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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
36/163

盤古門

 姫炎暗殺未遂事件から十日後、ジョーダンは燦々と照りつける太陽の下、ある場所へと向かっていた。

「丞旦!」

「ん?シュガか」

 移動中、シュガに声をかけられる。特に驚きはしない。目的地は一緒なのだから。

「もうみんな集まってるだろうな」

「カンシチとか、大雑把に見えて時間にはうるさいからね」

「そうか……」

「あぁ……」

 テンポよく動く足とは対照的に会話がピタッと止まる。別に話したくないわけではない、むしろ本当は話したいことがあるのだ。彼らにとっては辛いあの事件のことを。

 なので勇気を出して、シュガが重い口を開いた。

「丁羊の件、残念だったな」

「……そうだね」

「お前が……お前があそこまで姫炎様にきつく当たるとは思わなかったよ」

「反省しているよ、今は。完全に頭に血が昇っていた。ボクらしくない言動だった」

「確かにな。というかお前、美坐山脈の向こう、東の穿の出身だろ?あっちはこっちよりも平和だって聞いていたが、そこで生まれ育ったのに、よくあんな発想ができたな」

「キミの言う通り、あちらはここ西のように直接軍をぶつけ合うなんてことはないよ、表向きはね。その代わり裏ではバチバチだ」

「謀略渦巻く……ってことか」

「だから、裏切り者とか、暗殺なんかに対してはこの灑の人間よりシビアなのかもしれない」

「なるほどな」

「あと一つ訂正、ボクは穿出身じゃないよ」

「そうなのか?」

「あそこには先生に教えを乞うために滞在していた、言うなれば修行先だね。ボクの生まれは『煌 (こう)』の国だよ」

「ほ~、煌武帝出生の地か」

「そのおかげというか、そのせいで無駄にプライドの高い傲慢な奴が多い国だよ」

「……だろうな」

 シュガがジョーダンの顔をじっと見つめる。

「なんだよ?ボクはこう見えて、結構謙虚だよ」

「自分で言うか」

「キミねぇ……まぁ、いいや」

 ジョーダンはムッとした表情で睨み返したが、すぐに信じてもらうのは不可能だと判断し、再び前を向き直した。

「それでなんで忠義の士として名高い陳爽があんな凶行に走ったかはわかったのかい?」

「蘭景が集めた情報によると、丁羊の息子の一人が王都に連れていかれたらしい」

「王都に?」

「あぁ、丁羊の息子だけでなく、数は多くないが、各地で税金を払えなかっただ、皇帝に反旗を翻そうとしているだとかで、老若男女、さまざまな人たちが無理矢理連行されていたみたいだ」

「あんたに気付かれると、大事になるからこの辺では避けてたのか、それともお目当ての被験者がいなかったのか……」

「被験者……まさか……!?」

 青ざめるシュガに対して、ジョーダンは残念そうに首を縦に振った。

「科学者が人を集める理由なんて実験を手伝ってくれる協力者か、実験のサンプルにするためだけだよ」

「宰相、諸葛楽の差し金か……!!」

 守るべき国民を実験の道具だとしか思っていない宰相に、そのことに今の今まで気づけなかった自分に強い憤りを感じ、シュガは銀色の毛に覆われた身体を震わした。

「苛立つ気持ちもわかるよ……ボクも今、ボクに腹が立ってしょうがない……!なんで宰相なんかに、政なんか研究の妨げになるだけだろうと思っていたけど、人間のサンプルが欲しかったなら別だ。灑の国全土から好きな被験体を、好きなだけ集められる……!!」

 ジョーダンもシュガと同様に怒りに身震いし、拳をギュッと固く握りしめた。

「では、丁羊の息子は……」

「さぁね。もうこの世にはいないかもしれないし、元気に生きているかもしれない……人の形を保っているかは保証できないけど」

「外道が……!!」

「どちらにしろ、その息子さんを返すと言って唆したんだろうね」

「諸葛楽という男はどこまで……」

「いや、それはラクの仕業じゃないと思うよ」

 ジョーダンは顔の前で手を振って、シュガの見解を否定した。

「どうしてそう思う?」

「さっきから言っているだろ?あいつが生粋の科学者だからだよ。戦争っていうのは自分の開発したものを試すにはもってこいの場所だ。姫炎という存在ありきのこの反乱を、こんなセコい形で終わらせたいとは思ってもいない、むしろ早く攻めに来て欲しいと思ってるはずさ」

