憎しみの果て
蛇炎砲から天へと昇る黒煙は官軍にとっては凶報、反乱軍にとっては反撃の狼煙だった。
「じ、蛇炎砲が……!?」
「でやぁっ!!」
ザンッ!!
「――がっ!?」
「このまま一気に攻め立てるぞ!!」
「「おおう!!」」
元々士気の高さでは官軍を圧倒していた反乱軍は勢いを増し、逆に官軍は戦意を喪失していった。さらに……。
「ウオラアァァァァッ!!」
「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ドゴオォォォォォォン!!
「「「ぐわあぁぁぁぁぁっ!?」」」
空から銀色の獣人と紫の機械鎧が隕石のように官軍の群れのど真ん中に落下!地面に大きなクレーターを作り、無数の鉄烏を木の葉の如く軽々と吹き飛ばし、装甲の破片が黒い雪のように降り注いだ。
「悪いな……こちとらずっと待機でフラストレーション溜まりまくりなんだよ……!!」
「だから、申し訳ないがお前達で発散させてもらうぞ……!!」
「灑の国の銀色の剣……!!」
「け、拳聖、玄羽……!!」
「痛い目に会いたくないなら!!」
「尻尾を巻いて逃げるか!それかわし達を倒してみせろ!!」
「「「ひぃぃぃぃぃっ!?」」」
「や、やってられるか!!」
「こ、降参しますから!ゆ、許して~!!」
二人の全身から放たれた凄まじいプレッシャーを受け、官軍の兵士達の心はぽっきりとへし折られた。まさに蜘蛛の子を散らすように、一目散にその場から逃げる。
そしてその恐慌状態は凄まじい勢いで戦場全体に広がっていった。
「終わったな……オレ個人の戦いも、この一の門攻略戦も」
そう呟くボロボロの撃猫の足下には自慢の紫の装甲に亀裂を入れた三羽烏仕様の鉄烏が二体転がっていた。
「三バカ烏と言ったことと、オレ一人で十分といったのは撤回しよう。お前ら三人全員相手にしていたら、きっと今地面に這いつくばっているのはオレの方だった……」
真新しい激闘の記憶を噛みしめると、セイは顔を上げ、この戦いを勝利に導いてくれた助っ人の方に向ける。彼も白いボディーが傷だらけになっていたが、一体の紫色の鉄烏を踏みつけていた。
「お前が助けに来てくれて、本当に良かったよ、ネニュファール」
感謝を告げられた寡黙なマシンは「そうだろう、そうだろう」と何度も頷いた。
「ったく、承認欲求が強いのは創造主譲りか……」
その創造主に比べれば、大分可愛げのあるネニュの仕草に笑みをこぼしながら、セイは再び自分の足下の鉄烏に視線を移した。正確には彼らにびっしりと刻まれたひびにだ。
「骸装機は破壊せず、中身にだけ攻撃する“骸装通し”……中々どうして難しいな……」
かつて痛い目を見させられた拳聖玄羽の技を会得しようと、セイは三羽烏相手に試していた。彼としては、強力な技を身につけたいという感情以外ないのだが、端から見れば、その姿は師匠の技を受け継ごうと研鑽を続ける紛れもない弟子の姿であった。
「まだだ……まだ終わっていない!!」
敗色濃厚……というか、もう負けが確定していると言わざるを得ない官軍の中で総大将の朱操だけがたった一人、気を吐いた。
「諦めが悪いなぁ。つーか、引き際を見極めるのが、総大将の一番大事な仕事だよ」
彼と相対するジョーダンは逆に冷め切っていた。ここから先は黄金の龍にとってはめんどくさい後処理作業以外の何物でもないのだ。
「くっ!?違う!!総大将の仕事は軍を勝利に導くこと!!お前さえ倒せば戦況は覆る!!」
その言葉は自分に言い聞かせているようだった。自分で自分を鼓舞、いや洗脳して朱操は必殺の蛇頭腕を繰り出す。しかし……。
「よっと」
ヒュッ!!
「なっ……!?」
応龍を捉えることはできない。
「この!!まだだ!!」
さらに蛇頭腕のスピードを上げ、さらに複雑な軌道を描き、金龍に襲わせる。けど、やっぱり……。
ヒュッ!ヒュッ!!
