嵐を呼ぶ黄金の龍
メガネのレンズが太陽光を反射したと思ったら、フレームにも波及、目元から眩い光が広がりジョーダンの全身を包んだ。
一瞬の後、光が消え、中から現れたのは光と同じ、いや光よりもずっと煌めいている黄金の龍だった。
「どうだい?これが応龍……ボクがその才能の全てを注ぎ込んだ最高傑作さ」
両サイドから木のように枝分かれした二本の角が生えた頭を傾け、空を閉じ込めたような青い二つの眼で見つめながら、こちらをそれはそれは恐い顔で睨み付けている朱操に問いかける。
「はっ!何が最高傑作だ!お前の傲慢さを象徴するような下品な色のマシンだ……!」
今まで散々煽られたことへの意趣返しか、朱操は嫌味をたっぷりと込めて返答した……のだが。
「はっはー!この美しさがわからないなんて、センスはエリートじゃないみたい……あぁ失敬、センス“も”エリートじゃないみたいだね」
「くっ!?」
「っていうか、キミのマシンはこの国の主力の鉄烏……本来は黒色だろ?自分のパーソナルカラーなのか、真っ赤に染め上げている奴に傲慢なんて言われたくないね」
「ぐうぅ……!?」
やはり口ではこの性格の悪さのトップランナー、ジョーダンには勝てなかった。ブーメランが見事に突き刺さり、口ごもってしまう。
「どうした自称エリートくん?こういう時は暴力行為に走るのがセオリーだろ、キミみたいな短絡的なタイプは」
「この!?」
「ほれほれ、来なよ。その悪趣味なカラーリングのマシンでさ」
応龍は人差し指をちょいちょいと動かした。勿論それは挑発、朱操の怒りの引き金を引く仕草だ。
「いいだろう……お望み通り……そのくそみたいな金のボディーをズタズタに引き裂いてやるよ!!」
まんまと激情を爆発させた朱操は地面を全力で蹴り上げ、憎たらしい黄金の龍に突進した。
「喰らえッ!!ゴールドドラゴン!!」
腕を限界まで伸ばし、突きを放つ!突進の勢いも乗せた切っ先は空気を切り裂き、金龍の眼前に凄まじいスピードで迫っていく。しかし……。
「ほいっと」
ヒュッ!!
「ッ!?」
応龍は僅かに顔を動かし、あっさりと回避した。
「ま、まだだ!!!」
あそこまで簡単に攻撃が避けられたのは、エリートである朱操にとっては初めてのことであり、正直とてもショックだった。けれど、戸惑いの心よりも今の彼の胸の奥には目の前の金ぴかに対する殺意が燃え上がっている。すぐに第二撃に移る。
ヒュッ!!
「まだ?また当たらないの言い間違いかな?」
「ぐっ!?」
だけどまた当たらない。振り下ろされた剣をひらりとターンして華麗にかわす。
「さぁさぁ、エリートは自称じゃないってところを見せてくれよ」
「くそッ!!言われなくても!!」
赤い鉄烏は石雀にしたように剣を縦横無尽に動かし、全方位から応龍に斬りかかった。先ほどよりも怒りの力によりパワーもスピードも上がった連続攻撃だ……それでもやはり。
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
「どうした?それがキミの全力かい?」
「ぐうぅ!?」
当たらない。何度やっても掠りもしない。石雀が手も足も出なかった攻撃を、応龍はまるでダンスホールで踊るように軽やかに全て避けた。
「やはりキミごときじゃ、この金色に傷をつけることはできないみたいだね。“白”のように歴史の闇に消えることもなく、“灰”や“桃色”、“無色”のように人を裏切ることもなく、この世界で誰にも媚びずに輝く孤高の色を」
「何を訳のわからないことを!!」
「まぁ、確かに龍の一族ではないキミには理解できなくてもいい話だ。けれど、そろそろボクとの実力差はわかって欲しい……なっと!」
ガッ!ドスン!!
「なっ!?」
朱操の視界が急激に下がり、地面に倒れた。
「何を!?」
「何をって、ちょっと足をね」
応龍はこれ見よがしに足を上げ、足首を回した。その行為で朱操は自分が突っ込んだところに足を引っかけられたことを察した。
「セコい真似を……!!」
「その発言、それに引っかかる自分自身を貶めていることに気付かないかな、ミスターエリート?」
「ぐっ!?」
「上昇志向もいいけど、たまには足下も見ないとね」
相も変わらず口撃も緩めないジョーダンと、言われっぱなしの朱操。ジョーダンの性格の悪さも言わずもがなだが、ここまで来ると朱操は朱操で口喧嘩が弱いのかもしれない。
「ほら、テンカウントでKO負けだよ。ワン、ツー……」
「ふざけやがって!!」
急かされた鉄烏は土埃を撒き散らしながら、慌てて立ち上がった。
「良かったね、KOは免れた」
「その口……黙らせてやる……!!今度こそ……」
「おっと!」
「!?」
言葉を遮るように応龍は右の手のひらを鉄烏に向けて突き出した。
「……それは降参の合図か……?」
「まさか」
「では、なんだと言うのだ!!」
「いやね、これはキミの攻撃をボクが華麗に避けるゲームじゃないだろ?いや、ゲームでもいいけどそんな一方的なのは、つまらないじゃない。だから、そろそろ攻守交代しないと……応龍槍!」
主の呼びかけに応じ、右手の前に槍が現れる。応龍はそれを握るとぐるぐると回し、構えを取った。
「さぁ!ここからはボクのターン!この攻撃に耐えられたら、キミのことエリートだって認めてあげるよ!!」
「はやっ!?」
キンキンキンガンガンガンガン!!
