余韻なき勝利
「ジョーダン!!!」
「ヒヒン!!」
「丞旦!!どこだ!!無事なら返事しろ!!」
ジョーダンの危機を察知したセイ、ネニュファール、そしてシュガの三人は彼に呼びかけながら爆心地で忙しなく頭を動かし続けた。しかし、いまだに霧のように周囲を包む爆煙と土煙が彼らの必死の捜索を邪魔する。
「くそ!ふざけやがって!戦いに勝っても、お前が死んだら……!!」
いつもぶっきらぼうなセイだが、実のところ誰よりも仲間思いなのが彼である。しかも今は敬愛する師、愛羅津をほんの一月ほど前に亡くしたばかりでよりナイーブになっている。
「大丈夫だ、星譚……!あいつがこんなことでくたばるなんてあるわけない……!」
セイを元気づけようとするシュガだったが、その言葉は自らに必死に言い聞かせているように聞こえた。
「ヒヒン!!」
「「!!?」」
突如、ネニュファールが嘶いた!彼の創造主の痕跡を見つけたのである。
「ネニュ!!」
「奴がいたのか!?」
「ヒヒン!」
セイとシュガが呼ばれるまま、ネニュの下へ駆けつける。そして彼らが目にしたのは……。
「これは……」
「応龍の角か……」
ネニュの足下に応龍の角が一本ぽっきり折れて落ちていた。元々木の枝のようだったそれは、地面にボロボロになって無作為に落ちていると、本当に枯れ木の枝だと見間違いそうになる。いや、むしろ彼らは見間違いであって欲しいと心の奥で願っていた。
けれども、そのわずかに残った自己主張の激しい金色が紛れもなくあの応龍の角だと証明している……。
「冗談だよな、ジョーダン……」
セイはゆっくりと応龍の角を拾い上げ、覇気のない声で呟いた。
「マジで……お前何やってるんだよ……!こんな結末なんて……バカ野郎が!!」
セイの悲痛な叫びが虚空にこだまする。その切ない愚弄に言い返して来る者は、もうこの世には……。
「この天才に向かって、バカ野郎とはなんだ、バカ野郎とは……」
「「!!?」」「ヒヒン!」
一際厚い土煙のカーテンの奥から聞き馴染みのある生意気な声が聞こえた。セイ達は反射的にそちらを向くと、煙に映る人影が見えた。それがどんどん大きくなっていき、ついに土煙を掻き分けて、角を片方折った黄金の龍が姿を表した。
「お前……本当にジョーダンか?」
「ボク以外の何かに見えるなら、詳しく教えて欲しいね。足もばっちり健在だよ」
そう言って、応龍はとんとんとこれ見よがしに爪先で地面を叩いた。
「その人を小バカにしたような嫌味な口調……間違いないようだな」
「今のあんたの言葉も大概だと思うけど、シュガ」
「フッ……こうしてまた下らないやり取りができることを俺は心の底から嬉しく思うよ」
「ボクもさ……今回はちょっとマジでヤバかった……!」
徐勇のことを思い出しただけで、ジョーダンは恐怖で身震いした。彼にとっては今回の自爆道連れ騒動は遺跡での蚩尤戦や地下でのシュガ戦に匹敵する大ピンチだったのだ。
傍目から見てもギリギリのことだったのが、よく理解できた。応龍のチャームポイントである角がへし折れ、晴天の空のような青い二つの眼は焦燥からかくすみ、自慢の黄金のボディーにはひびが入り、その上を煤がコーティングしていた。
だが、一番目を引くのは龍の右腕だろう。そこは真っ赤な液体で彩られ、さらに二本の水色の腕にいまだに掴まれていた。
「その腕……徐勇か……?」
「あぁ、文字通り死んでも離さなかった……ね!」
応龍は自分への執着を、徐勇の亡霊を引き剥がすように、水色の腕を投げ捨てた。
「仕方ないから、肘から切り落とさせてもらった。後コンマ何秒か遅れていたら、ボクも彼と一緒に極楽浄土に召されていただろうね」
自分は極楽に逝けると信じて疑わない自称天才様は右手をブンブンと振って、徐勇の最後の痕跡、血液を振り払った。
「ふぅ……彼の執念は凄かったけど、ボクにだって譲れないものがある……せっかくカンシチが蛇炎砲をぶち抜いて、勝利をもぎ取ってくれたんだから、それを存分に味わわないとね!!」
ブオッ!!
