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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
30/163

語り部

 工房をぐるりと周り込み、扉のある場所へ、そしてその扉をくぐり抜けると、中ではジョーダン達の腰の高さほどの生き物が忙しなく動き回り、けたたましい金属音をかき鳴らしていた。

「あれが……コシン族ですか?」

「あぁ、彼らは手先が器用なので色々なものを作ってもらってる。今は主に……」

「骸装機か」

 姫水はコクリと頷いた。

「ついて来てくれ。コシン族の中でも特に骸装機に詳しい者を紹介する」

 言われるがままジョーダン達は姫水の後を追い、工房の奥へ。そしてとある一角でうつらうつらしている一匹のコシン族の下にたどり着いた。

「『ペペリ』、ペペリ」

「んあっ!?」

 姫水に優しく名前を呼ばれると、ペペリは鼻提灯を割り、寝惚け眼を擦りながら立ち上がった。

「気持ちよさそうにしていたのに、悪いな」

「いんや、こちらこそ約束の時間だってのに、おねむしてすまんね」

「無理もないさ、昨日は君にはもしもの時のためにずっと待機してもらっていたんだから」

「そして全てが終わって漸く寝れると思ったら、新しい仕事を持ってこられて……」

「うっ……!?」

 ペペリに非難の視線を向けられると、罪悪感からか姫水はわずかにたじろいだ。

「本当に悪かったよ……後で君の頑張りに報いるように、皆に言っておくから……」

「極上の風呂を宜しく。で、おいらの寝不足の原因を作ってくれた“カンハチ”ってのはどいつだ?」

 ペペリは姫水の後ろに控えている三人のガタイのいい男を見上げた。

「カンハチ?もしかしなくてもおれのことか?」

 “カンシチ”は困ったような顔を自ら指差した。

「お前か、カンハチ」

「いや、“カンシチ”だから。おれの名前は次森勘七ね」

「名前なんてどうでもいい」

「よくねぇよ!!」

「いいから、ほれ」

 ペペリは傍らに置いてあった剣をカンシチに差し出した。

「これ、昨日預けた朱操の……」

「シュソウ?あぁ、こいつの前の持ち主か。でも、今はもうお前のマシンだ」

「じゃあ……」

「ご依頼通り色を塗り替えておいたぞ。どんな色にするかは任せるって言われたから、おいらのセンスでな」

「えっ!?ふざけたカラーリングにしたんじゃないだろうな……?」

「それは装着してのお楽しみだな。盗聴対策もバッチリだぜ。だからほれ、おいらに心の底から感謝して受け取るがいい、カンハチ」

「カンシチだっての!まぁでも、ありがとよ」

 カンシチは生まれ変わり、真に自分のものになった愛機を受け取り、腰に差した。

「とりあえずこれで一仕事終わりっと」

「お疲れ、ペペリ。もう休んでいいぞ」

「おう、そうさせてもら……おうと思ったが」

「ん?」

 その場でくるりと背を向けたかと思ったら、すぐにまた旋回し、こちらを向いた。