「ぐあっ!?」
先ほど自分がやったような金龍の突進からの突きのラッシュに鉄烏は最初の数撃だけは剣で防げたが、すぐにそのスピードに対応できなくなり、自慢の赤い装甲を削られていく。
「ぐうぅ……!?なんというスピードとパワー……これが特級骸装機の力か……!?」
「応龍を褒めてくれるのは開発者としても装着者としても嬉しいんだけど、仮に同じスペックのマシンでも、キミとボクじゃこうなっていたと思うよ」
「ぐっ!?」
「あれ?確か最近似たようなセリフを聞いたな?」
「こいつ!?」
勿論それはついさっき朱操自身がカンシチに吐き捨てた言葉のことである。ジョーダンは目の前の男を辱しめることに余念がない。
「お前は!!お前だけは!!!」
頭に血が昇り過ぎた朱操は防御することさえ忘れ、剣を振り上げた……ジョーダンの思うツボである。
「残念……決着だ」
ガギン!!
「――ッ!!?」
振り下ろされた鉄烏の剣は応龍槍によってあっさりとへし折られる。
「自称エリートくん、キミは……腹ごなしにもならない!!」
ドゴン!!!
「ぐふぅぅっ!!?」
腹部の衝撃と共に鉄烏は吹っ飛び、地面を二回、三回とバウンドした。
「朱操!!」
徐勇は悲痛な表情を浮かべながら、幼なじみの元へと駆け寄った。
「大丈夫かい!?」
「あ、あぁ……」
朱操は必死に上半身を起こし、友に答える。その腹部には稲妻のような亀裂がびっしりと入っていた。
「あの野郎……咄嗟に刃のない石突の方で攻撃しやがった……!!」
そう、朱操には耐え難い屈辱だが、あの憎きおさげメガネは手加減したのだ!情けをかけたのだ!
「どういう……つもりだ……!!」
肉体は屈服しても、心までは折れるつもりはないと、朱操は歯を食い縛り、こちらを晴天の空のような青い眼で見下ろしている黄金の龍を睨み返した。
「どういうつもりも何も、キミ達エリートだのなんだの言っても、所詮は上司に命じられて仕事しているだけでしょ?そんな下請けくんの命を取るなんて優しいボクにはできないよ」
「ぐっ!!」
この期に及んでさらに朱操のプライドを傷つけるジョーダン。戦闘面や実務面では実力に疑問符がつく朱操だが、間違いなくジョーダンの加虐心を刺激することについては超エリートであった……嬉しくはないだろうけど。
「絶対にお前だけは……!」
「朱操!落ち着いて!残念だけど、もう終わりだ!!」
「しかし!」
「気持ちはわかるが、冷静になるんだ!!」
立つのもやっとだというのに戦闘を続行しようとする朱操を徐勇は抑え込んだ。
彼の優しくも強い眼差しを見ていると、朱操の頭から徐々に熱も引いていった。
「……そうだな。お前の言う通りだ、徐勇。俺はいつもお前に助けられてばかりだ……」
「そんなことないよ。さぁ、肩を貸すよ」
「……済まない」
朱操は愛機鉄烏を待機状態に戻すと、幼なじみの肩に手を回した。
「……というわけで、勝手ながら僕達は帰らしてもらうよ」
「どうぞどうぞ」
応龍は手に持っていた槍を消し、右手で彼らの帰宅を促した。
「覚えておけ……この朱操、いずれ必ずこの借りは返す……!!」
「やめておきなよ。断言してもいいけど、キミじゃ千年経っても、千回生まれ変わってもボク、丞旦と応龍には勝てないよ」
「最後までお前は……!!」
「朱操!!」
「ッ!?……わかっているよ……」
朱操と徐勇はそのまま踵を返し、とぼとぼと村の外へと歩いていった。
「これにて一件落着……さてと」
応龍もくるりとターンをして、歩き出す。向かう先は口をぽかんと開けて、マヌケな顔を晒しながらへたり込んでいる命の恩人、次森勘七の下だ。
「ボクと応龍の活躍を見たらそうなるのも仕方ないけど、みっともないから口を閉めなよ」
「……あっ!?」
カンシチは慌てて口を閉じた。
「ほら」
「へっ?」
黄金の龍は当然金色に輝いている右手を差し出す。
「どうだい?一週間分のご飯を食べさせた価値があったろ?」
「…………三日分ぐらいはな」
カンシチははにかみながら、龍の右手をがっしりと掴んだ。