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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
28/163

呆気ない幕切れとはじめの一歩

「どういうことだ……?」

「何で賛備子宝術院が……?」

 突然の報告に朱操と徐勇も思わず手を止めた。そして彼も……。

「……えっ?はっ?何がどうしたって?」

 カンシチもまた頭の上に?マークを大量に出しながら、立ち尽くした。

「くっ!嘘をつけ!貴様!!わたくしをおちょくっているんだろ!!」

「ほ、本当です!!間違いないです!!城は賛備子宝術院によって占拠!!姫炎様たちは捕まりました!!」

「ぐうぅ……!!」

 黄括は認めたくなかった。その報告を認めてしまうということはすなわち自分の失敗を認めるということ、場合によっては今の地位を失うことになってしまう可能性があるからだ。だから、目を血走らせ、自ら髪をぐちゃぐちゃにしてしまうほどに取り乱す。

「な、なぜだ……!?宝術院の奴らはこの国のいざこざに首を突っ込まないと言っていたのに、なぜ……!?」

「あの……」

「なんだ、徐勇……!?」

 完全に狼狽し切っている黄括に対し、代表して徐勇が話しかける。彼を始め、朱操も他の配下も、そしてカンシチも同じ疑問を抱いていた。それをぶつけてみる。

「黄括様は何で賛備子宝術院が動かないと確信を持っていたのですか?」

 徐勇の問いかけに同じ事を思っていた者たちが、ウンウンと相槌を打った。

 彼らの思いに応えるため……なんて、殊勝な考えをこの卑屈で自分勝手な男が思うはずないが、黄括自身が自分を信じられなくなってしまっているのか、自然と“答え”の方を向き、指を差した。

「あいつの骸装機を……朱操が使っていた鉄烏を盗聴して、奴らの動向を探っていた」

「えっ、おれ?むしろ、これ?」

 カンシチもまた自分、というより今もその身に纏っている機械鎧を指差す。

「マジでこの鉄烏で盗聴していたのか?」

「あぁ、もしかしたらと思いダメ元で試したら、お前達の声が聞こえてきて……あの時は震えたね……!」

「それでずっとおれ達の会話を盗み聞きしていたのか……?」

「時間と体力の許す限り、聞き耳立てていた」

「じゃああんた、おれのあんなことや、こんなことも聞いているってこと?」

「聞いている、あんなこともこんなことも」

「き、気色悪いことしてんじゃねぇよ!!!」

「おれだってできることなら聞きたくなかったわ!!!」

 ヒートアップする被害者と加害者。

 一方、彼の周りの部下達は青ざめて、天を仰いだり、頭を抱えたりと、とにかく戸惑い、呆れ返っていた……自分達の上司の無能さに。

「黄括様」

「なんだ!?今度はお前か、朱操!?」

「ええ、一つだけ言っておかなければならないことがありまして」

「はぁ?なんだ!言ってみろ!?」

「あなたは盗聴していたのではなく、盗聴させられていたんですよ……!!」

「はっ!わたくしが盗聴させられ……ていた?」

 朱操の言葉が正しいか確認するように、部下達を見渡すと、彼らは力強く首を縦に振った。

「普通に、普通に考えてください。敵のマシンを鹵獲したら、まず敵に情報を奪われないために通信関係を弄くるでしょう?」

「まぁ……普通はそうか……」

「じゃあそのまま盗聴できる普通じゃない状況は、罠だってことに気づくでしょうが!普通は!!偽の情報を掴まされたんだよ、あんたは!!!」

「ひいぃぃぃぃぃっ!!?」

 鬼気迫る朱操に黄括の肝は縮み上がった。その情けない姿はまさに捕食者を前にした憐れな獲物のようだ。

「お、落ち着け!?朱操!?なっ、落ち着けってば!?」

「十分落ち着いているでしょうが……その証拠にあんたはまだ生きている……!!」

「そ、そうだな!でも、もっと落ち着け!こっちもちょっと確認したいことがあるから、その間に頭を冷やしてくれ!頼むから!マジでお願いだからな!!」

 半ば無理矢理話を打ち切り、黄括は視線を今回の大失態の原因と思われる存在に移す。

「ジョーダン……!お前、おれを騙したのか……!?」

 黄金の龍は「うん、そうだよ」と軽く頷いて、肯定の意志を示す。

「正確に言うと騙したというより、騙されたよ、こいつって感じだけどね。こっちとしては当然、偽情報は疑ってもらって、疑心暗鬼の中、色んなところに戦力を分散して欲しかったんだけど……まさか、マジで全部鵜呑みにして全戦力をここに集めてくるとは、天才丞旦でも見抜けなかった。正直参ったよ」

 それはジョーダンの心の底から出た本音であった。彼が立ち塞がる大量の兵士を見た時の動揺は紛れもない真実だったのだ。

「この期に及んで、まだそんな嫌味を……!!」

「いやいやマジで。この地下通路に戦力が集中されるのが、ボクにとっては最悪だったんだ。結果としてあなたがボクを苦しめたことには変わりない。誇っていいよ」

「ふざけるなぁ!!」

 黄括の激昂が地下空間に迸った。ジョーダンの言葉で完全に頭に血が昇り、彼の小さすぎる器のキャパシティを崩壊させ、他人への八つ当たりへと向かわせる。

「姫炎もあっさりと捕まりおって!それでも王族か!!こうなったのはあいつの自業自得!兵士諸君!我らはこれより反転し、城を占拠した不届き者を撃滅する!!人質のことは気にする――」


ザンッ!!


