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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
35/163

忠義の士②

 突如現れた蘭景という人物を一言で表すと……美しかった。

 手足は長く細くしなやかで華奢、肩にかかる髪は艶やか、目元は涼やかで男だろうが女だろうが問答無用で魅了する。それらを口元を隠すマスクが一層引き立て、ミステリアスさという新たなエッセンスまで付与してしまう。

 だが、そんな美しい蘭景よりも皆の注目を集めるのが、彼若しくは彼女の履いている長靴だ。細やかな装飾の施されたそれは猛華で生まれ育った者の記憶を揺り動かす。

 昔、子守唄代わりに聞いたあのおとぎ話で出てきた魔法の靴だと……。

「姫炎様!!」

 シュガが慌てて主人の下に駆け寄ると、耳に隠し持っていた幻妖覇天剣を大きく、分厚く変化させ、姫炎の姿を刃で隠した。

「父さん!」「親父!!」

 さらに僅かに遅れて二人の息子も合流。姫炎の両側を固め、鉄壁の防御体制を敷いた。

「だらしないぞ、シュガ。貴殿がついていながらなんという体たらくだ」

「あぁ……俺も俺自身に失望しているよ……!!」

 蘭景の遠慮のない言葉に、シュガはその鋭く尖った牙を剥き出しにし、自分に対してのやりきれない怒りを露にした。

「ふん、では今度はきっちり守れよ」

「言われなくとも……!あいつは……」

「任せておけ、自分が対処する」

 姫炎の安全確保をシュガ達に引き継いだ蘭景はその蠱惑的な目で不届きな暗殺者を見下ろした。

「貴様の下らない企みは水泡に帰した。忠義の士だの、歴戦の勇士だの称えられていたことが間違いでないと言うなら、大人しく投降しろ、陳爽」

「ワタシは……ワタシは往生際が悪いから、そう呼ばれるまで上り詰めることができたんだ!!」


ブシュウゥゥゥゥ!!


 デスクイラルの全身から煙が吹き出し、白いカーテンが彼の姿を覆い隠してしまう。

「煙幕か……本当に下らないな……!」


ブオォン!!


「なんだと!?」

 蘭景が奇妙な長靴を履いたしなやかな足を振り上げると、突風が巻き起こり、一瞬で煙を全て吹き飛ばしてしまった。つまり再びデスクイラルの姿がくっきりと蘭景の目に捉えられたことになる。

「もう一度言う、大人しく……」

「くそっ!?」

 陳爽は蘭景の言葉を最後まで聞かずに彼に背を向けると、そのまま謁見の間から出て行ってしまう。

「自負するだけあって、本当に往生際の悪い……」

 ポーカーフェイスだった蘭景の表情が僅かに、ほんの一瞬歪んだ。呆れているのか苛立っているのかは定かではないが、彼が最早話し合いは無駄だと確信したのは明らかだった。

「逃がさん……!罪にはそれ相応の罰をきっちり与える……!!」

 蘭景も暗殺者に続いて部屋から出て行った……宙を駆けて。

「なんだったんだ、あいつ?つーか、あいつ履いていたブーツって……」

 蘭景を見送りながら、ジョーダンがシュガ達の下にやって来た。

 彼の名誉のために捕捉しておくと、姫炎の安全についてはシュガがガードに入った時点で問題ないと判断し、裏切った陳爽と彼からしたら得体の知れない蘭景のどちらが妙な動きをしても、すぐに対応できるように敢えて合流せず、距離を取って傍観していたのである。

「本人が名乗っていただろ、あいつは蘭景……秋越の蘭景だ」

「その口振りといい、さっきの親しげな会話といい……あいつか?」

 シュガは力強く頷いた。

「あぁ、あいつが俺が拳聖玄羽様と並んで、どうしても仲間にしたかったもう一人の傑物だ」



「くそっ!!もう少し!もう少しだったのに!!」

 陳爽は悔しさを声に出しながら、廊下を疾走していた。自分の声と足音だけが虚しく響いて、それがさらに彼を惨めな気持ちにさせる。

「なんとか……なんとか、ここから逃げ出して!それから……」

「貴様にそれからなどない」

「!?」

 今の今まで自分の声と足音しか聞こえてなかったのに、突然耳に飛び込んで来たマスクで若干こもった声に陳爽は驚愕した。

 そしてその声のした方向に視線を向けると、さらに驚くことになった。

「か、壁を走っているだと!?」

 デスクイラルの真横、蘭景は床と直角になって壁を走っていた。それだけでも筆舌にし難い驚くべき光景なのだが、優秀な戦士である陳爽がもっとも目を、いや耳を疑ったのは、彼の足音である。

