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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
33/163

人間を極めし者③

「くはぁ……!?はぁ……!なん……で!?」

 失った酸素を取り戻そうと、ひたすら息を吸う。そして取り込んだそれを血管を通して全て脳へと送り込み、全力で思考回路を動かした。

(何でだ!?何で素手で骸装機相手にこれだけのダメージを与えられる!?一体奴は……)

 謎を解明しようと、痛みの震源地である腹部に視線を向ける。

 するとそこには想像を絶する光景が広がっていた。

(なっ!?傷が……傷一つないだと……!?)

 撃猫のオレンジ色の装甲には何の変化も起きていなかったのである。

(こんな真似ができるのは……まさか……!)

 彼の経験や知識ではあり得ないことが現実に今、起きている……ならば玄羽という男はそのあり得ないことができる存在なのではないか。

 名探偵セイは一つの結論を導き出した。

「お前……覚醒……」

「ノンノン、わしは覚醒者じゃないよ」

「……えっ?」

 違った。食い気味に否定された。セイは名探偵ではなかった。

「あり得ない……!こんなあり得ないことを……人知を超えたことをできるのは、起源獣によって目覚めた覚醒者以外に存在するはずがない……!」

「はぁ……あまり失望させてくれるな。理解できないことがあるとすぐ覚醒者だなんて……短絡的すぎるぞ」

「ぐっ!?だが……!?」

「この程度のことは普通の人間でも鍛錬すれば、いずれできるようになる。それが“技”というものだ」

「これが……“技”だと……!?」

 何故だかその言葉を聞いた瞬間、セイの心が高鳴った。本人は気づいてもいないし、認めたくもないだろうが、それはあの時と、彼が師として慕う愛羅津と出会った時と同じだった。

「わしがやったのは“鎧通し”という技だ。まぁ、この場合は“骸装通し”と言った方ががいいか。その方がカッコいいし」

「骸装通し……」

「理屈としては簡単だ。装甲を通り抜けて、拳や蹴り、武器の衝撃を内部の人間に伝える……それだけ」

「それだけって……」

「目の前にいる奴をドンってするんじゃなくて、遠くに向かってボンってする感じで、身体をシュッってコンパクトに動かすんだよ」

「……えっ?なんて?」

 拳聖玄羽は超がつく感覚派だった。

「リンゴくんよぉ~、あいつに教えを乞うのは間違ってんじゃないか?」

「うっ!?言ってくれるな……羽つき小人よ……」

 キトロンに弄られた林江は顔を逸らした。これもまた反論ができなかったからだ。

「技……骸装通し……あんたの説明は全く理解できなかったが……そうか誰でもできるか……」

 セイは、撃猫は密かな決意を秘め、立ち上がる。これには玄羽も驚いた。

「おっ?しばらくは動けなくなるぐらいの威力で叩き込んだつもりだが、加減を間違えたか?」

「オレが凄いんだよ!!」

 震える脚を強引に動かし、撃猫は再度目の前の老人に飛びかかった。

「オラアッ!!」

 そして再び左拳を繰り出す!傍目から見れば、先ほどの再放送にしか見えないが、セイにとっては別物。玄羽もそのことに目敏く気づいた。

「貪欲というか素直というか……生意気な奴め!」

「くっ!?」

 拳は残念ながらまた空を切ることになった。そしてこれまた先ほどの再放送のようにヌルリと玄羽は移動し……。

「はっ!」


ボォン!!