「――な」

 黄括の髪が一房ポトリと落ちた。伸ばした刃で切り落とされたのだ。

 そう、あの男とあの武器の仕業である。

「シュ、シュガ殿……!?何故このような真似を……!?」

「主君を守るために決まっておろう。お前達がこの雪破から大人しく出て行けば、姫炎様を解放すると賛備子宝術院は言っている……だろ?」

「は、はい!賛備子宝術院の要求は黄括様とその配下の即時撤退であります!!」

 シュガの鋭い眼光で睨みつけられると、急報を届けた兵士は目を泳がせ、声を震わせながら、一言一句間違えないように丁寧に宝術院の要求を伝えた。

「……というわけだ。お前にはこの雪破から出て行ってもらう」

「み、味方より敵の言うことを聞くのか……?」

「俺の敵は姫炎様に危険を及ぼす者……つまり今はお前が俺の敵だ、黄括……!!」

「ぐうぅ……!?」

 この問答でこの戦いの決着はついた。良くも悪くも黄括という男は自分を最も大事にしてきたから、ここまで生き延び、この地位まで昇り詰めた。

 そんな男が今取れる選択肢は一つしかなかったのだ。

「て、撤退だ!!全軍撤退!!我らは雪破から引き上げる!!」

 兵士の群れをかき分け、黄括はその場から去って行った。

 情けない上司と呆気ない幕切れに苦笑いを浮かべながら、兵士達も踵を返した。

「朱操、僕達も……」

「あぁ、とんだ茶番だったな……」

 朱操と徐勇のいつもの二人も武装を解除し、兵士達の列に続いた。

(今回はくそ農民の相手で、戦うことは叶わなかったが、次こそは必ずお前を倒す、ジョーダン……!!)

 去り際にその憎たらしい姿を心に刻み、憎悪の炎を焚き付けるように黄金の龍の姿を確認すると、朱操は暗闇の奥へと消える。

 こうして地下にはジョーダン達三人と彼らと敵対していたシュガ、そしてもう一人、両者の戦いを楽しく観戦していた王族様だけが取り残された。

「おいおいおい!!ジョーダン!てめえ!この野郎!どういうことだ!この野郎!!」

 赤い鉄烏を脱いで、それ以上に顔を真っ赤にしたカンシチが怒りを隠そうともせず、ジョーダンに詰め寄った。

「まぁまぁ、仕方なかったんだよ。色々思うところがあるのはわかるけど、あれがベストな方法だったんだよ。それよりも服がこんなに汚れちゃったよ」

 それに対し、ジョーダンはボロボロの愛機をメガネに戻し、これまたボロボロの服についた埃をはたき落としながら、気だるそうに応対した。

 その態度がカンシチをさらにヒートアップさせたのは言うまでもない。

「てめえの服なんてどうでもいいんだよ!!盗聴されてるのがわかってるなら!そういう作戦なら!一言教えてくれれば良かったじゃないの!!?」

「よく言うだろ、敵を騙すにはまず味方からって。キミ、作戦知っちゃったら、何をするにもぎこちなくなりそうだし」

「だとしても、相手を混乱させるのが目的なら、それでもいいだろ!こいつ何かおかしいけど、もしかして罠かも?って思わせられるんだから!!」

「あっ、確かにそれはそれで良かったかもね」

 ジョーダンは手をポンと叩いて、カンシチの意見に納得、そして感心した。

「お前なぁ……!!」

「悪かったって、これで遺跡での腹パンの件はチャラにしてあげるから」

「それとこれとじゃ話が違うだろ!あの時は緊急事態で……」

「まぁまぁ、マジでそろそろ落ち着けって。それに今はキミの文句を聞くよりも、やらないといけないことがある。ねぇ、シュガ?」

「えっ!?」

 カンシチが当たり散らしている間にシュガもジョーダンの下に歩み寄っていた。まさにマシンガンのように絶え間なく飛び出していたカンシチの言葉もその美しい銀色の体毛に包まれた姿を見た瞬間、ピタリと止んだ。

