が研究が結実すれば、多くの人が救われるというのに。わかってもらえなくて残念だよ……軍神の矛」


ガギィィィン!!


「――ッ!?」

 蚩尤は盾を装備している方と逆の手に矛を呼び出した。突如現れたそれの不意打ちに、銀鷹は剣で受け流すことで対処する。

「さすがの反応速度だな。だが!!」


ザンッ!!!


 矛を横に薙ぎ払った!通り道にあった木は無惨にも砕け、へし折れる。しかし……。

「灑の国の銀色の剣……舐めてくれるな!!」

 銀鷹は急上昇し、攻撃を回避していた。月をバックに見せつけるように翼を広げる。

「そう言えば短時間だが、飛行が可能だったな」

「あぁ!ここからが銀鷹の真骨頂だ!!」

 銀鷹はさらにもう一本剣を召喚すると空中でくるりと反転、さっきとは逆に蚩尤に向かって急降下していく。

「二枚の翼と二本の剣が奏でる葬送曲……とくと味わえ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐっ!?」

 スピードもパワーも先ほどの二倍となった斬撃のラッシュが襲いかかる。これには蚩尤も矛と盾をフル動員し、守りに徹する。

「本当……本当に素晴らしいな……!たかだか少し飛べて、少し速い程度の上級骸装機でワタシをここまで追い詰めるとは……!」

「追い詰めるだと……違う!銀鷹の剣はお前を必ず仕留める!!」

「それは蚩尤を甘く見すぎだ……現にお前の攻撃もこうして防げている……!そして、その勢いそう長くはもたないだろう……?」

 蚩尤はあえて反撃を試みず、体力を温存する作戦を取ることにしたようだ。そのような消極的な考えに至ったのは、間違いなくあの遺跡での短期決戦特化型の狴犴とのバトル、あの時の苦い記憶のせいだろう。しかし……。

「わたしのスタミナを心配する前に、お前の武器の耐久力を心配した方がいいんじゃないか?」

「何を言ってい……」


バギィン!!!


「――る!?」

 盾と矛が同時に真っ二つに割れた。驚愕する蚩尤、それと同時に頭をフル回転させ、こうなった理由を分析する。

(あの銀鷹のパワーなら、まだまだ耐えられたはずだ。しかし、現実にはこうして破壊されてしまった。何故……?)

 蚩尤は視線を落とし、破壊された武器に目を向けた。

(こ、これは!?あれだけの攻撃を受けたのに、傷がほとんどついていない!?まさか破壊された部分……その一ヶ所に攻撃を集中していたのか!?)

 蚩尤は戦慄した……灑の国の銀色の剣の底しれない実力に。

 目を疑い、硬直する彼に銀鷹は容赦なく追い討ちをかける。

「呆けている場合か!!」


ザンッ!!


「くっ!?」

 銀鷹の刃が月明かりを反射しながら、蚩尤の首を切り落とそうとした。けれど、かろうじて青銅の獣は頭を動かし回避、角の先を僅かに失うだけで済んだ。

「調子に乗るなよ!羽虫が!!」

 追い詰められ、良く言えば理性的、悪く言えば慇懃無礼な蚩尤の口調が一変する。というより、相手に敬意など一切持たずに口汚く罵る今の姿こそが、彼の本来の姿なのであろう。

 一方で威勢のいい言葉とは裏腹に身体は後ろに、蚩尤は迫り来る銀鷹から逃げるように後退した。

「軍神の矢!!」

 一定の距離を取ると、蚩尤は腕を変形させ、エネルギーを溜める。そして……。

「喰らえ!!」


バシュッ!バシュッ!バシュッ!!


 光を弾丸にして発射する!星のようなエネルギーの塊が暗い雑木林を照らしながら、銀鷹に襲いかかる!だが……。

「それが……どうした!!」


ヒュッ!ヒュッ!バシュッ!!


「なっ!?」

 銀鷹は降り注ぐ邪悪な流星群を時に避け、時に切り払い、あろうことか前進してきた。

「一連の攻防でわかった。お前の蚩尤は確かにこの猛華でもトップクラスの性能だろう」

「当然だ!!」

「しかし、中身であるお前の!諸葛楽の戦士としての実力は大したことない!このわたしの敵ではない!!」

「ぐっ!?」

 銀鷹はついに光の雨をくぐり抜け、その剣の射程に蚩尤を捉えた!

「これで終わりだ!悪辣宰相!!秘剣!銀風烈じ――」

「王太子、姫陸がどうなってもいいのか?」

「――ん!?」

 銀の剣が青銅の獣の首を今度こそ切り落とそうとした瞬間、その瞬間に蚩尤の放った言葉が銀鷹の手を止めた。

 その一瞬の迷いがこの戦いの命運を分けた。


ドシュウゥゥゥン!!!