「うおっ!?」「風か……」「ヒヒン!」
ジョーダンが言葉を言い終わると同時にどこからともなく風が吹き、爆煙と土煙のカーテンを消し飛ばした。
そして開かれた視界に映し出されたのは……。
「オオォォォォォォッ!!!」
勝鬨を上げる反乱軍の兵士の姿だ!皆、天に向かって武器を突き上げ、自分達の勝利を高らかに誇示する。
一方の官軍はというと、その場にへたり込んだり、武装を解除したりと完全に意気消沈していた。視界の端にそんな彼らを容赦なく追いたてる紫の影が見えた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「一の門……攻略か……」
勝利を実感したシュガは幻妖覇天剣を小さくすると、いつものように耳の中に仕舞った。
「いやいや、一息つくのはまだ早いよ!本来の守将である虞籍を助け出さないと!」
ジョーダンは愛機をメガネの形に戻しながら、安堵するのはまだ早いと渇を入れた。虞籍のことを心配しているというより、徐勇のことで興奮が冷めやらないので、そのぶつけどころを求めているのだろう。
「ちっ!余韻に浸る暇もねぇのか……!」
セイも撃猫を解除。オレンジ色の仮面の中から、舌打ちをBGMにして不愉快そうな顔が現れる。バイタリティー溢れる彼ではあるが、さすがに三羽烏との戦いでかなりお疲れのようだ。
そんな彼の前に救いの手が、音もなく差し出される。
「その必要はない。虞籍なら自分が助け出した」
「「うおっ!!?」」
半ば恒例になりつつある蘭景のサイレントかつサプライズ登場!けれど、やられる方は一向に慣れず、突拍子もない声を上げて、飛び上がる。
「マジでお前、その現れ方止めろよ……!」
「こちらとしては普通にしているつもりなのだが……善処しよう」
「それで、虞籍を救出したってのは本当かい?」
「ジョーダン、貴殿ほどじゃないが、自分もあまり性格のいい方ではない。しかし、ここで不謹慎な嘘をつくほどまで、空気が読めないわけではない」
「確かに」
シュガがウンウンと力強く相槌を打った。ただ蘭景が空気が読めるとは思っていない。彼が肯定したのはジョーダンと蘭景の性格が悪いという前半の部分だ。
「前回の戦いから、ずっと機会を伺っていたのだが、貴殿らが無様に敗走なんてするもんだから、今の今まで時間がかかってしまったが、無事に救出には成功した」
「……蘭景、ボクほどじゃないって言ってたけど、負けず劣らず十分性格悪いよ、キミ」
これまたシュガが、そして今回はセイも全力で首を縦に振った。
「ふん!結果を出せば文句なかろう!」
「いや、何自分から振っておいて、勝手に不機嫌になってんのさ。まったく……で、その噂の虞籍は?」
「ここに」
蘭景の後ろから聞いた者の身体を震わせるような低音ボイスが聞こえた。視線を移すと、髪と髭をボサボサに生やした大男がこちらにゆっくりと歩いて来ていた。
「あんたが虞籍か」
「はっ!ご迷惑をおかけして申し訳ない!そして助けてくれたことに感謝を申し上げる!」
虞籍は手のひらにパンッと勢いよく拳を叩きつけ、ボサボサの頭を下げた。
「まぁ、いいってことよ」
「ジョーダン……助け出したのは自分だ。そのセリフを言っていいのは……」
「まぁ、いいってことよ」
ジョーダンは蘭景を宥めるように肩をポンポンと叩いた。やはりこいつの方が性格がねじ曲っていると、心の底で蘭景は確信する。
「んで、あんたはボク達の味方ってことでいいのかい?」
「はい!今回のこと、そして道中で蘭景殿に聞いた宰相が民を実験台にしているという話……ワタシはほとほと愛想がつきました!どうかワタシと我が配下を反乱軍の末席に加えてもらいたい!」
虞籍は先ほどよりも深く頭を下げた。部下の重みが形になって現れたのだろう。
「そういうことなら大歓迎さ。ねぇ?」
「あぁ」
「ファイアーパンダーとやらの実力も見てみたいしな」
「……実はそのことなんですが……」
顔を上げた虞籍の顔にはバツの悪さがにじみ出ていた。
「何か問題でもあるのか?」