「なぜ……なぜ!足音がしないんだ、お前は!!?」

 そう、蘭景は激しく走っているはずなのに、その奇妙な長靴の装飾がじゃらじゃらと喧しく鳴ってもよさそうなものなのに、一切足音を立てていなかった。もしほんの少しでも音を出していたら陳爽ならもっと早く気づいていたはずなのだ。

「なぜか……猛華の民なら知っているはずだろう?」

「なんだ………まさか!?」

「そのまさかだ」


ガァン!!


「――ッ!?」

 見事蘭景の超常的な動きの秘密にたどり着いた陳爽にプレゼントされたのは正解したご褒美ではなく、強烈なキックであった。

 蹴り飛ばされたデスクイラルはそのまま壁を突き破り、中庭へ。外はいつの間にか空を覆っていた灰色の雲のせいで薄暗かった。

「このッ!!」

 陳爽は彼を称える声が嘘ではないと証明するように空中で体勢を立て直し、まるで体操選手のようにキレイに着地した。

 そんな彼を追って、自身が開けた穴から蘭景も外に飛び出す。しかし彼は着地しなかった。そのまま宙に立ったのである。

「空中に立つ……やはりその靴、『界踏覇空脚 (かいとうはくうきゃく)』か!!」

「そうだ、煌武帝の十人の忠臣が使ったとされる伝説の武器の一つ……空を駆け、水の上を歩き、一切音を出さない魔法の靴だ」

 蘭景は今言ったことが事実だと言うように軽くステップを踏んでみせた。何もない虚空をしっかりと踏みしめるその靴はまさに猛華の民が伝え聞いた界踏覇空脚の描写そのものだった。

 しかし、その行動が、界踏覇空脚という存在を認識したことが、逆に陳爽を冷静にさせ、さらには希望を抱かせることになってしまった。

「天に立てたところで何だと言うんだ!!」


バン!バン!バン!!


 流れるような動きで照準を合わせ、拳銃の引き金に再び指をかけると、そのまま三度動かした。当然銃口から三発の弾丸が蘭景に向かって発射される。

「確かに貴様の言う通り、骸装機が跋扈するこの時代に界踏覇空脚の能力は物足りない……はっきり言って、十の武器で一番“外れ”だろう……だが!!」


キン!キン!キン!!


「貴様のような不義の輩を懲らしめるには十分だ」

「くっ!?」

 弾丸は先ほどと同じように蹴り飛ばされ、灰色の雲の向こうに消えて行った。

 蘭景はそのまま足を後ろに上げた。その姿はまるでシュートを蹴ろうとするサッカー選手のよう。そして実際に彼は蹴ろうとしているのだ、あるものを……。

「空中に立てるということは、我らの目には見えない、触れることもできない大気を実体として捉えられるということ。つまり、こうして蹴ってみれば!!」


ボッ!!


「――がっ!?」

 蘭景がおもいっきり足を前方に蹴り上げると、直後陳爽の胴体に衝撃が走った。

「く、空気を……空気をボールのように蹴っただと!?」

 空気の揺らぎで、透明だがそれが球状になっていることは確認できた。そうでなくともデスクイラルの胴体装甲が、その形に沿ってへこんでいる。

「これが伝説の武器の力……」

「そうだ、これが界踏覇空脚の力だ」

「!!?」

 廊下の時と同様に蘭景は音もなく陳爽に、デスクイラルに接近していた。彼の視界は美しくも、憎らしいマスク姿で覆われる。そして……。

「せっかくだから……もっとしっかり味わっていけ……!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐあぁぁぁぁぁっ!!?」

 上から下から右から左から、圧倒的密度で強力無比なキックの雨が暗殺者に襲いかかる!

 みるみるうちにデスクイラルの装甲は削り取られていき、ついには中身が飛び出して来た。それに……。

「はっ!」


ゴン!


