運命を変える邂逅
「ぐうぅ……はっ……はぁ……」
「厘さん……」
輪牟の村の広場と呼ばれる場所で腹を抑えて悶え苦しみながら、地面に倒れている厘じぃを村人達は心配そうな顔で遠くから眺めていた……そう眺めているだけ。
彼らが古くからの友人を助けに行けないのは、老人の前に豪奢な鎧を着た整っている性格がキツそうな顔をしている男、その横に同じ鎧を着た彼より線の細い美男子、二人の男が堂々とした立ち姿で、睨みを効かせているからだ。
「どうやら他の奴らは、お前よりは頭がいいようだな」
男は厘じぃを肉体的にも精神的にも見下ろしながら、吐き捨てた。
「な、なんと言われようが……この村にはもうあんた達に渡す金も……作物もない……そもそもこないだ税は払ったばかり……」
ゴンッ!!
「がっ!?」
「「厘さん!!?」」
話の最中で蹴りを入れられ、厘じぃは地面を転がり、その光景を見ていた村人達は悲鳴を上げた。
「勘違いするなよジジイ、これは“お願い”じゃなくて“命令”、国が決めた決定事項なんだよ……!」
「だ、だから……なんと言われようと……わしの答えは変わらん……!無いものは出せない……!」
「ふん!そうか……お前がその気なら……!」
苛立ちが一定のレベルを越えた男はおもむろに腰に差した剣に手を……。
「『朱操 (しゅそう)』!!それはやり過ぎだよ!!」
手をかけようとした瞬間、隣で黙って事を見ていた美男子がキツそうな男、朱操に駆け寄り、制止した。
朱操は“いつものこと”に「はぁ……」とため息を突き、辟易しながら彼の方を向いた。
「『徐勇 (じょゆう)』……お前のその優しさは幼なじみとしてはとてもいいと思うが、同僚としてはどうかと思うぞ」
「だけど……」
「俺達のやっていることは国から、皇帝陛下から命じられたこと……正しいことなんだ」
「それは……」
「それに俺達はこんな辺鄙な場所で税金を取り立てるだけで終わる人間じゃないだろ?とっとと成り上がって、二人で中央に行こう。それがエリートである俺達のあるべき姿だ」
「朱操……」
輪牟の村の住人達からしたらとても残念なことに徐勇は説き伏せられ、後ろに下がって行った。
もう何も止めるものがなくなった朱操は改めて剣を手にし、引き抜く。
「『鉄烏 (てつからす)』」
剣が鞘から出ると同時に鞘が光の粒子に分解、朱操の身体を包み込むと粒子は今度は赤い機械鎧へと変化し、朱操の全身に装着された。
「が、骸装機……」
「そうだ。お前が悪いんだぞ、ジジイ。お前が言う通りにしないから“見せしめ”が必要になった。俺がこの手でお前達が口答えなどしてはいけない卑しい存在だと見せつけなくてはいけなくなったんだ」
「くっ……!?」
そう淡々と言い放ちながら朱操鉄烏は剣をゆっくりと振り上げた。
「その目に焼き付けろ、輪牟の住人ども……これが愚か者の末路だ!!」
剣は急転直下、厘じぃの頭に……。
「危ねぇ!!!」
ガンッ!!