「ええ……ワタシ達がクーデターをやり返さないようにと、ファイアーパンダーは解体され、すぐには前線には復帰は……」
「骸装機のトラブルならボクに任せて!……と言いたいところだけど、生憎ボクは忙しいからペペリやコシン族に任せよう。彼らなら完璧に元に……いや、元よりもパワーアップさせてくれるはずさ」
「そうですか!色々と本当に……ありがとうございます!」
またまた虞籍は深々と頭を下げた。愛機の重みもプラスされ、記録更新だ。
「でも、次の戦い……二の門には間に合わないかもね」
「間に合わないかもって……そんなに間髪入れず攻め込むのか?」
セイは勘弁してくれと、顔をしかめた。
「勘だけど蛇炎砲のような兵器は二の門には設置されてないと思う。あれだけのものを作るには時間も人材も、何より貴重な起源獣の素材が必要だからね」
「逆に言えば、時間をかければかけるほど、新しい兵器が投入される確率が上がる……か」
「イエス」
「なるほどね……はぁ……」
セイは納得したと同時に休みが無くなったことに対して、深い失望を覚えた。
「それで勢いそのままに一気呵成に二の門も陥落させたいんだけど……虞籍」
「は、はい!」
「何か有益な情報とかない?そこを治めてる守将のこととか?」
「えっ……何も話してないんですか、シュガ殿……?」
ジョーダンに問いかけられた虞籍はきょとんとした顔で銀狼に質問し返した。話を振られたシュガはというと、苦笑いを浮かべている。
その一連のやり取りでジョーダンは全てを察した。
「そうか……二の門の守将はあんただったのか……」
「悪いな、一の門攻略に集中してもらいたくて、あえて話さなかった」
「察するに姫炎が雪破に幽閉されるかもって聞いて、飛び出したんだね」
「その通りだ。あとのことを信頼できる部下に、磨烈に任せてな」
「ん?磨烈って、今おもいっきりうちに所属しているよね?」
ジョーダンは黄色いボディーに肩だけ青く塗った鉄烏を思い浮かべながら、首を傾げた。
「少し前に俺達の動きを察知した宰相から新たな守将が送られて来たらしく、このまま残っていたら、難癖つけられて処刑されることになるだろうと、脱走してきたんだよ」
「宰相が任命した新たな守将……」
どこか和やかだった空気が、一気に重苦しいものへと変わる。そんな中、シュガが口を開く。
「その男の名は『張昆 (ちょうこん)』。王都で治安維持部隊の隊長を務めていた男だ」
「治安維持部隊?」
「姫山皇帝や宰相の悪口を言った奴を、反乱の意志ありと強引に断罪するセコい言論弾圧するための集団だよ」
「聞いているだけで胸糞悪いね」
「その胸糞悪い集団でトップを張っていたのが、張昆だ。その苛烈さから“死神”とも呼ばれ、恐れられている」
「死神……」
「……以上で報告は終わりです、張昆様」
盤古門、二の門の司令室で伝令係は椅子に座っている上司に、一の門陥落を伝えた。
報告を受けた上司、張昆はというと椅子に深々と腰をかけて、爪をヤスリで整えている。
「あの張昆様……」
「ちゃんと聞いてるよ。情けないことに一の門の奴らめためたにやられたんだろ?」
「……はい」
「ざまぁねぇな、朱操の奴。宰相様に自分に任せてくれって大見得切ったくせに、一の門を突破されるだけじゃなく、お友達の徐勇まで失っちゃうなんて……いい気味だ」
曲がりなりにも共に戦う仲間を労うわけでも、心配するでもなく、その敗戦を喜ぶ醜悪な上司を、伝令係は心の底から侮蔑した。けれど、それを決して表には出さない。出してしまったら、きっとこの世にはいられなくなると理解しているから……。
「ご報告は以上です。失礼しました」
「おう、ご苦労さん」
足早に部屋から出て行く伝令係を一瞥もせず、張昆はフッと爪に一息吹きかけた。
そして伝令係がいなくなり、一人になると傍らに置いてあった剣を、彼の愛機をその手に取り、刀身をそっと指で撫でた。
「楽しみだな、『銅鷺 (どうさぎ)』……あのシュガと、拳聖玄羽と戦えるぞ……!お前はどっちの血が吸いたい?銀色か紫色か、それとも……黄金の龍か……!!」
銀の刀身に映った張昆の顔には邪悪な笑みが張り付いていた。