「だから、俺たちの動きに対して、何もリアクションを起こさないのか……」

「百歩譲って、あの暗殺がラクのけしかけたものだとしたら、陳爽に海外製の骸装機なんて使わせない。きっと自分の手で作り上げたもっとバレにくく、もっと強いマシンを使わせるはずだ」

「確かに……お前の話を聞いているとそっちの方がしっくりくる。だが、だとしたら誰が……?丁羊が息子のために自発的に動いたのか……?」

「その可能性もなきにしもあらずだけど……」

「他に心当たりがあるのか?」

「あんたもよく知っているでしょうに。根っからの臆病者な癖に、手柄のためなら独断専行できる大胆さを持ち合わせているくそ野郎を」

 二人の頭に一人の男の顔が映し出された。卑屈を絵に描いたようなあの男の顔が……。

「黄括か……!!」

「多分ね。良かれと思ってやったことが裏目に出るのもなんともあいつらしい」

「……殺しておけば良かったな」

「あぁ……放置しても問題ない、それどころかこちらの利になると踏んでいたが、認識が甘過ぎた。それなりの地位にいるのだから、悪知恵の働く“敵”として厳正に対処すべきだった」

 両者の心に強い後悔の念と、暗く冷たい殺意の炎が渦巻いた。次会うことがあれば必ず……と。

「まぁ、奴ともいずれ相まみえることになるだろう」

「そのためにも……ね」

 二人の足が止まる。いつの間にか目的地に到着していたのだ。そこは雪破の城の中心、最も重要な議題を論議する場所である。

 扉を開けるとそこには椅子が並んでおり、カンシチ、セイ、文功が座っていた。そして彼らの向いている先、地図がかけてある壁の前に姫水が立っている。あと、ついでにキトロンが飛んでいる。

「時間ぴったりだな」

「キトロン、キミは呼ばれてないだろ?」

「まぁまぁ、気にすんなよ。おれっちみたいな物理的にも立場的にも矮小な存在が一人ぐらい増えたところで影響なんてないでしょうが」

「それはそうだけど、卑屈だな」

「謙虚って言って欲しいな」

「謙虚と卑屈は似て非なるものだよ。区別できてないバカどもが蔓延っている……って、玄羽さんと姫風は?まだ来てないの?」

 キトロンと違い、いなければいけない人物の姿が見当たらないことを、姫水に問いかける。すると彼は小さなため息をついた。

「はぁ……玄羽様と我が愚弟はめんどくさいからパスだそうだ」

「うわぁ……なんというか、キャラクター通りだね……」

「というわけでこれで全員集合だ。座ってくれ、早速始めよう」

「了解」

 言われるがままジョーダンとシュガは適当に目についた椅子に腰かけると、これまたついでにキトロンもちょこんと人間用の椅子のど真ん中で胡座をかく。そして着席した皆の視線は一人立っている姫水の下へ。