「色で思い出したが、あのこともこいつらに相談した方がいいんじゃないか?」

「あのこと……あぁ!そうだな!そうしよう!ペペリ!」

 姫水は大切なことを思い出したように、手のひらを胸の前でパンと合わせた。

「というわけで君たちに一つ相談があるのだが……」

「相談?小難しいことはおれには無理ですよ」

「オレもだ。骸装機についてはてんでわからん」

「ボクは何でもドンと来い!っと感じ」

「安心してくれ、相談というよりアンケートみたいなものだから」

「「「アンケート?」」」

 一緒に旅をしてきた成果か、三人は見事にまったく一緒の動きを、腕を組んで首を右に傾げた。

「今、言ったように色の話だ。鉄烏の色のな」

「おれみたいに鉄烏の色を変えたい奴が他にもいるのか?」

「人じゃなくて、この軍全体の話だ」

「……なるほどね」

 一足早くジョーダンがこの話の真意にたどり着き、ニヤリと口角を上げる。

「なんだよ、天才ジョーダン様……一人で納得しちゃって」

「いやいや、これは天才じゃなくても、少し考えれば誰でもわかるよ」

「あぁん?誰でもって……」

「ほれほれ、一つずつ考えて」

「えーと、鉄烏の色の話で……」

「ウンウン、それで?」

「個人じゃなくて、軍の話……」

「ボク達は何をしようとしている?」

「現皇帝と宰相を打倒して……あっ!!」

 先ほどの姫水のようにカンシチは手のひらをパンと合わせた。

「官軍と区別するために、こっちの鉄烏を塗り直さないといけないのか!!」

 今度は姫水とペペリが仲良く首を縦に振った。

「灑の主力骸装機は鉄烏だからな。当然、内戦となると、右も左も、敵も味方もそればっかりだ」

「そうなると同士討ちの可能性が……そうならないように我が軍は本来の色である黒とは別の色で塗ろうと思ったんだが……」

「いい案が浮かんでないってわけね」

「でも、それだったら一つしかなくねぇか?」

「おっ!カンシチもか!」

「そういうジョーダンも、やっぱり“あの色”だよな」

「あぁ!」

 ジョーダンとカンシチはお互いの思いを確認し、微笑み合うと、同時に口を開いた。

「「緑(白)に決まってる」」

「……えっ?」

「……あっ?」

 二人は全然通じ合っていなかった。和やかな雰囲気は急転直下、至近距離で眉間に深いシワを寄せて睨み合う。

「いやいや、量産機と言ったら緑色でしょ。それが世界の常識」

「相手が黒ならこっちが白になるのは道理……!そんなこともわからねぇのか……!」

「緑は古くから愛されている量産機カラーなんだよ。確か慇の国の『武雷魚 (ぶらいぎょ)』だって緑色だよ」

「何で敵国に倣わなきゃいけねぇんだよ……!そもそもおれ達は新しい歴史を作ろうとしているんだから、まっさら!白紙!白ほど相応しい色はないだろうが……!」

「そういう考えが安易で、しょうもないって言ってるんだよ……!」

「おお、そうか……やるんだな!やる気なんだな、てめえ!!」

「おう!やってやるよ!!」

「やるな、バカども」


ブゥン!!