「無駄無駄」
「っ!?」
黄金の龍は赤い二頭の蛇の頭の間を踊るように掻い潜った。
「な、なぜ?」
朱操の口からつい情けない疑問の言葉がこぼれ落ちた。
何度も言うが、この答える義理などない質問に承認欲求の強さから答えてしまうのがジョーダンという男だ。
ただ今回はそれだけではなく、なんだかんだ長い付き合いになった朱操への手向けでもある……。
「盾で防ぐのが精一杯だとキミは勘違いしていたらしいけど、ボクはすでに、前回の戦いの段階でその武器については見切っていたよ」
「なら、どうして!?」
「どうして見切っているのにわざわざキミに付き合った理由を聞いているなら、それは総大将であるキミを引き付けるため。俯瞰で戦場を見て、冷静に指揮されるよりもボク一人に夢中になってもらった方が都合が良かった」
「ぐっ!?」
「どうしてそんな簡単に見切れたのかという理由を聞いているなら、それは簡単……伸び縮みする攻撃なんて、シュガに散々食らいまくったから慣れっこなんだよ……!」
「あ」
「あいつの下位互換なんて、ボクと応龍の敵じゃない!!」
ザシュ!!
「しまった!?」
今の言葉を証明するように、蛇連破の伸ばした右腕は応龍が召喚した槍でいとも容易く貫かれ、地面に張り付けにされた。
「キミの敗因は二つ。自らをエリートと名乗ることをやめたことだ」
「そうだ……俺はプライドを捨ててお前を倒すためだけに、人生全てを捧げたんだ!!」
「違う!ボクに勝ちたいなら、自分をエリートだと言い続けなければいけなかったんだ!」
「お前が否定したくせに!!」
「他の誰に否定されても、言い続けるんだよ!凡人は虚勢張って!勘違いして!ハッタリかまし続けないと、“本物”と肩を並べることなんてできないんだから!なのにお前はエリートを自称しなくなった……それでは“天才”であるボクには勝てない……!!」
「う、うるさい!!」
苦し紛れとしか形容できない雑なモーションで左腕を伸ばす。しかし、当然……。
「応龍槍!」
ザシュ!!
「ぐっ!?」
新たに召喚された槍によって右腕と同じようにピン止めされる。
「二本……あったのか……!!」
「だから何度も説明させてくれるな。応龍壱式・“改”、武装を追加したんだよ」
「ちっ!!」
その応龍壱式・改は槍から手を離すとゆっくりと嬲るように蛇連破の下へ歩き出した。
「話を戻そう。キミの敗因二つ目はプライドを捨てたと言いながら、実のところ全く捨てきれてないところだ。色々ご託を並べているが、自らの手でボクを倒すことを諦めていない」
「なっ!?俺は本当に……!!」
「だったら何故、前回の戦い、敗走するボク達に追撃しなかった」
「――ッ!?」
張り付けで動けなくなった朱操はわずかにたじろいだ。自ら蓋をして見ない振りをしていた本音が見透かされたからだ。
「あの時、シュガも玄羽さんも満身創痍だった。お前達にとっては、千載一遇のチャンスだ。けれど、お前はボクと自らの手で決着をつけたいという私情を優先した」
「だ、だが!あの時お前は健在だった!嵐龍砲とかいう兵器を使われたら、我が軍に甚大な被害が……」
「それぐらいの被害、どうってことないだろ?」
「なっ!?」
「雑兵の命が何人、何十人、何百人、失われようと、シュガと玄羽さんの首をどちらか取れれば、お釣りが来る。あの二人にはそれだけの価値があった。将として、兵に死んで来いと命じるべきだったんだよ、お前は」
「ッ!?」
朱操は絶句した。ジョーダンの言葉が正論に思えたのもあるが、何よりこれまで自分のことをなんだかんだで見逃してくれた男の口から出た言葉だとは、信じられなかったのだ。
ジョーダンは良くも悪くも変わってしまったのだ。あの一件で……。
「ボクはキミとは違う。この軍が勝利するために最善を尽くす。今までキミを見逃していた甘さは捨てた。そのせいでひどい目にあったからね」
「ひどい目……?」
「黄括を見逃した結果、反乱軍の盟主である姫炎を危うく失いかけ、陳爽という名将を失ってしまった。もう二度とあんなミスは犯さない……!!」
応龍は右の手のひらをピンと伸ばし、力を込めた。
「ボクはもう敵と認めた者には情けをかけない。だから……お別れだ、朱操」
「ぐっ!?」
文字通り手の届く距離まで近づいた応龍は力と決意を込めた右手を引いた。
この後自分の身に起こる惨劇が朱操にはわかっていたが、標本のように地面に針うちされた蛇連破ではどうすることもできない。そして……。
「さよなら」
因縁に終止符を打つ貫手が放たれた!