 注目を一身に浴びた姫水はコホンと咳払いをし、喉の調子を整えると話し始めた。

「ええ、それでは王都春陽への進軍についての会議を始めたいと思います」

 そう、玄羽と蘭景を仲間にした反乱軍はついに本格的に軍を動かす決意を固めたのだ。そしてその行動指針を決めるために集まったのが、今日のこの会である。

 いざ始まると全員が全員背筋を伸ばし、真剣な顔をしていた。

「王都春陽に行くためには、ご存知『盤古門 (ばんこもん)』という三つの門を突破しなければいけません」

「ん?盤古門って三つあるのか?」

「……えっ?」

「……えっ?」

 せっかくのシリアスな雰囲気が続いたのはほんの一瞬だけ、セイの何気ない一言であっさりと崩れ去ってしまった。

 彼のあんまりな一言にある者は天を仰ぎ、ある者は項垂れ、ある者は大きなため息をついた。

「な、なんだよ、そのリアクションは!?」

 一人、何のことかわかっていないセイが騒ぎ立てたが、それがまた皆をがっかりさせた。

「あのな、セイ……雪破に一月以上いて、なんでそんなことも知らないんだよ……」

「い、いや、盤古門の名前は知っているぞ!かつて煌武帝と共に紅蓮の巨獣と戦ったとされる聖なる巨神、盤古から名前を取ったんだろ?だとしたら巨大な関門が一つあるだけだと思うはずだろうが!」

「普通の奴ならな。普通に、平穏に暮らしている民なら、それでもいい……けれど、これからそこに攻め込もうとしている奴が勘違いしているのはどうかと思うぞ」

「うっ!?」

 あろうことかカンシチに正論で諭されて、セイは激しく狼狽した。

「反乱軍の一端を担うなら、知っていて欲しいですよね」

「うっ!?」

「トレジャーハンターとしてもどうかと思うぞ」

「うぐうっ!?」

 さらに文功とシュガにまで追撃を喰らわされ、セイは開始早々KO寸前のグロッキーだ。

「まぁまぁ、皆さんそれぐらいに……そういう皆が知っていると思い込んでいることを改めて確認して、きちんとした情報共有をしましょうよ、というのがこの会の目的でもあるんですから……ね?」

「姫水……殿……!」

 このままじゃ埒が明かないと思った姫水がフォローを入れた。そのことに、自分を助けてくれたと思った星譚はいたく感激し、彼の内部で姫水の好感度が著しく上昇した。姫水からしたら別に嬉しくなかろうが……。

「それで話を戻しますと……」

 姫水は手に持っていた銀色の棒を伸ばし、それで壁にかかった地図を指した。

「我らはこの三つの盤古門を通って、春陽に向かいます。他のルートもあるにはありますが、大軍で移動するのに困難だったり、狂暴な起源獣が出没するので……」

「何より俺たちには大義があると宣伝するためには正面から行かなくては」

「その通りです、シュガさん。わたし達は正しい行いをしている、間違っているのは現政権であり、宰相一派だということを強調するためにも、正々堂々盤古門を攻略しましょう。そうしていけばきっと重い腰を上げて、こちらに味方してくれる者も出てくるはずです」

「任せてください!おれの生まれ変わった鉄烏でボッコボコのけちょんけちょんにしてやりますよ!!」

 カンシチはドンと自分の胸を叩いた。本人的には「決まった!」とか思っているのだろうが、姫水の心証はあまりよろしくないようで……。

「カンシチ君、その熱意は買いますが、ほどほどでいいです」

「……へ?」

「やり過ぎてしまうとこちらの印象が悪くなってしまいますし、官軍の末端の兵の中には内心ではこちらに付きたいと思っている者も少なからずいるはずです。ですから、先ほど盤古門攻略と言いましたが、どちらかというと盤古門を悪しき宰相から解放する!……って、感じでお願いします」

「あっ、はい、わっかりました……」

 勢いを失ったカンシチは肩をすくめ、ペコペコと頭を下げた。

「各門には灑でも選りすぐりの将が配置されているが、目下の目標である一の門の守将は『虞籍 (ぐせき)』と言って、祖父の代からこの門を守っています」

「強いのかい?」

 ジョーダンの問いかけに、棒でもう一方の手をパシッと叩きながら、姫水は頷いた。

「ええ、かなり優秀な戦士だね」

「骸装機使いか?だとしたらどんなマシン?」

「祖父から代々受け継いでいる第三世代の上級骸装機『ファイアーパンダー』という機体を使用している」

「へぇ~、第三世代ねぇ……」

「意外かい?」

「予想外は予想外だったけど、考えてみれば持ち運びに便利な待機状態にできない代わりに、火力は今の主流である第五世代に負けるどころか高いとされる第三世代は拠点防衛にはぴったりだよ。ただ名前が灑の国らしくないのが気になる」