「――がはっ!?」

 漆黒の夜空に一筋の光が昇っていった。それは蚩尤の変形した腕から放たれた光、銀鷹の腹を貫いた光だ。

「しま……った……」

 銀の鷹は地へと堕ちた。全身から力が抜け、蚩尤の前に膝を着く。その姿はまるで祈りを捧げているようだった。

 そんな惨めに頭をたれる彼を蚩尤は満足そうに見下ろす。

「戦場では一瞬の迷いが、命取り……って、お前ほどの勇者に説明する必要などないか」

「き、貴様……姫陸様に……何を……?」

 忠義の士である岳布は自分の身よりも、皇帝の一人息子のことを案じた。それが蚩尤には理解できず、彼は鼻で笑う。

「はっ!何もしてないよ、何もね。お前を動揺させるためのブラフさ」

「ほ、本当に……」

「あぁ、ワタシはお前の言う通り、戦士ではないから窮地に陥れば、卑怯な手も使う。しかし、科学者としてのプライドはある。自分の製造物には、最高のパフォーマンスを発揮できるように最善を尽くす。余計なものなどつけないさ」

「貴様は……一体……?」

「ここまでワタシを苦しめたご褒美だ。お前には全て教えてやろう。ワタシの夢を、ワタシの正体を……」

 蚩尤は楽しげに語り続けた。

 対照的に彼の話を聞いた岳布の表情はみるみる険しく、嫌悪感を全面に押し出したものへと変わっていった……。

「貴様は……狂っている……!お前の夢は……血塗られている……!」

「ふん!理解してもらえるとは思っておらぬよ。凡人は最初は我々のやることを否定し、その成果が出た途端、おこぼれに預かろうと手のひらを返す。なんと浅ましい……!」

 蚩尤はこの世のほとんどの人間を見下している。だからこそこんな非道なことができるのだろうと、薄れゆく意識の中で岳布は確信した。

「浅ましいのは……お前だ……お前のような奴の野望は……決して成就しない……」

「それはこちらに向かっている反乱軍のことを言っているのか?確かに奴らをどうにかしないといけないなぁ……そのために戦力を増強しないと……軍神の斧」

 蚩尤は斧を召喚し、振りかぶった。

「何を……」

「お前の技と力だけを頂く」


ザンッ!!


 鮮血を撒き散らしながら、銀鷹の首をゴロゴロと地面を転がる。

 それが灑の国、最強と謳われた戦士岳布のあまりにも寂しく切ない最期であった。

「さてと……そろそろ出て来たらどうだ?黄括、朱操」

「いっ!?」

「…………」

 蚩尤の声に応じ、物陰に隠れていた黄括と朱操が恐る恐る姿を現した。

「さ、さすが宰相様……全部お見通しですか……」

「最初からな」

「さいですか……」

「で、ワタシの話は聞いていたな」

「ひ、ひいぃぃぃ!?」

 視線が交差した瞬間、黄括は腰を抜かした。両目には目一杯涙を溜めている。

「わ、わたくしは何も聞いておりません!宰相様の夢も!正体も!」

「ばっちり聞こえてんじゃねぇか……」

「朱操!お前は黙ってろ!!」

「ちっ!」

 一応、まだ上司である黄括の叱責を受け、朱操は舌打ちをしながら、背を向けた。

「宰相様!決して!決して他言はしませんから!どうかお許しを!!」

 黄括は額を地面に擦りつける。蚩尤はここまでするのかと呆れると同時に、その執念に感心さえ覚えた。

「安心しろ、黄括。さっきの話はお前達に聞かせるために、話したのだから」

「そ、そうなんですか……」

「いざという時にワタシの正体を知っている者がいた方がいいと思ってね」

「それがわたくし達……」

 蚩尤は大きな角の生えた頭を縦に動かした。

「黄括、お前は手柄欲しさに丁羊を脅し、最終的に自死に追い込んだ。そんなお前のことを誰も信用しない。後ろ盾がなくなったら、終わり……お前はワタシの庇護下にいるしかないのだ」

「は、はい……その通りです……」

 こうして自分の所業を真っ正面から言語化されると、ひどい奴だなと黄括自身も思った。だからこそ、今蚩尤が述べたように彼についていく選択肢しかないと……。

「朱操、お前は友の仇を討つために、ワタシの側にいることが最善だと理解している。丞旦はワタシのことを師の仇だと思っているからな」

「あぁ……あんたの前に現れたあいつを俺がこの手で……!!」

 朱操は血走った目で、硬く握った自分の拳を睨み付けた。

「というわけで、お前達二人にはこれからもワタシの手足となって、働いてもらう」

「ははぁ~っ!!何なりとお申し付けください!!」

 黄括は三つ指をついて頭を下げた。

「では、まず最初の仕事だ。岳布の死体を三の門のワタシの部屋に運んでくれ」

「えっ!?岳布殿の死体をですか……」

 黄括はいまだに膝をついたまま微動だにしない岳布の首なし死体を見て、あからさまに嫌な顔をした。

「嫌か?」

「いえいえ!そんなことはありません!……ただ……」

「ただ?」

「何のため……に!?」

「――ッ!?」

 黄括と朱操は恐怖を感じ、身震いした。無機質なはずの蚩尤の仮面がニヤリと邪悪な笑みを浮かべたように見えたのだ。

「すぐにわかるさ……すぐにね……」

 蚩尤は逆に心を踊らせる。これから自分のしようとしていることが、新たな人類の扉を開くことを夢見て……。


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