忠義の士①
カンシチ達が玄羽と接触した翌日、雪破でも大きな事件が起ころうとしていた。
「そっちは大丈夫か!?」
「はい!ばっちりです……多分」
「多分じゃ駄目なんだよ!!」
その日は朝から城では人々が忙しなく動き回り、時に怒声が飛びかっていた。
そんな中……。
「ふあぁ~」
大あくびをする者が一人、我らが天才骸装機開発者ジョーダンである。
「今から飯か、丞旦」
「ん?なんだシュガか」
「なんだってなんだよ」
「いや、特に今日も変わりないなと思ってさ」
食堂に向かう途中、一月前に激しい殺し合いをしたシュガが話しかけてきた。現在はこうやって軽口を叩ける友人の一人である。
「その様子だと昨日はずいぶんと頑張ったようだな」
「まぁね。ちょっと昨日は……というか今日か、徹夜するのはやり過ぎだったかな。ふあぁ~」
ジョーダンはもう一度あくびをすると、目から溢れそうになった涙を人差し指で拭った。
「ペペリにも軽く話を聞いたが、順調らしいじゃないか?」
「あぁ、コシン族は聞いていた通り、いや聞いていた以上に優秀だ。きっと“あれ”はこの雪破じゃなかったら、作れなかっただろうね」
「お?その口振り、完成の目処が立ったのか?」
「おかげさまでね。もしかしなくてもあんた、ボクが研究に集中できるようにカンシチやセイと共に慄夏に派遣しなかったんじゃない?」
「さぁ?俺のこと、買いかぶり過ぎじゃない」
シュガは人の頭を丸飲みできるくらい大きな口の端をニッと上げた。その笑顔がジョーダンの推察が正解だと物語っている。
「まったく……食えない男というか食えない仙獣人というか……」
出会った時からこの男に踊らされっぱなしの自分に対してジョーダンは乾いた笑いしか出て来なかった。
「でも根を詰め過ぎるのは良くないぞ。ちゃんと休む時は休まないと。身体を壊しては元も子もない」
「正論だね……けれど言ってる本人が寝不足で目を血走らせててはいまいち説得力がないよ」
ジョーダンの指摘通りシュガの目は真っ赤に染まっていた。これはこれで恐ろしいのだが、疲れからか見た者を射殺すような眼光はなりを潜め、いつもより迫力を感じられない。
「手厳しいな。しかし、昨日の夜突然のことだったからな、連絡が来たのは」
「漸く……本当に漸くボク達に協力したいって人が現れたんだね」
雪破があわただしい理由、それは反乱軍に協力を申し出て来た者が現れたからであった。だから皆が朝から、正確にはジョーダンと同じく徹夜で忙しなく迎える準備をしているのである。
「確か……『絡南 (らくなん)』ってところだったよね?」
「あぁ、そうだ。そこの軍を纏める将、『陳爽 (ちんそう)』という男が代表して、今日謁見に来る」
「その人があんたが絶対に仲間にしたい奴?」
シュガは首を横に振る。朝日を銀色の毛がキラキラと反射して無駄にキレイだった。
「俺が言っていたのは別の奴だ」
「そうか、そりゃ残念」
「だが陳爽も優秀な戦士だ。起源獣狩りや盗賊退治で名を馳せ、絡南城主の『丁羊 (ていよう)』の信頼も厚い」
「あんたと同じく忠義の士ってわけだ」
「俺はそんな大層なもんじゃないさ」
シュガは照れくさそうに頬を掻いた。
「そういえばこの一ヶ月、訊くタイミングを逃してたけど、あんたはどうして姫炎に忠誠を誓っているんだ?そもそも仙獣人のあんたと王族のあの人がどうやって出会ったんだ?」
「それは……」
今度はバツが悪そうな、困ったような表情でまた頬を掻く。シュガ的にはそのことについてあまり話したくない。
だけど、戦友として背中を守り合うことになるであろうジョーダンには誠意を持って答えるべきなんではなかろうか、そもそもここで断ったらこの男はよりめんどくさい絡みをしてくるんではなかろうか……そう思い至り、シュガは重い口を開いた。
「個人的にはあまり言いたくないが、お前にならいいだろう」
「そうそう、断ったところでボクは気になったことは絶対に放置しないからね。今ここで素直にゲロっちまうのが、賢明だよ」
「だろうな。でもまぁ、お前が満足するような刺激的な内容ではないぞ。どこにでもありふれた話……俺は姫炎様に命を救われたんだ。そのご恩を返そうとこうしてお側でお仕えしている」
「確かに話としてはベタ中のベタだね。けれどあんたほどの強者が死にかけるってのは、エキサイティングな展開だよ」
「人の命をなんだと思っているんだ……」
「まぁまぁ、そんな軽口を叩けるのはこうして本人の無事を確認できているからさ。で、何があったんだい?骸装機かあんたと仙獣人、それとも病気や災害にやられたのか?」
シュガは再び首を横に振った。
「そのどれでもない。俺を死の淵まで追いやったのは……“龍”だ」
「龍……」
その言葉が耳に入った瞬間、ジョーダンの重そうな瞼がパチリと開き、けだるそうだった目に力が込もっていった。
「武者修行の旅をしていたあの頃は……本当に話すのも憚られるが、俺は自分のことをこの世で一番強いと、最強だと疑っていなかった。目に入るもの全てに喧嘩を売っていたよ。骸装機使いにも、同族の仙獣人にも、時には起源獣にもだ」
「それはまぁ……絵に描いたような若気の至りだね」
「そうだな……その日も旅の途中で出会ったそいつに……銀色の龍の刺繍の入った服を着たあの男か女かもわからないあいつに躊躇なく戦いを仕掛けた。慢心もあるが、それ以上に相手の技量を見極めるスキルも持っていなかったんだな……こてんぱんにやられたよ。文字通り手も足も出なかった。しかも……」