「がはっ!!?」

 とどめの一蹴り!見るも無惨な姿になり果てた陳爽は中庭に仰向けで倒れた。

「卑怯な手を使う奴の末路など、所詮こんなものだ」

「ぐうぅ……!!」

 それを蘭景は相も変わらず美しい目で、軽蔑の眼差しで見下ろし、侮蔑の言葉を吐き出した。

「申し開きはあるか?聞くだけ聞いてやる」

「それでは一つだけ……」

 陳爽はニカッと満面の笑みを浮かべた。蘭景はこの時に全てを察して、動けなかったことを生涯悔やみ、そして恥じることになる。

「今回の一件はワタシの独断……丁羊様は一切関係な……がはっ!?」

「――ッ!!?しまった!!?」

 気づいた時にはすでに遅し、陳爽は口から真っ赤な鮮血を吐き出した。

 蘭景が慌てて抱き抱えるが、その時にはもうすでに絶命していた。

「……毒を仕込んでいたか……忠義の士と呼ばれる男が王弟の暗殺に失敗しておめおめと帰るはずなどなかったな……どうやら自分も貴殿らを馬鹿にできないみたいだ」

 脱け殻となった陳爽を地面にそっと寝かせると、蘭景はこちらにやってくるシュガとジョーダンの方を振り返って、自虐的にそう言った。

「いや、お前は十二分にやってくれたよ」

「あんたが来てくれなければ姫炎はまんまと暗殺されていただろうね」

 ジョーダンは蘭景の目の前に立つと右手を差し出した。

「丞旦だ、改めて感謝するよ」

「蘭景だ、馴れ合うつもりはない」

 蘭景はジョーダンの手を握ることなく、むしろ拒絶するように腕を組んだ。

「あ!?なんだその態度は!?……って突っかかってやりたいところだけど、今はそんな気分じゃないし、そもそもボクもキミと同じく距離感はしっかり取っておきたいタイプなんで、大目に見よう」

 ジョーダンは手を引っ込めて、握手の代わりに自分の肩を揉んだ。

「それで蘭景様はどうしてここに?反乱軍に協力しに来てくれたって思っても構わないよね?」

「あぁ、拳聖玄羽がこちらにつくなら、我らも……それが我が主、李崔様の決定だ」

「へぇ~、あんたの言う通りになったな、シュガ。先見の明有りまくりじゃん」

「やめろ、丞旦……今の俺にはお前の嫌味を笑って受け流すことも、怒って言い返すこともできない。絶賛自己嫌悪中だから……」

 シュガはそう言うと、大きなため息をつき、二人に背を向けてしまった。

「ありゃりゃ、こりゃ重症だね。まっ、気持ちはわかるけど。蘭景は陳爽が暗殺を企てていることを知っていたのか?」

「ここまでするとは思っていない。ただ数日前に奴の主、丁羊に王都春陽から使者が訪ねて来ていたことは掴んでいた。さらに海外から裏社会御用達の闇の骸装機メーカー『ヴァレンボロス・カンパニー』製のマシンが運び込まれたと」

「玄羽のこともそうだけど耳が早いね」

「それが自分の生業だからな。自分の仕事はあくまで情報収集、今回の相手は事前の検査をくぐり抜けられるように出力を極限まで抑えた暗殺用のマシンだったから、自分一人でも倒すことができたが、本格的な戦闘用の骸装機相手ではとてもじゃないが、覇空脚では太刀打ちできん」

「伝承でも界踏覇空脚と、人の顔と声をコピーできる『万惑覇心面 (ばんわくはしんめん)』の使い手は基本バックアップ担当だったね」

「そういうことだ。直接戦闘は貴殿達に任せる」

「だってさ、シュガ」

 シュガはジョーダン達の方を向かずに気だるそうに手を振った。

「任せとけだとさ」

「ならば、ここでの話は終わりだ。姫炎様のところへ戻ろう」

「あぁ、そうだね……!」

 場違いなほど和やかだったジョーダンの顔がシリアスなものへと一変する。シュガだけではなく、彼もまた今回の件に対処できなかったことに深い反省と、自己嫌悪を感じていた。