「「――いっ!?」」

 バチバチと火花を散らし、爆発寸前になったジョーダンとカンシチの間にセイの長い足が割って入る。不意に放たれた美しい蹴りに、二人は打って変わって狼狽える。

「セイ!カンシチが!」

「いや、ジョーダンが……!」

「どっちもバカ、喧嘩両成敗だ。というか色なんて適当にくじ引きで決めればいいだろ。なぁ?」

 セイに問いかけられ、姫水とペペリは顔を見合せた。

「まぁ、確かに運頼み、天に選んでもらうというのも一つの手かも……」

「んじゃ、今まで上がった候補をまとめて、軍を率いることになるシュガさんあたりに選んでもらうか」

「決まりだな」

 セイが足を下ろすと、ジョーダンとカンシチは納得いってない様子で不機嫌そうにそっぽを向いた。

「そ、それでは後の事はペペリに任せて、わたしたちは次に……」

「あっ!ちょっと待って!」

 悪い空気を変えようと、この場を去ろうとする姫水をジョーダンが止めた。その表情はもうすでに先ほどの問答など吹き飛んでいるようで、いつも通り平常運転だった。

「ペペリだっけか、これ見てくれるか?」

 ジョーダンは懐から一枚の紙を取り出し、ペペリに渡した。

「ん?どれどれ…………これは!?」

 紙を広げ、そこに書いてあるものを目に入れた瞬間、いまだに寝惚け眼だったペペリの目が見開き、キラキラと輝き始めた。その顔を見てジョーダンはとても満足そうだ。

「すごいだろ?」

「んだ!んだ!よくこんなこと思いついたな!」

「天才だからね」

「だけども、実際に実現可能かどうかは……」

「確率で言うと、どれぐらいだ?」

「もっとちゃんと見て、考えないと答えられないな」

「直感でいい。コシン族屈指の職人の率直な意見を聞かせてくれ」

「ん~、大甘で10%ってところか」

「博打を打つには十分だ……!」

 ジョーダンは悪戯を思いついた子供のように邪悪な笑みを浮かべた。

「仮に上手くいっても、かなり使い勝手が悪いぞ?運用できる奴はいるのか?」

「それはまぁ……なんとかなるでしょ」

「使う側の事情はお構い無し……典型的なアーティスト気質のメカマンだな」

「お嫌い?」

「いや、そんぐらい我が儘な奴の方が仕事してて楽しい。おいらがなんとか実現確率を20%まで上げる方法を考えてやるよ。風呂に入って、リフレッシュした後でな」

「宜しく頼むよ、ペペリ」

 ペペリは紙を畳んで、懐に入れると、手を振りながら、その場を去って行った。

「待たせたね」

「気にすることはない。急ぐことでもないしな……と、言いたいところだが、あの方をこれ以上待たせるのは忍びない。早く行こうか」

「王族のあんたが気を使わなければいけないような人なのか?」

「今回も“人”じゃない、コシン族だ。わたしが会わせたいのはコシン族の長老、『ボルシュ』様だ」



 姫水に連れられ、ジョーダン達は工房の最奥にある部屋にたどり着く。

「失礼します」

 扉を開けるとそこには先ほどまで話していたペペリよりも一回り大きいコシン族が座っていた。

「やぁやぁ姫水様。そして志ある勇敢なる戦士達よ。わしがコシン族の長老ボルシュじゃ」

「丞旦です」

「おれは次森勘七です。以後お見知りおきを」

「星譚だ」

 三人は拳を手のひらで覆い、頭を下げた。

「そんなに礼を尽くしてもらって……わしなんかただ人より長く生きているだけだというのに」

「ご謙遜なさらずに。あなたは歴史の生き証人、世界の語り部ではありませんか」

「ほっほっ……ただそういう役割を与えられ、創られただけじゃよ」

「創られた……ですって……?」

 ジョーダンが顔を上げると、驚いているような、喜んでいるような複雑な表情をしていた。

「その顔、色々と知っているようじゃな。さすが“知恵”を司る黄金の龍の末裔」

「ボクの先祖のことも知っているのか!?」

「ええ、もちろんじゃ……そなたの一族の始祖のことも、その前の始まりの覚醒者のことも全て」

 ボルシュは昔を懐かしみ、思わず微笑んだ。

「カンシチ殿」

「えっ?おれ?」

「そうじゃ、お主じゃ」

 突然話を振られ、カンシチは戸惑いの声を上げる。

「おれが何か……?」

「お主はこの工房を見て、どう思った?」

「どうって……本当に人間と共存している起源獣がいるんだなぁ……って」

「でしょうな。じゃが、これが本来あるべき姿なのじゃよ。人間と起源獣、またの名をオリジンズの。我らはこうしてお互いに力を合わせ、空の果て、星の海を旅するために産み出されためのじゃから」

「空の果てって……空の果て?」

 何を言っているかほとんど理解できていないカンシチはおうむ返しをしながら、天井を指差した。

「そうじゃ。そのために我らはあらゆる環境で活動できる能力を与えられた。そしてそんな我らを素材に道具を作れば、人間もまた同じ力を得る。星の海を駆け抜け、新天地を探す力を」

「道具……骸装機か?」

「骸装機、猛華の外では“PeacePrayer”、“平和を祈る者”と呼ばれているようじゃが、本来は“Seeker”、“探求する者”なのじゃよ」

「Seeker……」

「探求する者か……トレジャーハンターのオレにはそちらの方が合っているな。だが、あんたの話が真実だとすると、今この世界にいる人を襲う起源獣は一体何なんだ?何でオレ達人間と仲良くできないんだ?」