「中々面白かったぞ。褒美に命と……猛華で拾ったこの伸び縮みする面白い剣をくれてやろう。それと共にこの醜くも美しい戦いの輪廻に留まるか、それとも全てを捨て去り、平穏を求めるかはお前次第だ」
「そう言って俺を見逃し、さらに幻妖覇天剣を置いていったんだ。皮肉にも俺の毛と同じ銀色をした龍が若き日の俺のプライドを粉々にしたわけさ」
「銀色の龍……そりゃあ災難、それこそ災害とあったのと同じだよ」
「やはり知っているのか金色の龍よ……?」
「家に伝わる話では、かつて起源獣と人間の戦争になった時、輪廻転生の輪から外れることで不死の肉体と、魂を操る力を手に入れ、戦争を終結に導いた人類にとっての救世主であり、最強の龍だよ」
「途方もない話だな……だが、あの銀色の龍ならばと信じられてしまう……」
シュガは腕を組んで、記憶を掘り起こした。今でもあの龍の姿を思い浮かべると自然と冷や汗が垂れ、背筋が凍る。
「それで肉体も精神ズタズタのボロ雑巾になり果てたシュガくんを……」
「あぁ、たまたま公務で通りかかった姫炎様が俺を見つけ、介抱してくれた。そして今に至るというわけだ。これでこの話は……ん?」
嬉し恥ずかしの若き日の思い出独演会の幕を下ろそうとしたシュガだったが、ジョーダンのジトーと絡み付くような視線がそれを許してくれなかった。
「ど、どうした?話はこれで終わり、エンディングだぞ……?」
「ええ、あなた様の過去については楽しく拝聴させていただきましたよ。貴重なお話、ありがとうございます」
「では、何が……?」
「もしかしてだけど、一ヶ月前に地下通路でボクと戦ったのって、その銀色の龍にこてんぱんにされた自分がどれだけ成長できたかを、同じ血脈であるボクで確かめてみたくなっただけなんじゃない?色々と理由をつけていたけど、完全に自分のため……ボクは八つ当たりないし、とばっちりを受けただけじゃ……」
「そ、そ、そんなわけないだろ!!俺がお前をあれしたのは、この灑の国の未来のためであって、決して私利私欲じゃ……っていうか、その未来のためにやらなければいけないことがあるんだった!それじゃあ、ジョーダン!またあとでな!!」
一月前に出会ってから今までで一番取り乱したシュガは一方的にそう言うと、そそくさとその場から去って行った。
ジョーダンはまた乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
ジョーダンとシュガの談笑から数時間後、二人は謁見の間に集まっていた。
彼らの他にはこの場の主役とも言える姫炎、そして彼の二人の息子姫水と姫風の五人だけしかいない。これはもちろんこの状況で馳せ参じてくれた陳爽への感謝と信頼の証である。
自身の研究に没頭していたジョーダン以外も昨日からの準備で寝ておらず、ここにいる皆が皆、目を充血させていた。
「失礼します!」
よく通る覇気に満ち溢れた声と同時に謁見の間の扉が開く。そこから堂々とした姿で入室してきたのが、噂の陳爽である。
「改めまして……灑の国、絡南が城主丁羊が臣下、陳爽であります!」
陳爽は見惚れるような美しい所作で跪いて、頭を垂れた。
「うむ、よく来てくれた。面を上げよ」
「はっ!!」
姫炎に言われるがまま陳爽は頭を上げた……口から玉のようなものを吐き出しながら。
「「「!!?」」」
刹那、ほんの刹那の時、ジョーダンを始め皆が皆その光景に驚き、思考を停止してしまった。
その間に陳爽は玉を手に取り、再び覇気のある声で高らかに呼んだ……この日のために用意した愛機の名を。
「『デスクイラル』……!!」
光と共に現れた機械鎧が陳爽の全身に装着され、姫炎に向けて突き出された右手には拳銃が握られていた。そして……。
「お命頂戴」
バン!バン!!
躊躇なく引き金を引く。放たれた弾丸は真っ直ぐと姫炎の額と心臓へと向かう。
そのどうしようもない光景はジョーダンとシュガにはスローモーションで見えていた。
(しまった!?間に合わない!?まさか体内に骸装機を隠し持っているとは……!!)
(寝不足で集中力が切れていたのか!?それとも漸く現れた味方に浮かれていたのか!?完全にやられた!!)
後悔先に立たず。ジョーダン達は血みどろになり、志半ばで倒れる姫炎の姿を目撃する……はずだった。
((間に合わない!!?))
「世話の焼ける奴らだ」
「何!?」
ジョーダン達と同じく興奮のあまり視界の全てがスローに見えていた陳爽の前方、姫炎の盾になるように突然人影がどこからともなく降りてきた。そして……。
「はっ!」
キン!キン!!
弾丸を蹴り飛ばす!弾かれた弾は目標であった姫炎ではなく謁見の間の天井と壁に小さな風穴を開けた。
「くそっ!?突然現れて……お前は何者だ!?」
陳爽は尋ねずにはいられなかった。自分の決死の策を無惨にも打ち砕いた男……いや、女……とにかくそいつの名前を!
その謎の人物は弾丸を蹴り飛ばした妙な威圧感を放つ長靴を床に下ろすと、マスクで隠された口をそっと開いた。
「お前のような不届き者に名乗る名などない!……と言いたいところだが、他の者への自己紹介ついでに名乗ってやろう。我が名は『蘭景 (らんけい)』!灑の国、『秋越 (しゅんえつ)』が城主、『李崔 (りさい)』が臣下、蘭景だ!!」