「ッ!?」
ザブシュ!!!
生物として当然の反射行動、目を瞑った朱操の耳の奥に不愉快極まりない肉を貫く音が響く。それは自分の身体を黄金の龍の貫手が引き裂いた音だと、彼は思った。しかし……。
(……俺は死んだのか?だが、痛みは感じない……)
苦痛どころか、何も感じない自分の身体に疑問を持つ。
(死ぬということはこんなものなのか……?でも、いくら何でもこんな呆気ないわけ……)
朱操は恐る恐る目を開けた。彼はその時見た光景を終生夢に見ることになる。
朱操が見たのは黄金の手に貫かれ、鮮血を垂れ流す水色の鉄烏の背中……つまり自分の盾になった幼なじみ徐勇の背中だった。
「じょ、徐勇ッ!!?」
朱操は絶叫した。その悲痛な声は天を揺るがし、大地を震わせた。
「しゅ……朱操……逃げるんだ……君は生きるんだ……!」
「そ、その声……!本当に徐勇……!」
徐勇は声を絞り出し、肩越しに朱操に語りかける。その声は幼き日から何度も聞いた馴染みのある声で、水色の鉄烏の中身は実際は全くの別人という朱操、最後の希望を打ち砕いた。
「早く……もう僕は助からない……せめて君だけでも……!」
「お前を置いてなんていけない!!」
「僕の意見はいつも正しいって……よく言ってくれたじゃ……ないか……」
「そ、それは……」
「お願いだ……僕がこいつを抑えている間に……!」
「えっ?」
「くそ!?離せよ!!」
徐勇は風前の灯火である命を燃やし尽くして、自らの身体を貫いた応龍の腕を掴んでいた。スペックで言えば、難なく振りほどけるはずのその腕から黄金の龍はどうしても脱出できなかった。
「徐勇……お前……!?」
「幼なじみならわかるだろ?僕のやろうとしていることが……!だから、早く……!」
徐勇の言葉の通り、朱操には彼の考えがわかった、わかってしまった。本当ならそんなことするなと止めたい。しかし、もう友にはそれしか手段が、選択肢がないことが痛いほど理解できた。逆の立場なら自分もそうするだろうから……。
「う!うわあぁぁぁぁぁっ!!!」
力任せに蛇連破は自らの両腕を引き千切った。そして……。
「さらばだ……我が友よ……!」
そして後ろ髪を引かれながらも、その場から全力で退避した。
その様子を真っ赤に染まった背中で感じて、徐勇は胸を撫で下ろした。友を巻き込む心配はないと……。
「これで……心おきなくド派手に逝ける……!」
「まさか、お前……」
「そのまさかだよ……させてもらうよ、“自爆”……!!」
「こいつ!?させるか!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
応龍は自由な左手で必死に瀕死の徐勇鉄烏を殴りつけた。しかし、彼はびくともしない。
「……無駄だよ……もう痛みは……感じない……!感じていたとしても、絶対に離さないけど……ね……!!」
「――ッ!?」
徐勇の狂気にも似た覚悟を目の当たりにして、ジョーダンの背筋は凍った。彼の生涯で最も恐怖した瞬間かもしれない。だからこそわからなかった……徐勇をそこまでさせる価値が朱操にはあるのか。
「何故だ!?何故、あいつを!どうしてあんな奴のためにここまでする!!」
「さぁ……理由や損得を考えない付き合いっていうのを……“友情”っていうんじゃない?」
(み、見誤っていた……朱操の金魚の糞だと思っていたが、本当にヤバいのはこいつだ……!この男を!徐勇を!何よりも最優先で排除すべきだったんだ!!)
ジョーダンの中で後悔が渦巻く中、ついに鉄烏の装甲の隙間から光が漏れ出した!黄金の龍を黄泉へと導く破滅の光だ!
「因果というのは回るものだね……手負いの仲間を守ろうとしたトレジャーハンターを容赦なく刺した僕と朱操が……今はこうして守り守られ、命を散らそうとしている……」
「愛羅津とお前なんかを一緒にするな!!」
「そうだね……結局を命をかけても宰相様を殺せなかった彼と違って……僕は君を道連れにする!!」
水色の鉄烏を眩い光が包み込んだ!次の瞬間!
ドッゴオォォォォォォォォン!!!
地鳴りを起こし、彼を中心に凄まじい爆炎と爆風が吹き荒れた。