剣は厘じぃの頭蓋を砕くどころか触れることさえできずに地面を叩いた。
「……なんのつもりだ?」
朱操は怒りを必死に抑え込みながら、厘じぃを抱えるカンシチに視線を向ける。
「なんのつもりだ……じゃねぇよ!!顔馴染みが死にそうになってたんだから助けたんだよ!!普通みんなそうするだろ!!」
「ッ……!?」
カンシチの言葉は心の底からの本音だった。だから何もできなかった村人達は自分達がさらに情けなくなり、徐勇は彼のことを羨ましく思った。
「……朱操……やっぱりやめよう……」
徐勇は再び朱操を宥めようと声をかけた。長年の付き合いから無駄だとわかっていても……。
「……徐勇……俺達のようなエリートが法を曲げ、理不尽な馬鹿の要求に従っては秩序が乱れるだろうが……!!」
赤い装甲の奥から熱が漏れ出ていると思えるぐらい朱操は頭に血が昇っていた。カンシチの行為は彼のプライドを大きく傷つけたのだ。
「お前……」
「次森勘七だ……!」
「エリートである俺の頭に刻む価値はお前の名前にはない」
「なんだと!!」
「名前なんてどうでもいい……お前はどういうつもりだ……?」
「あぁん!?だからおれは厘じぃが危ないから助けようと……」
「俺はこれからどうするつもりだと聞いているんだ。力がないお前がこのおれに逆らってどうなるかわかっているのかと……?」
「……そういうことか」
「ようやく理解できたか」
「あぁ、理解できたぜ……お前が思い上がった阿保だってことがな……!」
「何!?」
赤い仮面の下で朱操は青筋を立てた。
「厘じぃ、少し待っていてくれ」
「か、カンシチ……」
カンシチは厘じぃを地面に寝かせると、立ち上がり、腰に差していた短刀を手に取った。
「それは……」
「やっと理解したか……骸装機を持っているのはてめえだけじゃないんだよ!!なぁ、『石雀 (いしすずめ)』!!!」
短刀を鞘から引き抜くと先ほどの朱操の時と同様、鞘が光の粒子、そして茶色の装甲となってカンシチの身体に装着された。
「ほう……こんな片田舎に骸装機があるとは」
思いもよらぬ展開が逆に朱操に冷静さを取り戻させた。舐めるように下から上に目の前に現れた茶色の機械鎧を観察する。
「見ているだけじゃなくて……その身体で味わってみろよ!!」
一方のカンシチは少し、いやかなり興奮中。石雀の力を試してみたくて仕方ないといった様子で、躊躇することなく赤い鉄烏に飛びかかった。
「おりゃあぁぁぁっ!!」
キンキンキンキンキンキン………
上から下から、右から左から文字通り縦横無尽に短刀で切りつける石雀。
その斬撃を鉄烏は全て剣で受け止め、いなしていく。だが、その勢いに押され、赤いボディーが後退していく。
「骸装機は元々はPeacePrayer!平和を祈る者と名付けられたんだ!お前らのやってることが平和のためになるのかよ!!」
キンキンキンキンキンキン………
(イケる!攻撃は当たってこそいないが、反撃もされていない!このまま続けていればいずれチャンスが……この勝負、おれの……)
「“勝ち”だ」
「……へっ!?」
「とか思ってないよな」
キンキンキンキンキンキン………
「ぐぅ!?」
攻守はいとも簡単に、ほんの一瞬の刹那で入れ替わった。先ほど自分が繰り出していた以上のパワーとスピードを誇る剣撃が石雀に襲いかかると、ただただそれを防ぐだけで精一杯、どんどん後ずさりしていく。
「ふん!骸装機を持っていたのは驚いたが、それがかつて数合わせのために造られた廉価版、下級の雑魚ならば恐るるに足りぬ!!」
「くっ!?親父の形見を馬鹿にするな!!」
「思い入れがあれば強くなるというなら誰も苦労せんわ!そもそもマシンパワーが同等だとしても中身のスペックが決定的に違い過ぎる!!」
「なんだと!?」
「王都で厳しい訓練をくぐり抜けたエリートである俺が!田舎で土いじりしていただけの奴に負ける訳ないんだよ!!!」
ゴンッ!!!
「ぐふっ!?」
「カンシチ!?」
腹部に衝撃を感じたと思ったら、身体が浮かび上がり、地面に転がった。カンシチが蹴りを食らったと理解できたのは厘じぃの声と共に顔を上げ、足の裏を見せつけるようにこちらに向けている赤の鉄烏を見上げた時だった。
「くっ……ぐっ!?」
カンシチは必死に立ち上がろうとするが、身体が言うことを一切聞いてくれず、地面に再び倒れ込む。
「剣にばかり集中して、無防備になった腹に俺の蹴りをもろに食らったんだ……しばらくは動けまい」
「こ……の……!」
「凄んだところ勝敗は変わらんよ」
朱操は勝利を噛み締めるようにゆっくりとカンシチに近づいた。
「馬鹿で無謀だが、俺に向かって来た勇気は認めてやる」
「お前……なんかに……認められても……!!」
「そう言うな……褒美に“見せしめ”の役はお前にくれてやる……!!」
再び鉄烏は剣を振り上げた。
「カンシチ!!?」
悲痛な声を上げる厘じぃ。無力な老人である彼にはそれしかできない。
「お前が大人しく出すもの出しておけば、こんな悲劇は起こらなかったのにな」
「だったらわしを!わしをやれ!!」
「厘じぃ……」
「このエリートである朱操が老いぼれの言うことなど……聞くわけなかろう!!」
「ッ!?」
「カンシチ!!?」
ついに剣が茶色の仮面に振り下ろされようとしたその瞬間!