 それがこの後、爆発することになる……。



 三人が謁見の間に戻ると、まさに九死に一生を得た姫炎が椅子で項垂れていた。

「姫炎様」

「おぉ、そなた蘭景と言ったな」

「はっ、先ほどの繰り返しになりますが、秋越が城主、李崔の臣下蘭景でございます」

 蘭景はついさっき陳爽がしたように、膝を着いて頭を下げた。

「頭を上げてくれ、そなたは私の命の恩人なのだから」

「しかし、賊をみすみす死なせてしまいました。これでは情報が引き出せない……!」

 涼やかな目元が僅かに歪み、怒気を噴出する。彼もまたこの結末に納得いっていなかった。

「陳爽は今渡の際に何か言ってなかったのか?」

「これは自分の独断だと」

「そうか……それは残念だが、まずは賊を退けたことと、そなたが我らと共に戦ってくれることを喜ぼうじゃないか!」

 それは姫炎なりの気遣いであった……この重苦しい空気を打破し、前を向くための。

 しかし、今回ばかりは空気が読めてないとしか言えない。特にジョーダンのメンタルを完全に見誤っている。

「のんきなことを言ってる場合か!!」

「「「!!?」」」

「じょ、丞旦……!?」

 らしくない大声を上げて、空気をさらに悪くしたジョーダンはそのままずかずかと鬼の形相で姫炎に詰め寄った。あまりの迫力に誰も彼を止めることはできなかった。

「姫炎殿!あなたが今すべきことはボク達を慰めることでも、奮い立たせることでもない!」

「では何を……?」

「命令することだ……今すぐ絡南に攻め入って、城主丁羊の首を取って来いってな……!!」

「ば……馬鹿な!!?」

 姫炎は椅子から勢いよく立ち上がった。

「な、なぜ、そうなる!?陳爽は独断だと!?」

「自分の命を狙って来た相手の言葉を鵜呑みにするとは、とんだお人好しだな!それに仮にその言葉が真実だとしても、丁羊には監督責任、任命責任がある!このふざけた暗殺劇の落とし前はきっちりつけさせるのが、道理だ!!これは『カウマ』の離島の酔っぱらいの喧嘩じゃない……命の取り合い、戦争なんだから!!」

「そ、そんなことは……皆もそう思……」

 複雑な表情というのはこういう顔を指すのだと、姫炎は思った。

 助けを求めて目線を送った者達全てが「仕方のないこと、ジョーダンが正しい」と眉間にシワを寄せて訴えている。

 それで折れるのが普通の人間なのだろうが、良くも悪くも姫炎はそうではなかった。

「わ、私はそんな命令は下せない!丁羊とは昔からの顔馴染みだ!!彼を殺したくない!!」

「これから実の兄と事を構えようとしている男のセリフか!!」

「本当ならば兄とも戦いたくなどない!!できることなら今からでも話し合いを……」

「この期に及んで、あんたは!!」

「そこまでだ、二人とも」

「「!!?」」

 ジョーダンと姫炎に決定的な亀裂が入ろうとした瞬間、またしても最高のタイミングで蘭景が二人の間に物理的に割って入った。

 蘭景は二人に距離を取らせると、まずは姫炎の方を向いた。

「姫炎様、お咎め無しというのはさすがに無理な話です。これを無条件で許してしまえば、灑の国全体の治安が悪化します。しっかり調書を取り、適切な処罰をお下しになってください」

「ぐっ……」

 姫炎を言い籠めると、続いてジョーダンの方へ。

「ジョーダン、お前の案は苛烈過ぎる。話も聞かずに罰を下せば、味方を減らし、姫炎様の名声に傷をつけるだけだ。そうなっては現皇帝を打倒しても、すぐに綻びが出るぞ。天才を自称するなら、そんな簡単なことはわかっているはずだろ?」

「……そうだね、その通りだ」

 冷静に諭されたことで、ジョーダンの身体からも熱が消えていった。

「それではお二人とも、まずは絡南に使者を……せっかくというわけではないですが、こちらに向かっている玄羽様一行に少し寄り道してもらって、そのままこの雪破に丁羊を連れて来てもらうというのは?」

「……そなたの案を採用しよう」

「ボクも異議無し……」

 二人の了承を得ると、蘭景は姫水に視線を送った。

「……わかりました。今すぐこの姫水がカンシチ殿たちに指令を伝えます」

 そう言うと姫水は足早に謁見の間から出て行った。

 こうして姫炎暗殺未遂事件は最悪の結果は免れたが、後味の悪い幕切れとなった……そう誰もが思っていた。

 後日、彼らの心をさらに苦しめる一報が入ってくる。

 丁羊は陳爽が飲んだ毒と同様のもので家族と共に自害したのだ……。


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