 セイが率直に思ったことを口にすると、ボルシュの顔が曇った。彼にとっても今の状況は好ましくないのだ。

「人に……人に都合よく使われるだけに産み出されたことが許せなかったのだろう。正直、わしもそこに対しては思うところがあるしの」

「逆の立場ならオレもふざけんなって、キレてただろうな」

「あぁ、そうじゃろう……しかも、人間が我らを喰らい成長するように、我らも人間を喰らうと力を増すことがわかってしまった」

「確かに人間を食った起源獣は狂暴さを増すって……」

「さらに言うと、お主らが完全適合と呼ぶ状態は起源獣側にも起こる。適合した人間を喰らうことができれば、起源獣も成長を越えて、進化することができるのじゃ」

 あまりの話のおぞましさにその場にいた者はごくりと唾を飲み込んだ。

「かつて人間への憎悪と進化への欲望を抑えきれなくなった起源獣が徒党を組み、人間側に戦争を仕掛けた。その時、人間達の先頭に立って戦ったのが、龍の――」

「スト~ップ!!」

「――いっ!?」

 話が佳境に入ろうとしたその時、ジョーダンがボルシュに手を翳し、話を遮った。

「おい!ジョーダン!いいところだったのに!止めんなよ!!」

「そうだぞ……空気を読め……!」

 楽しい時間をぶち壊されたカンシチとセイは怒り心頭の様子だが、当のジョーダンはどこ吹く風の涼しい顔をしている。

「あのね、過去のことなんて、終わったことなんて聞いたってしょうがないでしょ」

「いやいや!歴史から学ぶことも大事でしょうが!」

「カンシチの言う通りだ」

「それなら個人的に後で聞きに来なさいよ。ボクはここから先の話は子供の頃から嫌というほど聞かされてきたんだから」

「「結局、てめえの都合じゃねぇか!!!」」

 綺麗にハモった怒りの声が部屋中に、いや部屋の外にまで響き渡った。

「はぁ……まぁ、確かにしばらくはこの雪破に待機だから聞く機会はいくらでもあるか……」

「だな……楽しみは後に取っておいた……そう思うことにしよう」

 だが、それだけおもいっきり感情を表に出したおかげか、カンシチとセイは冷静さを取り戻す……というより、なんだか阿保らしくなったようだ。

「では、今日のお話はお開きに……」

「いや、もう一個だけ長老様に答えてもらいたいことがあるのよ」

 マイペースに人差し指をピンと立てるジョーダンの姿に、部屋にいる彼以外の全ての生命体が呆れてため息をついた。

「何じゃろうか?わしに答えられる問いかのう?」

「あぁ、あなたが長年見てきた経験から、素直に思ったことを言ってもらえればそれでいい」

「はて?それは……」

「この戦い……勝つのは、ボク達反乱軍か?それとも官軍か?」

「「「!!?」」」

 緩んでいた部屋の空気が一気に張り詰める。ジョーダンはもちろんカンシチもセイも姫水もコシンの長老の一挙手一投足に集中した。

 そして彼らの視線を一身に受けるボルシュは重い口を開いた。

「長い時を生き、辟易するほど多くの戦いを見てきたが、結果はどれも予想できないものじゃった」

「じゃあ、今回も……?」

 ボルシュは小さく首を横に振った。

「かつて一度だけ、見た瞬間にこの男ならばどんな敵をも打ち倒し、必ず勝利を手にするだろうと感じた男が一人だけいた」

「そいつは一体……?」

「お主達もよく知っている男、後に煌武帝と呼ばれる者じゃ」

「「「なっ!!?」」」

 猛華に住む者ならば誰もが知って、誰もが神のように崇める伝説の英雄の名前が飛び出し、衝撃でジョーダン達は口をぽっかり開けて、間抜けな顔を晒した。

「その煌武帝と同じ匂いのする男が今……今、この国にいる」

「「「なっ!!?」」」

 再度の衝撃!四人の顎は外れそうである。

「それって……ボクのことじゃないよね?」

 必死に声を振り絞ったジョーダンの問いかけに、ボルシュはまた、そして先ほどよりも悲しそうに首を横に動かした。

「煌武帝と同じ匂いを醸し出す者、その男の名は……“諸葛楽”……!!」

「「「!!?」」」

 最早、声さえ出せなかった。

 部屋の中では重苦しい空気が漂い、この工房の外では再び雨が降り始めていた。


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