「じゃあ、天才であるボクの言うことは聞いてくれるかな」
「「「!!?」」」
そこにいた人全て、輪牟の村にいる全ての視線が声のした方、おさげメガネの方に向いた。
「……お前何者だ?その姿、この村の住人じゃないな?一体何のつもりだ?」
「質問が多いな……エリートならもっと簡潔に的確にできないの?」
「おまッ!?」
そのたった一言で朱操の頭からはカンシチはもとよりこの村に来た目的、自分の仕事さえ頭から吹っ飛んでいった。
「なん――」
「まぁ、ボクは優しいから答えてあげよう。ボクの名前は丞旦。たまたまこの村に立ち寄っただけの天才さ」
「こいつッ……!?」
マイペースなジョーダンに朱操はリズムを崩され、そしてさらに気分を害された。
「そ、それで、その天才様がなんだって言うんだい……?」
これ以上二人を会話させるのはまずいと思ったのか、徐勇が割って入って来る……が。
「おっ!どうやらキミは本当のエリートらしいね。わかりやすいし、礼節もわきまえてる……そこの自称エリートとは大違い」
「お前!言わせておけば!!!」
「朱操!?」
最早、朱操の目にはジョーダンの姿しか、耳には彼の声しか届かなくなっている。徐勇が必死に宥めようとしても焼け石に水だ。
「まぁまぁ落ち着きなさいよ。ボクが出てきた目的を知りたいんでしょ?」
朱操の凄まじいプレッシャーを全身に受けても、ジョーダンはマイペースを崩さなかった。まるで講演会のように雄弁に、饒舌に語る。
「別にボクはキミ達の仕事の邪魔をするつもりはない」
「どの口が!!」
「いやいや本当だって。ボクはこの国の人間じゃないし、この村の住人には見殺しにされそうになったんだから、ねぇ?」
「ッ!?」
ジョーダンに問いかけられると罪悪感からか、皆一斉に目線を逸らした。その様子に溜飲が下がったジョーダンは満足そうに笑みを浮かべた……性格が悪いのだろう。
「で、この村やそこに住む人がどうなろうとボクはスカッとこそすれ、悲しかったり辛かったりすることはないんだけど……」
ジョーダンの視線と地面に突っ伏しながら彼の顔を見上げているカンシチの視線が交差した。
「そこで分をわきまえないでキミに楯突いて、無様を晒すことになった次森勘七は別……命の恩人なんだ、見捨てることはできない」
「ジョーダン……」
「さっきと真逆……倒れていたボクを助けてくれた彼が倒れているなら、今度はボクが手を差しのべる……恩はきちんと恩で返すのがボク、丞旦の流儀だ」
「お前……」
「なんて清々しい……」
「わしらはこんな立派な男を見殺しにしようとしていたのか……」
ジョーダンの言葉にカンシチと敵であるはずの徐勇は感動を覚え、輪牟の村人は自らを恥じた。
しかし、朱操は……。
「ふん!感動的なスピーチをありがとう。口だけはまさしく天才だな」
「じゃあ?」
「見逃すわけなかろう!!お前もお前の恩人とやらもこの剣の錆びにしてくれる!!」
鉄烏はカンシチから離れ、ジョーダンの方を向き直した。
「はぁ……やっぱりやらないとダメか……めんどくさ……」
ジョーダンはだるそうにため息をついた。けれどすぐに顔に笑みが戻っていく。
「でも、腹ごなしにはちょうどいいか」
ポンと一回腹を叩くと、ジョーダンは足を肩幅に開いた。当然、その一連の行為がさらに朱操のプライドを傷つけたのは言うまでもない。
「腹ごなしだと……どこまで俺を馬鹿にすれば……」
「天才のボクからすれば、みんな馬鹿だよ。天才ピース……いや天才“骸装機”開発者のボクからすればね」
「なっ!?」
「天才!?」
「骸装機開発者だって!!?」
朱操、徐勇、カンシチの予想以上のリアクションに快感を覚えながらジョーダンはかけているメガネに手をかけた。
「さぁ、嵐を起こそうか、ボクのための、ボクによる、ボクの特級骸装機、『応龍 (おうりゅう)』……!」