「――ぐはっ!?」

 骸装通しが撃猫に、いや撃猫を貫いて中の人であるセイに炸裂!身体が再び折れ曲がるが、今回は崩れ落ちることはなく、後ろに一歩二歩と下がるだけで済んだ。

 一見するとさっきよりもマシだが、醜態と断じられても仕方ない姿、しかしそのみっともない真似をさせた張本人である玄羽は高く評価した。

「インパクトの瞬間、反射的に身体をずらし、ダメージを減らしていたか……粗暴に見えて、ずいぶんと丁寧で繊細なディフェンスをするじゃないか」

「褒めているつもりか?この状況で言われたところで、嫌味にしか聞こえんぞ……!」

 せめてもの抵抗かセイは悪態をついた……が。

「わしが褒めたのは、お前じゃなくてお前の師匠だ。こんな跳ねっ返りにこれだけの技術を仕込むとは、よっぽどの傑物かつ人格者なのだろうな」

「ッ!?」


「もっと相手を倒す方法とか、攻撃について教えてくださいよぉ~」

「駄目だ。まずはディフェンス、自分の命を守ることが人として、生き物として、トレジャーハンターとして一番大事なことなんだ」

「えぇ~」


 ふてくされていたセイの脳裏にあの辛く、だが同時にかけがえのない幸せな日々が鮮明に映し出された。すると彼の心に生えていた反骨心というトゲがポロポロと落ち、彼の最も純粋な部分が表に出てくる。

「……ならばその言葉、亡き師愛羅津に変わって受けとっておこう。きっとあの人も拳聖玄羽に評されたことを誇りに思っているだろう」

 胸の前で拳をもう片方の手のひらで包むと、頭を下げる。これが今の星譚にできる最大限の礼だ。

「ほんと、変なところ素直だな……では、そんなピュア小僧に、ちょっとサービスしてやろうか。こちらの方がコツを掴み易いだろうからな……」

 玄羽はそう言うと懐から手甲を取り出し、自らの手に装備した。そして……。

「『闘豹牙 (とうひょうが)』……!!」

 愛機の名前を高らかに叫ぶ!

 眩い光が枝葉のような玄羽を包み、さらに出現した紫色の装甲が各部に装着されていく。

 高貴なる紫、洗練されたボディー、筆舌にし難い圧倒的なオーラ、拳聖のもう一つの姿闘豹牙、今慄夏に降臨する。

「それが音に聞く闘豹牙……!」

 セイは視界にそれを捉えた刹那、本当にただのピュア小僧に戻った。いや、是の国出身、その伝説を聞かされ続けた者ならば誰だってそうなったであろう。

「是の王侯貴族はくその集まりだったが、この闘豹牙をわしに与えてくれたことだけには感謝している。まぁ、当時最新鋭のこのマシンも今や時代遅れの第四世代となじられる存在になってしまったが……」

「……え?」

「お主を相手にするには十分だろ」

 今、全身が隅々観察できる距離にいた闘豹牙が一瞬、本当に瞬き一回の間に眼前にまで迫っていた。

「この!!」

 撃猫は寄ってくる羽虫にするように腕を振り払った。けれど、これもまたヌルリと避けられてしまう。

「ほれほれ、どうしたどうした」

「くっ!?」

 なんとも言えない奇妙な動きで闘豹牙は縦横無尽に撃猫の回りを動き回る。セイは目で追うだけで精一杯だった。

(この歩法……まるで氷の上を滑っているような、地面の抵抗を無くしたような動きは今のオレでは対応は困難……!下手に手を出しても隙を晒すだけだ!だとすれば取れる策は一つ……!)

 動き回る紫の豹とは逆にオレンジの猫は地面と同化するようにしっかりと足を着け、何があってもすぐに対応できるように構えを取った。

「カウンターか……まぁ、今のお前には最善か……」

 玄羽の推察した通り、セイはあえて相手に攻撃させることに活路を見出だしていた。それは確かに賢明な判断だろう……拳聖相手でなければ。

「何度も言わせるな!その程度の策でやられるなら、拳聖などと呼ばれておらぬ!!」

 期待に応えて、という訳ではないだろうが、闘豹牙が拳を繰り出す!

「あんたが何者であろうと!オレは最後まで抗い続ける!!」

 撃猫がそれに被せるように、左腕でパンチを放つ!クロスカウンター炸……。

「なんてな」

「!?」


ボォン!!