「ファイアーパンダーは虞籍の祖父が見識を広めるために世界を旅していた時に、印象に残った神凪のマシンを参考に作らせたらしい。だから、名前もそれに倣ったんじゃないか?」

「なるほどね。じゃあ、今度はそのマシンの能力を……」

「その必要はない」

「「「ういっ!!?」」」

 突如、どこからともなく現れた蘭景の姿に、思わずシュガ以外のその場にいる者たちは突拍子もない声を上げた。カンシチに至っては椅子から転げ落ちる醜態を晒している。

「蘭景、俺たちに会いに来るのに足音を消す必要があるのか?」

「界踏覇空脚の能力なのだから仕方ないだろ。サイレンサー機能は自分の意志でオンオフできない」

「いや、覇空脚を脱いで、普通の靴に履き替えてくればいいだけだろ?」

「…………あっ、その手があったか」

 蘭景は胸の前で、「いいこと聞いたぞ!」と手をポンと叩いた。

「今度からそうしよう」

「あぁ、是非に。あと扉から入って来い」

「もうそのおとぼけ問答はいいから、虞籍のマシンについて訊かなくていいって、どういうことさ?」

「そうだ、その話をしなくては。姫水殿」

「あっ、はい、どうぞ」

 ジョーダンは若干苛立ちながら問いただすと、蘭景は使命を思い出し、姫水を退けて皆の前に立った。

「自分は官軍を揺さぶるために、姫炎暗殺未遂事件の顛末を各所に流した」

「全然見ないと思ったら、そんなことを……」

「そして今話していた虞籍の耳にも届いた」

「……で、彼のリアクションは?」

「怒り狂っていたそうだ。丁羊の息子を人質に取ったことに、大層ご立腹だったらしい」

「じゃあ!もしかして!?」

 期待が隠しきれないカンシチに対して、蘭景は申し訳なさそうに首を横方向に動かした。

「さすがにこちらに鞍替えするのは気が引けたらしい。あくまで自分は官軍だと」

「なんだよ……心強い仲間が増えたと思ったのに……」

「けれど、反乱軍とも戦う気が失せたと、だから攻めて来ても、マシントラブルだ、体調不良だと言い訳をして、戦うつもりはないと言っていたそうだ。そして部下達にもやる気がないなら、同じようにしろと」

「マジかよ!?それで十分!上手くいけば戦わずして、一の門攻略じゃん!!」

「だが、それを不服に思った宰相派がクーデターを起こし、今は虞籍は地下牢に、一の門も厳戒態勢だ」

「……やっぱり戦うのね……」

 感情の乱高下に疲れたカンシチは背もたれに身体を預け、手足を投げ出した。

「それで、新しく一の門を取り纏めているのは誰なの?蘭景、キミなら一体どこの誰なのか掴んでいるんだろ?」

「当然だ。だが、正直貴殿達の方があの者たちについては詳しいと思うぞ」

「……なんだって……?」

 部屋の空気が一気に冷え込み、ぴりついた。ジョーダン達がよく知っていて、前線に出てくるとなるとあの三人しかいない。

「黄括か?朱操か?それとも徐勇?もしかして三人まとめて?」

 ジョーダンの質問に答えるため、蘭景は人差し指と中指を立てた手を前に突き出した。

「朱操と徐勇の二人だ」



 盤古門、一の門の城壁の上、得体のしれない大きな機械の横で朱操は地平線をじっと睨み付けていた。

「またここにいたのか、君は」

 彼の幼なじみの徐勇もやって来て、隣に並ぶ。これがここ数日の彼らの日課だった。

「そんなに待ち遠しいのかい?」

「あぁ、待ち遠しい……!早くあのくそ天才の首を宰相様からいただいた新しい骸装機とこの『蛇炎砲 (じゃえんほう)』で刈り取ってやりたくて仕方がない……!!」

 朱操は横にあった機械に手を置くと、邪悪な笑みを浮かべた。

 この盤古門、一の門がジョーダン、朱操、双方にとって生涯忘れられない場所となる。


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