「どうやら冷静さを取り戻したようだな」

「お、おかげ様で……」

「それは良かった」

 そう言いながらシュガは幻妖覇天剣を小指の先ほどの大きさに縮め、ピンと立った耳の中へと仕舞った。

「へぇ、耳の中に隠してたんだ」

「色々と試したが、ここに隠しておくのが一番相手の虚をつける」

「確かにどこから出てきたって、全然わからなくて、一瞬思考停止しちゃったもん。でも、そこだと耳の中でゴロゴロしない?」

「それだけがたまに傷だ」

「……つーか、何でさっきまで殺し合ってた敵とそんなフレンドリーに談笑できるの、お二人さん?」

 あまりにも自然に、昔からの友人のように話すジョーダンとシュガにカンシチは疑問の目を向けた。

 そしてその答えはすぐに後方から聞こえてきた。

「敵じゃなくて、味方……そのシュガとかいう奴は最初からオレ達の味方だ」

「セイ!?」

 振り返るとセイが気だるそうに首や肩を回しながら、こちらに近づいて来ていた。

「それって……」

「片田舎で農業の片手間に思いつくような策は、王弟側も既に思いついていたってことだ」

「ボク達が賛備子宝術院にたどり着いた時には、彼らと姫炎は協力して皇帝を打倒しようって話がついていたんだよ」

「……マジか」

「マジだ」

 シュガは首を縦に振った。

「じゃあ、さっきの戦いはお互い手加減してやっていたってことか?」

「ボクのこの姿を見て、そう思える?」

 ジョーダンは腕を大きく広げ、無惨としか形容できない自分の身体を見せつけた。

「つーことは本気で殺し合ってたのか!?味方同士で!?」

「味方と言っても直接会ったことはないし、何らかの理由で心変わりした可能性だってあったからね。実際、あの軍勢を見た瞬間は裏切られたと思ったよ」

「悪かったな、俺としては黄括の戦力を集中させた方が色々と都合がいいと思ったんだ。だから奴に何も助言をしなかった」

「その代わり、ボク達が数の暴力にやられないように、自ら出てきたってことか。7回ほどボクを確実に殺すチャンスがあったけど、それもこれ見よがしに見逃してくれたしね」

「7回じゃなくて、16回だけどな。まっ、それもあるが俺自身、お前達の力を見極めたかった。志は同じでも、力のない奴と協力する気にはなれん」

「で、期待外れだったらボク達の首を手土産に宰相諸葛楽に取り入って、寝首を掻く隙を伺おうと……」

「穿った見方をするな。俺はそこまで頭も回らないし、性格も悪くない」

 そう弁明するシュガの顔には意地悪そうな笑顔が張り付いていて、その穿った見方が正しいことを証明していた。

「ま、まぁ、あなたがそう言うなら信じますよ……一応」

「一応か……初対面だからな、そんなもんか」

「個人的にはジョーダンとの戦いについては納得しているが、黄括を見逃す必要はなかったんじゃないか?あんなクズ、生かしておいても百害あっても一利なしだろ」

 セイの言葉には多分に私怨が混じっていた。しかし、同時に彼の意見は黄括という人間を知っていれば誰もがそう思うことを述べているだけだ。もちろんシュガも、ジョーダンもそういう考えが頭に浮かんだ。浮かんだ上であの卑屈でどうしようもない男を逃がすべきだと判断したのだ。

「もし黄括を殺していたら、ここまでスムーズに退却してもらえなかっただろう。トップを失った混乱はもとより、次に指揮権を得るのはあの朱操だ」

「あぁ……あいつなら姫炎様の安全も、宰相様がどう思うかも、関係ねぇ!……って、戦闘続行しそうだもんな」

「それに今後のことを考えると穏便に済ました方が良いと考えた。姫炎様が立ったとしたら、宰相側から離反する者も出てくるだろう。そうなった時に容赦のないところを見せるのは不利に働くと」

「戦いにおいて、最も厄介なのは有能な敵よりも無能な味方だ。そういう意味ではあいつは元気に宰相陣営を引っ掻き回してもらった方が助かる」

「あいつを殺して、様子見している優秀な奴が後釜に座ろうと宰相側についても面倒だ。駄目で無能で嫌われ者がふんぞり返って、こちらへの離反者を増やして、あちらへの協力者を減らしてもらうのがベストなのさ」

「まぁ、つまりそういうことだよ、セイ」

「あぁ、お前達の考えはわかったが……それにしてもひどい言われ様だな、黄括……」

 黄括があまりにも容赦なくめたくそに言われるのを聞いていると同情……まではいかないが、憐れだと彼を仇だと認識しているセイでさえ思ってしまった。

「これでとりあえず今、話せることは……あぁ、改めて自己紹介だ、俺はシュガで、あの物陰に隠れようとしているが、全然できてない男が姫炎様の次男、姫風だ」

「げぇっ!?バレてた!?」

 シュガに親指で指されると、観念した姫風はジョーダン達の前に姿を現した。

「えっと……ご紹介に預かった姫風だ!よろしく頼むな!!」

「あっ!こちらこそ!おれ……じゃなくてわたしは輪牟の村の次森勘七です!よろしくお願いします、姫風様!」

「呼び捨てで構わねぇよ、カンシチ!おれ達はこれから仲間になるんだからよ!!」

「仲間……」

 王族である姫風に気さくに肩を叩かれ、仲間と呼ばれるとカンシチの心にこみあげるものがあった。漸く自分の成し遂げたこと、これから為そうとすることの大きさを実感したのだ。

「そうか……仲間……!このメンバーで!地上にいる姫炎様や賛備子宝術院の人達も一緒に!この灑の国を正しい姿に戻すんだな!!」

「おうよ!!反乱軍の結成だ!!!」

 雪破の地下に人知れず反撃の、そして革命の狼煙が上がった。


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