「――がはっ!?」

 がら空きになった撃猫の、正確には撃猫の装甲を貫いてセイの左脇腹に衝撃が走る。

 その衝撃の発生源は闘豹牙の膝であった。

「人の話はちゃんと聞いておけ。骸装通しは拳だけでなく、蹴りや武器攻撃でも発動可能……もちろん膝でもな」

 完璧に決まったカウンターのカウンターに満足したようにべらべらと講釈垂れる拳聖玄羽。

 しかし、それは少し星譚という男を甘く見すぎだ。


ガシッ!!


「何!?」

 突如、膝蹴りをかましていた闘豹牙の右脚が掴まれる。ここで玄羽も自分の浅はかさに気づいた

「騙し合いは……オレの方が……上だった……ようだな……!!」

「これだけのダメージを受けながらアドリブでできる動きではない……むしろお主のディフェンス能力なら、あんなに簡単に膝が入るのがおかしかったと思うべきだったか……」

「それも……あるが……あんたはこの状況になったとしても……オレには何もできないと……考えていた……この一月で……ついてしまった……右手を庇う癖を見抜いてくれた……!!」

「あぁ……てっきりまだ痛めていると思っていたが……」

「残念!もう既に完治している!!」

 それを証明するように右の拳をギュッと握り込み、まるで矢を放つ弓のようにゆっくりと引いた。そして……。

「目の前にいる奴をドンってするんじゃなくて、遠くに向かってボンってする感じで、身体をシュッってコンパクトに動かす!!!」

 拳は真っ直ぐと闘豹牙の胴体へ!

「骸装通し!!!」


ボッ……


「ちっ……やっぱり駄目か……」

 手応えはなかった。自らの試みが失敗したとわかると、全身から力が抜け落ちていき、撃猫はその場にへたり込み、そのまま手甲へと戻っていった。

「鍛練すれば誰でも会得できるのが“技”だ。然れど同時に一朝一夕で真似できるようなものを“技”とは言わん。少なくともわしはそう思っている」

 闘豹牙は抱えられていた足を下ろすと、同じく手甲の形に戻った。

 紫のマスクから解放され、再び日の目を見た拳聖の顔は喜んでいるような、呆れているようななんとも言えない苦笑いが浮かんでいた。

「本当、貪欲というか素直というか阿保というか……わざわざ見様見真似の骸装通しなどせんでも、旧式の闘豹牙の装甲など力任せに叩き壊してやれば良かったのに」

「あんたなら、拳聖玄羽なら普通の攻撃に対して、いくらでも対処法を持っているのだろう?だったら奇をてらうしか勝機はないと思った。そして何よりオレが骸装通しで勝ちたいと思った。自分の技でやられた方が屈辱的だろうからな」

「性格悪いな、お主」

「ふん!」

 セイはなんとか立ち上がると、ぶっきらぼうにそっぽを向いた。その子供っぽい姿に玄羽はしわくちゃの顔にさらに深いシワを刻んだ。

「ふふふ……まぁ、この拳聖に一撃入れたってことで大サービスで……反乱軍とやらに入ってやろうかの」

「……はっ?そんなサービスなどいら――」

「マジかよ!!?やったぜ!こんちくしょう!!」

「――うおっ!?」

 セイとしては納得行かないので詰め寄ろうとした。しかし、その矢先に歓喜に満ち溢れた声を上げながら、カンシチが肩を組んできた。

「おい!カンシチ!オレは情けをかけられたくなどない!あと強がってはいるが、立っているのもやっとだから、離れてくれ!!」

「おっ!悪い悪い」

 カンシチが離れると、代わりにキトロンがセイの肩に腰をかけた。

「セイちゃんよ、大人になりなさいよ。今は組織の利益が最優先だろ?個人的感情は押し殺しなさい。プロフェッショナルならさ」

「ぐうぅ……!」

 今日は悲しいかなたくさんの屈辱を味わってきたセイだが、今のキトロンに正論で諭されたことが一番きつかった。

「一本取られたな、星譚。そっちの……」

「キトロンです、拳聖玄羽様」

「そのキトロンの言う通りだ。目的を達成したことを喜べ」

「ちっ!わかったよ!」

 セイはまたふてくされたように腕を組んでそっぽを向いた。

「それじゃあ、改めまして次森勘七です」

 対照的にカンシチは礼儀正しく頭を下げた。シュガの指摘した通り、セイより遥かにマシなコミュニケーション能力である。

「お主が勘七か……義命の言った通り、中々見所がありそうだな」

「拳聖様にそう言われると……って!義命!!?」

 突然予想もしなかった……というより、今の今まで忘れていた名前を玄羽から聞き、カンシチは目を見開いた。

「義命ってもしかしてあの義命!?」

「あのって言われてものう……」

「あの獣然宗で!特級骸装機、白澤を持っているあのです!!」

「そうそう、あの義命だ」

「知り合いなんですか!?」

「いや、少し前にふらっとここに立ち寄って来て、軽く手合わせして、そのうち丞旦と勘七って奴が訪ねてくることになるかもしれないが、その時は協力してやってくれ……的なことを言うだけ言って去って行ったよ」

「道理でおれとジョーダンの名前を林江が知っていた訳だ」

「そのおかげでオレは嫌な思いをしたってことか」

 理由がわかり、セイはほんの少しだけジョーダンに間違われた嫌悪感が薄らいだ。

「わしと奴の話を盗み聞きしていたからのう。なぁ、リンゴ?」

「……はい、やはり気づいていたのですね」

 呼びかけられた林江の足取りは重く、顔は曇っていた。こうなることを防ぎたかったのに、結果として止めることもできず、さらに自分の未熟さを手荒に教えられたからだ。

「あの話を聞いた時に、きっとお師匠様はこの慄夏から出て行く気だとわかりました。普段から“暇だ!”とか“暑い!もう嫌だ!”とかことあるごとにおっしゃってましたから……」

「うわぁ……人間くさい愚痴。つーか、その話が本当なら、もしかしなくても戦う必要なんてなかったんじゃない?」

「いや、共に命を守り合う戦友となるべき者だ……最低限の強さは持っていてもらわないと困る。それを見極めるために絶対に必要だった……わし的には」

「シュガさんも似たようなことを言っていたな……武を極めると、みんなこういう思考回路になるのかな……おれは嫌だな」

 元々片田舎で農作業していたカンシチには話し合いより、殴り合いを優先する彼らのメンタルが理解できないし、したくなかった。

「まぁ、そういうわけだから今すぐ姫炎殿のところに行こうか」

「えっ!?今から!?」

「オレと戦ったばかりだというのに!?」

「当然!明日の慄夏はもっと暑くなるというし、一刻も早く離れんと」

「元気だなぁ……」

「ここまでくると不気味」

「あぁ、得体の知らない化け物だ……」

 バイタリティー溢れる老人の姿にカンシチ達は恐怖すら感じてしまった。

「というわけで、ちょっくら荷物まとめてくるから!あ!あと、リンゴは付いてくるなよ」

「えっ!?」

「星譚の師匠が言ったように人生はトライ&エラーの繰り返しだが、戦場では一度の失敗で終わりだからな。お主にはまだ早すぎる。まずはそれこそディフェンスを学べ。最低限自分自身を守れるようにここで修練に励め」

「……はい」

 有無を言わせずお師匠様との別れが決定した林江。しかし、玄羽の言っていることの正しさをまだギリギリと痛む脇腹が教えてくれた。

「それじゃあ、今度こそちょっと先にある我が家にいってきますよっと」

「はい、どうぞごゆっくり」

 玄羽はカンシチ達に背を向けると、足早に自宅へと……。

「……ん?」

 玄羽が歩き出すと顎に違和感を感じた。なのでそこを親指で触ってみると……。

「……これは」

 親指は真っ赤に染まった。唇の端からツーと一筋の血が流れていたのだ。

「一朝一夕で真似できるようなものを“技”とは言わない。しかし、時としてそれをやってのける者が現れる……人はそれを“天才”と呼ぶ。できていたか、“骸装通し”……!!」

 玄羽は親指についた鮮血をペロッと舌で舐め取るとさらに足を早めた。

 こうして拳聖玄羽の灑の国反乱の参戦が決定した。


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